追い詰められる者たち
これまでにだって、バルトノワールの思惑を全てにおいて理解してきたわけじゃない。
ただ、魔族を巻き込み、人や多くの者たちの命を軽んじる彼の
だけど、それを含めて、もしかしたらバルトノワールの
そんな不安が沸き起こってくる。
とはいえ、抜かれた刃はもう納まらず、対決を止められる者はいない。
僕とバルトノワールとの激しいぶつかり合いとは別に、みんなの戦いも
序盤から相手を圧倒しているのは、竜眼を瞳に宿すルイセイネだ。
「くそがぁっ! 人族ごときの
吠えるのは、竜人族のルガ・ドワン。
「あらあらまあまあ、そんなに怒気を
だけど、ルイセイネはひらりと身軽に受け流し、反撃の薙刀を振るう。
ルガの槍は空を切り、ルイセイネの薙刀は鮮血を
「小娘の非力な刃ごときに、この俺様が……!」
腕を斬り付けられつつも、ルガはルイセイネの薙刀から逃げる。
竜気で強化された脚力で、瞬時にルイセイネから距離をとったルガ。だけど、その大きな身体の至る所には、無数の傷が刻まれていた。
ルイセイネは無理に深追いすることなく、法術を放つ。
幾つもの満月色をした矢が、ルガを狙う。
ルガは手にした槍に怒りを乗せて、飛来した
「っ!?」
ルガが無数の月光矢に意識を向けると、今度はルイセイネが距離を詰めてくる。
薙刀を低く構え、ルガの意識外から肉薄したルイセイネ。ルガが反応するよりも速く、斬撃を繰り出す。
ルガも応戦しようと槍を振るう。
お互いに、間合いの広い武器を得意としている。
だけど、ルガの持つ極太の槍はそれ自体が凶器で、豪速で振るわれた
とはいえ、そんなものは、竜眼を持つルイセイネには通用しない。
ルガの全ての動きを見切り、繰り出された槍の軌道を事前に知っていたかのように
「なぜだ! なぜ、この程度の攻撃に……っ!」
ルガの咆哮は、戦場に
残念ながら、ルガはルイセイネの実力を見抜けていないようだ。
ルイセイネを「人族の小娘」と
だけど、それは大きな間違いだった。
ルガの全ての動きを見切り、的確に反撃を繰り出すルイセイネ。
竜眼だけでも、ルガにとってルイセイネは絶望を呼び起こす天敵だ。
しかも、ルイセイネの持つ薙刀は、霊樹によって強化されていた。
僕が左手に持つ霊樹の木刀の鍔に生えていた葉っぱを
たとえルガが竜気で身体を強化し、皮膚を硬化させていても、ルイセイネの薙刀の前では紙切れ同然だ。
さらに、ルガは最初から間違えていた。
相手が誰であろうと、対峙するからには全力をもって挑むべきだったんだ。
ルイセイネを人族の小娘と侮り、人竜化もせずに挑んだルガは、今更ながらに自分の失策を
ルイセイネが放つ斬撃と法術の応酬から、ルガは必死の形相で逃げる。
そうしてなんとか距離を取ると、内包する竜気を爆発するように解放する。
いや、解放させようとした。
「させません!」
地を
「くそっ!」
そして、突っ込んだ勢いそのままに薙刀でルガを突く。
ルイセイネの薙刀は、的確にルガの急所を狙う。
人竜化しようとしていたルガの竜気が身体のどこに集まっているのか。どういう流れで全身に竜気が行き渡っていくのか。
全てが、ルイセイネの瞳には映っていた。
薙刀に狙われたルガは、瞬時に人竜化を中断せざるを得ない状況に追い込まれる。
的確な斬撃と恐るべき斬れ味の薙刀に、竜人族のルガは防戦一方だ。
そしてルイセイネは、
誰の目から見ても、この二人の戦いはもう間もなくルイセイネの勝利で終わるだろうと映っていた。
だけど、それほど簡単に敗北する程度の竜人族が、過去に起きた竜峰での大騒乱をしぶとく生き抜いたはずがない。
「がああぁぁぁぁっっっ!!」
ルガが雄叫びをあげた。
天に向かって放った怒りの感情は、果たしてルイセイネに向けられたものか、不甲斐ない自分へ向けられたものか。それは、竜眼を持つルイセイネにしかわからない。
だけど、戦いの気配を読み取る僕にでもはっきりとわかることがあった。
ルガは怒りに身を委ね、力を暴走させ始めた。
「あらあらまあまあ!」
攻め立てていたルイセイネが後退する。
竜眼で全てを見通しているはずのルイセイネが、そうするしか手がなかった。
ルガの怒りに呼応した竜気が暴走する。
可視化された紫色の竜気が、ルガを包む。
それだけじゃない。
紫色の竜気はルガの怒りを反映し、凶暴な竜術となって、手当たり次第に周囲へ
これには流石のルイセイネも回避するしか手がなく、ルガから距離をとって安全を確保するのが精一杯だったようだ。
ルイセイネは、離れた場所から法術を放つ。
だけど、暴走する竜気と竜術に阻まれて、ルガの本体には到達しない。
そうこうしているうちに、ルガの巨大な輪郭が変貌し始めた。
この期に及んで、人竜化をするつもりか!
