巡り会い

 獅子種の屈強な戦士フォルガンヌや、数多の獣人族の鋭い視線が僕を射抜いぬく。

 僕はその熱烈な視線に臆することなく、ガウォンとフォルガンヌの間に割り込んだ。


「まずは、名乗らせてください。僕は八大竜王エルネア・イース! 人族ではありますが、竜峰に住む竜族と竜人族からなる竜峰同盟の盟主です!」


 声を張り、草原に響き渡るように名乗りを上げた。だけど、返ってきたのは嘲笑ちょうしょうと見下した視線だった。


「がはははっ! これは愉快だ。人族が竜王?」

「こんなにひ弱な奴が?」

「こいつが竜王なら、俺も竜を統べる王になれるかもな」


 並み居る獣人族全員が、僕を馬鹿にしたように笑い、あざける。

 フォルガンヌも、最初はなにをするのだと警戒していたけど、僕の名乗りの後は顔をしかめて汚い者でも見るような視線を投げていた。


 無理もない。

 僕は今、竜気を抑えている。そうすれば、確かにひ弱な人族の少年にしか見えないよね。でも、今はそれで良い。

 獣人族の下卑げびた爆笑にめげることなく、僕は話を勝手に進めた。


「先ほどから、あなた達の内輪揉めに耳を傾けてきました。ですが、はっきり言って不愉快です」

「なに!?」


 僕の大胆不敵な言葉に、フォルガンヌの片眉がぴくりと反応した。


「聞いていれば、くだらない言葉の応酬ばかり。全く中身がないじゃないですか」


 獣人族の笑いや嘲りは、次第に苛立ちへと変わっていった。

 人族のこんな少年に見下されたような言葉を発せられて、不愉快なんだろうね。僕はそれには構わず、言いたいことを言う。


「ガウォンにも、失望だよ。メイのために命を賭けていると思ったからこそ協力したというのに、まるで周りが見えていない。というか、獣人族って他人任せで生きる種族なのかな?」

「どういう意味だ、エルネアよ?」


 ガウォンが聞き返した。彼の顔にも不満の色が見て取れる。


「聞いていれば、メイがどうにかしてくれる、あの部族はなにかしたか、なにかあればジャバラヤン様、ジャバラヤン様って、自分たちではなにも道を決められないの? 僕の師匠は、とても厳しいんだ。進むべき道は示してくれるけど、目的地には自分で考えて、自分の足で歩けと背中を押してくれます。でも、気高いと思っていた獣人族のあなた達は違う! ジャバラヤン様の占いを尊重しているのはわかる。だけど、そこから道を切り開いていくのはあなた達自身でしょう! メイが宗主になれば、彼女がどうにかしてくれる? 占いが不服だから、宗主になる前に殺しちゃおう? 違う、それは間違いです!! 占いを尊重するのなら、選ばれたメイをしっかりと支えてあげるのがあなた達の仕事です! 大人の役目です! そしてメイ任せじゃなくて、彼女とどう繁栄していくのか、それを試行錯誤するのが本当の道じゃないですか?」


 スレイグスタ老は、僕に絶えず道を示してくれた。だけど甘やかさず、僕に進むべき選択肢を任せてきてくれた。

 でもね。

 僕がどんな道を選んでも、スレイグスタ老は後ろからしっかりと支え続けてくれたんだ。間違った道かもしれない、迷い道かもしれない。そんなときでも、スレイグスタ老は見放さずに、他人事と捨てることなく、どんなときも僕の味方でいてくれて、支え続けてくれた。だから今こうして、僕はこの地に立っていられるんだ。


 ひ弱で、ただ勇者にあこがれるだけだった僕。それは、今のメイに似ている。周りを見渡せば、自分よりも遥かに優れた者たちが大勢いる。自分の資質なんて豆粒程度も感じられず、絶対に他者の方が自分よりも上手く物事を進められる。きっと、メイが意識を保っていたら、そういう不安に押しつぶされそうだったに違いないんじゃないのかな。

 でもだからこそ、周りの者たちがそんな不安一杯のメイを全力で支えるべきなんだ。

 最初から万能の者なんて、この世には絶対にいない。あの勇者のリステアでさえ、聖剣を受け継いでから血のにじむような修行を乗り越えて今があるんだ。

 そして最弱だった僕も、こうして竜王になれた。

 なら、今はまだ頼りないかもしれないメイだけど、成長する機会を与えるべきなんじゃないかな。

 小さな子供のしろは計り知れないよ?


