黒の呪剣士 バルトノワール

 複雑な模様が浮かび上がった刀身が、僕の首に迫る。

 しょぱなから容赦のないバルトノワールの一撃を、僕は後方へ跳躍することでなんとか回避した。


「よもや、およんで俺の技を見極められないとは言わないでくれよ?」


 挑発するように、長剣を二、三度振ってみせるバルトノワール。


 クリーシオの家で見た、呪具じゅぐのような装飾の長剣。その刃には、難解な模様がびっしりと浮かびあがっていた。


 やはり、あれは呪術の為の道具であり、バルトノワールの使う技とは、呪術じゅじゅつに由来するものだろうか。


 世界には僕の知らない術も数多くあるので、これだと断定して挑むと、思わぬ危険性が潜んでいる場合もある。

 だけど、バルトノワールが手にする武器は、やはり呪具のそれに似ているように思えた。


「君のことだ、こうして乗り込んできたということは、勝算を持ってのことだろう?」

「……もちろん、その通りだよ。だから、観念してほしいね」

「ははは、観念するかはエルネア君たちの働き次第かな?」

「それは、本当なの?」

「と、言うと?」


 さっき見せた、バルトノワールの一瞬の微笑みは、なんだったんだろう。その理由を知りたい。きっとそこに、バルトノワールの真意が隠されているはずだ。

 だけど、バルトノワールはそう易々やすやすとこちらの想いには応えてくれない。

 だから、僕はきっかけを探す。


「自分で言ったじゃないか。疲れたんだって。疲れたなら、普通は腰を下ろすよね? それなのに、貴方は真逆のことをしている。そんな人の言葉が素直に信じられるとでも思う?」

「そうだな、君の言う通りかもしれない。ならば、なにが真実でなにがいつわりなのか、君なりの方法で答えを導き出すといい」


 バルトノワールは短い会話のやり取りをそう言ってくくると、長剣の剣先を僕に向けた。

 僕も白剣と霊樹の木刀を構える。


 敵の拠点に乗り込んだ僕たちだけど、未だにバルトノワールの真意を測りかねている。

 だけど、今はもう悠長にバルトノワールと言葉を交わしている場面ではない。


 武器を手に、対峙する僕とバルトノワール。


 先に動いたのは、バルトノワールの方だった。

 十分に距離をとっていたつもりだったのに、視線をぶつけ合った次の瞬間には、バルトノワールが側面から迫る。

 僕は白剣でバルトノワールの斬撃を弾き、流れる動きに身を任せて霊樹の木刀を叩き込む。

 僕が繰り出した横薙ぎの一線を、バルトノワールは上半身を逸らして回避する。そのまま後方へ綺麗に宙返りをすると、しっかりとした足つきで体勢を整えた。


 僕は、バルトノワールを竜剣舞へいざなうように、ひらりと剣戟を舞わせる。

 軽やかな足捌きでバルトノワールとの間合いを縮め、目まぐるしく攻撃を放つ。


 バルトノワールは、僕と数合だけ打ち合う。

 だけど、彼も幾多の戦場を潜り抜けて超越者に選ばれたような男だ。こちらの誘いに簡単には乗ってくれない。

 僕が放った蹴撃しゅうげきを華麗に受け流すと、素早く距離を空けてきた。


 追いすがろうと、僕も地面を蹴る。

 ここでバルトノワールに間合いを与えてしまうと、またあの瞬間移動のような攻撃が来る。


 だけど、僕が跳躍し、バルトノワールが逃げる素振りを見せていたはずなのに。

 次の瞬間には、バルトノワールは僕との間合いを詰めて、上段から斬撃を繰り出してきた!


「くうっ」


 僕はたまらず、空間跳躍で逃げる。

 やはり、一瞬でも間合いを与えてしまうと、バルトノワールの術中にはまってしまう。

 そして、空間跳躍で回避行動をとったこの瞬間にも、僕はバルトノワールの繰り出す技に嵌っていた。


 バルトノワールは、瞬時に僕の瞬間移動先を感知する。

 おそらく、これまでにも何度となく、空間跳躍を駆使する耳長族と戦ったことがあるんだろうね。

 術者の力量や僅かなくせなどから、空間跳躍のできる距離と移動先を予測しているに違いない。


 僕が飛んだ直後には、バルトノワールの視線がこちらに飛んでくる。

 さらに、飛んでくるのは視線だけではなかった。


 僕が体勢を整えるよりも速く。

 バルトノワールは、複雑な模様を浮かび上がらせた長剣を手に、間合いへ飛び込んできた。


「どうした? 八大竜王はちだいりゅうおうの力とは、こんなものかい?」


 前回の戦いと同じように、バルトノワールの技に翻弄ほんろうされ続ける僕。

 やはり、バルトノワールのこの戦術はとても厄介だ。

 こちらから間合いを詰めて攻撃しようとしたら、逃げに回る。そのくせ、間合いが開くと今度は瞬時に攻勢へ転じ、不意を突いてくる。


 迫る剣先!

