咆哮と雷鳴
意識が世界に溶け込んでいく。そのことによって、みんなの動きがこれまで以上に、まるで自分のことのように伝わってくる。
「レヴァリア様、後方につかれましたわっ!」
『わかっている!』
上空では、ライラを乗せたレヴァリアと、
レヴァリアの背後を取ったガフは、
レヴァリアは大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせると、上空で曲芸のような動きを見せた。
急減速でガフの
空を真っ赤に染めあげた炎の雲は、大気を焼き尽くす。
「ふんっ、この程度の炎で我の鱗を焼けるとでも思ったか」
「飛竜ごときが、我に牙を向けたことを後悔させてくれる!」
だけど、ガフは真っ赤に燃える炎の雲を易々と突き破り、急降下していったレヴァリアを追う。
「レヴァリア様、今ですわっ」
『ええい、黙っていろ!』
ガフの二つの頭が、レヴァリアの身体を食い千切ろうと伸ばされた。
でも、炎の雲を突破したガフの視線の先には、レヴァリアもライラの姿もなかった!
それもそのはず。
レヴァリアは真っ赤に燃え上がる炎の雲を
ぎらり、とレヴァリアの四つの瞳が光る。
大きく開かれた口の奥から、
今度こそ、ガフを焼き尽くす狙いすました地獄の炎だ。
ガフが怒りの咆哮を放つ。
古代種であるガフから見れば、下等な飛竜であるレヴァリア。だというのに、
ガフは、迫る炎の息吹を急加速することによって回避する。
そこへ、雷鳴が
突然発生した雷撃が、ガフの
「ぬがっ」
「ぐおっ」
双頭が短い悲鳴をあげた。
レヴァリアが作り出した炎の雲は目的を果たすと、火の粉を散らして消えていく。
その火の粉は、青空に浮かんでいた分厚い積乱雲と一緒に千切れながら流れだし、次第に巨大な渦へと変貌し始めていた。
地上では、僕が竜剣舞を舞っている。
舞に合わせて拡散されていく僕の竜気が嵐となって、地上だけでなく大空をも取り込んで、世界を支配しようとしていた。
そして、天空に上昇していく力は、竜気だけじゃない。
僕は、白剣を全力で解放する。
そういれば、
魔力は雷雲を呼び、大気を震わせた。
ガフに直撃した雷撃は、僕からの攻撃だ!
空を飛んでいるせいで、雷雲に近すぎて回避できなかったガフは、魔力の発生源を追って、地上の僕を憎々しげに睨む。
『ふふんっ、人族の攻撃を受けるような
そこへ、レヴァリアが容赦なく襲いかかる!
「お覚悟ですわっ」
紅蓮色の残像を引きながら、レヴァリアはガフに肉薄する。
ガフはすぐさま体勢を整えると、猛突進してくるレヴァリアを迎え撃つ。
上空で交錯する、二つの巨大な影。
「ちいっ!」
「生意気な飛竜めが!」
レヴァリアの凶暴な牙から逃れるように、身をひるがえすガフ。
伊達に上位の竜族として存在しているわけじゃない。
ガフも、並みの竜族以上の動きで空を飛び回る。
ガフは、レヴァリアの猛追を超速の飛行で引き離すと、竜気を膨らませた。と、同時に、ガフの全身が透明化し始める。さらに、爆発的に解放されたはずのガフの竜気と、気配そのものが世界から消失しだす。
「消えるのは許しませんわ!」
「なにっ!?」
「馬鹿なっ!?」
レヴァリアの背中から、ライラが叫ぶ。
ガフの二つの頭部が、揃って
ライラに見据えられたガフは、
「まさかっ!?」
「人族の小娘ごときが、我を支配しようとでも言うのか!」
でもさ。普段からスレイグスタ老を相手にしている僕たちだ。その程度の睨みでライラが
しかも、頼れる相棒の背中に乗っているわけだしね!
