ガウォンの迷い

 炎で形取られた鳳凰ほうおうが先行して空に舞い上がった。

 鳳凰に続き、僕たちは草原を全力で走る。

 青空で旋回する鳳凰が甲高い声で鳴き、複数の方角を示す。


「キーリたちはガウォンと一緒に走れっ!」

「はい!」

「エルネア、俺たちの役目はわかっているな?」

「うん。ガウォン、ルイセイネたちをお願いします」

「任せておけ!」


 ガウォンが先頭を走り、メイを抱いたキーリが後に続く。その後ろからイネアとルイセイネがついて行く。

 ガウォンは、人族の何倍もの速さで草原を疾駆しっくした。キーリたちもそれに遅れることなく、滑らかな動きで追う。


 星渡ほしわたり、と呼ばれる移動法術だ。

 一度地面を蹴り、空中に身体を跳ねさせて瞬間的に浮いた状態を作る。そこで星渡りを発動させると、地面と水平方向に高速移動できる、巫女様専用の、高速移動手段。

 地面を滑るように、ルイセイネたちはガウォンの後を追った。


「イスクハイの森は突破させんぞっ」

「人族だと? 獣人族ともあろうものが他種族に頼ろうとは情けないぞ、ガウォン!」


 先行するガウォンたちに向かい、草むらから複数の獣人族たちが姿を現す。


「お前たちの相手は、俺たちだっ」


 リステアは右に。僕は左側から現れた獣人族に襲いかかる。

 鳳凰が急降下し、放たれた矢を燃やし尽くす。狼狽うろたえる鼬種いたちしゅの獣人族に、リステアは斬りかかった。派手に聖剣を振るい、炎を振り撒く。鳳凰が空から強襲し、草むらから現れた鼬種の獣人族を翻弄ほんろうしていく。


 僕も負けてはいられないね!

 低い姿勢から、豹柄ひょうがらの獣人族に接敵した。

 霊樹の木刀を振るい、牽制を入れる。走るガウォンたちに向かい走ろうとしていた獣人族が舌打ちし、んで回避する。僕はそれに構わず、豹種の獣人族たちのなかに突っ込んだ。


「人族の小僧が、随分と大胆だな」

「舐められたものだ」


 ぎらり、と戦士たちの鋭い瞳と凶暴な爪が光る。

 僕はおくすることなく、獣人族の包囲するなかで竜剣舞を舞う。

 振り下ろされた腕を薙ぎ、白剣を一閃させた。ひと振りで正面と右側から迫った男たちを威嚇し、回転を加えた次の霊樹の木刀の一撃で薙ぎ倒す。

 丸太のような蹴りを、身を屈めて回避する。そのまま、蹴りを繰り出してきた女の戦士に下段蹴りを撃ち込んだ。


 ひ弱そうな人族の少年の蹴りなんて大したことはない。と女の瞳が物語っていた。でも次の瞬間、それは悲鳴とともに変わる。

 甘いです。僕は全身を竜気で強化しているんですよ。


 肉食系の獣人族たちは、武具を纏わずに己の肉体を駆使して戦うことを好むらしい。でもそれは、僕にとっては好都合だ。

 豹種や虎種の獣人族たちは、白剣の鋭利な斬れ味には警戒して回避行動をとる。それとは逆に、見た目は粗末な作りの霊樹の木刀や、貧弱そうな蹴りなどは甘く見ているのか、躊躇ためらわずに肉体で受け止めようとする。


 大間違いだね!

 僕は全身を竜気で強化し、霊樹の木刀も力をみなぎらせている。

 僕の下段蹴りを受けた女のすねは、くの字に折れ曲がっていた。女は悲鳴をあげて転げ、憎々しげに僕を睨む。


 虎種の獣人族の睨み?

 恨みつらみの瞳?

