出発前の懇談会
暴君を待つ間、竜人族の女性が
「いもいも」
「お芋さん美味しいよ?」
はふはふと口いっぱいにお芋を
二人からしてみれば、こんなに美味しいお芋を手にしているのに食べないのは不思議でならないんだね。
「こちらに来て一緒に食べませんか」
まだまだ夏です。秋は近づいてきているけど、暑いです。王子様であるフィレルの手前、騎士然とした態度を取ろうとしているのはわかるんだけど。それでも建物の影に居たほうが良いと思うんだよね。
「ここは人族の常識外の世界です。ここでは身分なんて飾りなんです。だから、皆さんも僕など気にせずに、木陰でこれからの旅に備えて休んでください」
フィレルの言葉が後押しになったのか、まだ躊躇いがちな雰囲気はあったけど、僕たちの側にやって来て、手にしたお芋を食べだした。
「
「これは美味しい」
うん。美味しいですよね。竜峰で採れる自然の作物は、どれも美味しい。厳しい環境で育つからなのかな。収穫量は平地よりもうんと少ないけど、味は絶対に竜峰の方が圧倒的に上です。だからこんな、お芋というどこでも採れる農作物でも交易の商品になるんだろうね。
「そういえば、飛竜狩りはどうなったのでしょう?」
「そういえばそうですね。飛竜騎士団の兄様たちが帰国したのなら、守護役が不在になりますし」
ルイセイネの疑問に、フィレルも首を傾げる。
飛竜狩りを見学した際。あれは護衛をしてくれる飛竜騎士団様々な狩りに見えた。
空を自由自在に舞う飛竜に対し、攻撃や地上に引き寄せる手立てが少なすぎるんだよね。飛竜騎士が集団で落とした飛竜を、地上の有志がどうにかする、という飛竜騎士団ありきの狩りに見えてしかたなかった。
「今年は、恐ろしい飛竜の襲撃が相次ぎまして」
「今回の飛竜狩りは散々でした」
「殿下は参加されずに正解でした」
「あの飛竜は恐ろしい」
「我ら人族に、何か恨みでもあるのだろうか……」
国軍兵士の中でもさらに勇敢で実力もある王国騎士の人たちが、顔面蒼白になり震えだす。
暴君は一生懸命に頑張ったみたい。人族として犠牲者が増えたことにはいたたまれなさを覚えるけど。
「飛竜騎士団が帰国したことで、今回の飛竜狩りは終了しました」
「ですが、あれは終了して正解です。今年は恐ろしい数の犠牲者が出ていますので……」
「前代未聞だと、竜騎士のアーユ様が仰っていました」
竜騎士アーユとは、竜騎士の中でも長年に渡り飛竜狩りの護衛に参加してきた凄腕の人らしい。
怯える様子から、もしかして王国騎士の人も飛竜狩りに参加したのかと思い、質問してみる。
「いや、我らは参加していません。ただ王女殿下を探し、ちょうど飛竜の狩場に入っていたもので」
ああ、この方たちは王女様捜索に命をかけていたんだね。と今の話だけで理解できた。
王様の勅命とはいっても、自分の命も危うい場所に行くなんて、王女様のことを本当に心配していないとできないんじゃないかな。
ここに居る騎士の人は、ヨルテニトス王国のなかで数少なかった、王女様を気にかけてくれていた人たちなのかも。
そう思うと、先ほどのちょっと湧き上がった変な感情は消えていった。
会話を交わすことで、騎士の人の僕たちへの警戒は薄まっていったのか。最初のぎこちなさは抜けて、建物の影でこれまでの旅の疲れを癒す。
だけど、それも長くは続かなかった。
村を大きな影が横切る。
何だろう、とみんなが意識を空に向け、騎士の人も空を警戒したように見上げた。
そして、悲鳴をあげて慌てて建物のなかに避難していく。
あ。説明を忘れていました。ごめんなさい。
飛来したのは、もちろん暴君です。
暴君は上空で咆哮をあげると、荒々しく村に着地した。
「こんにちは!」
『ええい、貴様かっ。何用だ!』
実は荷物を載せているせいで小型化できないニーミアと、悠然と寛ぐユグラ様で、村の広場はそれほど空きに余裕がない。狭い場所に無理やり着地した暴君は、恨めしそうに僕を睨んだ。
「今回は、遠出を提案しようと思って」
『遠出だと?』
「うん。ヨルテニトス王国まで」
『ほほう。あの竜騎士なる憎らしい者とその国を滅ぼし、人族どもに竜に手を出す恐ろしさを思い知らせるのだな』
ニーミアとユグラ様を見て、戦力十分と頷く暴君。
いやいやいや。どんだけ物騒な思考なんですか! ついつい強く突っ込んでしまい、みんなが苦笑いを浮かべる。
フィレルなんて、口をあんぐりと開けて驚愕してますよ。
「全く違います。社会見学だよ」
『なぜ我が、そんなつまらぬことをせねばいかんのだ』
「ほら。子竜のリームにいろんな経験をさせなきゃね?」
本命は暴君、君です。だけどリームを出すことで、暴君は渋々僕に従う。
ふふふ。知っているんです。君は唯一の同族になってしまったリームを
「飛竜狩りは終わったみたいだし、すこし休暇も兼ねてね?」
『貴様は我を振り回すのだな』
「うん。楽しいでしょ?」
僕がにやりと笑うと、暴君はふんっとそっぽを向いてしまった。
よし。暴君は説得できた。次は騎士の人たちだね。このままもう少しすれば僕たちは飛び去ることになるけど、誤解は解いておきたい。
僕とフィレルは手分けして、隠れてしまった騎士の人を呼び戻す。だけど暴君がよほど恐ろしいのが、全く姿を現してくれない。
飛竜狩りに参加していなかったのなら、直接暴君には接していないはず。それなのにこの怯えよう。
暴君の恐ろしさは、人族の間で広まっているに違いない。
でも、本当は可愛いんですよ。見た目は怖いけどね。
なんとか建物の入り口まで出てきてくれた黒髭の騎士に、暴君は仲間だから安心してと説得する。
「あ、あれが仲間だと!? ならば君は、人族の敵ではないか!?」
そういえば、僕が何者かは名乗っていない。竜人族や竜族と親しくしているので、人族とも思われていないのかも。
「違います。すこし聞いてください」
ここで、竜族の立場、竜人族側の考え、そして飛竜狩りがどう竜峰に影響を与えるか。最後に、飛竜狩り自体が間違えじゃないのか、ということを黒髭の騎士に説く。フィレルも自分の考えと夢を語り、二人で黒髭の騎士を説得した。
黒髭の騎士様は、最初は反論気味だったけど、物事は見る立場によって違うことを理解し、そしてフィレルの熱い想いを知って、最後は共感してくれた。そして及び腰ではあったけど、建物から出て残りの騎士の人を呼び寄せてくれた。
他の四人の騎士は隊長の言葉で、ようやく建物から出てくる。
暴君よりも巨体のニーミアとユグラ様を先に見ていたせいかな。大丈夫だとわかると、暴君への怯えの色が薄まっていった。
大きいと強いは等しく感じるよね。僕も巨大な竜は強い、と考える場合がある。実際は違うのかもしれないけど、今はその考えが幸いした。
暴君は恐ろしいけど、それよりも大きくて温厚なニーミアとユグラ様が居るから何かあっても大丈夫だろう、と思ってくれている。
現れた騎士の人に僕が暴君を紹介し、フィレルが再び自分の考えを伝える。
「これほどの竜と親交をもつとは、君は何者だ?」
「竜峰はやはり恐ろしいところだ。人と竜が共にわかりあい生きているなど、想像を絶する」
「殿下が、それほどの想いを持っていたとは……」
「殿下、立派な考えでございます」
「我らは、殿下を支持いたします!」
ここで自国の王国騎士を説得できないようでは、先が思いやられる。という心配は不要だね。フィレルは強い意志を瞳に宿し、見事に王国騎士たちを魅了して見せた。
「我らはこれから、竜人族の方の手助けを受けて王都へと戻ります。戻りましたら、我らは殿下の思想を体現させるために、全力を持ってお仕えいたします」
フィレルに騎士礼をする王国騎士五人。
ええっと、忠誠は王様に誓わないといけないんじゃないのかな……
だけど五人とはいえ、国内にまずは味方を作れたことは良いことだね。
そういえば。
味方といえば、僕たちは何かを忘れているような……
「ええい、俺たちを置いて、お前はどこへ行く!」
荒い息で現れた男性二人と女性ひとり。
あ、忘れてた!
現れた男女の三人は、僕と勝負をした罰として外出しているユグラ様のお世話をする、という名目でカルネラ様の村から一緒に出てきた人たち。
「貴方は朝の散歩と言いながら、何をしているのだ」
「まったく。帰ってこないと思ったら、こんなところに……」
「ああ、ごめんなさい!」
どうやらフィレルも忘れていたみたい。
「吊り橋の方へと向かった気配がしたので行ってみたら、この村に移動したと聞きましてな」
「説明を求める」
「置いていかないでください!」
苦笑いを浮かべ、説明するフィレル。
「ヨルテニトス王国へ?」
「人族の国か」
「興味深いわ」
彼らは、一緒に来る気満々です。ユグラ様の世話役だから当たり前か。
説明が終わると、騎士の人とお付きの三人を含め、自己紹介が始まる。
騎士の人は、ユグラ様の世話役とはいえ竜人族を従えるフィレルに、この日何度目になるのかわからない驚愕の表情を浮かべた。
そして、僕は今更ながらにお付きの三人の名前を知りました。
だって、カルネラ様の村ではあまり接点がなかったんだもん。
濃い金髪で、三人をまとめる二枚目の男性はゼクス。坊主気味のもうひとりの男性がジックリーズ。紅一点、豊かな金髪の美女がマレイナ。この三人の誰かが、カルネラ様の次の世話役になるらしい。
お付きの三人は竜人族の例に漏れず、じつは良い人。僕たちに噛み付いたのはあくまでもユグラ様と翼竜たちを大切に想っていたから。仲直りをすれば、彼らは分け隔てなく親切だった。
そもそも、気がよく利き世話好きだからこそ、ユグラ様のお付きとしてカルネラ様に選ばれたわけだしね。
上位種と思っていた竜人族に丁寧に接されて、騎士の人は恐縮していた。
「さあ。行くならもう出発しないと」
頃合いを見て、ミストラルが言う。
「そうだね。みんな揃ったし、そろそろ出発しないと」
僕の号令で、朝の懇談会は終了する。
暴君の背中で待機していたリームは、素早くニーミアの背中に移動する。
フィレルとお付きの三人は、ユグラ様の背中へ。
フィオリーナは尻尾を振って僕のそばから離れない。仕方なく、僕たちとフィオリーナは来たときのようにニーミアへ。と思ったら、ライラが暴君のそばに歩み寄る。
「よかったら、私を乗せてくださいですわ」
『断る!』
そういえば、ライラはカルネラ様の村に行くときも、暴君の背中に乗っていた。彼女は暴君を気に入っているのかもしれない。
「にゃんの背中は嫌にゃん?」
「違いますわ。ニーミアは最高ですわ。ですが、たまにはレヴァリア様の背中にも乗ってみたいですわ」
たまには違う背中も良いのかもね。
「レヴァリア、ライラをよろしくね?」
『貴様は……』
暴君のじと目は見なかったことにしよう。
僕が大丈夫だよ、とライラに言うと、彼女は喜んで暴君の背中へ登る。
暴君はぐるぐると喉を鳴らしながらも、抵抗しなかった。
「よろしくお願いしますわ」
暴君の背中に立ち、満面の笑みを浮かべるライラ。
よし。準備完了。
僕たち一行は、村の竜人族の人たちと騎士の人にたち手を振って、ヨルテニトス王国を目指して飛び立った。
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