宣告の儀式

「ぼくは君を倒して、リステアの正妻になるんだっ!」


 ネイミーが叫び、剣を構える。


「ふふふ、私はリステアの正妻として、彼を支え続けることを誓います。なので貴女には負けません」


 ネイミーとは対照的に、セリース様は優雅に腰の剣を抜き放ち構えた。


 対峙するネイミーとセリース様。


 緊迫の空気が場を満たす。


 そして、詰め掛けた大勢の観衆から、歓声が沸き起こった。


「おい、お前はどっちを応援するんだ?」


 スラットンが、隣に座るリステアに意地悪そうに聞いている。

 僕やリステア、それに同級生徒たちは、修練場の生徒控え場で、ネイミーとセリース様の勝負を観ていた。


 今日は、一年間学校に通ってきた僕たちにとって、とても大切な日だった。


 学校の隣。修練場に生徒の家族や地域の人たちが大勢集まり、僕たちの一年間の努力の成果をお披露目する日なんだ。


 武芸は苦手です、なんて弱いことを言う生徒は誰もいない。だって、今まで一年間武芸に励んできたのは、冒険者になるためでも旅立ちの一年間を過ごすためでもないんだよ。

 これから一生の間で、魔物に遭遇しても対処できるようになるため、生き残るために毎日毎日努力してきたんだからね。


 今日は、その成果を両親や近所の人たちに披露して、自分たちはこんなに立派になりました、だから旅立ちの一年間も安心して見守ってください、と言うための日なんだ。


 僕たちは修練場に大勢の人を招いて、試合形式で一年間の成果をみせる。

 そしてこの時、ひとつの儀式をするんだ。

 戦う前、対戦者は旅立ちの一年間の目標、もしくはこれから先の自分の歩む道を宣言しなきゃいけない。


 ネイミーとセリース様の対戦前に戦った人の中には、冒険者になる、ヨルテニトス王国まで行って見聞を広げる、副都で商売を始める、なんて生徒もいた。


 みんなそれぞれに、きちんとした目標や夢があって凄いね。

 と思っていると、修練場に詰め掛けた人たちから歓声が起きる。


 意識を戦いに向けると、セリース様が俊敏に動き回るネイミーに苦戦していた。


 なんか予想外だ。

 これはみんなも同じ思いのようで、苦戦しているセリース様に応援が飛んでいた。


 ネイミーも可愛いんだけど、やっぱり王女のセリース様の方が人気は圧倒的だね。


 集中して観戦すると、セリース様は竜気を使って身体能力を向上させながら戦っているように見えた。


 だけど、終始圧倒するのはネイミーなんだ。

 右や左に駆け回り、セリース様の優雅な剣さばきの隙を掻い潜って懐に入る。

 そして最小の動きで斬りかかり、セリース様を追い詰める。

 セリース様は、懐に飛び込まれるごとに徐々に後退していき、試合範囲に設定されている場所の隅近くにまで追いやられていた。


「おお、ネイミーは気合入っているな」


 スラットンが手を叩いて楽しそうに観戦している。


「だが、セリースには奥の手があるからな」

「ああ、あれは頂けない」


 リステアとスラットンの身内会話は、僕には意味不明だった。

 それにしても、ネイミーって強いんだね。竜気を使っているセリース様を翻弄ほんろうするなんて。

 元々仲間だし、手の内を知り尽くしてるのかな。


 じりじりと、更に退がるセリース様。


 追い詰められた、と思った瞬間だった。

 剣を交えたと思ったら、ネイミーが吹き飛ばされた。


「うわっ、それを使っちゃうんだ!?」


 途端にネイミーが嫌そうな顔をする。


「うへへ、出してきた」


 スラットンも嫌そうな顔をした。


「なんなの?」


 僕はリステアに聞いてみる。


「ああ。あれはセリースのお家芸。超絶吹き飛ばしだよ」

「は?」


 意味がわかりません。吹き飛ばすのがお家芸?


「竜術らしくって俺も詳しくはないんだけど、あれを発動させると大羊でも吹き飛ぶんだ」

「えっ」


 大羊って、野生化した恐ろしい羊だよね。たしか人の数倍以上の大きさの身体の……


「俺はあれで地竜を吹き飛ばしたのを見た」

「小竜だったろうけど、あれは多分大羊より重かったよな」

「ええっと……」


 なんですか、その竜術は!

 僕は、そんな怪力な技なんて知らないですよ!?


