みんな家族です
なんで人族の騎士がわざわざ竜峰に入って暴れているのか。わけがわからないまま、僕たちは東の村へ向かう。
吊り橋から東の村までは、さほど離れていない。徒歩ならともかく、空を高速で飛ぶニーミアとユグラ様にかかれば、あっという間の距離だ。
すぐに見えてきた東の村の広場には、確かに揉めている風の集団が見て取れた。
ちょっとここは強引に。
揉め事を一気に沈める意味合いを含め、ニーミアとユグラ様には強引に広場に着地してもらおう。
僕の意図を汲んだニーミアとユグラ様は、勢いを殺さずに広場へと突っ込む。
上空から巨竜が二体、高速で接近する緊急事態に気づき、広場で争っていた人たちは慌てて散り散りに逃げだす。
先にユグラ様が地響きをあげて着地する。ニーミアは着地直前に勢いを殺し、柔らかく着地した。
ユグラ様が威嚇を込めて咆哮をあげると、幾つかの建物の陰から悲鳴が聞こえてきた。
「は、伯ではありませんか!?」
「なぜこのようなところに……?」
一度は散って逃げたけど、ユグラ様の姿を確認して集まってくるのは竜人族の人たちだね。
建物の脇などに荷車や馬車が有るので、竜峰中から集まった隊商の人たちだろう。
集まってきた人たちは、まずユグラ様の突然の来訪に驚く。次に、その首もとに跨るフィレルを認識して驚愕する。
あのふたりの注目から比べれば、僕たちなんて空気だよ。
『なんの騒ぎだ』
ユグラ様が喉を鳴らすと、竜心を持つ竜人族が前に出た。
「ボードワールの村のモグルと言います。実は……」
ちょっと頭の薄いモグルさんの話によると、今朝早くに、人族の騎士五名がこの東の村へとやって来たらしい。
彼らは着いて早々に「人を探している」と竜人族の人たちに聞き回っていったらしい。だけど、この村に集まった人たちのなかに、騎士の人たちが探している人物を知っている者は誰もいなかった。
そういえば、今回の隊商には、ミストラルの村からは誰も参加していなかったね。
心当たりがない、と返答する竜人族の人たち。だけど、騎士たちは絶対に竜峰に居るはずだと引かず、この村の者が知らないはずはない。隠しているのか。知らないと言い張るのなら、この先へと進む。と騒ぎだした。そして、竜峰は危険だと止める竜人族と揉み合いになった。
騎士の人たちは、この村は竜峰中から集まってきた人たちの
竜人族の人たちの対応は正しい。彼らは親切心で対応し、忠告し、止めようとしたんだ。ただし彼らは、騎士の人たちの切羽詰まった思いを知らなかった。
だけど僕には、騎士の人たちの心情がわかった。
というか、とてもとても身に覚えがありすぎて、モグルさんの説明を聞きながら顔が徐々に引きつっていくのを感じました。
見渡せば、身に覚えのありそうなフィレルは顔面蒼白で
双子王女様、なぜ貴女たちは楽しそうに囁きあっているのでしょうか。
「と、取り敢えず。現在も隠れている騎士の人たちを呼びましょう」
騎士の人たちが姿を現さないことには、この先の話は進まないよ。だけど、僕の呼びかけにも、建物に隠れた騎士の人たちは姿を現さない。
困った。どうしよう。と思った時。フィレルが声を張り上げた。
「僕はヨルテニトス王国の第四王子のフィレルです! 騎士よ、恐れなくて大丈夫です。出てきてください!」
ざわり、と隠れていた騎士の人たちの気配が揺れた。
「で、殿下!? まさか……?」
恐る恐る建物の陰から顔を出した騎士のひとりが、ユグラ様に騎乗しているフィレルを見て絶句する。
「な、なんと……!?」
別の騎士が
僕たちも、いつまでもニーミアの背中に乗っている場合じゃない。騎士たちが「信じられない!」という表情でユグラ様に騎乗するフィレルに近づく間に、順番に降りていく。
フィレルも、建物の陰から現れた騎士五人の姿を確認すると、ユグラ様から降り立った。
「誠にフィレル殿下でございますか……」
「なんと立派な翼竜だ」
「ま、まさかフィレル殿下がこれほどの翼竜を使役なさるとは……」
若干、王子であるフィレルに対して失礼じゃないかと思える口調だったけど、そこに気が回らないほど騎士の人たちは驚いているんだね。
「使役しているわけじゃありませんよ。伯は僕の師匠なんです」
「
事情をいまいち飲み込めていない騎士の人たち。彼らの盾や鎧の胸元には、ヨルテニトス王国の紋章が
ヨルテニトス王国の王国騎士で、間違いない。
ライラがそっとニーミアの陰に隠れる。
「僕のことはともかく。皆さんはなぜ、竜峰へ?」
騎士の人たちが危険を冒して竜峰へと入った理由を明確にしないといけない。フィレルを探してか、ライラを探してか。もしくは両方かな。
ヨルテニトス王国の王国騎士であるのなら、双子王女様を探して、という線は消えたと思う。
「わ、私どもは……」
言い淀む、隊長らしき黒髭の騎士。
フィレルを前にして言い淀むということは、やはり。
フィレルは無意識だろうけど、隠れて様子を伺うライラに視線を向けてしまった。そこに釣られて、騎士たちがフィレルの視線を追ってしまう。
「オ、オルティナ王女殿下!!」
オルティナ!?