 戦いにおいて、そんなものは僕には通用しないよ。

 睨みはスレイグスタ老やアシェルさんどころか、レヴァリアや竜族の迫力の足もとにも及ばない。恨みや呪いなんて、上級魔族や死霊たちの恐怖に比べたらどうということはない。


「小僧たちには少数で掛かれ。他はあいつらを止めろ!」

「させないからね!」


 僕とリステアを数人で対処しようだなんて、相手の実力を甘くみすぎですよ。

 竜剣舞に合わせて、竜気を草原に広げていく。続けて、僕たちから離れて走り出した獣人族たちを竜気でからめ取っていく。そして、うずを巻きながら引き寄せる。


 突然、不可視の力に巻き込まれて、こちらへと引き戻された獣人族たちは狼狽えた。


 さあ、どんどん行くよ!


 竜気は更に広がりを見せていき、渦が勢いを増していく。

 それと同時に、遠くでまだ隠れ潜んでいた他の獣人族の気配を察知していく。

 多いな。草原のあちらこちらに、不穏に潜む獣人族たちが居た。気配だけでは何種なのかなんてわからないけど、確かに多くの者たちがメイの宗主拝命に異議を唱えているのだと知る。


 多くの者たちに反対されているメイが本当に宗主になっても良いのか。僕たちは間違えていないのか。一瞬だけ、獣人族の事情を思い浮かべてしまった。


 でもね。

 ここは利己的に行かせてもらいます。

 人族にとっては、祈祷師ジャバラヤンが指名したメイが宗主となり、獣人族にはこれまで通りでいてもらいたい。獣人族のためではなく、人族のためにここは動かせてもらいます!


 察知した気配を、竜気で絡め取っていく。

 遠すぎる気配には、いかづちを落としていった。


「な、何者だっ!?」


 ここに来てようやく、獣人族たちは相対する者がただの人族の小僧ではないと理解したみたい。鋭い牙を剥き出しにして、まずはこちらから片付けるべきだと、逆に突進してきた。

 僕は竜剣舞を舞い続け、迫り来る獣人族たちを倒していく。


「エルネア、俺は先に行くぞっ」


 リステアの周りにいた鼬種の獣人族まで引き寄せたので、手の空いたリステアはガウォンたちを追い走り去る。


 そうだね。

 僕も、ここでいつまでも戦っている場合ではない。

 草原は広く、敵はこの周辺だけとは限らないんだ。


 竜気の渦で多くの獣人族を引き寄せておいて、僕は空間跳躍で離脱した。

 一瞬で視界から消えた僕に驚く獣人族たち。すぐさま出現した場所を察知するけど、僕は連続した空間跳躍で戦場を後にする。

 ガウォンやルイセイネたちは、随分と先に進んでいるようだ。さすがに速いね。


 鳳凰とともに、これまた人の域を超えた速度で走るリステアに追いつく。

 リステアは、隣で一瞬だけ姿を見せた僕に視線を向け、ひた走る。

 リステアには悪いけど、僕は先を急がせてもらおう。

 背後からは、ようやく自由になった獣人族たちが追いかけて来始めていた。


「お前な。大量に引き寄せたあいつらを、俺に押し付ける気かっ」

「うっ、そういうわけじゃ……」


 よく考えたら、そうなるのか?

 どれほどリステアが人外の速度で走っても、獣人族の身体能力には敵わない。いずれ、追いつかれるのは目に見えているよね。


「ごめんなさい、お詫びはあとでねっ」


 一応、背後にありったけの雷電らいでんを放っておく。でも、あとはリステアにお任せしよう。勇者なら、これくらいはきっと大丈夫だよね。だけど、僕はルイセイネたちが心配なんだ。


 引きつった瞳で僕をめつけるリステアを置き去りにして、先に進む。

 空間跳躍の先々で、新たな獣人族の気配を感知していく。多くの獣人族が遠くから、先行しているガウォンたちに向かって疾駆しっくしてきていた。

 僕は白剣に竜気を流し込み、周囲に落雷をばら撒いた。そうしながら、連続空間跳躍で草原を跳び越えていく。

 すると、前方に複数の気配と人影をはっきりと確認した。


 ルイセイネたちだ!

