花の廃墟

 満開の花々で華やかな草原に、大勢の獣人族が倒れ伏している。遠目から見れば、穏やかな小春日和こはるびよりに大人たちが日向ぼっこやお昼寝をしているようにも見えるけど。近づけば全員が白目をむいて気絶しているのだとわかる。


「やっぱりこうなってしまったか……」


 聖剣をさやに収め、呆れ顔のリステアがこちらへとやって来た。

 僕はプリシアちゃんとルイセイネを抱きかかえて、リリィの頭の上から降りた。フィオリーナとリームが、飛んでついて来る。


「大丈夫だよ。殺してないよ」

「これが全部死体だったら、融和とかではなくて全面戦争になっているだろうな」

「腕試しで良かったですね」


 死者は出ていないはずです。リステアも手加減なく聖剣を振るい炎を乱舞させていたけど、相手が屈強な戦士たちだったからね。負傷はしていても命に別条はない。


 腕試しの戦闘が終了し、キーリとイネアは結界を解く。

 ガウォンもいつの間にか、法術の結界のなかへと避難していたみたい。


 うむ、賢明な判断です。


 キーリ、イネア、ルイセイネ。三人の巫女様は草原を駆け回り、負傷している獣人族を癒し始めた。僕たちも手伝って、遠くで倒れている獣人族の人たちを近場に連れてくる。

 メイは、ガウォンに預け直していた。


凄惨せいさんな戦いにおいて、心休まる花を咲かせるのですね、貴方たちは」


 ルイセイネたちを手伝っていると、廃墟の都から数人の人物が出てきた。


「祈祷師ジャバラヤン様だ」


 ガウォンが姿勢を正す。

 僕とリステアも手を止めて、こちらへゆっくりと歩いてくる老婆ろうばと取り巻きの人たちに向き直る。


 先頭で歩いてくる女性。

 頭頂から生えた長い耳は、兎のように見える。兎種うさぎしゅの獣人族なのかな。

 しゃらん、しゃらん、と涼やかな音を鳴らす大きな杖を支えに、曲がった腰で歩いてくる兎種の老婆は、とても小柄だった。


御前ごぜんで騒ぎだてしまい、申し訳ございません」


 ガウォンは両膝をついて、首を垂れた。

 兎種の老婆はガウォンの前まで歩いて行き、彼の頭に手を当てる。


「勇猛なる戦士ガウォンよ。メイをここまで連れて来てくれたことに礼を言います。此度こたびの対立は私の不甲斐なさが招いたること。そなたの叔父貴ラーゼガンに代わり、礼をさせてください」

「俺だけではフォルガンヌたちを屈服させることはできませんでした。これは彼ら人族の力添えがあったからこそです」

「ええ、そうですね」


 兎種の老婆は、今度は僕たちに向き直った。

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、治療に当たっていたルイセイネたちも手招きで呼び寄せる。

 なんだろう。兎種の獣人族のおばあちゃんなのに、高位の巫女様を前にしたような神聖さを感じる。

 これまでは他人事のように呼び捨てで思考していたけど、それが不敬であることに気づいた。

 手招きに応じてこちらへと戻ってきたルイセイネたちも、神妙な表情になっていた。


「遠くからでも、貴方たちの戦いを感じることができました。憎しみや狂気ではない戦いをする、珍しい者たちよ」

「騒動をおかけして、申し訳ございません」


 リステアが深く頭を下げて敬意を示す。僕たちも身を屈め、リステアにならう。

 上からではなく、視線を落としたことで兎種の老婆ジャバラヤン様のちがよくわかった。そして気づく。

 ガウォンが言っていたように、ジャバラヤン様の服装はどことなくルイセイネたちの巫女装束みこしょうぞくに似ていた。ううん、もっと正した服装、神事などで上級巫女様が着るような正装に似ている。

 手にしている杖も、よく見れば先端が三日月のような形をしていた。

 似たような杖を、アームアード王国やヨルテニトス王国の巫女頭様が持っていたような気がするよ。

 ルイセイネたちもそれに気付いたようで、驚きを露わにしていた。


「人族の巫女に会うのは何百年ぶりでしょう。さあ、皆さん、顔を上げて。シジュン、フォルガンヌたちの世話をお願いしますね」

「かしこまりました」


 ジャバラヤン様はお付きの獣人族、見た目的に同じ兎種の人に指示を出して、僕たちに手招きをして廃墟の都へと足を向けた。

 ガウォンはジャバラヤン様に従い、躊躇ためらいなく後をついていく。

 僕たちは一度顔を見合わせてから、仕方なくついて行く。


 けっして、この惨状から逃げ出したんじゃないからね!