「うにゃあっ」


 剣を交えるたびに吹っ飛ぶネイミー。


 すでに試合になっていません。

 何をしても、セリース様に触れると問答無用で吹き飛ぶんだもん。

 ネイミーが勝つためには、セリース様に触れないように戦うしかないんだけど、そもそもそんな戦い方が出来るなら、とっくに勝っているよね。


 さっきまでとは真逆で、今度はネイミーがどんどん退がっていき、最後は試合範囲から弾き出されて負けになってしまった。


 ……なんという力技。


 僕は、セリース様の恐ろしさの片鱗を見たような気がしたよ。


 会場は、セリース様が勝利して大歓声が起きる。

 なかにはネイミーの善戦を称賛する声も多かった。

 だけど、ネイミーは悔しそう。

 まあ、そりゃあ、そうだよね。前半はあれだけ善戦していたのに、力押しで負けちゃったんだから。


 僕たちの居る控え場所まで戻ってきたネイミーは、セリース様にぶうぶうと文句を言っていて、セリース様は困った様子だった。


 修練場では、次の試合が早速始まっている。

 対戦相手は基本的にくじ引きで選ぶので、たまに実力差がありすぎる人同士がぶつかると、試合はすぐに終わる場合もある。


 過去には、実力の近い者同士で、という案も出たらしいけど、当時の鬼教官が「それでは魔物も実力の近いものしか出ないのか」と言ったために、今でもくじ引きだった。


 試合と宣言の儀式は順調に進み、ルイセイネの番が来た。


 ルイセイネは巫女なので、今まで修練場で修行をしたことがない。

 座学の後はキーリとイネアと共に、神殿に必ず帰っていたからね。


 だけど、今日だけはみんなと一緒で、修練場でお披露目の戦いをしなくちゃいけないんだ。


 そしてルイセイネの出番は、本日でも上位に入る注目の試合だった。

 なにせ、ルイセイネは戦巫女いくさみこ

 巫女の中でも戦闘に特化した女性なんだけど、今まで修練場に来たことがないから、誰もルイセイネの実力を知らないんだ。


 定期的に行われていた遺跡調査訓練でも、ルイセイネは基本は巫女として動いていたし、そもそも遺跡調査訓練では戦闘が繰り広げられるような危険は少ない。

 魔剣使いと最初の魔族の待ち伏せは例外だよ。


 戦巫女のルイセイネは、いったいどのような戦いをするのか。同級生徒のみんなは固唾かたずを飲んで注目していた。


「あらあらまあまあ」


 みんなの注目に微笑むルイセイネ。

 どうやら緊張はしていないみたい。


 ルイセイネは愛用の薙刀を両手でしっかりと持って、試合の場所へと移動する。


 対戦相手は、と修練場の全員が視線を移す。


「ルイセイネ、お手柔らかにね」


 そう言って相対したのは、まさかのセリース様だった。


 ああ、そうか。僕たち生徒の人数は奇数だから、誰かが二回試合をすることになるのか。

 そしてセリース様が二回試合の役目を負ったんだね。


「セリース様、よろしくお願いします」


 二人は礼儀正しくお辞儀をすると、指定の位置へと動く。


 そして、ルイセイネの宣言。


「清き行いと、たゆまぬ努力を誓います」


 これは巫女様の常套文句だね。

 だから、宣言にはみんな反応はしなかった。

 それと、セリース様はさっき宣言を済ませているので、いよいよ勝負になる。


 ルイセイネは重心を落とし、薙刀を構える。

 セリース様は油断なく、それでも優雅に剣を構えた。


「始めっ!」


 審判の合図に、歓声が上がる。


 セリース様がいきなり間合いを詰めるように突進した。

 ルイセイネは薙刀だから、間合いが長い。片手剣のセリース様は先制で懐に入り込んで、自分の間合いにしたかったんだと思う。


 でも、ルイセイネはそんなセリース様に突きを放つ。

 目にも止まらぬ二段突き。


 セリース様は慌てて受けに入った。


 薙刀の間合いだと、セリース様は圧倒的に不利だよ。

 そうなれば形勢逆転を狙って、さっきの吹き飛ばしの竜術を使うだろうね。


 観客全員が同じ考えを持っていると思う。

 それだけ、さっきの吹き飛ばしの威力は絶大だったんだ。


 セリース様の気配が変わる。

 竜気を探ると、今までの身体能力向上とは質の違う流れがセリース様の中に感じ取れた。


 セリース様が間合い話詰める。


 進路を阻もうとする薙刀の先に、片手剣を振る。


 ぶつかり合えば、ルイセイネも吹き飛ぶ。そうなれば、もう試合にはならない。と、誰もが思った。


 僕以外はね。


 僕は知っている。

 ルイセイネの色んなことを。


 苔の広場で僕とよく修行をしたし、ミストラルと何度も手合わせをしてきた。


 ミストラルの力は桁違いなんだ。それは勿論、計り知れない竜力からくるものだけど、それを相手にルイセイネや僕は手合わせをしてきたんだ。

 だから単純な力技程度だと、僕やルイセイネには通用しない。


 薙刀と片手剣がぶつかり合った瞬間、ルイセイネは流れるような動きで薙刀を振り、セリース様の斬撃を受け流した。


