進撃の魔王軍
「ご報告申し上げます!」
そう言って本陣に駆け込んできたのは、
伝令の魔族は息を荒だてながら、前線からの報告を、本陣に控える魔族たちへ伝える。
「
伝令の知らせに、並み居る魔族たちからどよめきが起きる。
「いやあ、これは驚きですね、将軍様。まさか盗賊が
そこへ陽気な声を発したのは、武人らしい雰囲気など欠片もない、
「ルイララよ、口を
「これは失礼しました、将軍様。ですが、
ルイララの問いに、四本腕の
「よもや、これほどの規模で賊どもが集結するとは。しかし、何者が立ちはだかろうとも、我らの進軍は予定通りだ」
地図には、山あいにある廃村に目印が記されていた。そして、その手前。拓けた平原に自陣の
「正面から突撃するので?」
地図を覗き込むルイララを、
「ルイララは、とんと軍事に弱いわね。というか、数字に弱いのかしら? 我が軍は左軍右軍中軍合わせて七十五万。たかだか一千程度の石ころで我らの進軍を止められるものか」
ころころと
むしろ、これだけの大軍を前によくも逃げ出さなかったものだ。と、どよめいた理由を
しかしその
「な、七十五万対一千……。勝負にならんではないか……」
「儂の国の全兵員を動員しても、この軍勢の十分の一にも満たんぞい……」
「わしの国もだ……」
「竜人族なんて、年寄りから女子供に至るまで武器を持たせたとしても、一万にもならないだろうね」
客人たちの常識を大きく
「とはいえ、今回派兵された正規軍は十二万五千だ。あとは志願兵や
客人、すなわち、
「陛下の治世は長く安定しているが、そうすると
なるほど、とぎこちなく
説明の内容は理解できる。だが、あまりにも規模が違いすぎるのではないか。とはアームアード王国とヨルテニトス王国の二人の国王の
「さすがは魔族ですね。血の気が多い者ばかりだ」
竜人族のアスクレスでさえ、集結した大魔族軍の規模には息を呑まされた。
もし、この規模で竜峰に攻め入られたら、と考えると、嫌な汗が浮かんでくる。
「私らと仲良くしておく方が得策であろう?」
「そ、そうですね……」
するとそこへ現れたのは、戦場には
美女はアスクレスの無防備な心を読んで、そう言うと笑う。
「魔王陛下、
近衛将軍の発言により、伝令を受けて談笑していた魔族たちが途端に口を慎み、
客人を接待していた侯爵も、同じように跪いた。
父親連合の面々も
「其方らは私に対して礼節は必要ない。客人扱いであるからな」
とは言われたものの、緊張と場の雰囲気に飲まれた男たちは、集った魔族たちの片隅で小さくなる。
「では、状況を報告せよ」
魔王が玉座に着くと、居並ぶ魔将軍たちが地図を示しながら戦況を伝える。
魔王は報告を耳にすると、ふむ、とひとつ頷いた。
「……不自然に集まった感が強いな。それで、
「はっ、
「そういうことか。周辺から赤布盗と名乗る盗賊どもを集めるだけ集め、自分は姿をくらませる。おそらく、廃村に集った者共は足止めとして捨てられたのだろう」
「では、首領は」
「逃げたのだろうよ」
魔王の即答に、魔将軍たちは
「ルイララよ、其方はエルネアと離れ、暇を持て余しているのだろう? ならば、首領を追え。そうすれば、エルネアたちともいずれ合流できるだろう」
「陛下、恐れながら。エルネア君たちが同じ目標を追っているのであれば、僕の出番はないかと存じます」
と言いつつも、ルイララは嬉しそうな気配を示す。
それで魔王が構わないから行けと命じると、
楽しげな雰囲気のルイララを見送った魔将軍たちは、改めて主人に注目する。
魔王は配下の者たちの視線を受け、命令を下した。
「これより、全軍をもって廃村に立て籠もる賊を討ち亡ぼす。誰ひとりとして生きて帰すな。
魔王の号令に、魔城軍たちが雄叫びをあげる。
そして、軍令を持って動き出した。
巨人の魔王が統治する国から見れば北。
妖精魔王クシャリラが支配していた国から見れば南。
両国が接する国境地帯は、長らく繁栄してきた。
魔王同士はいがみ合う事もしばしばあったが、経済の交流は盛んで、人の行き来や物流の往来により、他の地方よりも豊かであった。
だが、それももう過去の話。
北は魔王クシャリラが去り、無法地帯と成り果てた。
しかし、それでも当初は安定を見せ始めていた時期もあった。
新たな魔王の座を狙う魔族たちがしのぎを削り、己の力を
魔王位を狙う魔族が次々と倒されていき、支配者の空白の隙を突いて、赤布盗が各地で暴れ始めたのだ。
無法者の集団である赤布盗は、
魔族らしい、と言えばそれまでだが、赤布盗によって国土は荒れ果て、豊かであった国境地帯も危険な土地となってしまった。
そんな荒廃していく国境から少し離れた田舎に、赤布盗と恐れられる
「おい、首領様はどうした?」
「そ、それが……。今朝から姿が見当たらねえんだよ」
「なにっ!? それじゃあ、俺たちはこれからどうしろってんだ!」
廃村の周りに作った
だが、気が立っているのはこの魔族だけではない。
「知らねえよっ! だいたい、俺たちに声を掛けてきたのは貴様たちの方からだろうが!」
「俺たちも首領様に集められたんだよっ」
「知るか、そんなことっ!」
胸ぐらを掴み合い、今にも殺し合いを始めそうな魔族たち。だが、それを止めるような者はこの場にはいない。
少しでも意見が食い違えば、殺しあう。その勝者の意見こそが彼らを従わせる権利を持つ。
赤布盗は、襲った集落に容赦をしないどころか、身内の抗争も
だが、そんな彼らは今、混乱に陥ろうとしていた。
