セリースの修行
「エルネア君、エルネア君」
無事にお披露目会と宣告の儀式が終わり帰ろうかと思った時、僕はセリース様に呼び止められる。
そしてそのまま強引に拉致されてしまいました。
リステア、君のお嫁さんが僕を誘拐していますよ。笑いながら見ていないで助けて!
という想いは届かず、僕はセリース様に引っ張られて修練場の隅に連れてこられた。
多分、なにかしらの事をセリース様に聞かれるとは思ったけど、まさか拉致されるとは。
しかも勇者様御一行やルイセイネは暗黙の了解のように追ってこなかった。
「ど、どうしたのかな?」
あはは、と僕は愛想笑いを浮かべる。
「どうしたの、じゃないわ。今日の試合でのことを私に教えてもらえますか」
むむむ、直球で聞いてきたね。
「ええっと」
僕は言い淀む。
「私の間違えでなければですが、エルネア君は先ほど竜術を使わなかったですか」
「ううーん」
竜力、竜気、竜術のことをきちんと分けて正確に知っている僕は、曖昧にただ竜術とだけ知っているセリース様に、どう説明しようかと悩む。
「言いたくありません?」
僕の困った様子に、セリース様は勘違いをしたみたい。
「あ、違うんです。どう説明すれば良いのかと悩んでいただけですよ」
「そうですか、てっきり言いたくないことを聞いてしまったのかと思いました」
「勘違いさせてごめんなさい」
僕が
「ええっと、試合で僕がやったことは、竜気を錬成して全身に巡らせただけなんです。だから術ではないのかな?」
「竜気?」
王家に伝わる竜術は口伝だと、お茶会の時に言ってたよね。
だから、初代のアームアード国王から約三百年が経って、竜気や竜力といった細かな部分はいつの間にか忘れ去られてしまったのかもしれない。
それでも竜術が使えるのは、きっと王族の人の特殊な家柄なんだろうね。
「ええっと、呪術士に例えると。竜術は呪術、竜気とは呪力を扱うための力の流れの事ですね」
「そうなんですね。竜気ですか。今までそのような力の流れは意識することもありませんでした。確かにリステアは呪力の力を身体に巡らせて超絶的な戦いをします」
「はい、それと一緒ですね。セリース様も使っていましたよ」
「そうですね。でも私は、あれは竜術だと思っていました」
考えてみると簡単なことなんだけどね。
呪術も竜術も仕組みは一緒なんだ。
力を身の内に内包する。それを練り上げ、具体的なものに変換する。そしてそれを顕現させる。
だけど、セリース様は竜術という言葉と力しか知らなかったから、竜気やそして竜力には単純に思い至らなかったんじゃないかな。
僕がその辺りを軽く説明すると、セリース様はすぐに理解してくれた。
「エルネア君は物知りですね。どなたか素晴らしい師匠がいるのでしょうか」
「まあ、ちょっとね」
はぐらかす僕。
「なるほど、お姉様方が貴方に
勘も良いね。
僕は微笑んだだけだったけど、セリース様はそれだけで理解してくれたみたい。
「もしかして、毎日の瞑想はその竜気に関係するのかしら?」
「そうですよ」
もう今更セリース様にこの辺を隠す必要はないね。
「瞑想することで自分の竜気を感じ取って、全身に巡らせたり練ったりすることで、力の使い方を覚えていくんです」
でも竜脈のことは言わない。
今の時点で言いすぎても、セリース様を混乱させるだけのような気がしたから。
竜脈は、竜人族の人でもなかなか感じ取れない、とスレイグスタ老も言っていたしね。
「それでは、私も瞑想をしたら今よりももっと上手く力を使えるようになるかしら」
「はい、セリース様なら絶対に大丈夫ですよ」
「わかりました。じゃあ今から少しやってみます」
「えっ?」
「瞑想してみますので、エルネアは見ていてください」
と言うと、セリース様は早速座禅して瞑想を始めた。
なんて行動力でしょう。
僕は苦笑しつつも、瞑想するセリース様を見守る。
だけど、セリース様は程なくして目を
「今まで竜気というものを意識したことがなかったので、よくわからないみたい。瞑想をして、どうすればいいのかしら?」
そうか。僕もスレイグスタ老に指示されながら瞑想したもんね。
「ええっと、すみません」
と言って、僕はセリース様の頭に触れる。
うわっ、柔らかくてすべすべの髪だ。
セリース様は一瞬だけ緊張で身体を強張らせたけど、僕が何かしようとしていることに気づいて瞑想を続けてくれる。
そして僕は意識を集中して、セリース様の竜力を感じ取った。
竜脈を感じるのと一緒だよ。
僕がセリース様の中に意識を向けると、ほんわりと暖かい気配の竜力を感じた。
僕は慣れた意識操作でそこから力を汲み取る。
そして、僕の身体に力を流すのではなくて、セリース様の全身に流し、錬成するように意識した。
「あっ」
セリース様も自分の中で力が周り、錬成されて密度が上がっていく竜気を感じ取れているみたいだね。
「口で説明するのは難しいんですけど、こんな感じです」
僕はそうして一時、セリース様の竜気を操ってみせた。
これはアシェルさんの背中に乗せてもらった時に、竜脈じゃなくてアシェルさんの竜力を使ったことの応用だね。
相手の竜力を竜脈に見立てて行うんだよ。
