旅行ではありません

 ユグラ様にはフィレル。暴君にはライラ。その他のみんなはニーミアの背中に乗り、竜峰を南下する。


 真っ直ぐ東に向かうのが手っ取り早い空路なんだけど、それじゃあいろいろと問題が起きてしまう。


 竜峰から巨大な竜が三体も飛んできたら、アームアード王国の王都は大混乱になっちゃうからね。

 とくに暴君がいるし、飛竜騎士団もいない現状で空を通過するのはいただけない。

 ということで、一度南下して、竜の森の上を通って東へと進むことになった。


 スレイグスタ老に断りを入れなくて良いのかな、と思ったけど。


『なぁに。あのお方のことだ。領域に入った直後に我らだと気付くだろう。空からあの方の場所へはたどり着けぬから、そのまま通り過ぎよう。汝らが帰りに土産話でも持って訪れれば良い』


 とユグラ様に言われました。


 フィレルにはスレイグスタ老と竜の森に関することは全て伝えていないので、彼は意味不明と首を傾げていたけど、僕たちは納得する。ミストラルもそれで大丈夫と言っていたので、問題ないみたいだしね。


 そういえば、アシェルさんは竜峰から苔の広場へと容易く戻ってこれたけど、あれは流石は古代種の竜と褒めるところなんだろうね。


 今度また会える機会があったら、アシェルさんの凄さを実感させてもらおう。


 十分に南下したあと、いよいよ東へ向かい進み出す。


 空の旅は、すこぶる順調だった。

 竜峰の空を飛んでいる間は、運良く魔物や魔獣に出くわすことはなく。竜の森の上空はスレイグスタ老の見張る領域なので、危険な生物は居ない。


 未だに魔獣たちは竜の森で生活しているけど、わざわざ巨竜三体を前に姿を表すことはなかった。


「ええっと、なんか南寄りすぎない?」


 と思うのも仕方ない。だって、北側を見渡してもずっと森が続いているんだもの。

 いくら人目につかない空路を選んだとはいっても、南すぎると遠回りにならないかな?


『黙って付いてくるが良い』


 ユグラ様の先導のもと、どうも南東に向かい進んでいるみたい。

 何か目的があるのかな、と思いながら空の旅を楽しんでいると。それは、緑の視界を切り裂いて現れた。


 空の青を地表に映したかのような、見渡す限りの美しくい水面が見えたかと思うと、瞬く間に眼下いっぱいに広がる。

 高速で飛行する竜だと、視界の先に見えたものは間を置かずに真下の景色へと変わってしまう。

 一瞬のうちに緑から水色へと変わった眼下の景色に、誰もが息を呑んで見入る。


 竜の森のさらに南方には、巨大な湖が広がっているという話を思い出す。


 水色の景色を最初に見たとき。僕は最初、大陸を覆う海だと思った。だけど、言い伝えを思い出して、これが湖なのだと知る。


 高度を下げて、水面すれすれを飛行するニーミア。

 プリシアちゃんとアレスちゃんが身を乗り出して、風圧で跳ね上がった水飛沫みずしぶきを触ろうとする。ニーミアの体毛を体に巻きつけているから落ちることはないんだけど。僕とミストラルは二人が暴れすぎないように捕まえるのがやっとです。


「下が綺麗だわ」

「見てみるべきだわ」


 双子王女様の言葉につられ、ニーミアの背中から水面を覗き込む。


 透き通る湖の水面に、飛行するニーミアの姿が綺麗に写り込んでいて、全員で驚く。

 まるで、水の鏡みたい。

 ニーミアだけでなく、上空の雲も写り込んでいて、幻想的だよ。


 魅入っていると、激しい水音とともに、水面が激しく乱れた。

 勢いよく襲ってきた水飛沫に、全員が水浸しになる。


「こら、何をしているの!」


 ミストラルが犯人に向かって叫ぶ。


「わ、わたくしじゃないですわ」


 全身ずぶ濡れになったライラが慌てて否定する。

 そうだよね。君が犯人なわけがない。


『ふふん。この程度で怒るとは、器量の狭い竜姫だ』


 はい。犯人は暴君でした!


 暴君はミストラルに怒られているのに、何度も湖に突っ込んでは水飛沫を上げて遊ぶ。


 気のせいかな。暴君が一番はしゃいでいるような気がします。


 何度も勢いよく水面に突撃しては飛翔を繰り返すたびに、背中に立つライラがきゃあきゃあと楽しそうな悲鳴をあげる。


 というかライラさん! なんで貴女は、暴れる暴君の背中で悠然と立っていられるのでしょう!?


「んんっと、楽しそう」


 指を咥えて羨ましがるプリシアちゃん。


「今度やってもらおうね」

「うん!」


 今のニーミアにはお願いできない。なにせ背中には僕たちだけじゃなく、幾つかの荷物が乗っているから。

 暴君のような遊びをして荷が解けでもしたら、大変なことになるからね。


 水面のすぐ上を気持ちよさそうに飛ぶニーミア。湖に突っ込んだり飛んだりして遊ぶ暴君。そして、少し高い位置で優雅に飛行するユグラ様。

 ああ、フィレルが羨ましそうに僕たちを見下ろしている。


 まだまだだね。


 そこでユグラ様に「僕も遊びたい!」と言えるような関係に早くならないとね。


 いつのまにか、竜の森は片鱗さえ見えなくなっていて、見渡す限りの湖と青い空。


 深い森があると思えば、険しい山々もある。そして無限に広がると思えるような見渡す限りの湖もある。世界は本当に広いんだね。


 想像を絶する自然の雄大さに、感無量になる。


 僕たちはしばらく湖の上を楽しく飛んだあとに、北側の竜の森のほとりに戻って休息を入れることにした。


「おみずおみず」

「冷たいよ」


 着地して早々。プリシアちゃんはフィオリーナの背中に乗り、アレスちゃんはリームの背中に乗って、暴君がやっていた遊びを真似る。


 女性陣も濡れた服や髪を清潔な布で拭きながら、湖の景色を見つめて談笑していた。

 ただ、ライラだけは着替えないといけないくらいに濡れていたので、森の奥に入って着替え中です。


 ヨルテニトス王国の王様が危篤ということで、の国の王都へ向かい飛んでいる最中。ちょっと不謹慎だったかな、とフィレルを伺うと、彼もご満悦な様子で風景を眺めていた。


「陛下の容態は気になりますが、ここで気ばかり揉んでいても回復しませんし。それに小さな子供が楽しんでいるところに水を差すのもどうかと思うから。焦る気持ちはもちろんあるんです。だけど、ユグラ様の背中に乗って有り得ないくらい速く東へ進んでいるのは確かです。だから、問題ないですよ」


 だそうです。フィレルは、じつは僕なんかよりも大人な思考をしているんじゃないかな。


 ずぶ濡れになって遊ぶ幼女たちは、これからヨルテニトス王国へ何をしにいくか知らないとばかりに、全力で遊ぶ。

 普段は怒り役のミストラルとルイセイネも、今は幼女たちの好きなようにやらせていた。


 みんながこんなに喜ぶなら、もっと早くこの湖に来ればよかったかな。湖の存在自体をすっかり忘れていたから、来る時季を逸した感じだね。

 来年の夏は、必ずみんなで来よう。


 しばしの休憩後、今度は竜の森と湖のふちに沿って飛行を続けることになった。


 ユグラ様曰く、このまま進むと、アームアード王国とヨルテニトス王国のさかいを流れる大河に出るらしい。

 大河まで進んだら、そこから北上して、ヨルテニトス王国の平地へ入るとのこと。


『ひとっ飛びで王都まで飛んでも良いが、人族がそれでは困るだろう』

「と言いますと?」

『竜騎士団に所属せぬ竜が三体、いきなり人族の都に現れてみろ。大騒ぎになるだろう。それに、うち一体はレヴァリアだぞ』


 うん。想像は簡単だね。アームアード王国の王都に飛竜が飛来しただけでも大変な騒ぎになるんだ。いくら竜の背中に人が乗っているとはいっても、大問題間違いなし。

 そして、飛竜狩りを邪魔するように散々暴れた暴君を知っている人がいたら、ただ事じゃなくなるのは目に見えている。


『アシェル様の娘にも、小さくなってもらおうか』

「にゃん?」

『なるべく刺激は減らしたほうが良い。荷物は我が持とう』


 ということで、ヨルテニトス王国に入る前にニーミアは小さくなり、その背中にあった荷物はユグラ様が運ぶことになった。


「騎乗の振り分けはどうしようか」


 ちらり、と暴君を見たら、ふんっと視線を逸らされる。

 しかたない。僕がまずは乗って、移動中に説得しよう。


 僕が空間跳躍で暴君の背中に乗ると、ライラもよじ登ってきた。

 どうも、ライラは暴君が大のお気に入りみたいだね。ユグラ様の背中に乗れる好機だというのに、暴君の背中を迷わず選択するなんてね。


「羨ましいです。今度わたくしたちも乗せてくださいね」


 ルイセイネが言う。


 そういえば、傍若無人な幼女を除けば、暴君の背中には僕とライラしか乗ったことがないんだね。


「うん。レヴァリアを説得してみせるよ」


 にやりと暴君を見て意地悪に笑う僕。


『貴様は我をなんだと思っているのだっ』


 暴君は不満の咆哮をあげると、荒々しく飛び立つ。

 慌ててしがみつく僕。その傍で、ライラが悠然と立っています!


「ライラ。なんで立っているの?」


 平行感覚が優れているとかという次元じゃない。暴君が体を傾けても、足下は微動だにしない。滑る気配も揺らぐ気配もない。


「座るよりも、立っているほうが気持ちが良いのですわ」


 いや、そうじゃなくてですね?

 言い方が悪かったです。


「なんで、そんなに平気な様子で立っていられるの?」


 僕の質問に、ライラは首をなぜか傾げ。


「レヴァリア様の竜気と私の竜気を絡ませて、張り付いていますわ」


 ライラさん、なんて器用なことをしているんですか!

 これって、ライラ流の竜術になるのかな。


 ライラの妙な竜術に感心しつつ後方を確認すると、残りの全員を乗せたユグラ様が冷たい視線で僕たちの後を追いかけてきていた。


『我に全てを押し付けおって』


 という非難の心が、竜心により伝わる。

 ごめんなさい。幼女くらいは受け持つつもりだったんですが……


 こうして、このあとも何度かの休憩を挟みつつ、僕たちは東進する。


 ニーミアは前に、ヨルテニトス王国の王都までなら、竜峰から一日で飛べると言っていた。だけど今回はユグラ様と暴君が一緒だし、慣れない空の旅は思いの外体力と精神力を消費するみたい。

 僕は平気なんだけど、女性陣が結構疲れているように見えた。ただし、ミストラルだけはさすがに平気なのか、夕方近くなって野営場所に着地すると、彼女がひとりで夕食の準備を始めた。


 ヨルテニトス王国まであとわずかの位置。本気を出せばもっと進めるようだけど、ユグラ様が指摘したように、無用な警戒をされないようにするために、明日の日中いっぱいを使ってゆっくりとヨルテニトス王国を横断するらしい。


 余裕を出している場合じゃない、とは誰も思わない。なにせ、王国騎士の人から知らせを受けたのは今朝で、すでに国境まで移動しているんだ。そして早ければ、明日の夕方には王都へと到着する。

 徒歩だと約六十日もかかる距離をわずか二日足らずで進む。こんな出鱈目な移動は、きっと僕たち以外にはできない。

 フィレルの話によれば、飛竜騎士団でもヨルテニトス王国の王都とアームアード王国の王都間の移動は、四日かかるらしい。


 遊び疲れて爆睡する幼女集団。予想外に体力を消耗してぐったりする女性陣。フィレルもかなり疲れているように見えるけど、お付きの三人と甲斐甲斐しくもユグラ様のお世話をしている。

 そして僕は、忙しそうなミストラルとともに夕食の準備を進める。


 明日はいよいよ、一波乱ありそうなヨルテニトス王国内へと入る。今夜は元気のつく夕食を食べて、明日に備えよう。


 この日は、森のそよ風の音と湖のさざ波の音に挟まれて、静かな夜を送ることになった。

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