阻止しようと、僕は雷撃を落とす。
でも、
そして、さらに暴走化を進めていく。
破壊力を増した竜術が、目標も定めず四方八方へ撒き散らされる。
「ちょっと、迷惑だわ!」
「ちょっと、邪魔だわ!」
ルガの竜術は、別の場所で攻防を繰り広げていたユフィーリアたちの場所にまで届く。
そして、自分たちのことを棚に上げて苦情を口にしたのは、言うまでもなくユフィーリアとニーナだった。
「ちっ。大人しくくたばれば良かったものを」
言って、ルガの竜術を魔剣で叩き落としたのは、漆黒の全身甲冑を身に纏った魔剣使いだった。
あの、暴走状態に入ったルガの竜術を難なく防ぐなんて、と僕だけじゃなくユフィーリアとニーナとマドリーヌ様も顔をしかめる。
「さあ、そろそろこちらも、このくだらない戦いを終わりにしようじゃないか」
魔剣使いは、そんな僕たちの驚きに無関心な様子で、魔力を解放する。
かつて、僕たちはこの九魔将の鎧を身に纏った男と対峙したことがある。
でも、あのときに装備していた男は人族だった。だから、九魔将の鎧の本領を発揮させるためには、魂を削らなきゃいけなかった。
だけど、この男は違うようだね。
魔力を
それは
そして、魔族である魔剣使いの魔力によって、漆黒の全身鎧は本来の力を呼び
「いけません、逃げて!」
マドリーヌ様の警告は、はたして誰に向けられたものか。
共に戦うユフィーリアとニーナ。それだけじゃない。他の戦場で奮戦する仲間たち全員へ向けられた叫びだった。
「
兜の奥で、魔剣使いが笑う。と同時に、漆黒の全身鎧から光線が放たれた!
全力で回避行動をとるユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。その三人の立っていた場所を容易く貫いた光線は、尚も射程を伸ばす。
「くっ」
「ふふふ、怖いことです」
そして、光線の照準の先、そこで死闘を繰り広げていたのは、ミストラルとシャルロットだった。
満身創痍のミストラルは、それでも素早く光線に反応して、翼を羽ばたかせた。
寸前で回避したミストラルとは違い、余裕な気配で立っていたシャルロットは、まともに光線を受ける。
だけど、それだけだった。
大地を
僕だけじゃなく、きっとバルトノワールやレヴァリア、古代種の竜族であるガフでさえも防げないような破壊の光線を全身に浴びたはずなのに……
「
なんて軽口を叩くシャルロットは、光線が収まったその場所に平然と立っていた。
「ちっ」
なぜか、小さく舌打ちをする魔剣使い。
そこへ、回避行動をとっていたはずのユフィーリアとニーナが肉薄する。
竜奉剣を黄金色に輝かせながら、斬撃を放つ。
「無駄だと、まだわからないのかっ!」
魔剣使いは、光線を放った直後の硬直で、思うように動けない。それでも、迫る二本の巨大な剣を迎え撃つ気配を見せる。
左肩を僅かに捻り、ユフィーリアの竜奉剣を全身鎧で弾く。次いで、手首だけで魔剣を
だけど、双子王女の攻撃はこれだけでは終わらない。
振られた二本の竜奉剣からは、竜術が余波として放たれる。
竜の尻尾を
身動きを完全に封じられた魔剣使いに、マドリーヌ様の薙刀が迫る。
「お覚悟です!」
全身鎧の隙間を正確に狙いすましたマドリーヌ様の一撃。だけど、魔剣使いは
「くうっ!」
マドリーヌ様の斬撃は、確かに魔剣使いの表皮に届いた。でも、傷を負わせられない。
「無駄だ。人族の造った
魔族は、人族よりも遥かに優れた種族だ。
屈強な人族の戦士であっても、低級の魔族にさえ歯が立たない。
その理由として、技や術だけじゃなく、身体能力や生命力そのものが違いすぎるんだ。
ましてや、この魔剣使いは間違いなく上級魔族。
そうすると、たとえ人族の間では名のある武器でも、魔剣使いから見れば鈍にしか映らない。
光線を放った直後の硬直が解けた魔剣使いが動く。
ユフィーリアとニーナを、呪縛する竜術と共に弾き飛ばし、マドリーヌ様に魔剣を振り下ろす!
マドリーヌ様は、自分の接近戦が通用しなかったと
そして、魔剣の間合いから抜けると、法術を放つ。
月光矢が魔剣使いに襲いかかる。
だけど、またもや魔剣使いは兜の奥で笑っていた。
「何度、同じことを繰り返す気だ? いい加減、その程度の術は通用しないと理解しろ」
避ける素振りさえ見せない魔剣使いの全身に、月光矢が降り注ぐ。
「人族とはいえ、善戦できるかと期待していたが。やはり、この程度か」
魔剣使いが魔剣を振るう。
剣圧だけで、死角からユフィーリアとニーナが放った竜槍乱舞を退けた。そして、三人の放った術なんてなかったかのように、悠然と身構える。
はぁ、はぁ、と肩で荒く息をするユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。
これまでにも術を手加減なく放ってきた三人は、体力も精神力も尽きかけていた。
今の竜術と法術も、最初の頃より遥かに威力が低下してしまっている。
それに引き換え、魔剣使いはまだまだ余裕だ。
このままでは、三人が危ない!