身体のどこかに赤い布を巻いていれば、誰もが赤布盗である。
いつしかそんな話が流れ、各地で多くの盗賊団が生まれた。
国境付近でも、幾つかの盗賊団が暴れまわっており、そのことごとくが赤布盗と名乗っていた。
だが、同じ赤布盗であっても、
それが、先日のことである。
自分こそが赤布盗を最初に組織した首領である、とひとりの上級魔族が現れた。
最初は疑心暗鬼だった魔族たちだったが、首領だと主張する男、ライゼンの実力と残忍さを知ると、たちまち服従していった。
そして、ライゼンによって集められた複数の赤布盗は、こうして廃村に集められた。
だが、どうしたことか。
ライゼンの姿は、今朝からどこにもない。それどころか、周辺の様子を偵察しに行った者から、思わぬ報告が上がってきたのだ。
「ま、魔王軍だ!」
誰もが、偵察の報告に耳を疑った。
だが、そんな馬鹿な、と確認に行った者たちの全てが口を揃えて同じことを言う。
「お終いだ……」
「た、助からねぇ」
「に、逃げるしか……!」
「もう、手遅れだ。逃げられねぇよ……」
「馬鹿野郎っ、せっかくこれまで集めたお宝を置いて、お前らは逃げるってぇのか!?」
「くそうっ! こんなことなら、ライゼン様に従って略奪品を持ってここへ来なければよかった」
「俺たちは
暴虐の限りを尽くし、深い欲のままに金品を強奪してきた赤布盗にとって、手に入れた財宝は命に等しいものだ。
そのため、せっかく奪った命に等しい金銀財宝を、彼らは簡単には手放せない。
だが、それが彼らにとってかけがえのない宝、すなわち「命」を失う結果になるのだった。
どぉん、どぉんっ、と大気を震わせる
七十五万という大軍が踏み鳴らす地響きによって、赤布盗の悲鳴はかき消された。
「いやぁ、参ったぜ」
ライゼンはそこから自力で同志たちが集う場所へとたどり着くと、開口一番に
「まったくよ、酷ぇんだよ。この前行った辺境の都市にもう一回ちょっかいを出したら、とんでもねぇ巨竜が襲ってきやがった。それで命からがら逃げ延びた南の国境の方では、巨人の魔王が軍隊を派遣しているしよ。もう、ここまで逃げるのに必死だったってえの!」
ライゼンが到着する前から、見知った顔がそこには集っていた。
槍を所持した、
黒髪黒髭の、
そして、不気味な
「ってかよ、それってイステリシアが持っていた杖じゃね?」
ライゼンは、横巻き金髪の女性、シャルロットが手にする
「どうやら、君も大変だったようだね。だが、イステリシアはもっと大変だったようなんだ」
ライゼンの疑問に、倒れた柱に座る黒上黒髭の男、バルトノワールは苦笑しながら言う。
「君を送ったあとに禁領と呼ばれる場所へ部族の者たちと襲撃したらしいんだけどね。残念ながら、返り討ちにあったようなんだ」
言って、バルトノワールは側に立つシャルロットを見る。
ライゼンと残りの二人も、自然とシャルロットへ視線が移った。
「彼の要望でしたので、杖だけは回収してまいりました。ところで、貴方はこの杖を回収して、どうなさるのでしょう? 新たな者に持たせます?」
「気に入ったなら、貴女が使っても良いんだがね?」
「私には
「そうかい。まあ、使い道は他にもあるんで、いらないなら回収させてもらおうか」
シャルロットはにこやかに拒否すると、大罪の大杖をバルトノワールに手渡した。
「しっかし、あのイステリシアがねぇ……。そんで、どんな最期だったんで?」
ライゼンは、
まさか、シャルロットが密かにイステリシアを襲ったとまでは考えないが、それでも疑いたくなってしまう。それだけ、このシャルロットという魔族の得体が知れない。
シャルロットは、ライゼンの疑惑に対して微笑みを崩さないまま、ありのままに報告をした。
「はい。エルネア君たちに部族の者たち
ふふふ、と微笑むシャルロットに対し、残りの者たちは急に顔を
「殺されたのではなく、捕らえられただと!?」
竜人族のルガが、
バルトノワールは、シャルロットに確認を入れる。
「捕らわれたイステリシアから、どうやって杖を回収したのかな?」
「それは、簡単です。死ぬか渡すかを選択していただきました」
「貴様! 敵を目の前にしておきながら、みすみす見逃したというのか!」
漆黒の全身鎧を着込んだバレジロッドが、背中の長剣に手を伸ばす。
「はい。わたくしは杖の回収だけをお願いされていましたので」
それがなにか? と首を傾げるシャルロットに対し、ライゼンさえも苛立ちを覚える。
「あんたさ。もしかして、その気があれば、イステリシアも助けられたんじゃねえの?」
「ふふふ、その気なんてございませんから、ご安心ください」
シャルロットの軽い返事に、ライゼンは舌打ちする。
つまり、シャルロットは仲間を助けたり共闘する気は毛頭無いということだ。
ライゼンも、赤布盗を使って足止めするような非道な魔族ではあるので、突っ込んだことは言えないが。
だが、シャルロットのあまりにも不可解な行動に、誰もが眉間に
バルトノワールの背後で存在を隠している
「おやまあ。私は要望通りに動いただけですのに。それに、そんなに気配を出していますと、せっかく隠れているのに意味がありませんよ?」
なんのことだ、と誰かが口を開こうとした、その時。
「見つけましたっ、お覚悟ですわっ!!」
上空を流れる夏の分厚い雲の影から、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます