東へ

 自分の認識と現実が大きくかけ離れている場合があります。

 それが今です。

 と、何かさとりでも開いたような思考なんて、普段は考えないよね。

 僕は竜脈から汲み取った力を衰弱した身体に行き渡らせながら、瞳を閉じてひとりごちる。


 ああ、後頭部の柔らかい感触が気持ち良いです。


「エルネア君。鼻の下が伸びていますよ」

「ええっ、そんなことないよっ」

「あら。遠慮しなくて良いわ」

「ユフィ姉様、次は私に代わってね」


 僕は現在、双子王女様の姉であるユフィーリアの膝枕で、横になっていた。

 身体の背面に当たる、いつでもふわふわの厚い苔の感触は、実家の硬い寝台の何倍も気持ち良い。


「少しばかり、知識と認識が足らなかったようだな」


 近くでスレイグスタ老の声がする。


「はい。僕の考えが甘かったみたいです。世の中、そんなに思い通りにはいかないですよね」

「かかか。小童こわっぱの浅はかな思い通りに世界が回るようでは、万年の歴史は紡がれぬ」


 スレイグスタ老の言う通りです。ちょっと特殊なことができるようになったなんて思い上がりは厳禁だね。僕なんて、世界から見れば本当にちっぽけな存在。いくら伝説の竜に師事し、みんなと切磋琢磨せっさたくまして日々を送っているとはいっても、修行を始めてまだ二年も経っていないんだ。そんな僕が、誰も成し得なかったことをできるようになるわけがない。


「しかし、術をさらに別の術へと転換する技術は素晴らしい。今後もその技術を極めるのだな」


 はい。とスレイグスタ老の励ましに返事をする。


 反省を込めて、もう再度自分のことを振り返ってみよう。

 ユフィーリアの膝枕に頭を預け、ルイセイネの献身的な介護とニーナの悪戯を受けながら、先ほどまでの出来事を思い出す。






 僕たちは三日間降り続いた雨が止んだ後、カルネラ様の村でユグラ様とフィレル、それにフィオリーナと別れて戻ってきた。


 ザンに新術をお披露目したかったけど、ミストラルとルイセイネの勧めもあったので、まずはスレイグスタ老に報告することにした。


 スレイグスタ老に報告するのはもちろんだとは思っていたけど、なぜ二人が真っ先に行きなさいと強く勧めていたのか。その時の僕は何も知らなかった。


 ミストラルの村に戻って早々。僕たちはその足で苔の広場へとやってきた。

 その足で、なんて言えないか。なにせいつも通り、竜廟からスレイグスタ老に転移してもらったのだから。


 苔の広場は相変わらずで、スレイグスタ老も普段通りに広場の中央で寝そべっていた。


 挨拶もそこそこに。僕が新術を開発したことを伝えると、スレイグスタ老は驚きつつも素直に喜んでくれた。


「ほほう。それではその竜術がいかなるものか、事細かく説明してみよ」


 感覚だけでなんとなく使えるようになった。というのは駄目らしい。きちんと理論立てて、どういう気の練り方をしたか、どれくらいの竜力を消耗するかなどを説明できないようであれば、さらなる術の発展はできない。と言われて、僕は新しい術を詳細に説明していった。


 ミストラルも最初は興味深く聞いていたけど、なぜか途中から首を傾げ始め。ルイセイネに至っては、最初から僕の術に疑問があるのか、綻びを見つけようと真剣な様子で聞き入っていた。


 はて。僕は何か間違いを犯しているのだろうか。


 自分の術を説明しながら、自分で間違いを探そうとしたけど、見つけきれなかった。


「ふむ。では、その術を見せてみよ」


 ひと通り説明を聞き終えたスレイグスタ老は、次に実演を要求する。


「ただし、竜宝玉の力を解放せず、精霊の小娘との融合もなしだ」


 スレイグスタ老が何を意図して指示したのか。僕はこの直後に思い知る。


 力の解放なしで、竜剣舞を舞う。舞にともなって湧き溢れ出した竜脈の力を使い、術を発動させる。

 すると間もなく、僕は強い脱力感を感じて、足をもつれさせて倒れ込んだ。


 あれ? なんで……?


 この強い脱力感には、身に覚えがあった。

 昨年。遺跡の奥で魔剣使いを倒し、帰宅した後に襲われた強い疲労感にも似た症状。

 あの時は、竜力の枯渇が招いた衰弱だったよね。あれと似ている。

 ということは……!?


「ふむ。やはりか」


 倒れ込んだ僕を見て、スレイグスタ老が困ったような表情になる。


 ルイセイネが慌てて駆け寄ってきて、僕を介抱してくれた。

 僕の衰弱は、やはり竜力の急激な消耗によるものだったみたい。


「そもそも、体外で竜気の錬成なんぞ、我でもできぬ」


 続いて駆け寄ってきたライラたちが僕の奪い合いをするなか、僕はスレイグスタ老の言葉に耳を傾ける。


「汝は体外で錬成した竜気を水の波紋のように広げる、と説明した」


 はい、と弱々しく頷く僕。


「はて、巫女よ。実際はどうであったか」


 話を振られて、僕を診ていたルイセイネが困ったように顔をしかめる。


「はい。正直に言います。エルネア君の説明とは少し違うように視えました。わたくしの瞳には、エルネア君の体内で錬成された竜気が放出されていき、外で更に変質して広がっていくように視えたのです。ですので、ミストさんと相談してここへと真っ先に来たのです」

「えっ!?」


 ルイセイネの言葉に、僕は絶句する。


 そんな……

 体外錬成という特殊なことが難なくできたことに、僕は違和感を覚えるべきだったのだろうか。

 だけど、まさか自身の竜気を大量に消費していたなんて、全く感じなかったよ?


「それは、汝の竜力が計り知れぬからであるな。竜宝玉はもともと、竜族の魂の結晶。言ってみれば、竜の竜力をそのまま体内に宿しているに等しい。加えて霊樹の小娘と融合すれば、それはもう竜さえも遥かに凌ぐ力を手に入れることになる」


 膝枕権を手に入れたユフィーリアが、みんなに勝ち誇ったように、僕を抱き寄せる。されるがままに身体を預けながら、僕はスレイグスタ老の言葉を真剣に聞いた。


「歩けば、必ず体力を消耗しておる。しかし、体力の総量から見ればそれは微々たるもの。数歩歩いただけでは、体力が減ったなんぞ感じぬ。それと一緒であるな」


 つまり。

 竜宝玉を解放した状態。もしくはアレスちゃんと融合している状態だと、僕の竜力は計り知れないものになる。だから新術を使う際に自身の竜気を無意識に消費していても、気付けなかった。

 だけど、力を解放せずに術を使う場合。僕の素の竜力は今でもそこまで多くないので、いきなり消費しすぎて衰弱を起こした、ということだろうか。


「まさにその通りであるな」


 そういうことだったんだね。

 僕はもう少し、自分自身のことをしっかりと感じるべきだった。


 新術の構想と、外へ外へと向けていた意識のせいで、自分自身に何が起きているのか気付けなかったみたいだね。

 僕はまだまだなんだなぁ……







 ユフィーリアに代わり、ニーナの膝枕で休みながら、反省を繰り返す。


「汝は自身以外の力を意図したものへ変換する、という術を得た。続いて変換したものをふり撒き、そこで更なる術へと変え、使用したわけだな」


 おや? スレイグスタ老は僕の術の仕組みを簡単に説明したけど、今さらりと凄いことを言わなかっただろうか。


「くくく。さとい。汝の次なる力になると良いが」


 どうも、ちょっとした助言を含んだまとめだったみたい。


「ありがとうございます」


 寝たままお礼を言うのもどうかと思ったけど、今は動けないから許してください。


 新しい術がどういうものか自分で言葉にしてみて、他者に問題点を指摘されて。それでようやく、自分が編み出した術を正確に把握できたような気がする。

 スレイグスタ老は最初に、感覚だけでなんとなく使えるのは駄目だと言っていたけど、僕は無自覚だったみたいだね。


 反省反省。


 と自分の駄目さ加減に意気消沈するのも、たまには良いかもしれない。

 だって、みんなが取っ替え引っ替え膝枕をしてくれて、気持ち良いもの!


「にゃんも膝枕してほしいにゃん」

「んんっと、プリシアもしたいよ?」


 結局、この日はずっと苔の広場で横になって、安静を余儀なくされた。途中からニーミアが僕の胸元でお昼寝をしだし、腹部にはプリシアちゃんが抱きついてお昼寝をする。


 ええっと、それは膝枕じゃありません!

 そして夏場に幼女の上布団なんて、暑いです!


「ひざまくら?」


 いやいや、アレスちゃん。君は危険です。その言葉は、膝枕して欲しい、じゃなくて膝枕したい、でしょう。


 いまここでアレスさんになったら、大変なことになりますよ?


 戦々恐々としたけど、アレスちゃんは素直に僕の脚の上に乗って寝入ってくれた。


 幼女掛け布団、本当に暑いです。

 抵抗しようにも衰弱中で、幼女の身体さえ動かすことができない。

 だから、膝枕されていても助平心は働かないのです。


「エルネア君。鼻の下が伸びてますよ」

「き、気のせいだよっ」


 ルイセイネの鋭い突っ込みに、彼女の膝の上で焦る。巫女のルイセイネが介抱してくれている間だけは、煩悩ぼんのうを捨てよう。







 僕たちの平穏な生活は、数日続いた。


 ルイセイネとライラ。それとプリシアちゃん。耳長族の村に寝泊まりしなくて良いんですか。という僕の疑問は流されて、気付けばみんなでまた、ミストラルの村の長屋での寝泊まりに戻っていた。


 今度、双子王女様も連れて耳長族の村に訪問したいな。

 ミストラルと相談してみよう、と思い立ち、彼女に話しかける。

 すると、別のことを言われた。


「エルネア。吊り橋の復旧が始まったみたいよ。行く?」


 おお。いよいよですか。吊り橋に掛ける丈夫な縄や木材の調達が、北の警戒で少し遅れていたんだよね。だけど、いよいよ作業が始まるわけですね。


 崩壊の原因に少しだけ関わっている僕が、参加をしないわけにはいかない。

 もちろん、参加します。と気合を入れて返事をすると、プリシアちゃんとアレスちゃんも元気よく手を挙げて返事をした。


 ……はい?


「みたいみたい」

「遊びに行くよっ」

「いやいや、遊びじゃないよ」


 僕の言葉は、続いて上がった双子王女様の楽しそうなはしゃぎ声に消し去られる。続いてライラが僕が行くなら、と手を挙げて、ルイセイネが心配だから、と同伴を決意する。


 ええっと……


「にゃんは重い物は持たないにゃん」


 ニーミアも行く気満々です。


「仕方ないわねぇ」


 ミストラルは苦笑しているけど、拒否権を発動することはなかった。


 ということで、いつも通りな気もするけど。みんなで吊り橋復旧建設に参加することになりました。


 村から毎日通うのは普通の竜人族には無理だということで、作業にあたる人は吊り橋の近くに寝泊まりするらしい。

 それなら僕たちも、ということで。お泊まりの準備を行い、ニーミアの背中に乗って出発する。


 吊り橋は鶏竜の巣がある近くなので、空からの景色も随分と見慣れたかな。

 それでも、雲の上から見下ろす夏の竜峰は絶景だ。


「おわおっ。ユグラおじいちゃんだ!」


 最初に気付いたのは、プリシアちゃんだった。


 プリシアちゃんが指差す方角。雲の下に、金色に眩く輝く翼竜が優雅に飛行していた。


 金色の翼竜。つまりユグラ様もこちらに気付いているらしく、なんとなく視線があったような気がした。


 ニーミアは高度を下げて、ユグラ様に近づく。


「おおーい!」


 近づくと、ユグラ様の首元にはフィレルが騎乗していて、力いっぱい手を振っていた。


『うわぁん。会いたかったよっ』


 ユグラ様の背中に一緒に乗っていたフィオリーナが、勇んで飛び立つ。だけどユグラ様とニーミアの飛行速度が速かったらしく、空に舞った瞬間に遠くへと遠ざかってしまった。


「んにゃん。困った妹にゃん」


 ニーミアが慌てて引き返してフィオリーナを捕まえると、しくしくと泣いていた。


『寂しかったんだよ』


 僕の側にやってきたフィオリーナが泣きながら甘えてくるので、みんなは仕方ないなぁ、という雰囲気で見守っている。

 ただしプリシアちゃんは、フィオリーナの背中に飛び乗ってすでに遊んでいた。


 僕も目いっぱいフィオリーナを撫でてやっていると、ニーミアがまたユグラ様に接近したようで、フィレルが元気に叫ぶ。


「みなさんは、空の散歩ですかー?」


 いいえ、違います。これからお仕事なのです。

 叫び返すのはどうかと思ったので、これからの予定を思考する。


 ユグラ様。伝達お願いします。


 少しだけユグラ様が呆れたように僕を見たけど、伝言してくれたみたい。


「それなら、僕もお手伝いします!」


 フィレルのやる気に感謝です。

 僕たちは揃って、吊り橋の場所に向かうことになった。


 そしてそこからしばらく飛ぶと、いよいよ崩落した吊り橋の場所に到着する。


「あれ? もしかして、いきなり作業が進んでる?」


 資材置き場に降下しながら吊り橋の方を見ると、すでに吊り用の縄は両岸に掛け終わっている状態のように見えた。


「気の早い人たちが先に下準備を進めていたんじゃないかしら」

「なるほど」


 ミストラルの説明に納得する。特にこの日から全員で作業開始、という決まりや合図はないから、先に到着した人たちでどんどんと作業を進めているのかもね。


 着地予定の場所では、作業にあたっていた竜人族の人たちがわらわらと集まり出していた。そして、手を振って僕たちを出迎えてくれる。


 僕と一緒に古代種の竜族であるニーミアの噂も竜峰中に広まっているので、あっという間に野次馬で広場は埋め尽くされた。


 集まりすぎて、ニーミアとユグラ様の着地場所がなくなっていますよ、みなさん!


「伯だ!」

盆地ぼんちから出てこられるのは珍しいな」

「おい。伯の背中に人族の小僧がまたがっているぞ!」


 おやおや。ニーミアを指差す人もいるけど、ユグラ様の姿に驚いている人の方が多い気がするよ。


 でも、それはそうか。ユグラ様は竜峰の英雄竜なんだしね。


 極ゆっくりと降下を続けると、広場に集まった人たちはようやく着地場所を開けてくれる。

 ニーミアとユグラ様は揃って、集められた資材の側に足をつけた。


 ニーミアとユグラ様が翼をたたむと、すぐさま多くの竜人族に取り囲まれる。


「ミストラルか。相変わらず美しいな」

「おい、見ろ。爆乳で同じ容姿の美女が二人いるぞ」

「傍の娘も大きいな」

「いやいや、巫女っていうのか。あの清楚な少女も美しい」

「あれが噂の……」

禿げてしまえっ!」


 男手の多い作業者には、やはり女性陣が大人気みたい。

 だらしなく緩んだ笑顔で、ミストラルや双子王女様に手を振る人たちが、瞬く間にニーミアを取り囲む。


 これは困った。囲まれすぎてニーミアの背中から降りられません。


 みんなで苦笑していると、厳つい男性が走り寄ってきた。


「おお、竜王か。それに伯も! 調度良かった」


 野太く叫ぶ男性に、集まった人たちの視線が向く。


「来て早々に申し訳ないが、東の村に向かってほしい。あそこで、人族の騎士が暴れているらしいんだ!」


 人族の騎士!?

 何事だろう、と全員で顔を見合わせる。


 でも、ただ事ではない気がした。

 東の村とは、竜峰に入って最初に訪れた、隊商が集まる村のことだよね。


「事情は俺も詳しく聞いてない。だが、あんたらも人族だ。行って様子を見てきてほしい」

「わかりました。ちょっと行ってきます」


 同じ人族として、竜峰で問題を起こされるのは好ましくない。

 僕は全員の了解のもと、東の村へと向かうことを決める。


 フィレルも頷き、ユグラ様とニーミアは再度、大空へと羽ばたいた。

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