 羊種がこれまで大成したことがない?

 でも、メイがその最初になるかもしれないじゃないか。

 僕の先祖だって、どれだけ辿っても歴史に名を残すような英雄や国を動かすような偉い人なんて出てこない。

 大成たいせいしたのは、きっと僕が最初じゃないかな、と思ってしまう。

 過去が駄目だから、未来も駄目だなんて他人が決めて良いことじゃない。むしろ、期待しようよ。これまで目立たなかった羊種の小さな女の子が、突然占いで選ばれたんだよ。それはきっと、すごい天啓てんけいなんじゃないのかな。


 そして、メイがどうにかしてくれる、じゃなくて、メイとともに歩もうとする努力が必要なんだ。

 最初から全否定の運命だなんて、悲しすぎる。産まれてきたからには、誰もが祝福されて当然なんだ。それを、他者が勝手に踏みにじって良いものじゃない。


 フォルガンヌたち獣人族は、最初からなにもかもを否定するのではなく、ジャバラヤンの占いを尊重するのならそれを素直に受け入れて、そこからどうやって素晴らしい未来に繋げていくかを考えるべきだ。

 ガウォンは、メイに問題を無責任に放り投げるのではなく、どんなときも信じて後ろから支えてやるべきなんだ。


 ざわめく獣人族たちを無視し、僕は僕の持論を口にした。

 ガウォンは苦渋に顔をゆがませ、黙って聞いてくれた。

 フォルガンヌは、終始無感情の瞳で僕を見下ろしていたけど、話している最中に手や口を出すことはなかった。


「勝手なことばかりを言ってごめんなさい。でも、あなた達は間違っていると思ったからね。そして、僕は自分の信念と想いはじ曲げないから。もしもあなた達が僕の言葉を聞いて、くだらないと流すのであれば……。八大竜王として、僕はメイの後見人になる!」


 強い瞳で、僕はフォルガンヌを見据えた。


「そこに、勇者のリステアも加わらせてもらおう」


 すると、背後から息切れのする声が聞こえてきた。振り返ると、いつの間にかリステアが到着していた。そしてリステアの背後には、置き去りにした獣人族たちが。


「俺からも良いだろうか。まず、名乗りをあげよう。おれは人族に伝わる聖剣を受け継ぐ勇者、リステア・アヴェイン!」


 リステアは僕の横まで来て、堂々とフォルガンヌを見上げた。


「人はなにかのえにしで誰もが繋がっているという。それは種族を越え、俺やあなた達もどこかで繋がっているということだ。後ろで補足を受けたが、どうやらそこの小さな女の子、メイが宗主になれば獣人族に繁栄が訪れるという占いが出たらしいな」


 リステアはどの辺りから到着していたのかな?

 背後の獣人族も黙ってこちらを見ていたということは、随分と前から来ていた?

 リステアは、自分がいない間のやり取りをキーリとイネアから聞いていたらしい。


「縁とは面白いものだと俺は思う。俺たちはこの地に満月の花というものを探しに来ただけだったんだが、くしくもメイやガウォン、そしてあなた達と出会った。これがもしも普通の冒険者やよこしまな考えの者だったら、フォルガンヌの言うように、俺たち人族はただあなた達にわざわいを持って来ただけに過ぎなかったかもな。だが、あなた達は運が良い。俺は勇者で、こいつは八大竜王だ。意味がわかるか?」


 リステアは親指で僕を指し、にやりと笑った。


「勇者リステアといえば、人族には知らない者はいない。王や貴族や商人にも顔がく。背後に控える女性は巫女だ。人族は神殿宗教という宗教を信仰している。彼女たちは清く正しい言動を常にしている。そして、俺の横に立つ者こそ、誉れ高い竜王だ。エルネアのひと声で、竜峰の者たちは同じ方向へと動く。これらが意味することとは?」


 リステアの問いかけに、獣人族は唸りをあげた。


「その小僧が、本当に竜の王だというのか?」


 竜の王と竜王はどことなく違いを感じるんだけど、今は黙っていよう。


「間違いなく。昨冬さくとう、人族は魔族の大侵略にあった。それを阻止できたのはエルネアの功績が大きい。エルネアが声をかけたからこそ竜人族は協力し、竜族も出し惜しみなく手助けくれた」

「昨年末、南方で邪悪な空気がうごめく気配は察知していた。魔族が絡んでいたことも知っている。それを、この子供が……?」


 北の地では、呪われた飛竜騎士が東西に飛ぶ姿を何度か目撃されていた。獣人族も、それらに関する不穏な動きを察知していたんだろうね。


「さあ、考えろ。勇者と巫女と、そして竜王。それが羊種の少女とめぐり会い、後見人になるというのだ。そこから導き出される未来とは?」


 リステアの強い問いかけに、前と後ろを挟む多くの獣人族が顔を見合わせた。


 リステアが言わんとしていること。

 それは、メイが宗主になれば、人族と平和な友好が築けて、これから交流が生まれるということ。証人として巫女が立ち会うことで、人族が正しく友好を結ぶことを確約している。そして、僕を通して竜峰とも繋がりを持てる。ということを示唆しさしていた。

 占いで予言された通り。それは獣人族に平和な繁栄を呼び込むことを意味している。


「……なるほど。お前たちの言い分は面白い。だが、それを盲目的もうもくてきに信じると俺たちが思ったか?」

「つまり、俺たちを疑っているということだな」

「そうだ。確かに勇者と名乗ったお前からは、ただならぬ気配を感じる。だが、どうだ。隣に立つ竜の王と名乗る者は、大した気配ではないぞ?」


 そりゃあそうだよね。僕は気配を収めているんだから。

 リステアは僕を見た。


「エルネア。お前の実力を見せてやれ」

「うん。でもその前に。僕が力を見せたら、それであなた達はこちらの言葉を信じるんですか?」

「くくく。良い勘をしているな。たしかに、気配を見せられたからはいそうですか、とはいかんだろう。お前たちの言葉は甘いみつのように頭に浸透する。だが、やはりなんの証拠もないただの言い分だ。虚言きょげんではないとどう証明する?」


 もともと、人族と獣人族との間には交流がない。勇者や竜王という称号を知ってはいても、それが僕たちに備わるものだと証明しなければ、これまでの言葉は虚言になってしまう。

 フォルガンヌの言い分は、たしかに正しいし。


「わかりました。では、それを含めて証明してみせましょう」


 アレスちゃんをぶ。

 突然、僕のかたわらに現れた可愛らしい幼女に獣人族が注目をする。それを横目に、アレスちゃんは光の粒に変わり、僕の身体へと溶け込んでいった。

 同時に、竜宝玉の力を全開で解放する。


「言ったでしょう。僕はもともと、ひ弱だったんだ。でも、勇者のリステアに憧れ、お師匠に導かれて僕は成長した。メイだって、きっと成長できる。それを今から、証明してみせる!」


 爆発した竜気は、誰もが認識できるほどゆくあふれ出し、ゆらゆらと僕の輪郭りんかくを揺らす。


「俺も本気を出すとしよう!」


 リステアは鳳凰を呼び寄せ、僕と同じように融合した。全身を聖なる炎で燃やすリステアは、神々こうごうしい。


 僕の竜気とリステアの呪力が混じり合い、濃密な風を巻き起こす。屈強な獣人族がたたらを踏み、驚愕に瞳を開く。


「なるほど、たいした気勢だ。では、それが本物の実力であるか、試させてもらおう!」


 フォルガンヌが、両手に持つ二振りの戦斧を構えた。こちらの気配に臆することなく、獰猛どうもうな闘気をみなぎらせる。

 フォルガンヌに続き、驚愕していた獣人族たちも武器を構えた。


「力を示すのに、一対一の戦いという緩いことは言うまいな? 獣はどんな獲物を狩るときでも手は抜かん。連携し、追い詰め、蹂躙じゅうりんする。それが俺たち獣人族の戦いだっ!」


 フォルガンヌの怒声を皮切りに、前後の獣人族が襲いかかってきた。


「キーリたちは結界を! いくぞ、エルネア!!」

「うん、任せて!」


 僕とリステアは拳をぶつけ合って気合を確認し合うと、武器を抜き放った。


 さあ、来い!

 竜王と勇者の実力を思う存分に味あわせてやる!


 リステアは聖剣を振り、炎撃を放つ。

 僕は出だしはゆっくりと、丁寧な動きで竜剣舞を舞い始めた。

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