「そんなっ!?」


 驚愕の表情を浮かべるセリース様。


「ばかなっ!」


 隣でリステアが驚いていた。


「嘘だろ!? あれは受け流せるようなものじゃない。触れたら問答無用なんだぞ」


 スラットンも驚いて目を丸くしていた。


「吹き飛ばしを使わなかったんじゃない?」

「いや、セリースのあの驚きから、使ったはずのに吹き飛ばなかったというのが正しいはずだ」


 クリーシオの声に、リステアが断言した。


「どうして?」


 修練場では、セリース様が疑問を口にしつつ、それでも再び攻撃を仕掛けていた。

 左右に揺さぶりをかけ、今度は薙刀の刃の付け根を狙って剣を振り下ろす。


 しかし、今度は薙刀自体に当たらない。


 セリース様は連撃を繰り出してきた。


 しかし当たらない。


 大きく回避されているわけじゃない。むしろ、間合いはセリース様に有利な近接戦の方が多い。

 でも当たらない。


 あたかも動きが全て読まれているように、セリース様の攻撃は全てルイセイネに回避されてしまう。


「このっ」


 セリース様の竜気が膨れる。


 渾身の一撃だ!


 豪速の剣戟が、とうとう薙刀に触れた。


「あっ」


 だけど、体勢を崩したのはセリース様だった。


 渾身の一撃さえも、ルイセイネは読み切った。

 弾かれる薙刀を遠心力に使い、回転しながらセリース様の懐に自ら飛び込む。

 一気に間合いを詰められたセリース様は、一撃後の隙もあり、完全に前のめりな状態になっていた。

 ルイセイネは体勢を崩し倒れそうなセリース様を抱きとめる。


「あらあらまあまあ、これでわたくしの勝ちても良いのでしょうか」


 セリース様に微笑みかけるルイセイネ。


 勝負あったね。

 この場合、ルイセイネにその気があったら、懐に入った時に薙刀の石突でセリース様を突き飛ばすこともできたんだ。

 セリース様も自分が負けたことを認識し、素直に降参した。


 わっと歓声が湧き上がる。


「まさか、吹き飛ばしを使ったセリースが負けるなんて」

「すげえな、あれが戦巫女の力なのか」


 リステアもスラットンも驚愕していた。


 ふふふ、そりゃあ驚くよね。

 攻撃を全て見切られ、渾身の一撃さえ受け流されたんだもんね。

 修練場の中で、きっと僕だけがルイセイネの勝利を確信していたんじゃないかな。

 はっきり言って、相手がセリース様だったことで、もう戦う前からルイセイネの勝ちは決まっていたんだと思う。


 だって、ルイセイネには竜眼があるんだものね。


 竜気を扱う者にとっての天敵。

 竜眼の能力は圧倒的なんだ。

 それは僕が身に染みて知っている。


 何をしようにも、全てを見透かされてしまう。

 力技であろうと、素早い技だろうと、何が来るかわかっていれば回避なんて簡単。

 さらに言えば、技の弱点や竜気の流れをどこで断てば良いのかさえ、今のルイセイネには見えるんだ。


 もうこれは反則級の能力だよね。

 もしもこれに対抗しようと思ったら、ミストラルのようにルイセイネが対応できないくらいの圧倒的な力や速さで攻撃しなきゃいけないんだ。

 そういったことを勿論知らないセリース様には、僕の目からは勝機は最初から無かったんだよね。


 首を傾げながら戻って来たセリース様と、笑みを浮かべるルイセイネを、僕たちは拍手で出迎えた。


「不思議だわ。何で私の攻撃が全部不発に終わってしまったのかしら」


 セリース様は、今の試合に納得していない様子だね。


「ごめんなさい」


 ルイセイネが謝る。


「いいえ、貴女が謝ることはないんです。ただ、自分の技が通用しなかったことに驚きました」

「ルイセイネ、お前って強かったんだな」

「まさか吹き飛ばしを使ったセリースに接近戦で勝つなんてな、思ってもみなかったよ」

「あれれ、もしかしてリステアでもあの状態だと勝てない?」

「むしろ吹き飛ばしを使っているときにセリースに接近戦で勝てた者を、今日初めて見たよ」

「ああいう時は、遠距離攻撃しか手がないもんだと思っていたぜ」

「うへへ、そうだったのか」


 ルイセイネ、君はじつは凄いことをやり遂げたんだね。


「ルイセイネ、ぼくに接近戦でのセリースの倒し方を教えてよっ」


 ネイミーの懇願に、ルイセイネは困った様子だ。


「ルイセイネって、こんなに強かったかしら」

「奇跡の勝利だねー」


 一方、巫女仲間のキーリとイネアは、今の戦いでのルイセイネの実力には懐疑的みたいだね。

 でも、あれが今のルイセイネの実力なんです。

 竜気を使う者は、手も足も出ませんよ。

 もちろん、僕もね……


 騒ぎ合う僕たちを余所に、試合は更に進んでいく。


 そしていよいよ、僕の順番になった。

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