血相を変えてライラに駆け寄ろうとする騎士五人。しかし行く手を塞いだのは、双子王女様だった。
「お、王女殿下!?」
ライラを庇うよう騎士たちの前に立ちふさがる双子王女を認識して、騎士たちは慌てて足を止める。
「こ、これはいったいどういうことだ?」
「なんだ、この状況!?」
「殿下に王女様にアームアードの姫君まで!?」
「意味がわからない……」
「我らは夢でも見ているのか!?」
混乱するのも無理はないよね。
遠く離れた異郷の地で、予想外の出来事と予想外の人物に会い、何が何だかわからなくなっている様子だ。
「オルティナ王女はここには居ないわ」
「見間違いだわ」
にこり、と微笑む双子王女様。だけど、有無を言わさない迫力があった。
「い、いや……」
「しかし……」
それでも、双子王女様越しにライラを確認しようとする騎士たち。だけど今度は、ニーミアが動いてライラを隠した。
「王女殿下……」
「オルティナ様!」
それでも食い下がろうとする騎士の人たち。
「私どもは……王女殿下をお探し続けてきました」
「不遇な扱いを受け続けた王女殿下をお守りできず、申し訳ありません……」
「生きていてくださって、本当に良かった」
口々に、隠れて見えないライラに向かって謝罪や安堵の言葉を投げかける騎士の人たち。
僕はつい、一歩前に出てしまう。
「ずるいですよ」
静かな声に、騎士だけじゃなく周りの竜人族やフィレルまでもが僕を見る。
「騎士様たちの心情はわかります」
きっと彼らは、心の底からライラを心配して、懸命に探し続けてきたに違いない。だけど、やっぱり言わずにはいられない。
「都合が良すぎます。死者扱いにしていたのに、姿を
彼らの心情には、ライラの気持ちが配慮されていない。ただ自分たちだけが救われようとしているだけに見えて、僕の心には湧き上がってくるものがあった。
「き、君は何者かね?」
黒髭の騎士が僕を見据える。
「僕はライラの家族です!」
きっぱりと宣言します。ライラはオルティナ王女様ではなく、僕の大切な身内。家族。そして将来のお嫁さんです。
僕は黒髭の騎士を強く見つめ返す。
僕のはっきりとした宣言と強い意志を感じ取ってくれたのか。ライラが
「わ、私はライラです。王女ではありませんわ」
ライラのか細い声に、騎士の人たちの中に動揺と困惑が広がる。
「間違いないわ。この子はライラであり、わたしたちの家族よ。竜人族を代表して明言するわ」
「巫女として。この方はライラさんで間違いないと言い切らせていただきます。彼女はわたくしたちの大切な家族です」
「オルティナ王女なんて見たことないわ。ライラはライラ。可愛い家族よ」
「オルティナ王女はずっと昔に死んだと聞いたわ。ライラは可愛い家族よ」
「んんっと、ライラは優しいお姉ちゃんだよ」
「きのせいきのせい」