 僕は、バルトノワールの動きを目で追いながら、彼の問いに応じた。


「ううん、どうだろうね?」


 言って、身をひねってバルトノワールの攻撃を回避する。


「くっ!」


 直後に息を短くらしたのは、バルトノワールの方だった。


 僕が身を捻ったすぐ脇を、竜槍りゅうそうが通過していった。


 竜術「竜槍」は豪速で僕の横を通り過ぎると、バルトノワールに迫る。

 さすがのバルトノワールも、僕の身体で死角になっていた位置から高速で飛んできた竜槍は予想外だったのか、全力で横に跳躍して回避した。


 だけど、そちらにも数本の竜槍が!


 というか、周辺へ手当たり次第に竜術が放たれていた。


「なんて戦い方をする双子だ!」


 僕の後方で手を取り合うユフィーリアとニーナを見て、バルトノワールが顔を引きつらせる。


「これが、あの双子の戦い方だよ!」

「そうかい。だから君たちはあの双子の無差別な戦闘を熟知じゅくちしていて、対応できるわけか」


 僕だけじゃない。

 ルイセイネとルガが戦う戦場や、セフィーナさんとライゼンがぶつかり合う場所、それにミストラルとシャルロットが死闘を繰り広げる位置にまで、容赦無く竜槍は飛来していた。

 でも僕の身内は、乱れ飛ぶ竜槍や他の竜術を全員が認識し、問題なく回避している。それどころか、僕のように転機を狙った攻撃として利用していた。


「まだまだ、これからだ!」


 そして、僕もこの機に乗じて攻撃に移る。

 空間跳躍で、バルトノワールの背後を突く。

 バルトノワールが反応するよりも速く、白剣で目の前の人影を一閃した。


「なっ!?」


 だけど、今度は僕が驚く。

 斬り裂いたはずの、バルトノワールの背中。

 でも、白剣を持つ右手には何の感触も伝わってこない。それどころか、斬られたはずのバルトノワールの姿が陽炎かげろうのように揺らめく。


「残像!?」

「いや、そう思っているのはエルネア君だけさ」

『エルネア!』


 事前に、レヴァリアの背中に乗っている時点で同化していたアレスさんが、僕の内側で鋭い警告を発した。


「うっ!」


 バルトノワールの声は、すぐ耳元から聞こえてきた。

 僕は咄嗟とっさに空間跳躍を発動させる。

 だけど、僅かに反応が遅れてしまった。


 激痛が脇腹を襲う。

 見なくてもわかる。

 あとほんの刹那せつなでも反応が遅れていたら、僕はバルトノワールの長剣で串刺しにされていたところだ。


 乱れる息を整える暇もなく、バルトノワールは追い討ちをかけるように僕の移動先を捉えて動く。


 そのときだった。


 僕とバルトノワールが戦う戦場にも、ユフィーリアとニーナの竜術は容赦なく飛来してくる。

 それが、急に速度を加速させた。


 恐ろしい速度で飛んでいく竜槍。


 なぜ、急に竜槍の速度が速くなったのか。

 考える暇もなく、次の瞬間にはバルトノワールが懐に飛び込んでくると、斬撃を繰り出す。


「っ!」


 霊樹の木刀でバルトノワールの攻撃を受け流す。流れる動きで白剣を横薙ぎに放つ。


 そして、見た。


 僕とバルトノワールの近くを通り過ぎていった竜槍は、いつもの速さに戻っていた。


 そうか、とクリーシオの家でのことを思い出す。


 僕は、クリーシオから呪術の基本を色々と教えてもらった。

 呪術とはどういうものか。どうやって対象者に影響を与えるのか。影響を受けた者は、どうなるのかも身をもって体験した。


 バルトノワールの技が呪術なのかどうか、それは今でも明確には断定できない。

 だけど、あのときに教えてもらったことは無駄ではない。


 僕と剣を交え合うことを嫌って、一旦距離を取るバルトノワール。その僅かな合間に、ふう、と僕は大きく深呼吸をつく。

 廃墟に舞うほこりだらけの空気だったけど、それでも気分を入れ替えるには十分だった。


 僕が深呼吸をしているすきにも、バルトノワールは手加減なく動く。

 武器を持ち、殺意を向けあった瞬間から戦いは始まっていて、一瞬でも油断したり隙を見せた方が死ぬ。


 なにを悠長なことを、とバルトノワールの瞳が厳しく僕を射抜いていた。


 僕は、そんなバルトノワールをしっかりと見据える。そうしながら、意識はバルトノワールだけじゃなく、周囲の全てに広げていく。


 バルトノワールが動く、その直前。

 世界が加速する。というよりも、僕の感覚がにぶくなる。


 みんなが戦っている。苦戦しているミストラル。善戦しているルイセイネ。一進一退を繰り広げる双子王女様とマドリーヌ様。防戦一方ながら、しっかりと持ちこたえているセフィーナさん。


 意識を周囲に広げることによって、みんなの気配を感じ取る。

 だけど、なぜかみんなは超速度で動きだす。


「これだっ!」


 僕は、世界が加速した瞬間を見定めて、空間跳躍を発動させた。


 一瞬で、瞳に映る景色が変化する。


 僕は、バルトノワールの間合いには踏み込まずに、あえて全く関係のない場所へと飛んだ。

 そして、視認する。


 僕が直前まで立っていた場所へ、バルトノワールが跳躍していた。


 普通の速さで。


 瞬間移動でもなく。目にも留まらぬ超速でもなく。超一流、といって差し支えはないだろうけど、それでも反応できる程度の速さで、バルトノワールは跳躍していた。

 そして、空間跳躍を使って目の前から消えた僕に反応し、足を止める。


 バルトノワールは、これまでのように瞬時に僕を補足した。

 でも、止まった足は動かない。

 僕を見つめ、バルトノワールは僅かに黒髭の奥の口角を上げた。


「やれやれ、どうやら種明たねあかしをする前に気づかれたようだね?」

「僕の知り合いに超一流の呪術士がいて、有益なことをいっぱい教えてもらったからね!」


 つまり僕は、バルトノワールの放った術を、気づかないうちに受けていたんだ。


 バルトノワールは、自分が動く直前に相手に術をかける。

 感覚が鈍くなる、もしくは意識が鈍化どんかするような術だ。

 さらに、自分に加速の術をかけることによって、あたかも瞬間移動的な動きを再現していたんだね。


 種がわかれば、もう怖くなんてない!

 術中に嵌ったと思った瞬間に、バルトノワールの術の範囲から逃げればいいんだ。


 対象者に術を受けた違和感を与えないほど、バルトノワールの術は繊細せんさいだ。だけどそれがあだとなり、こちらが意識を高めたり瞬時に激しく動くと、術が解けてしまう。


 だから、ふところにまでは飛び込めるけど、致命の一撃にまでは至らない。

 僕がどんなに術中に嵌っても、命の危険には本能が激しく反応するからね。


 僕はバルトノワールの技を見極めると、もう一度だけ大きく深呼吸をした。


 もう、バルトノワールにばかり思うような攻撃なんてさせない。これからは、僕の反撃の時間だ!


 すると、そのとき。

 ずざざざっ、と激しい音ともに、僕の足もとにセフィーナさんが転がってきた。


「……ふう」


 でも、セフィーナさんは吹き飛ばされたような気配なんて微塵も感じさせない仕草で立ち上がると、ひとつだけ息を吐いた。

 服の埃を、格好良い所作しょさで振り払うセフィーナさん。


 バルトノワールに注意を向けつつ、セフィーナさんの様子を確認する。

 服は随分と痛んでいるようだけど、目立った外傷はないみたいだね。

 脇腹を少し刺された僕の方が重症だ。


「エルネア君?」

「なに、セフィーナさん?」

「ひとつだけお願いがあるのだけど?」


 なんだろう、と耳を傾ける僕。

 だけど、セフィーナさんはそれ以上なにも言わなかった。


 いや、言う必要がなかったんだね。

 セフィーナさんが思考したことを、僕と融合しているアレスさんがしっかりと読み取ったようだ。


「はあっ!」


 セフィーナさんは気合と共に、僕の傍を離れた。


 では、僕は僕の役目へと戻りましょう。


 僕は改めて白剣と霊樹の木刀を構える。


 竜剣舞の初手。

 両手を横に広げ、二剣を真っ直ぐに伸ばす。


 さあ、次は僕の竜剣舞を味わってもらう番だ!


 最初はゆっくりと。そして丁寧ていねいに。そこから徐々に速度と威力を上乗せしながら、竜剣舞を舞い始める。


 バルトノワールが間合いに居るかどうかは関係ない。僕がどれだけ正しく竜剣舞を舞えるかが肝心だ。


 バルトノワールは、僕の戦い方の変化に警戒をみせる。

 長剣を手にするバルトノワールだけど、きっと剣術だけが得意なわけじゃないよね。間違いなく、バルトノワールも戦術を変えてくるはずだ。

 だけど、それももう小さな問題でしかない。


 僕は竜剣舞を舞う。

 竜脈を感じ取り、力を汲みあげると、うずを巻く嵐に乗せて拡散させていく。

 僕の想いを乗せて、広がっていく竜気。


 でも、いつもと同じではない。

 これまでなら、僕の意識も竜気に乗せて広げていた。

 だけど、今回は違う。これからは違う。


 僕は知ったんだ。

 世界の有り様を。

 僕がいま見ている世界だけが全てではない。

 バルトノワールが見ている世界。みんなが見ている世界。精霊たちが見ている世界。霊樹が感じている世界。


 たくさんの、世界の有り様。

 だけど、全然違う次元のようでいて、実は世界はひとつなんだよね。


 だから、竜気にこだわっていちゃ駄目なんだ。

 僕は、全ての世界を正しくひとつに認識できるように、精神を世界へと深く落とし込んでいく。


 すると、土埃だらけの殺風景だった世界は、色鮮やかな景色へと変貌へんぼうした。

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