対峙する者たち

 レヴァリアの強襲に、古代種の竜族であるガフが、その存在を僕たちの前にさらす。そして、咆哮と共に双頭そうとうをもたげた。

 レヴァリアは減速することなく急降下する。


「はわわっ。レヴァリア様、危険ですわっ」


 ライラが叫ぶ。

 レヴァリアは、ガフに対抗するように荒々しい咆哮をあげると、灼熱しゃくねつの火炎を放つ。

 炎の地獄と化す地上の廃墟はいきょ


 上空からでは豆粒程度にしか見えない人影が四つ、慌てたように方々へ四散した。


「ふん。この程度の炎で我を焼けるとでも思ったか!」

うろこについた虫を焼き払うほどもない、ぬるい炎よ!」


 燃え盛る炎のなか、だけどガフは平然としていた。

 ガフは、炎を振り払うように翼を羽ばたかせる。今にも飛び立ちそうな気配を見せるガフに、レヴァリアは負けじと言い放つ。


『雑魚ほどよくえる。今のは挨拶代わりだ!』


 暴力的に大小四枚の翼を羽ばたかせ、レヴァリアは地上間近で急減速する。

 その瞬間を狙って、僕たちはレヴァリアの背中から地上へと舞い降りた。


「見つけたよ、バルトノワール!」


 僕は白剣と霊樹の木刀を抜き放ち、不意の強襲を受けて若干じゃっかん面食らった気配のバルトノワールへと剣先を向けた。


 レヴァリアは、ライラ以外のみんなを下ろすと、また荒々しく翼を羽ばたかせて上空へと戻る。

 時を同じくして、双頭のガフも飛翔する。

 そして、制空権をかけて二体の竜族が上空で争い始めた。


「やれやれ、イステリシアが捕らわれたと知って危惧きぐしたことが、こうも瞬間的に訪れるとは。さすがは同輩どうはい、とめるべきかな?」


 バルトノワールが動揺を見せたのは、ほんの一瞬だけ。

 だけど、すぐに態勢を立て直し、これまでにも見せていた飄々ひょうひょうとした気配に戻る。


 バルトノワールだけじゃない。

 四方へ散ったバルトノワールの仲間たちも、瞬時に状況を把握すると、臨戦態勢へと移行する。


「うひゃあ、これは驚いた。あのときの姉ちゃんが大将のお気に入りの仲間だったとはよ。なんだ、この間の続きをしてほしいのかよ?」


 セフィーナさんの姿を確認すると、陽気に笑う男。こいつがライゼンとかいう上級魔族だね。

 セフィーナさんへの借りを返すために、僕自身が相手をしたい。だけど、ここはセフィーナさんに任せよう。


 こぶしを軽く握りしめ、わずかに腰を低く落としたセフィーナさんは、軽口を叩くライゼンとは対照的に無言で身構える。


「セフィーナ、そいつの相手は任せたわ。きっちり勝ちなさい!」

「セフィーナ、そいつの対応は任せたわ。貴女の本当の実力を見せてあげなさい!」


 セフィーナさんの傍らで竜奉剣りゅうほうけんを抜き放ったのは、ユフィーリアとニーナ。

 二人の視線の先には、見たことのある漆黒しっこく全身甲冑ぜんしんかっちゅうと魔剣を携えた偉丈夫いじょうぶ悠然ゆうぜんと立っていた。


「前に見た魔剣使いじゃないわ」

「前に対峙した魔剣使いじゃないわ」

「……ほう? まさか、こいつの前所有者を知っているのか」


 ユフィーリアとニーナの言葉に、魔剣使いが反応する。


雑魚ざこだったわ」

「相手にならなかったわ」


 そこへ、挑発するようなことを言う双子王女様。すると、魔剣使いは二人に興味を示したのか、腰の長剣へと手を伸ばす。


「面白い。人族ではあるが、その実力、しかと計らせてもらう」


 そして、背筋の凍るような殺気と共に、魔剣「神殺かみごろし」をさやから解き放つ。


 ヨルテニトス王国の離宮を襲撃し、王妃さまを人質に取った魔剣使いは、とても手強い相手だった。

 ユフィーリアとニーナは挑発を込めてあんなことを言ったけど、本当は全員がかりでもとどめを刺せなかったよね。

 でも、この魔剣使いはその男から漆黒の全身鎧と神殺しの長剣を奪ったような猛者もさだ。

 ユフィーリアとニーナもそれはよく理解している。

 なので、軽口を叩いても安易には手を出さない。


「ふふふん。とうとう、私の力を示すときが来ましたね」


 するとそこへ、マドリーヌ様が加わった。


「昔を思い出すわ」

「若いときを思い出すわ」

「三人の連携をとくと味わうのです!」


 ユフィーリアとニーナの半歩だけ後ろに立つマドリーヌ様が、巫女頭みこがしららしからぬ不敵な笑みを浮かべていた。


 そんな危ない気配の聖職者とは違い、薙刀なぎたなを構えるルイセイネは、全身の力を抜いて気負いなく竜人族の男、ルガ・ドワンと対峙する。


「貴様、俺様を舐めているのか? たったひとりの人族程度で、この俺様をどうにかできるとでも?」

「あらあらまあまあ、貴方様は、わたくしをただの人族の女とあなどる程度の実力なのでしょうか?」

「なに!?」


 ふふふ、とルイセイネから余裕の笑みを向けられたルガは、眉間に皺を寄せていきどおる。


「その言葉、すぐに後悔こうかいさせてやるぞ!」


 ルガは、極太の槍を握り潰すような勢いで掴み、ごうっと激しく振り回した。


「ミストさん、よろしいのですか? 竜人族に巫女をおひとりだけしかつけないだなんて?」

「ルイセイネなら大丈夫よ。彼女はわたしに次いで、家族のなかで強いから」

「あら、エルネア君よりもでしょうか?」


 エルネア君は、女性には手も足も出ないのですね。なんて言って笑うのは、ガフと共にレヴァリアの炎から逃げなかった唯一の人影、シャルロットだ。

 シャルロットは、腰のむちに手を伸ばすことなく、人竜化じんりゅうかしたミストラルと相対している。


 ミストラルは、最初から全力だ。竜気を最大まで解放し、瞳を青く光らせている。だというのに、シャルロットはそんなミストラルを前にしても、余裕の気配を崩さない。


「わたくしのお相手は、ミストさんおひとりで?」

「あら、不満かしら?」

「できれば、暴君も合わせて身内全員での方を推奨すいしょういたします」

「生憎と、エルネアたちは他のことで忙しいのよ」

「それは残念でございます。では、ミストさん。わたくしを満足させてくださいね? でなければ、エルネア君をぷちっと殺しちゃいますので」


 言って、ようやくシャルロットは魔力を解放した。


 凄まじい気配と共に、シャルロットの背後に九本の黄金色をした魔力の尻尾が出現する。

 ゆらゆらと揺れる魔力の尻尾が廃墟の残骸に当たる。すると、それだけで瓦礫は跡形もなく消滅してしまう。


「ミストさん、簡単に死なないでくださいね?」


 シャルロットは細目をさらに細めて微笑むと、黄金色の尻尾をミストラルへ向けて放つ。

 それが、全員への合図になった。


 竜人族、ルガ・ドワンが床を踏み砕く。怒涛どとうの勢いでルイセイネに突進し、豪速の槍撃そうげきを繰り出す。

 だけど、ルイセイネは最初からルガの行動を知っていたかのように、余裕の動作で受け流した。


 竜眼りゅうがんを瞳に宿すルイセイネは、竜人族の天敵だ!


 ルガに匹敵する速度で、ライゼンが跳躍した。

 下品な笑みを浮かべながら、手を伸ばすライゼン。セフィーナさんは、それを流れる動作で弾く。


「うへぇっ、なんだよ。前と微妙に動きが違うくねえ?」


 セフィーナさんは、緩急かんきゅうのある流水りゅうすいの動きでライゼンの猛攻を受け流していく。


 セフィーナさんの戦術は、防御に徹して一発逆転を狙うものだ。

 必殺技もジルドさんと一緒に編み出したようだし、今なら上級魔族を相手にしても戦える!


 防御戦術を取るセフィーナさんの真逆を行くのが、双子の姉であるユフィーリアとニーナだ。

 二本一対の竜奉剣を、瓜二つの容姿を持つ双子が絶妙の連携で繰り出す。それだけでも厄介だというのに、竜気が十分に充填じゅうてんされた竜奉剣からは、振るう余波で竜術が放たれる。


 魔剣使いは戦闘開始直後に、完璧な連携を見せるユフィーリアとニーナに驚きを見せた。その隙を突かれて防戦に追いやられた。

 だけど、魔剣使いはかぶとの奥で口の片方を釣り上げると、にやりと笑う。

 そして、動きを変える。


 余波として放たれる竜術を無視する。

 竜の牙をした竜術が、防ごうともしない魔剣使いを襲う。

 だけど、竜の牙は漆黒の全身鎧に容易く弾き返された!

 魔剣使いは、ユフィーリアの放った斬撃を魔剣で打ち払う。そして、同時に背後から迫ったニーナの剣戟けんげきを、あろうことか手の甲で受け止めた。


「この程度か!」


 言って、魔剣使いは殺気と共に魔剣を素早くひるがえし、ユフィーリアの喉元のどもとを狙う。


 とは、ならなかった!

 不自然に動きを止める、魔剣使い。


 マドリーヌ様が、呪縛の法術で魔剣使いの動きを封じていた。


 二方向から竜奉剣が迫り、もう一方から薙刀が襲いかかる!

 三方同時の攻撃に、魔剣使いは小さく舌打ちをした。


「エルネア君、よそ見をしていてもいいのかい?」

「っ!?」


 気づくと、バルトノワールが間合いに飛び込んできていた。

 僕は霊樹の木刀を振るい、バルトノワールの放った一撃を受け流す。そのまま流れる動きで白剣を繰り出す。

 バルトノワールは斬撃の打ち合いには応じず、僕から距離をとる。


「いやぁ、まさかこういう展開になるとはね。これは、エルネア君の思惑通りかい?」

「それは、こちらの言葉だよ。この現状は、貴方の思惑通りなのかな?」


 クシャリラが支配していた国は、バルトノワールとその仲間たちによって、混迷を極めている。

 魔王位を狙っていた魔族たちは、次々に倒れていった。

 魔族たちの抗争から逃れ、それでも根気強くこの国に残って暮らしていた者も、赤布盗せきふとうによって荒らされた。


 それだけじゃない。


 バルトノワールたちの動きに呼応した悪党たちが各地で跋扈ばっこし、ひどい惨状さんじょうになっている。

 レヴァリアに乗ってここへ到着するまでの間に見てきた国土の風景は、目を背けたくなるようなものばかりだったんだ。


 それなのに。


 混沌を招いた首謀者であるバルトノワールが目指す目的が、さっぱり見えてこない。


「貴方は、魔族の世界を変えると言ったよね? 魔族の真の支配者を引っ張り出すために、この騒動を導いた。もしも支配者が現れなかったら、自分たちが魔王を排出するみたいなことも言っていたはずだよ。それなのに……」


 魔王の座を狙っていた魔族たちを打ち倒した魔剣使いには、魔王を目指すような気配なんてない。あれは、ただ強い者と剣を交えたいという戦闘狂のたぐいだ。


 ライゼンにしても、赤布盗の首領として暴れまわるばかりで、大義や目的なんてないように見える。

 戦闘中でもセフィーナさんに下劣げれつな言葉を浴びせたりと、あの魔族は単なる快楽主義者だよ。


「終いには、魔族には関係のない古代種の竜族を味方につけたり、罪のある竜人族を仲間にしたり。貴方の言動には一貫性というか、統一性が見られない! それでいったい、なにがしたいんだ!」


 僕の問いに、だけどバルトノワールは手入れのされていない黒いひげの奥で笑みを浮かべるだけだった。


「貴方のやっていることは、魔族の社会を荒廃させ、人々を不幸にしているだけだ。僕は、それを絶対に許さない!」


 僕たちと同じように、バルトノワールも超越者ちょうえつしゃから不老の命を授かったという。

 寿命という縛りがなくなった僕たちは、だけど世界のために正義を執行しっこうしなきゃいけない、というわけじゃない。

 自由に生きて、自由に暮らしてもいい。


 でもね、と思うんだ。


「自由」と「なにをしても良い」とは全くの別物だよね。


 気に入った土地で、好きなように生活することは許されると思う。

 だけど、その土地や国、または近隣に住む者が迷惑をこうむったり、決められたおきてや法律を破っても良いわけじゃない。

 ましてや、他者の命を軽々しく奪ったり、そうなるように扇動せんどうすることが「自由」にもとづく結果だなんて、僕は絶対に認められない。


 だから、僕は戦う!


先輩せんぱいであろうと、僕たちは貴方の暴挙を止める!」


 僕の宣戦布告に、バルトノワールはなぜかやわらかい微笑みを浮かべた。


「ああ、それで良い。君は君の思うままに生きることだ。俺も、そうしてこれまで生きてきた。……だがね、俺はそれに疲れたのさ」


 なんのこと? と問い返す前に、バルトノワールは柔らかい笑みを消して鋭く瞳を輝かせると、突然、僕の間合いへと踏み込んできた!

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