「王女なんて知らないにゃん」
僕たちは全員で、ライラを囲むように立つ。
僕たちの迫力に、騎士の人たちは言葉を喉に詰まらせて、口をあわあわと動かすだけ。
騎士の人たちの想いや言い分は、僕たちには関係ないんだ。彼らの行いは、僕たちからしてみれば、もう過去のことでしかない。
だから、今更ヨルテニトス王国の都合を押し付けないでほしい。ライラはライラとして、身分なんて関係なく、僕が必ず幸せにして見せる。
僕たちに囲まれて、ライラは涙を流していた。
「彼女はライラさんで間違いありません。見間違いか何かでしょう。だって、姉様は死んだと僕に言い続けてきたのは、家族と貴方たち王国騎士ですから。だから、見間違いです。だけど貴方たちには何か、竜峰に入ってまで死んだはずの王女をさがす用事があるのでしょう。ヨルテニトス王国の王子として、貴方がたの要件を聞きましょう」
フィレルが騎士の人たちの前に出て、場を取りまとめる。
ヨルテニトス王国の王子、という言葉で騎士の人たちは己の立場と役目を思い出したのか、フィレルに向かい
顔は困惑色が濃いけどね。
「わ、私どもは、陛下の
王女は去年からずっと、両王国中で捜索が続いていたのを、少し前に知った。そしてフィレルが行方不明になり、二人を合わせて捜索することになったみたい。それで、竜峰へと入った可能性があることに気づき、やって来たらしい。
やっぱり、双子王女様にはフィレルを飛竜へ預けた後に、王都へ一度帰ってもらうべきだったのかな。
この辺は僕たちにも反省すべき点があるので、素直に反省しましょう。
「事情はわかりました。誰にも伝えずに行方を眩ませたことは謝罪します。ですが、見ての通り」
フィレルは視線で、ユグラ様の方へと騎士の人たちの意識を向けさせる。
「僕は現在、初代ヨルテニトス王が騎乗したと云われる伝説のユグラ伯に教えを
「ユグラ伯……」
「伝説の黄金竜……」
「フィレル殿下が、まさか……」
騎士の人たちは、ユグラ様とフィレル王子、そしてたまにライラを見ながら、さらに困惑の色を濃くしていく。
騎士の人たちは、きっとこう思っているんだろうね。落ちこぼれで飛竜狩りにも参加できなかったようなフィレルが、竜峰に入り伝説の翼竜と共に居るなんて信じられない。何かの間違いじゃないかと。
でも、間違いではありません。フィレルは変わったんです。ううん、変わっていってるんです。彼はきっと、伝説に残るような立派な騎士になるだろうね。
僕は騎士の人たちに、みっちりとフィレルの努力や想いを聞かせたかった。でも、今はそういう場合じゃなかったみたいです。
動揺から立ち直った黒髭の騎士が、再び姿勢を正し、言葉を発する。
「ですが殿下。この度は緊急事態でございます!」
フィレルの言葉に従い、引き上げてくれると期待したんだけど。緊急事態とはなんだろう?