「食らいなさい!」
ライラはガフの殺気を物ともせずに、霊樹の両手棍を思いっきり振るう!
すると、両手棍から黄金色に輝く光の玉が複数個放たれた。
「
「その程度の支配力で、我を縛れるものか!」
ライラの支配の視線を振り払い、ガフは翼を羽ばたかせる。そして、ライラの攻撃を悠然と回避する。……はずだった。
ずごおおぉぉんっっっ! と、世界が震えたのは、まさにこの瞬間だった。
レヴァリアは、事前に地上の動きを察知していて、ガフを追わなかった。
双頭のガフがライラの支配の瞳に縛られた直後に、地上では恐ろしいことが起きていた。
そう。僕たちは大爆発の正体を知っている。
霊樹の宝玉に有りったけの竜気を詰め込んだ、とんでもない代物だ!
耳を裂くような爆発音とともに、衝撃波が戦場のあらゆる場所に飛んでいく。
それはもちろん、上空で死闘を繰り広げるレヴァリアやガフに対しても同じだった。
事前にユフィーリアとニーナの動きを察知していたレヴァリアはともかく、別の戦場からの不意の影響をもろに受けたのは、ガフだった。
大きく広げた翼が仇となり、衝撃波をまともに受けてしまう。それで、体勢が崩れたところへ、ライラの放った黄金色の竜気弾が命中した!
霊樹の宝玉を
だけど、古代手の竜族であるガフには
「おやまあ、随分と凶悪な宝玉を所有していらっしゃいますね?」
ふふふ、と地上で愉快そうに微笑んだのは、僕たちとは離れた場所でミストラルと戦っているシャルロットだった。
天高くまで立ち上る土煙。
どこまでも破壊的に拡散する衝撃波。
それをものともしないシャルロットに、ミストラルは肩で荒く息をしながら対峙していた。
「あの雷撃からは、陛下の魔力を感じます。もしかして、エルネア君の目的は……? ふふふ、それでしたら、わたくしは大歓迎ですけれど?」
空を見上げ、渦を巻く竜気の嵐に乗って広がる雷雲の様子を伺うシャルロット。
巨人の魔王の元最側近であるシャルロットなら、僕の白剣に嵌め込まれている宝玉にどんな効果があるのかくらいは知っているはずだ。
白剣の鍔で青く輝き、
だけど、これは呪われた宝玉だった。
なにせ、この宝玉に魔力を込めたのは、巨人の魔王その人なのだから。
宝玉の力を解放すると、僕は雷撃の魔法を自在に扱える。
威力は全盛期よりも控えめになっているけど、それでも中級魔族程度までなら一撃で
でも、やはりこれは魔族の力が込められた呪われた宝玉であり、短所なしで絶大な力を発揮できるわけではない。
宝玉の魔力を最大限に解放しながら竜剣舞を舞うと、自分の意思では舞を止められない暴走状態に陥る可能性がある。
でも、それはこの場に限れば、短所にはならないね。だって、僕はもう、バルトノワールを倒すまでは竜剣舞を止めるつもりがないのだから!
それともうひとつ、この宝玉には最大の呪いが込められていた。
そう。シャルロットが期待しているのは、こちらの呪いの効果だ。
白剣の鍔に嵌め込まれた宝玉。そこに込められた魔力と、巨人の魔王が内包する魔力とは繋がっているらしい。
それで、巨人の魔王は遠くに離れていながら、僕たちの動向を
さらに、宝玉の魔力を目印として、いつでも
渦を巻く雷雲の間を、縦横無尽に雷が走り抜けていく。
そのうちの数十本が、僕たちの戦場へと容赦なく降り始める。
雷の雨に降られ、戦局がさらに動く。
だけど、シャルロットとミストラルの戦場だけは、変わらずの一方的な展開だった。
「……さあ、貴女が期待するようなことが起きるかしら?」
シャルロットの独白に、ミストラルは気丈にも笑顔で応える。
だけど、そのミストラルは既に、
人竜化したはずなのに、全身の至る所から血を流すミストラル。
首筋に浮かぶ銀に近い金色の鱗は血で汚れて、剥げてしまっている箇所もある。
翼も傷つき、左腕は力なく下がっていた。
あの、竜姫のミストラルが、全く手も足も出ないなんて!
だけど、こちらの気配を敏感に感じ取ったのか、ミストラルは遠く離れた僕に向けて、小さく呟いた。
「貴方は、貴方のできることを全力でやり遂げなさい。わたしは大丈夫だから」
世界に浸透した僕の意識が、ミストラルの言葉を拾う。ミストラルも、僕に伝わると知っているからこそ、叫んだりしないで呟いてくれたんだよね。
なら、僕はミストラルの信頼に応えるしかない!
バルトノワールを倒し、少しでも早くミストラルの応援に駆けつけるんだ。
心を侵食しようとしていた焦りと苛立ちを振り払い、僕は竜剣舞に集中する。
「
バルトノワールと僕との激闘も続いていた。
技が破られたと見るや否や、バルトノワールは戦術を変えてきた。
竜剣舞を舞う僕に、真っ向から接近戦を挑んできたバルトノワールの剣術は、超一流のそれだった。
僕の二剣を薙ぎ払い、体術を受け流す。そうしながら、巧みに反撃を繰り出す。
バルトノワールの緩急織り交ぜた剣戟が、僕の竜剣舞を阻もうと迫る。
だけど、僕だって竜剣舞の正当後継者だ。バルトノワールの斬撃をいなし、攻勢の手を緩めない。
僕とバルトノワールの打ち合いは何十合にも及び、その度に激しい火花が散り、斬撃音が響き渡る。
バルトノワールはさらに、術も織り交ぜてきた。
呪術の際に使用する呪具のような剣の刀身には、複雑な模様がびっしりと浮かんでは消えを繰り返す。
その度に、僕はバルトノワールの術を受ける。
時には急激に身体が重くなったり。いきなり視界が真っ暗になったり。他にも精神の異常を受けるのは常時で、さらにはバルトノワールが残像だったり、剣戟以外の物理的な攻撃を受けたりと
だけど、僕はその
わかるんだ。
世界と繋がった僕には、バルトノワールの術が見える。
世界が教えてくれる。
バルトノワールが術を発動させるたびに、世界が反応する。
アレスさんと同化している僕は、精霊の世界を見ていた。
バルトノワールの使う術は精霊術ではないけれど、多色な色が溢れる精霊の世界は、敏感に変化を伝えてくれる。
それだけじゃない。
大気が、大地が、自然が。そしてなにより、何重にも折り重なった世界を包み込むような霊樹からの気配が、僕に世界を伝えてくれる。
僕は、新しい感覚のように伝わってくる世界の変化に対して、最善の動きを取る。
何をどうすればいいのか、誰かに教わったわけじゃない。だけど、自然と身体が動く。
まるで、竜剣舞の動きのなかに全ての答えがあるかのようだ。
僕の竜剣舞に合わせて、嵐の竜術が本領を発揮しだす。
渦巻く竜気で敵の動きを封じると同時に、みんなを加護し、補佐する。
雷撃の雨は、ユフィーリアとニーナの乱舞と合わさって、戦局をかき回す。
「これが、エルネア君の力か。そして、大切な者たちとの共同戦線か。なるほど、そこいらの『只の強者』では敵わないはずだ」
「そう理解しているのなら、負けを認めることだね! この戦いは、絶対に僕たちが勝つ!」
剣戟の応酬。術の撃ち合い。そうしながら、僕とバルトノワールは全ての戦局を把握していた。
「たしかに、厳しい戦いだ。そして、俺には決して真似できない戦いでもある。だがね、エルネア君。はたして、最後に微笑むのはどちらだろうね?」
「どういうこと?」
にやり、と黒髭の奥で微笑んだバルトノワールに、僕は言い得ぬ不安感を
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