終末の叫び

 セフィーナさんの超必殺技により、上級魔族のライゼンは倒された。

 そして、他の戦場でも、終局しゅうきょくが迫ろうとしていた


「いやぁ、残念だね。魔剣を手にしているというのに、この程度の剣術しかあつかえないなんてさ」


 がっかりだ、と肩を落とすルイララに対し、漆黒の全身鎧を身に纏った魔剣使いは、息も絶え絶えに片膝かたひざを突く。


「これなら、竜王のウォルかエルネア君に斬りかかっていた方が何倍も面白かったね」


 ルイララは、興味を失ったとばかりに魔剣使いから視線を移し、別の戦場で死闘を繰り広げる僕やウォルを見る。

 だけど、僕もウォルもルイララの軽口に反応する余裕なんてない。

 いや、ウォルはルイセイネの補佐を受けて、巨躯きょくの竜人族ルガ・ドワンを圧倒しているけど、ルイララの言葉が聞こえていないんだと思う。


 世界に意識を溶け込ませた状態の僕だから、離れた場所でれたルイララの軽口も拾えたんだね。


 僕は、バルトノワールが放った不可視の術を、霊樹の木刀で弾き飛ばす。そうしながら、白剣へと動きを連動させて反撃を繰り出す。

 バルトノワールも余裕がなくなってきているのか、口数が少なくなってきた。


 もう、どれくらい剣戟けんげきを打ち合っているだろう。

 激しく弾む胸の鼓動こどうと、乱れる呼吸。解放し続ける竜気は、竜脈からの供給がなければとっくにれ果ててしまっている。しかも、嵐の竜術を長時間維持し、大鎌おおがまの竜術を放ったことで、消耗が激しさを増している。


 僕の内側で荒々しく竜気をみなぎらせている竜の王の宝玉にも、限界が見え始めていた。


『エルネア……』


 そして、アレスさんもまた、長期の力の解放によって、たくわえていた力を使いきりそうになっている。


 僕の限界は近い。

 白剣と霊樹の木刀が重く感じる。あしは思うように上がらず、りの威力は半減し、身体捌きもにぶくなっていく。


 だけど、それは僕だけではなくて、バルトノワールも同じだった。

 はぁ、はぁっ、と僕の耳にも届く荒い息切れ。見るからに手数が減っていく攻撃。そして防戦が増え、反撃が単純化していく。


 こうなれば、どちらが先に精根尽き果てるかの勝負だ!


 僕とバルトノワールは、剣をぶつけ合った後に距離をとった。

 一拍入れるバルトノワール。

 間髪入れずに間合いを詰めて、竜剣舞へ持ち込む僕。


 僕とバルトノワールの戦いも、もう間も無く終わりが訪れるだろう。


 でも、その前に。


「おのれ……。魔王の腰巾着こしぎんちゃく分際ぶんざいで!」


 漆黒しっこく全身鎧ぜんしんよろいを身に纏った魔剣使いが立ち上がる。

 そして、憎々しげにルイララをにらむ。

 ルイララは、殺気のこもった瞳に射抜かれながらも、平然と薄笑いを顔に浮かべていた。


「剣術に固執こしつする貴様に、目にものを見せてくれる!」


 魔剣使いは、かぶとの奥で歯を食いしばる。

 怒りに充血した瞳からは、真っ赤な血の涙が流れていた。


 ぞわり、と離れた場所にいても感じられるほどの濃厚な魔力が、魔剣使いを包み込む。

 どす黒い色に可視化した魔力は、漆黒の全身鎧へと集約されていく。


「はははっ。それはもう、見飽きちゃったな。ということでさ。それは、僕じゃなくてあっちに放った方が良いんじゃないかな?」


 必殺の一撃を放とうとする魔剣使いに対し、ルイララは笑いながらある場所を指し示した。


「ルイララのおあそびが終わったなら、私たちの番だわ」

「ルイララのたわむれが終わったなら、私たちが相手だわ」

「っ!?」


 ルイララの参戦により、一度は戦線を離れたユフィーリアとニーナが、戻ってきていた。

 そして、黄金色にまぶしくかが竜奉剣りゅうほうけんを重ね合わせ、竜気を高める。

 魔剣使いは、戦意を消したルイララにではなく、ユフィーリアとニーナに向き直ると、改めて必殺の一撃を放とうとした。


「遅いわ!」

「無駄だわ!」

「ユフィと」

「ニーナの」

「「皇竜招来こうりゅうしょうらい!!」


 二人はまず最初に、霊樹の宝玉を天へ向かって放った。

 ニーナによって手の加えられた霊樹の宝玉は、螺旋らせんえがきながら天空へと上がる。そこへ、重なり合った竜奉剣から更なる竜気の光が放たれる。


 ごごごごっ、と雷鳴がとどろく。

 空を震撼しんかんさせる重低音とともに、嵐雲らんうんが収束していく。

 嵐雲を翼にした、金色こんじきに輝く超巨大な翼竜が、竜気によって形取られる。

 空に充満していた雷撃の魔力を吸収した霊樹の宝玉のひとつが、右目として青く輝く。


「くっ!」


 魔剣使いは、天空に顕現けんげんしたまぼろし翼竜よくりゅう驚愕きょうがくし、大きく後退あとじさる。


 ユフィーリアとニーナが生み出した皇竜こうりゅうは、雷鳴のごとき咆哮を放つと、地上の魔剣使いへ狙いを定めた。


「お、おのれっ。人族ごときの術に遅れを取るものか!!」


 魔剣使いも、負けじと叫ぶ。

 そして、漆黒の全身鎧に溜め込んだ魔力を、皇竜へ向けて解放させた。


「愚かだわ!」

「待っていたわ!」


 もしも、魔剣使いが僕の身内だったなら、こんな悪手あくしゅは取らなかったかもしれない。

 もしも、魔剣使いがユフィーリアとニーナとセフィーナさんの関係を知っていたのなら、こんな判断はしなかったかもしれない。

 だけど、魔剣使いは僕の知り合いでもなければ、三姉妹のことなんて全く理解していない。

 だから、この時点で勝敗は決していた。


 真正面からぶつかり合う、皇竜と修羅しゅら波動はどう

 どちらの術が勝るのか、という勝負にはならなかった。


 大きく口を開けたのは皇竜。

 そして、皇竜は修羅の波動を飲み込んだ。


「馬鹿なっ!?」


 絶望する魔剣使い。


 修羅の波動を喰らい尽くした皇竜の左目が、黒く輝く。


「「セフィーナにできて、私たちにできないことはないわ!」」


 ライゼンを倒し、力を使い果たしたセフィーナさんが、二人の姉の術を見て苦笑していた。

 シャルロットとミストラルも、死闘をしばし忘れて、上空に顕現した不思議な翼竜に見とれていた。

 レヴァリアは舌打ちし、ガフは驚愕きょうがくに瞳を見開いていた。

 ウォルとルガが同じように驚き、ルイセイネが微笑んでいた。


 皇竜はもう一度、今度は魂を震えさせるような咆哮をあげると、嵐が生んだ乱気流とともに魔剣使いへ襲いかかる!