一度唾を飲み込み、黒髭の騎士は続ける。
「国王陛下が、ご
今度は、フィレルの顔が顔面蒼白になった。
「そ、そんなっ……!」
ライラも背後で息を呑んでいた。
「グレイヴ殿下以下、飛竜騎士団の方々は既にヨルテニトス王国へと帰還されております。どうか、殿下も」
これはたしかに緊急事態です。
「エルネア君……」
困ったように僕を見るフィレル。
でも、迷う必要はないと思うんだ。だって、家庭の事情は複雑かもしれないけど、父親が危篤なら、とにかくその側へ駆けつけるべきだと思う。丁度、移動手段には困らない状況なわけだしね。
「わかりました。至急帰国します。貴方がたはアームアード王国へ戻って、できれば僕の安否や双子の王女様のことを伝えていただけますか」
「殿下のご命令、謹んでお受けいたします」
行動が決まれば、騎士の人たちの動きは淀みなかった。無駄な動きなく身支度を整え、早速戻ろうと動き出す。
「いやいや。人族の皆さんや。少しは落ち着きなさい」
騎士の人たちの動きを見て、静観していた竜人族の人たちが動く。
「あんたらは急がないのだろう。ここから王都まで戻るだけでも危険だ。丁度儂らも王都へと向かうところ。一緒に来なさい」
やっぱり、竜人族の人たちはみんな
今更だけど、騎士の人たちの姿をじっくりと見て、危険な旅だったのだと気づく。
要所を守る甲冑は至る所がくぼんだり傷ついたり。肩当の無い人や膝当てが欠損している装備の人ばかり。なかには腕や脚に包帯を巻きつけている人もいた。
「か、かたじけない。実はここに来るまでも命がけで、正直無事に戻れるか不安でした」
竜人族の申し出を快く受ける騎士の人たち。
僕も彼らの苦労は身に染みて知っているから、正しい選択だと頷ける。
「それじゃあ、僕も準備しなきゃ」
フィレルはユグラ様の顔付近に歩み寄る。
帰国する判断はフィレルの独断だったけど、ユグラ様も反論はないみたい。まぁ、あったとしたら僕たちが連れて行くという選択肢になっていただけだからね。
フィレルは道中のことをユグラ様と相談しだす。
食事のことや空路を考えないと、長旅だからね。
「エルネア君。私も陛下にはお会いしたいわ」
「小さい頃にお世話になったことがあるから、面会したいわ」
双子王女様は優しいね。
誰も口には出さないけど、みんながライラを気にかけている。王様が危篤、と聞いた時から、ライラが挙動不審になっていたのは、僕たち全員が知っている。だけど、ライラは王女じゃない、と言い切った以上は、僕たちも行きたい、とは言えない。それで同じ王族であり、面識もあるらしい双子王女様が声をあげてくれたのだと、この場の全員が理解していた。
「うん。それは気になるよね。フィレル王子、双子王女様の同伴を認めていただけますか」
「もちろんです! アームアード王国の美しい姫君に面会に来ていただければ、陛下はきっと感謝し、元気を取り戻してくれるはずです!」
僕の小芝居に、フィレルが乗る。
遠出だけど仕方がないですね、とか竜峰を離れるけど緊急事態だしね、とルイセイネとミストラルがわざとらしく言う。
「おでかけおでかけ」
「旅行?」
若干名、浮かれている幼女が二人いるけど、これは仕方がない。
僕たちは吊り橋の復旧に
あっという間に準備が整う僕たち。
騎士の人たちよりも手早く準備を完了させたことに、竜人族の人たちが褒めてくれた。
そして早速ユグラ様に騎乗しようとしたフィレルを、僕が止める。
「少しお待ち頂けますか」
ヨルテニトス王国の王国騎士の前だから、敬語じゃないとね。
「一緒に連れて行きたい者がいるので、もうしばらくだけお待ちください」
だれ? と全員に首を傾げられました。
「フィオ」
『うわん。なになに?』
ユグラ様の背中で興味深そうに僕たちのやりとりを見ていたフィオリーナが、喜んで飛んでくる。
「フィオ、お願い。レヴァリアを喚んでくれるかな?」
『お安い御用よっ』
僕にお願いされるのがよほど嬉しいのか、尻尾をぶんぶんと激しく振っています。そして尻尾の犠牲にならないように、竜人族の人が慌てて距離を取る。
「なぜ暴君を?」
ミストラルが聞いてくる。
「うん。フィレル王子と一緒」
「僕と?」
「はい。レヴァリアにも、色んなことを体験してもらって、見識を深めてほしいと思って」
人族の僕なんかが、大きなお世話なのかもしれない。だけど、竜峰でこれから頑張ってもらう暴君には、今のうちに外の世界、人族の国を知っておいてほしかった。そしてもうひとつ。暴君と行って、やりたいことがある。
これはきっと、いつか役に立つと思うんだ。
「エルネアお兄ちゃんは過保護にゃん」
「じゃあ、今度からニーミアには厳しくいこう」
「んにゃん。やっぱり意地悪にゃん」
ニーミアが泣き真似をすると、フィオリーナがよしよしと慰める。
君たちはいったい、どちらが姉でどちらが妹なんですかねぇ。
愛らしい竜の仕草に、場が和む。
だけど、竜族に慣れていない騎士の人たちだけは、フィオリーナが飛んだりニーミアが喋ったりするごとに体を硬直させていた。
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