 プリシアちゃんは僕と手を繋ぎ、素直について来てくれた。フィオリーナとリームもついて来る。リリィは、草原で丸くなって寛いでいた。


 廃墟の都は、建物の基礎きそ部分やわずかな壁を残して崩壊していた。


 僕のせいじゃないからね?


「ここって、獣人族の都だったんですか?」

「いいえ、違いますよ。私たちがこの地へとたどり着いたときからった、太古の都市です」


 廃墟の都の道や空き地にも色とりどりの春の草花が咲き乱れていて、さびれた雰囲気はない。だけど、本当はとても古い景観なのかもしれない。


「獣人族の人たちが来るよりも前に、違う種族が暮らしていたのかな?」

「それこそ、竜人族じゃないのか?」

「リステア、それはないと思うよ。竜人族はこんな都市を築くような種族じゃないし、質素を好むからね」

「じゃあさー、誰がこんな都を作ったんだろうねー?」

「気になりますね」


 僕たちの疑問に、ジャバラヤン様は振り返って微笑む。そして、無言で僕たちを導いた。


「どうも、答えは向かう先にあるらしいな」

「どういうことだろう?」


 疑問に首を傾げながら、ジャバラヤン様の後に続く。

 とてもゆっくり歩くジャバラヤン様。千三百年以上も生きているというし、仕方ないよね。

 僕たちには遅く感じても、幼女のプリシアちゃんには優しい速度みたいで、彼女はるんるんで歩いていた。綺麗な花を見つけると、僕の手を離れて摘みに行く。そして満面の笑みで戻ってくると、摘んだ花を自慢するように僕たちに見せる。ニーミアもプリシアちゃんについて飛んで行ったり、誰かの頭で休憩したりして楽しむ。

 フィオリーナとリームは、美味しそうな花を見つけては食べていた。

 花より団子ですか。そうですか。


 幼女たちがとても可愛いのか、キーリとイネアは瞳をくりくりとさせて、その様子を見ていた。

 そうしながら進んでいると、通りの先に大きな建物が見えてきた。とは言っても、崩れて原型は留めていないんだけど。


「これは……!」


 だけど、地面に散らばった石や彫刻の破片、建物前の敷地や周囲の土地の造形から、ルイセイネたちはなにかに気付いたみたい。


「もしかして、神殿跡でしょうか?」

「そう見えますね」

「なんでかなー?」

「言われてみると、神殿の造りに似ているな」

「そうなの?」

「おまえなぁ……」


 僕だけが気付けなかったみたいで、みんなから笑われてしまう。

 ううう、ひどい。

 廃墟の欠片かけらだけで施設を判別できるなんて、僕にはできないよ。と言い訳をしたら、ルイセイネから「もっと神殿に足を運んでくださいね」と言われてしまった。

 そうだね。反省です。


 ところで、イネアの疑問じゃないけど、なんでこんな場所に神殿宗教の神殿跡があるんだろう。位置的にも、ここは廃墟の都の中心近くのような気がする。

 人族の住んでいなかった土地に、人族の文化の名残があるって不思議な感じです。


 僕たちの疑問をよそに、ジャバラヤン様は神殿跡に入っていく。

 僕たちもついて行く。

 すると、崩れた残骸の先に、緑がまぶしい広場があった。

 神殿が健在だったころは、中庭だったんじゃないのかな。

 広場の中心には大きなが一本生えていて、枝葉を広げて木陰こかげを作っている。

 ジャバラヤン様は樹の根もとに腰を下ろして、僕たちに手招きしてくれた。


「ずっとずっと昔。まだ獣人族が旅を続けていた頃」


 僕たちが座ったのを確認して、ジャバラヤン様はゆっくりと話し始める。


「私は神殿都市と呼ばれる人族の都で、洗礼を受けました」

「では、やはり。ジャバラヤン様は巫女なのですね」

「ええ、そうですね。今では祈祷師などと呼ばれていますが、根元こんげんを辿れば巫女です」

「ええっ。どういうこと?」

「おまえ、まさか巫女には人族しかなれないと思っていないか?」

「ち、違うのかな……?」


 これまで深く考えたことはなかったけど、もしかして女性なら種族を問わずに巫女様になれるの?


「単純に、人族しか創造の女神様を信仰していないから、巫女や神官は人族ばかりなのですよ。ですが、他種族でも信仰を持てば、立派な信者なのです。そして、修行をして洗礼を受ければ、魔族であろうと神族であろうと、巫女になることはできます」

「つまり、ジャバラヤン様は敬虔けいけんな信者?」

「ふふふ、そうなるのかしら」

「うわっ、すごいですね!」


 僕は驚きすぎて仰け反ってしまう。プリシアちゃんが真似をして、後ろにごろりと転がった。


「ねえ、僕は気づいてしまったんだけど……。それじゃあ、メイが受ける洗礼って、巫女様になる洗礼ってこと?」

「言われてみれば、そうですね」

「そう思うのは正しいことね。でも、それは間違い。獣人族のなかで女神様を信仰しているのは私だけ。考えてみてください。宗主には女だけではなく、男が選ばれることもあるのですよ」

「そうか。男は洗礼を受けられないんだよね」

「そうです。ですので、これから行う洗礼は、あくまでも獣人族の宗主になるための儀式。宗主になる者に、無理な布教は強制いたしませんよ。それは、巫女である貴女たちであれば理解できることでしょう」

「はい」


 頷くルイセイネたち。

 予想外の話に、僕たちは驚いた。だけど、僕たち以上に驚いている人がいた。

 それは、ガウォンだ。


「ま、まさか……。知りませんでした」


 どうやら、獣人族でも知らないお話だったらしい。

 大きく目を見開き、ジャバラヤン様を見つめるガウォン。


「俺たちは、北の地に満月の花と呼ばれるものを探しに来ました。ここでこうして、洗礼を受けたジャバラヤン様に巡り会えたのも、女神様の導きでしょうか」

「満月の花、ですか。古い習慣ですね。どういった試練なのかは理解しています。それでは、貴方たちは故郷に他の女性を待たせているのですね」

「はい。俺たちは満月の花を見つけ、必ず戻らなきゃいけないんです」

「そうですか……」


 どうやら、神殿宗教と繋がりのあるジャバラヤン様は、満月の花のことを知っているらしい。たけど、表情が優れない。


「あなた達が正しい満月の花を見つけられることをせつに願います」

「正しい満月の花?」


 僕たちは顔を見合わせた。

 どういうこと?

 正しい花と、正しくない花があるってこと?

 ここにきて、さらなる疑問が湧いてきたよ。

 なにか知ってる様子のジャバラヤン様は、しかしそれ以上の助言をしてくれることはなかった。

 あくまでも自分たちで見つけ出さなきゃ駄目らしい。試練の厳しさを、ここでも思い知らされる。


「次の満月の夜に、メイの洗礼の儀をり行います。それまでに元気になるといいのですが」


 話題を変え、ガウォンからメイを受け取って、大切に抱きかかえるジャバラヤン様。慈愛に満ちた笑顔は、孫を見守るおばあちゃんのようだ。


「人族の少年少女よ。あなた達の滞在を認めます。どうか、メイと獣人族に導きを。そして、あなた達が試練を乗り越えられますように」


 メイをジャバラヤン様のもとへと無事に届けることができた。

 ひとつの問題を解決し、ほっと胸を撫で下ろす僕たち。

 満月の花に関する情報を掴むことはできなかったけど、獣人族の騒動が収まれば、安心して満月の花を探せるようになる。結果的には前進できたんじゃないかな、と納得して、ジャバラヤン様のお言葉に甘えて、僕たちは廃墟の都に滞在することにした。


 でも、僕たちは気づいていなかった。

 満月の花を探すという試練の本当の意味と、獣人族たちのなかにあるもうひとつの問題に。

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