「がああぁぁぁぁぁっっっ!!」


 無数の雷撃に身を焼かれ、自らの魔力に切り刻まれる魔剣使い。更に、発生した巨大な竜巻によって天高く飛ばされると、最後には金色の輝きに包まれて消滅してしまった。


 竜巻が収まったあと。

 皇竜が消えた空から、がらんっ、と漆黒の全身鎧が各部位ごとに落ちてきた。

 最後に、神殺しの魔剣が降ってきて、地面に突き刺さる。


「とっさに考えたけれど、上手くいったわ」

「見よう見まねだったけど、完璧だったわ」


 竜奉剣を杖代わりに立ちながら、ユフィーリアとニーナは疲れたようにう。


「こりぁあ、驚いた。今のが即興そっきょうの術だとはね」


 流石さすがのバルトノワールも、ユフィーリアとニーナの竜術には驚いたようだ。

 僕に押し込まれながら、苦笑するバルトノワール。


「なるほど、これが君の身内か……」

「理解できたなら、いさぎよく負けを認めて!」


 横薙ぎの白剣をかわしきれなかったバルトノワールから、鮮血が飛ぶ。


 もう、戦いの趨勢すうせいは決している。

 上空では、ライラとレヴァリアが古代種の竜族であるガフを追い立てている。

 ルイセイネとウォルも、人竜化したルガを追い詰めていた。

 唯一、ミストラルとシャルロットが未だに死闘を繰り広げているけど、こちらが決着すればすぐにでも応援へ向かえる。

 戦いを終えた三姉妹やマドリーヌ様も、次の戦いに向けて気を整えている最中だ。


 だけど、追い込まれているはずのバルトノワールは、僕の忠言ちゅうげんを受け入れない。それどころか、更なる術を発動させようと、長剣に複雑な模様を浮かび上がらせる。


「させないよっ!」


 僕は、バルトノワールの動きを察して霊樹の木刀を振るう。

 術を中断させようと、木刀には力を込めていた。


「エルネア君」


 そのとき、バルトノワールがなぜか、これまでになく穏やかな表情で僕を見つめた。


「君が俺の前に立ち塞がってくれて、本当に感謝している」

「な、なにを!?」


 複雑な模様が浮かび上がったバルトノワールの長剣を弾いた僕は、その勢いで白剣を突き出す。


最期さいごに、君たちのような後輩こうはいを見ることができて良かった。じつに、うらやましい。俺にはかなわなかった夢だ」

「えっ!」


 予想外だった。

 バルトノワールの言葉が、ではない。


 これまでに何十合と打ち合ってきたからこそ、わかる。

 バルトノワールには、この程度の突きは通用しない。ひらりと躱されるか受け流されて、反撃が来る。

 戦いの流れを、そう予想しながらの刺突しとつだった。


 それなのに……


 ずぶり、とわずかな感触が右手に伝わると同時に、白剣はバルトノワールの胸に深々と突き刺さっていた。


「ぐふっ……」


 真っ赤な血の塊を吐く、バルトノワール。

 あまりにも予想外の展開に、僕の方が動きを止めてしまう。


「ははは……。やはり、真っ向勝負では敵わないな。俺の術を看破かんぱした時点で、負けは決まっていたようだ」

「で、でも……?」


 まだ、勝負はこれからだと思っていた。

 それくらいは、まだバルトノワールだって余力を残していただろうし、底力はこんなものじゃない、と僕の本能が警告していた。


 それなのに、白剣を胸に突き立てられたバルトノワールは、あっさりと負けを認めてしまう。


「エルネア君が言いたいことは、わかるさ。だがね、現実とはこういうものさ……」


 バルトノワールは、口と胸から大量の血を流しながら、僕に向かって笑いかける。

 それはまるで、直前まで命を賭けた戦いを繰り広げていた者の顔ではなく、優しい年上の先輩せんぱい、という気配だった。


「ど、どうして……?」


 今更、なぜこんな終わり方を望んだんだろう。

 どうして、こんな顔をするんだろう。

 聞きたいことがいっぱいある。だけど、動転した僕の喉からは、それ以上の声が出ない。

 絶句ぜっくする僕を見て、バルトノワールは言う。


「イステリシアを救ってくれた君たちのことだ。おのれの命を代償にしようとする俺のことをさげすむだろうね。……だが、こうするしかなかったのさ」


 なんのこと?

 いったい、バルトノワールはなにを言っているの?


 確かに、大きな騒乱を巻き起こしたバルトノワールたちは、なんらかの形で贖罪しょくざいを受けなければならない。

 それが、命をもってのつぐないか、ユンユンやリンリンたちのように、もっと他の方法でなのかは様々だけど。

 少なくとも、僕たちと同じように不老の命を授かったバルトノワールなら、長い歳月をかけて罪滅ぼしをするという選択肢があるはずだ。


 だけど、バルトノワールはそういった話をしているわけじゃない。

 では、なにが言いたいのか……


「エルネア君も、師事しじする者や他の誰かから、これまでに聞いたことがあるかもしれないね。禁術きんじゅつには、手を出すな。もしも手を出してしまったら、魔女まじょに狙われる、と」

「ま、まさか!?」

「遅かれ早かれ、俺は死ぬ運命だったのさ。それが魔女に殺されるか、後輩に殺されるかの違いだけでね……」


 言って、バルトノワールは長剣を地面に突き立てた。


「他の者たちとは違い、表立って動かなかった俺に疑問は持たなかったかい? もしそうなら、教えてやろう。……俺が、なにを準備していたのかをね!」


 血を吐きながら、バルトノワールが叫ぶ。

 それと同時に、廃墟はいきょが広がる大地に複雑な模様の呪術陣じゅじゅつじんが浮かび上がった。


「エルネア君と俺との勝負は、君の勝ちだ。だがね。個別の戦いでは負けても、俺のくわだてを止められなかったエルネア君たちの負けだ!」

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