勝利への意思

「ルイセイネさん。ルガを確実に仕留しとめるためには、どうやら貴女の助力が必要なようです。俺と一緒に戦ってくれるかな?」

「はい、お手伝いさせていただきます!」


 最初から人竜化し、わずかな隙さえ見せないウォル。その彼に助けを求められ、ルイセイネは薙刀を構え直す。


「ぬがああぁぁぁぁっっ!! ウォルよ、三度みたびも俺様の前に立ちふさがるか!」

「今度こそは、確実にお前を倒してみせるさ」

「それは、こちらの台詞せりふだ! 八大竜王を継ぐ貴様を倒し、誰が真に竜王に相応しかったのかを知らしめてやる!!」

「あらあらまあまあ、それでしたら、わたくしの夫も八大竜王ですよ? エルネア君と比べると、残念ながら貴方はまだまだのように見えます」


 つつましい巫女様らしくない挑発をするルイセイネ。


 あっ、彼女は正確に言うと戦巫女いくさみこだから、こういう戦いにおいての立ち振る舞いでは大胆不敵だいたんふてきになっちゃうのかな?


 ルイセイネは、世界を満たす僕の嵐の竜術をルガに示す。

 ルガの、暴走する竜気。だけど、天空に渦巻く嵐雲らんうんと、雨のように降り注ぐ雷撃、さらには大気をかき乱す暴風の圧倒的な迫力を前にすれば、ルガの竜気なんてちっぽけな気配でしかない。

 今更ながらに嵐の竜術の規模を知ったルガは、のどが裂けるほどの雄叫びをあげた。


 だけど、そんなルガの叫びも、大気を震わせる雷轟らいごうにかき消された。


「さあ、終わらせようか。八大竜王ウォル、してまいる!」


 翼を広げ、ウォルが飛翔した。

 ルイセイネが法術を唱える。

 人竜化を果たしたルガが、竜気をみなぎらせて迎え撃つ。


「はははっ。向こうは賑やかだね。それじゃあ、僕も楽しませてもらうよ?」


 漆黒の全身鎧を身に纏った魔剣使いを前に、ルイララが腰の長剣を抜き放つ。

 魔剣使いは憎々しげにユフィーリアとニーナとマドリーヌ様を睨みつつも、眼前の脅威きょういに対して警戒を見せる。


「マドリーヌ、貴女はもう下がりなさい。法力が尽きたでしょう?」

「マドリーヌ、貴女はもう休みなさい。法力を使い果たしたでしょう?」

「むきぃ、そうやってわたくしをお払い箱にする気ね?」

「いやいや、三人とも下がっていてほしいな? じゃないと、怪我をしても知らないよ?」

「私が怪我したら、エルネア君に言いつけるわ」

「私が怪我したら、魔王に言いつけるわ」

「酷いなぁ。僕は君たちのことを思って言っているのにさ」


 わざわざユフィーリアとニーナが言いつけなくとも、僕は戦場の動きを全て把握している。さらに魔王も、白剣に嵌め込まれた宝玉を通して、こちらの戦況を察知しているはずだ。


 もしもルイララが僕の身内を怪我させるようなことをしたら、雷を落としてやるからね!

 とは口に出さなかったけど、上空の雷雲を見て、ルイララは僕の考えを悟ったようだ。


「僕は最近思うんだ。魔族なんかよりもエルネア君の家族の方が酷いよね?」


 なんて軽口を叩きながら、ルイララは魔剣使いとの間合いをせばめていく。

 魔剣使いは、神殺しの魔剣を握り直すと、自分からルイララに斬り掛かっていった。

 激しく火花を散らしながら、魔剣をぶつけ合う二人の上級魔族。


「仕方ないわ。こうなったら妹の尻拭いに行くわ」

「仕方ないわ。こうなったら妹の手伝いに行くわ」

「それじゃあ、わたくしも」

「「マドリーヌは、休んでなさい!」」


 どうやら魔族同士の対決には首を突っ込めないと思ったのか、三人の乙女おとめは戦場を変える。

 ただし、やる気を見せているマドリーヌ様だけど、もう下半身には力が入っていない。

 九魔将の鎧を浄化することに、法力を使い切ったんだ。

 ユフィーリアとニーナは、そんなマドリーヌ様を気遣って休むようにうながす。そして自分たちは、妹であるセフィーナさんのもとへと駆けつけた。


「姉様たち、手出ししないで!」


 そして、共闘をあっさりと断られる。


「うひゃひゃっ、いいんじゃねえの? 俺っちは女が何人増えても大歓迎だぜ?」


 もうひとりの上級魔族、ライゼンが愉快そうに笑いながら、駆けつけたユフィーリアとニーナを下劣げれつな瞳で見つめる。


 ユフィーリアとニーナの助けを拒むセフィーナさんは、埃まみれの姿になっていた。

 何度も吹き飛ばされ、地面を転がったせいか、服も酷い有様だ。


 だけど、見た目は酷くても、大きな傷はどこにも負っていない。


「セフィーナ、大丈夫なのね?」

「セフィーナ、勝てるのね?」

「もちろんよ。こんな奴を相手にしているよりも、姉様たちを相手にしている方がよっぽど大変だわ」


 土埃に汚れた拳で、口から流れる血を拭うセフィーナさん。

 きりっと輝く瞳には、僅かなかげりもない。


 ひとつひとつの所作しょさは、相変わらずの格好良かっこうよさで、男の僕でもれしちゃう。

 そんなセフィーナさんを見て、ユフィーリアとニーナは引き下がった。


「エルネア君の身内として、負けることは許されないわ」

「エルネア君の身内として、必ず勝ってきなさい」

「ええ、任せて。姉様たちは、そこで見ていればいいわ」


 言ってセフィーナさんは、拳を握る。


 姉妹のやり取りを、にたにたといやらしい笑みを浮かべながら見ていたライゼンも、腰を低く落として身構える。


「いい加減、俺っちと横になってたわむれてほしいものだぜ?」

「あら、残念ね。私は、寝技の相手はエルネア君だけと決めているのよ。貴方とは、絶対にごめんだわ」

「そんじゃあ、強引に押し倒してやるぜ!」


 ライゼンが疾駆しっくする。

 残像を残し、セフィーナさんの懐へと瞬時に潜り込む。

 繰り出される拳!


 ゆらり、とセフィーナさんの上半身が流れた。そして、無理のない動きでライゼンの拳をやり過ごす。


「さっきから、その動きが目障めざわりなんだよ!」


 ライゼンは、拳が受け流されることは織り込み済みのようで、すぐに次の動きへとつなげる。

 魔力で身体能力を強化しているのか、不自然な動作で急激な動きを見せた。

 受け流され、伸びきっていたはずの腕が、なにか見えないものに跳ね返されたような反動で戻ってくる。そのまま、肘鉄ひじてつがセフィーナさんを襲う。

 それでもセフィーナさんはなめらかに反応すると、ライゼンの攻撃をかわす。


 ライゼンの猛攻は、その後も続く。

 だけど、セフィーナさんは流水の体術で綺麗にさばいていく。

 それでも、高速で動くライゼンに対し、徐々にセフィーナさんが押され始めた。


「「セフィーナ!」」


 ユフィーリアとニーナの声が重なる。

 腹部にライゼンの膝蹴ひざげりを受けたセフィーナさんが宙を舞う。


「ひゃっはーっ!」


 ようやく攻撃が入ったライゼンが愉快そうに笑いながら、追撃しようとした。

 そこへ、上空から雷撃の雨が!


「ちぃぃっ」


 頭上からの魔法に素早く反応したライゼンは、セフィーナさんへの追撃を諦めて回避行動をとる。

 その間に、飛ばされたセフィーナさんは地面に着地した。

 綺麗な受け身で。


「あら、この程度の蹴りなんて、大したことないわよ?」


 ふさっ、と乱れた髪を払うセフィーナさん。

 言葉通り、重い痛みなんて負っていないようだ。


「ちょっと、セフィーナ。心配かけないでほしいわ!」

「ちょっと、セフィーナ。迷惑をかけないでほしいわ」

「ごめんなさい。それじゃあ、そろそろ本気を出そうかしら?」


 二人の姉に対してなのか、雷撃で援護を入れた僕に対してなのか、セフィーナさんはそう言って空を見上げると、深く深呼吸をした。


「おいおい、そりゃあないぜ? 俺っちは真面目に迫っていたのによ」

「軽薄な男がどれほど真面目になろうと、薄っぺらいのよ」

「言うじゃねえか。そんじゃあ、俺っちも本気であんたを押し倒しにいくとしよう」


 ライゼンはにやりと笑みを浮かべると、背中に隠し持っていた武器を取り出す。


「あれは、九魔将の武具のひとつ、大鬼たいきつめですね。かすり傷だけでも呪われてしまいますので、気をつけてくださいませ」


 遠くの戦場から、シャルロットが観察していた。

 シャルロットの言葉が、セフィーナさんのところにまで届くわけはないんだけどね。


 だけど、シャルロットの言葉が届かなくても、大鬼の爪が恐ろしい武器だということは気配だけでわかる。

 禍々まがまがしいよどみが、大鬼の爪を装着したライゼンの手に纏わりついていた。


「大昔の話さ。すんげぇ恐ろしい大鬼がいたんだとよ。そいつの爪をゆっくりじっくり剥ぎ取ったのが、この武器の由来らしいぜ? 大鬼はよ、もがき苦しみ、世界を呪ったんだってよ。恐ろしいねぇ」