 だけど、ガウォンやルイセイネたちは巨大な影に行く手を阻まれていた。


 人族の倍以上ある屈強くっきょうな巨体。平たく薄い、大きな耳。そして、長い鼻が見える。

 本の挿絵で見たことがある。あれは巨大な動物、象だ。

 象種ぞうしゅの獣人族が、巨大な戦鎚せんついを振り下ろす。狙われたルイセイネは後方に飛んで回避した。

 空振りの戦鎚は土煙を上げて、地面にめり込む。地響きがこちらにまで届く。

 なんて重々しい一撃なんだ!

 あんなもの、防ぎようがない。ガウォンも象種の攻撃を回避しながら、曲刀で反撃する。だけど、象種の獣人族の分厚い皮膚は刃を受け付けない。

 キーリとイネアが法術を放つ。

 満月の光を帯びた複数の矢が、巨大な獣人族に全弾命中する。だけど、びくともしない。


 強靭きょうじんすぎでしょう!


 動きこそ豹種や虎種よりかは鈍重どんじゅうだけど、破壊力と防御力は桁違いだ。

 複数の象種の獣人族たちに壁のように先を阻まれて、ルイセイネたちは立ち往生していた。

 このままでは、後ろから追ってくる他の獣人族や、別方角から迫る者たちにも追いつかれてしまう。


 雷の一撃を、ひとりの獣人族に落とした。

 だけど、それさえも耐えた。

 もはや、遠隔攻撃は効かないものと思って間違いはないかもしれない。

 それなら、白剣の斬れ味にものを言わせるだけだ!


 空間跳躍で一気に間合いを詰め、白剣を振り下ろす。ざぐり、と確かな手応えとともに象種の獣人族を斬りつけることができた。

 ルイセイネの薙刀の一撃も、別の獣人族に手傷を負わせていた。


「キーリ、イネア。走って!」


 僕は叫びながら、先に壁のように立ちはだかる男の獣人族に迫る。そして、霊樹の木刀を突き出す。全力の竜気が乗った刺突しとつは、分厚い皮膚を貫く。それだけではなく、男を遥か後方に吹き飛ばした。


 メイを抱きかかえたキーリとイネアは、その隙間を抜けて駆け出す。

 星渡りで、一気に距離を稼ぐ。

 二人が離脱すれば、僕たちも止まる理由はない。後を追うガウォン。僕はルイセイネの手を取り、空間跳躍で象種の獣人族たちの前から消えた。


「あと少しだ。頑張れっ」


 ガウォンが吠える。

 視界の先に、廃墟はいきょの都が見え始めた。

 だけど最後の最後に、難関が待ち構えていた。


せんけもの仕留しとめしフォルガンヌか……!」


 ガウォンのうめきとともに、僕たちの足が止まる。


 先には、屈強な戦士が行く手を阻んでいた。

 金色の髪とひげが繋がり、まるで獅子ししたてがみのように見える。見上げる大きさの偉丈夫いじょうぶ。体毛が春の日差しを反射し、気高く輝いていた。

 見るからに百獣の王、という風貌の男はフォルガンヌ。戦斧せんぷを両手に持ち、鋭い眼光で僕たちを待ち構えていた。

 そして、フォルガンヌの周囲には、数十人の戦士たち。フォルガンヌと同じ獅子種しししゅだけではなく、虎種や熊種くましゅや、多くの肉食系の獣人族たちの姿が見て取れた。


「フォルガンヌよ、そこを退け」

「勇猛なる戦士ガウォンよ、メイを渡せ。そうすれば退いてやろう」

「それだけはできん!」


 睨み合う獅子種のフォルガンヌと、犬種のガウォン。


「祈祷師ジャバラヤン様は言った。メイ様が獣人族の未来に繁栄をもたらすと」

「繁栄だと? 臆病者の羊種の子供がどう繁栄をもたらすというのだ?」

「それは、メイ様がこれから宗主として示させること」

「ガウォンよ、目をくらませたか。その小娘のどこに、俺たちを導くほどの実力がある。宗主になってから? 誤るな。いま力のない者など、これから先も力は手に入れられぬ。宗主という地位を得ても、羊種の娘は羊種のままだ」

「そうだとしても、メイ様はジャバラヤン様に選ばれたのだ」

「ジャバラヤン様は、おとしされすぎたのだ。先代の宗主も無能であった。人族がこの地に足を踏み入れ始めていたというのに、弱腰で何も対策を取らなかったではないか」

「あれは、ジャバラヤン様が融和ゆうわを望んだからだ。それを、お前たちが暴力で人族を排除してきたせいで、進まなかったのだ」

「人族など、災厄しか呼びこまぬ」

「なぜ、そう言い切れる」

「言い切るも何も、目の前に証拠があるではないか」


 フォルガンヌは、僕たちを睨んだ。


「騒動を大きくしているのは誰だ? ガウォンよ、お前だけではイスクハイの草原を駆け抜けることはできなかっただろう。そこでメイが死んでいれば、俺たち獣人族にも無用の血は流れなかった。それがどうだ。人族に介入を許してしまったせいで、同胞たちは血を流し、無駄に俺たちは睨み合っている。気づけ。繁栄や平和を願うのなら、メイは邪魔なのだ。人族は排除すべきなのだよ」


 フォルガンヌの言葉に、ガウォンは強くこぶしを握りしめて、僕たちを見た。そして、キーリの腕のなかのメイを見つめた。


「俺は……。叔父貴との誓いが」

忠義深ちゅうぎふか草原そうげんのラーゼガン殿は、ジャバラヤン様の護衛役だった。しかし、お前は違う。ラーゼガン殿の意志を継ぐ必要がどこにある?」

「しかし、同じ犬種の部族だ。叔父貴の願いを無駄にはできぬ」

「はははっ。願いだと? ラーゼガン殿の願いとはなんだ。メイをまもれ? 違う。あの方はお役目に忠実であっただけだ。ジャバラヤン様がメイを選択したから、仕方なく従っていただけだぞ。本当の意志は、俺たちと同じだ」

「馬鹿なっ、そんなわけがなかろう!」


 ガウォンが叫ぶ。

 フォルガンヌの言葉を全て否定するように、頭を強く左右に振った。

 だけど、ガウォンに追い打ちをかける者が現れた。


「ガウォンよ。フォルガンヌの言葉通りだ」


 獣人族のむれから一歩前に出てきた男。それは、ガウォンと同じような耳をした中年の男だった。


親父おやじ……」

「俺たちは、ラーゼガンの役目に対する忠誠心は尊重する。だが、従うのはフォルガンヌだ。メイが宗主になっても、獣人族に繁栄は訪れない」

「親父も、ジャバラヤン様の言葉を軽んじるのか!?」

「軽んじてはいない。だが、今回の占いは間違いなのだ。祈祷師ジャバラヤン様とて、完璧なお方ではない。間違いを犯すこともある」

「いいや、間違いなものか! メイ様はきっと、俺たちを導いてくれるはずだっ」

「それはきっと、破滅の道だ」

「ちがうっ。繁栄の道だっ!」

「ガウォンよ。そう言うが、羊種がなにか大きなことを成したことはあるか? いつも何かの陰に隠れ、臆病に逃げ回るだけの奴らに何ができる。現に、宗主に選ばれたメイのために動いた羊種の者はいるのか? 自分たちの代表であるメイを護ろうと動いた者はどこだ?」

「そ、それは……」

「自分たちの部族の子供さえも守れない者たちから出た子供に、何ができる? 何もできんよ」


 獣人族たちは、羊種とメイを信用していない。それこそが、今回の問題の根幹にあった。

 祈祷師ジャバラヤンの占いはとうとい。だけど、選ばれたのが羊種の子供だったから、多くの者たちが反発したんだ。

 ガウォンでさえも、父親やフォルガンヌの言葉に心が揺れているようだった。


「エルネア君……」


 ルイセイネが不安そうな瞳で僕を見た。キーリとイネアも、困惑したように肩を寄せ合っている。

 にこり、とルイセイネに微笑み、僕はガウォンを押し退けて前に出た。


「お取り込み中、ちょっといいでしょうか」


 そして笑みを浮かべたまま、フォルガンヌや獣人族たち、そしてガウォンを見つめた。

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