「戦闘の時には無意識に竜術だと思って使っていたのですが、竜気だと知って、意識して身体に巡らそうとしても上手くいかなかったの。でもエルネア君のおかげでなんとなくやり方がわかったわ」
呑み込みも早いですね。
僕が頭から手を離しても、セリース様は上手く竜気を扱えているように見えたから、安心だね。
「よし、これで私ももっと上を目指せるわ」
セリース様の目標はどこですか。今でも十分凄いように思えるんですけど。
「エルネア君、ありがとうね」
瞑想を終えたセリース様は立ち上がり、服についた汚れを優雅に払う。
「大丈夫そうですか」
「はい、ご心配なく。エルネア先生のおかげで助かりました」
「えへっ、先生だなんて」
恥ずかしくて僕ははにかむ。
「それに」
言ってセリース様は、僕の背後に視線を向けた。
「これ以上エルネア君と二人きりだと、旦那様に嫉妬されるし、ルイセイネが怖いわ」
「ええっっ」
僕は慌てて後ろを振り向いた。
「おいリステア。セリースが公然と浮気しているぞ」
「あらあらまあまあ、いつの間にお二人はそんなに仲良くなったのですか」
「うわっ、違うんだよ。僕とセリース様はただちょっと……」
「エルネアー、勇者の正妻を奪うなんて大胆だねー」
「こらイネア。変なことを言わないの」
あわあわ、どうしよう。
いつの間にか僕の背後には、リステアたちがやって来ていた。
「エルネア、俺のセリースの頭に触ったな」
「えええっ」
僕はリステアに首根っこを掴まれて、別の場所に連れて行かれる。
そしてがしっと腕を肩に回され、逃げられないように抑えられた。
顔を近づけてくるリステア。
「で、セリースの触り心地はどうだったんだよ」
「ぐふっ」
てっきり怒られるかと思ったのに、とんでもないことを聞いてきたよ、この勇者様。
「ふわふわすべすべだったよ」
「だろ?」
にやりと笑うリステア。
「お前は良いよな」
「何が?」
「惚けやがって。セリースにちゃっかり触れていたし、双子王女のお胸様を堪能したじゃないか」
「ええっ。でもセリース様に触れるくらいならリステアはいつもしてるでしょ」
「それがなぁ。あいつは身持ちが固すぎなんだよ。今でも手を繋ぐことさえ躊躇うんだ」
「嫌われてるんじゃないの?」
「言ってくれるな、この野郎」
「ぐええ、苦しいよ」
「あああ、俺はいつになったらあのお胸様を堪能できるんだろうな」
「これはもう、正式に結婚するまでお預けだね」
「やっぱりかぁ」
がっくりと項垂れるリステアを、僕は慰めた。
リステアの気持ちは良くわかるよ、僕も似たような状況だもの。
ミストラルもルイセイネも、非常に身持ちが固いんだ。
でもだからこそ、たまに頭を撫でてもらったり何かあった時に抱きしめられると嬉しいんだよね。
僕たちがひそひそ話しをしていると、元の場所でみんなが呼ぶ声がする。
それで僕たちの密会は終了になる。
にやにやと戻って来る僕とリステアを見て、みんなは訝しげな視線を向けていたよ。
そして、僕たちは解散した。
と言ってもリステアの家の方へ向かう勇者様御一行と神殿に戻る巫女様三人と、僕が分かれただけなんだけどね。
今日は、竜の森に行く予定はない。もちろんスレイグスタ老には伝えているよ。
今日はこのまま帰って、両親にもう一度旅立ちの一年間のことをきちんと説明しなきゃいけないんだ。
今日の僕の試合内容は、両親にとっては寝耳に水だったに違いないよ。
でもだからといって、竜峰へと足を向ける僕に不安を覚えないはずはないよね。
だから僕は両親をなんとか説得して、安心させなきゃいけないんだよ。
ミストラルのことを言ったほうが良いのかな。
竜の森での真実を話したほうが良いのかな。
思案しながら、僕は家に帰り着く。
「ただいま」
緊張した面持ちで玄関をくぐると、両親が笑顔で待っていてくれた。
「あんた、よくやったわね」
「エルネア、俺はお前が息子で誇らしいぞ」
「えええっ」
予想外の両親の反応に、僕は戸惑う。
「何も言わなくていい。お前の決意は先程受け取った」
「毎日竜の森で何をしているのかと心配していたけど、頑張っていたのね」
母さんに抱きしめられる。
「竜峰がどんなところか知った上で、お前は宣告したのだろう」
「うん」
「なら、父さんと母さんはお前を止めない」
「でも約束をして。一年後、必ず元気な姿を母さんたちに見せてちょうだいね」
「うん、誓うよ。僕は竜峰から帰ってきてみせる。お土産をいっぱい持って帰ってくるから、楽しみに待っててね」
「男なら、言ったことはちゃんとやり遂げるんだぞ。逃げるなよ」
「エルネアが無事に帰って来てくれれば、それが何よりもお土産になるんだからね」
父さんと母さんのそれぞれの言葉と想いに、僕は涙がこみ上げてきた。
「僕、頑張るよ。頑張って立派な大人になる」
僕は母さんに抱きついて、涙を流した。
きっと両親は僕のことが心配でたまらないと思う。
でもそんなことはおくびにも出さず、激励してくれる両親の心遣いに、僕は感謝した。
そして心から誓う。
必ず無事に帰ってきます。
お嫁さんと一緒にね。
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