「そんな武器を平気で扱う貴方のほうが、よっぽど恐ろしいわ」

「はっはっはっ、ちげぇねぇかもな」


 けらけらと笑うライゼン。

 どこまでも軽薄なこの魔族に、セフィーナさんは嘆息たんそくする。

 そして、拳を腰にめて、ゆっくりと構えた。


「受け身ばっかりじゃあ、ちっと物足りねえぜ? やっぱよう、女も積極的な方が楽しいってもんだ」

「それじゃあ、その期待に応えてあげるわ。ただし、あとで後悔なんてできないわよ!」


 セフィーナさんの気がしずまっていく。

 なぎの水面のように、無駄な揺らめきなど一切を排除し、世界を鏡のように反射する。


 ライゼンは相変わらずの汚い笑みで、そんなセフィーナさんをじっくり観察するように見つめていた。


「エルネア君は、誰が最初にこの戦いから脱落すると思う?」


 みんなの戦いが続いているように、僕とバルトノワールの死闘も続いていた。

 霊樹の木刀を正面から受け止めたバルトノワールは、僕にそんなことを問いかける。


「真っ先に自分だとは思わないのかな?」

「はははっ。確かに、このままじゃあ危ないかなぁ?」

「それは、笑いながら口にすることじゃないよ!」


 僕は白剣をきらめかせ、バルトノワールを斬りつける。

 バルトノワールも巧みに長剣をひるがえすと、白剣の斬撃を受け流す。


 僕の二剣に対し、バルトノワールは長剣一本。それなのに、竜剣舞の連撃について来られるだなんて!

 これが、先達せんたつの者の実力なのか。

 だけど、僕の攻撃はこれだけじゃない!


 練り上げた竜気を、竜剣舞に乗せて天空へと上げる。

 上昇した竜気は嵐の竜術となり、さらに激しく世界をかき乱す。

 荒々しい風が渦を巻く。


「それじゃあ、終わりにしようか」


 僕の呟きは、すさぶ風に流されて、バルトノワールには届かなかった。


 牽制けんせいねて、霊樹の木刀を振るう。

 僕の内側でアレスさんが呼応し、霊樹の術が発動する。

 風に乗り、乱舞する数え切れないほどの霊樹の葉っぱ。

 霊樹の葉っぱが、バルトノワールをかすめる。

 それだけで、よれた服が裂けて鮮血が飛ぶ。


「くっ」


 バルトノワールが一歩退いた。


 その瞬間を狙って。


 僕は、上段に構えた白剣を勢いよく振り下ろす。


 僕の動きに合わせ、天空へ上昇し続けていた竜気が一点に収束し、大鎌おおがまとなって振り下ろされた!


「っ!!」


 咄嗟とっさに身構える、バルトノワール。


「はぁっ!」


 短い気合い。

 だけど、それは僕じゃない。

 セフィーナさんの発した声だった。


「なっ、ちょっ……!?」


 絶句したのは、上級魔族のライゼン。


 天空から振り下ろされた大鎌の竜術。

 だけど、それはバルトノワールの頭上には届かなかった。

 代わりに大鎌を受けたのは、セフィーナさん。

 正確に言うと、セフィーナさんの拳へと、大鎌は振り下ろされた。


 セフィーナさんは、渾身こんしんの気合いとともに、拳を繰り出す!

 大鎌はセフィーナさんの拳に収束すると、何重もの螺旋らせんの刃となって放たれた。


 ライゼンへ向けて!


 ライゼンが、セフィーナさんの必殺技を見抜くよりも速く。

 螺旋の刃は、ライゼンの全身を飲み込んだ。


 そして。


 断末魔だんまつまさえなく、一片の肉片も残さず斬り刻まれたライゼンは、世界からその存在を完全に消滅させた。


 からん、と大鬼の爪だけが最後に地面に落ちた。


『ぶっつけ本番で成功させるとは、なかなかに気概きがいのある娘だ』


 僕の内側で、アレスさんがセフィーナさんを賞賛しょうさんしていた。


『あれが、セフィーナさんが隠し持っていた必殺技なんだね?』

『そう。他者の竜術を操り、我がものとする。ようも考えついたものだ』


 最初に、僕の足もとにセフィーナさんが転がってきたとき。セフィーナさんがお願いしていたこととは、まさにこの状況だった。

 大鎌の竜術を、自分に落としてほしい、と。

 口に出しちゃうと作戦が露呈ろていするから、アレスさんが心を読んでくれたんだよね。そして、アレスさんと繋がっている僕は、それを瞬時に理解していた。


 もともと、セフィーナさんは竜気のあつかいにけていた。そこへもって、竜術を自在に操るジルドさんに修行を見てもらうことによって、能力を開花させたんだ。


 流水の動きは、この必殺技の副産物だったんだね。

 相手の力、もしくは術を無力化するように受け流す。それって、逆に利用すれば、味方の術を用いて、自分には扱えない大きな術も意のままに操れるってことだもんね!


 セフィーナさんが受けた屈辱くつじょくは、見事に返された。


「言ったじゃない。後悔できないってね」


 腰に手を当てて、ライゼンが跡形もなく消し飛んだ場所を見つめるセフィーナさんは、やはり格好良かった。

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