だけど、そう思ったのは戦いの気配を読んでいた僕だけだったようだ。
当の三人は、息を荒げながらも口元には笑みを浮かべていた。
「まだまだだわ」
「これからだわ」
「そろそろ、本気を出します!」
三方に別れて魔剣使いを包囲する。
同時に動いたのは、ユフィーリアとニーナだ。
打ち合わせなしで全く同時に跳躍した二人は、竜奉剣を振るう。
「何度繰り返しても、その程度の剣術は俺には通用せん!」
応戦する魔剣使い。
ただひとり、その場に踏み留まったマドリーヌ様は、法術を
戦場には相応しくないような
指先で空中に複雑な模様を
マドリーヌ様の周囲に、新たな月光矢が五本出現した。
「「きゃぁっ!」」
魔剣使いの斬撃に、ユフィーリアとニーナが同時に弾き飛ばされる。
マドリーヌ様は、二人に
「無駄だ!」
一本目を魔剣で難なく弾き落とす、魔剣使い。
高速で飛来した二本目は、避けようともしない。九魔将の鎧の絶対的な防御力で、二本目を弾く。
三本目も、同じように漆黒の全身鎧に阻まれた。
「っ!?」
だけどそのとき、初めて魔剣使いの表情に戸惑いが浮かんだ。
でも、魔剣使い自身がその理由を知る前に、四本目が飛来する。
「この程度の術など、効かぬと何度……っ!」
魔剣使いの言葉の最後は聞き取れなかった。
魔剣使いの言葉尻に重なるように、四本目の月光矢が全身鎧に命中する。
そのとき。
五本目。最後の月光矢が、魔剣使いに当たる。
「ぐぬぁっ!」
魔剣使いの表情が大きく
「な、なにが……!?」
初めて受けた激痛の理由を知ろうと、魔剣使いは五本目の月光矢が命中した場所を見る。
そして、知る。
「ようやく、マドリーヌが役に立ったわ」
「ようやく、マドリーヌの術が効果を発揮したわ」
「ちょっと、二人とも。わたくしにもっと感謝しなさいよっ!」
法力を使い果たしたのか、マドリーヌ様は
でも、その表情は目的を達して満足した顔だ。
「ふふんっ。魔族の呪われた武具だとわかれば、あとは簡単です。呪いを
ああ、そういうことか! と、三人の戦術を僕はようやく理解した。
マドリーヌ様は、特殊な法術を使う。
同時に二種類の法術を放つことができるんだ。
「見えて迫る法術だけと
マドリーヌ様は最初から、漆黒の全身鎧の
月光矢で露骨な攻撃を仕掛けると同時に、ひっそりと何度となく、浄化の法術を九魔将の鎧にかけていたんだ!
冒険者仲間だったユフィーリアとニーナも、マドリーヌ様の戦術を最初から理解していたんだね。
だから竜槍乱舞などで戦場を大きく
そして、術の威力が弱まっていると思っていたけど、それも相手を
浄化の法術を受けるたびに、全身鎧は劣化し、防御力を失っていた。でも、そこに同じような威力の竜術をぶつけ続けていたら、魔剣使いに気づかれちゃうもんね!
そしてようやく、三人の深い戦術が実を結んだ。
鎧としての格好こそ維持しているものの、それはもう
魔剣使いもそのことに気づいたのか、憎々しげに三人を睨む。
「貴様ら、よくもやってくれたな」
ぎらり、と瞳に殺意を宿す魔剣使い。
九魔将の全身鎧を無効化させたはずの三人は、魔剣使いの気配に武器を構え直す。
だけど、三人の余力は限界に近かった。
未だに肩で荒く息をするユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。
対する魔剣使いは、九魔将の全身鎧の防御力を無効化されたとはいえ、本来が上級魔族だ。地力はまだまだ持っているはず。
「貴様らには、
魔剣使いの放つ桁違いの殺気は、
追い詰めながらも、逆に危機へと陥るユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。
そして、竜人族のルガと対峙するルイセイネ。
だけどそこへ、頼もしい援軍が駆けつけてきた。
「ひどいよね、エルネア君は。こんなに楽しいことを、身内だけのものにしようとするなんてさ。さて、九魔将の鎧が弱体化したみたいだし、今度は僕と剣術勝負をしてみないかい?」
「やれやれですね。俺も、ルガの対処を任せてほしいと、前にお願いしていたはずですが? さあ、ルガ・ドワンよ。この前の借りを返させてもらおうか!」
それは、巨人の魔王の側近であるルイララと、八大竜王のひとり、ウォルだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます