晴れ 処により 一時雨
両腕を肩の高さに上げ、白剣と霊樹の木刀の剣先まで真っ直ぐ伸ばす。ふわりと身体を回転し、緩やかに舞い始めた。
服の
リステアが先行して走り出す。目指すは象種の獣人族。近くには
聖剣の炎は、リステアの倍以上ある巨躯の獣人族を
リステアの全身を覆う炎が、吹き乱れた。
炎はリステアの意志に従い、真っ赤な盾に形を変える。炎でできた何枚もの盾が、獣人族の放つ物理的な攻撃を防ぐ。
リステアは防御を炎に任せ、自らは象種や犀種の獣人族の
一方、ルイセイネたちには小型の獣人族が遠隔から弓や投げ槍を
ガウォンだけは戦いに参加せずに、僕たちの戦いを見守っていた。
彼も獣人族のひとり。僕たちの力を示す戦いにおいて、ガウォンがこちらの加勢に入るとは思っていないので問題ない。
「ルイセイネ、僕の側にいてね」
「はい!」
キーリとイネアの結界に入らなかったルイセイネが、僕の傍に滑り込む。
僕は竜剣舞を舞いながら、目にも留まらぬ速さで接近してきた肉食の獣人族の相手をしていた。
白剣が下段から伸びやかに振るわれ、霊樹の木刀が違う軌跡から追撃する。蹴りを放ち、霊樹の木刀に
竜眼の性能と、これまで何度も僕の舞いを見てきたルイセイネだからこその連携だ。
リステアも、離れた場所で共闘している。
獣人族、ううんそれだけではなく、生物は本能的に炎を恐れる。聖なる炎で、リステアは攻撃の防ぎにくい巨漢の獣人族がこちらに迫ることを防いでくれていた。
リステアが盾役で、ルイセイネが補佐役。回復役のキーリとイネアも、目立つ結界で獣人族を引きつけて、こちらの負担を軽減してくれている。
メイを抱きかかえて結界に閉じこもる少女二人は、獣人族にとって無視できない標的なんだろうね。それを、結界で防ぐ。
みんなが、それぞれの役目で動いている。
事前に打ち合わせなんてしていないけど、暗黙の了解で自分のすべき仕事を理解しているようだ。
それじゃあ、攻撃役を受け持った僕も本領を発揮しなきゃね。
地を
次々に迫る獣人族を、切れ目のない動きで倒していく。獣人族の目は、僕の流れる剣戟や脚の動きを追って右へ左へ。凄腕の者は、僕の視線から動きを読もうと瞳を凝視してくる。
だけど、竜剣舞を舞い始めた僕にとって、全てが共演者であり、観客だ。敵対者を魅了し、舞のなかへと誘い込む。誘い込まれた者は、僕に踊らされているとも知らずに手を出し、足を出す。それらを軽やかに
「邪魔だ、
フォルガンヌが
覇気だけで味方の獣人族の群を
黄金色の波動が戦斧から放たれ、地面を
「ルイセイネ!」
背後で法術を詠唱していたルイセイネを抱きかかえ、空間跳躍する。一瞬で違う場所に出現した。
フォルガンヌはそれでもこちらの動きを一瞬で読み取り、猛獣の瞳をぎらつかせて接近してくる。
凶暴な肉体から放たれる攻撃は衝撃波を生み、刃の届かない範囲からでもこちらを狙う。
「エルネア君!」
「大丈夫!」
初撃は念のために大きく回避行動をとったけど。一度確認すれば、威力は把握できる。
僕は躊躇わずに、真正面から黄金の衝撃波を受け止めた。
ガウォンが、はっと息を飲む姿が見えた。
フォルガンヌの口元が僅かに上がる。
大地を砕き、土砂を吹き上げて迫った黄金色の襲撃波が僕を包み込む。
一瞬、視界が
「なにっ!?」
だけど、叫んだのはフォルガンヌだった。
衝撃波で僕を倒したと確信していたらしい。でも、甘いよ。
竜気で強化された僕の全身は、竜の鱗を纏っているようなものだ。この程度で、竜を傷つけることなんてできない。
フォルガンヌの遠隔攻撃を耐え抜いた僕は、動きを止めることなく竜剣舞を舞い続ける。
さあ、僕の力を見たいのなら、まだまだこれからだからね!
これまでの舞で、周囲には大量の竜気が既に充満していた。獰猛な戦闘の熱に浮かされた獣人族には、この濃密な竜気の気配に気づくことはできなかったらしい。
魔族ではなくても、不気味な魔力の気配を感じることはできる。竜気がなくても、竜人族や竜族の放つ桁違いの気配を読むことはできる。獣人族でも、目先の標的に目を眩ませていなければ、周囲の異変には気付けたかもしれない。
気付けたとしても、防ぐことはできないけどね。
竜気で満たされた草原が、風もないのにざわざわと揺れ始めた。それは次第に、一定方向への規則的な流れへと変化していく。上空から
竜気は渦を巻き、中心の僕をめがけて収束していった。同時に、獣人族たちを竜気の渦に巻き込んでいく。
突進してきた
悲鳴が、至る所で起き始めた。
突進していた者。一度退こうとした者。キーリとイネアの結界に群がっていた獣人族や、リステアが相対していた巨躯の獣人族たちからも、悲鳴が沸き起こる。
「ぐぬあっ、なんだ!?」
少し離れた場所で、大地に足の爪を深く食い込ませて耐えるフォルガンヌがいた。猛獣の王は、攻撃を繰り出すことも、身動きを取ることさえも叶わない様子でこちらを睨んでいた。
だけど、次第にフォルガンヌの屈強な身体も猛烈な渦の力に揺れ始める。
廃墟の都の近くで戦う僕たち。
竜気の渦はその地点だけではなく、周囲に広がる草原をも飲み込んでいた。
広がった竜気を通して、草原全体を把握する。
遠くで、争いの気配に顔を上げて様子を伺う動物たち。肉食獣も草食獣も、揃って騒動を見守っていた。
『大丈夫だよ。迷惑をかけてごめんなさい』
竜気に乗せて、そんな動物たちに謝罪の心を伝えておく。
動物たちとは違う気配を把握する。
戦いには参加していないけど、獣人族の問題に興味を示した人たちだろうか。違う種の獣人族たちも、遠目からこちらの様子を伺っていた。
申し訳ないけど、君たちも巻き込ませてもらいます。この戦いの後に「自分たちは参加していなかったから認めない」なんて言われて、また力を示すなんて面倒だからね!
廃墟の都の中心に、数人の気配を感じ取る。どうも、結界に
研ぎ澄まされた竜気の渦は、任意の者を選別して捕らえていく。そして、渦の流れに引き込んで、中心へと集める。
とぐろを巻く竜気の嵐は地上を支配し、獣人族たちを引きずり込む。そうして中心に引き寄せられた者たちは、悲鳴とともに上空へと吹き飛ばされていった。
相対していた象種の獣人族が飛ばされて手の空いたリステアが、空を見上げる。キーリとイネアが結界のなかで口を開けていた。ルイセイネは薙刀の刃を下ろし、僕の舞いに魅入っている。
僕は舞い続け、獣人族たちを空へと飛ばす。
竜気の大竜巻は雲を払い、空を薄っすらと、可視化した竜気が示す緑色の景色に
雷電が地上を走り、下から上へと昇る。まるで
上空で、獣人族たちが死にそうな悲鳴をあげた。
遥か下方の地上から、雷の竜が襲いかかってくるように見えたのかもしれない。
一応、獣人族には当てないように気を使う。
空に上がった
唯一、フォルガンヌは両手両足の爪で大地にしがみ付き、竜気の大竜巻を耐え抜いていた。だけど、それが
野太い悲鳴が草原に響いたような気がした。
雷鳴の轟で、僕の耳には届かなかったけど。
「おまえなぁ……」
リステアのため息だけは聞こえたような気がした。
リステアは、ため息交じりに聖なる炎を振り撒き始めた。
僕はそれに合わせて、生気の溢れる竜気をもう一度改めて、草原に広げていく。
背後で、ルイセイネが
不思議なことに、ルイセイネの法力が僕の竜気に乗って草原を満たしていく。
上空では、嵐の渦巻きに囚われた獣人族たちの悲鳴が続いている。それとは逆に、地上では喜びの気配が満ち始めていた。
竜気を受け取った精霊たちが喜びに歓喜する。聖なる炎と踊り、きらきらと
法力の乗った竜気は、草原に生命力を与える。
春の草花は元気よく育ち、例年よりも遅い春を待ち侘びていた
赤や黄色、青や白の花が咲き乱れ、虫たちが蜜を求めて舞う。鳥が気持ち良さそうに竜気の風を受け、動物たちは春の到来に飛び跳ねて喜びを表す。
さあ、仕上げだ。
西の空から風を呼び込む。
遠い竜峰から、澄んだ空気とともに濃厚な気配が北の地に向かって流れ込んできた。
竜族は、北の地で狩りをするのは面倒だと言って、飛竜の狩場を選ぶ。だけど、北の地の空は飛ばない、とは言っていない。
雷鳴なんて可愛いくらいの迫力で、空が震える。竜族たちは競うように咆哮をあげて飛来し、北の地の空を支配した。
数えきれない飛竜や翼竜が、空できり
僕は地上の影に手を着くと、極めつけを呼び出した。
ぬるり、と影が
リリィだ。
僕とルイセイネは、足もとの影から出現したリリィの頭の上に乗っていた。
黒く艶やかな鱗が、周囲で乱舞する炎や精霊の輝きを反射して、美しく輝く。
眩い鱗の瞬きとは逆に地獄の咆哮を轟かし、全てを
「食べていいのかなー?」
「いやいや、勝負はもうついているからね。過剰な殺生は禁止だよ」
「じゃあ、陛下は招ばなくても大丈夫ですかねー?」
「……ええっと。絶対に招ばないでね!」
リリィと僕との呑気な会話とは裏腹に、牙の間に挟まれたフォルガンヌは顔面蒼白でこちらを見ていた。瞳が恐怖に染まり、全身をがたがたと震わせている。
「リリィ、もう良いから、解放してあげてね」
「はいはいー」
「みんなも、ありがとう!」
空の飛竜たちに向かい、手を振ってお礼を言う。
『なんだ、もう終わりか』
『つまらぬ』
『獣人族どもを根絶やしにすると思って来たのにな』
『ふふん、貴様は新参者か。こうして協力をしておけば、後が楽しいのだよ!』
『肉祭りじゃー!!』
飛竜たちはもう一度威勢良く咆哮をあげて、竜峰の空へと帰っていった。
リリィはフォルガンヌを吐き出して、そのまま居座る。
「んんっと、遊んでも良い?」
「綺麗なお花畑にゃん」
「……」
『おわおっ。エルネアがあの廃墟を造ったのかなっ!?』
「…………」
『レヴァリアやミストたちがね、楽しんでおいでってさぁ』
「………………」
「エルネア君、ちゃんと責任を取ってくださいね?」
「おかしい。影から現れるのはリリィだけだと思っていたのに……」
「背中に乗ってれば、連れてくることができますよー」
「あのね。ぬるって地面に消えたら、ぬるぬるって出てきたんだよ」
僕の背後から、小さく暖かい気配が抱きついてきた。頭になにかが乗ってくる。お腹にぐりぐりと尖ったものを擦り付けてくる者もいた。
僕は下を見ないようにして、帰っていく飛竜たちと飛ばされた獣人族の人たちに意識を向ける。
リリィを呼び出し、竜剣舞は終了していた。
舞が終わると、次第に竜気の大竜巻は収まり始める。すると、空に舞い上げられていた獣人族たちが雨粒のように地上に落ち始めた。
「見ろ、獣人族たちがまるで
「エルネア君、性格が変になっていますよ……?」
限界を超えてしまったのか、落下する獣人族たちから悲鳴は届いてこない。全員が失神しているようだ。
僕はリリィにお願いをして、落ちてくる獣人族の人たちを竜術で受け止めてもらう。
「リリィが来なかったら、どうやって落とすつもりだったんでしょうねー」
「あははは」
リリィの突っ込みに、乾いた笑いしか出てこない。
僕に
「エルネア君、プリシアちゃんたちの面倒はお任せしますからね?」
「ううう、ルイセイネ。助けてっ」
見なくてもわかる。
幼女たちは、リリィと一緒に北の地へとやって来たんだ。
大変です。目新しい土地、珍しい外見の獣人族の人たち。この状況で幼女たちの制御なんて、できるんでしょうか……
見渡す限りのお花畑になった草原をリリィの頭の上から見下ろし、横たわる獣人族たちに次なる騒動の予感を心のなかで謝罪した。
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