俺のエルネアがこんなに筋肉野郎なわけがない
「おい。俺の気づいたことを聞いてくれ」
俺様はスラットン・ウォーガル。無駄のない筋肉、高身長。そして二枚目な容姿で、街に出れば女性から黄色い声援を嫌というほど受ける十五歳の青年。
勇者リステアの幼馴染であり親友である、頭脳明晰な俺様は、今回の事件で恐ろしいことに気づいてしまった。
「スラットン君の発言を認めます」
今回議長役の、くるくるネイミーから許可を得て、席から立つ俺様。隣に座るクリーシオの、熱い眼差しが痛いぜ。
ちなみに「くるくるネイミー」は俺様が名付けた。いつもリステアの周りをくるくると、小動物のように動きまわるからだ。
「いいか、お前ら。心して聞け」
ヨルテニトス王国の王都に近い、街道沿いの宿屋。近隣で偽聖剣を手にした大馬鹿野郎が騒いでいるという事件を解決したのは先日。
今は、新たに入手した情報をもとに、作戦会議中だ。
リステアと俺様が宿泊する部屋に全員が集まり、輪になって意見交換をしているところだ。
「今回も偽聖剣騒動が発生したわけだが。どうも、前回に倒した魔族以外にも、偽聖剣と魔剣を撒き散らしている奴がいるみたいだ」
「そんなことはみんなわかってるよー」
巫女のイネアが、何を今更、という口調で割って入ってくる。
ふはははっ。これは単なる確認で、俺様の発見は別にあるんだよ、イネア。
俺様たち一行は、春先から偽聖剣と魔剣使いの大量発生に東奔西走していた。途中でリステアが滅入ってしまう場面もあったが、俺様の友情と活躍で、難を脱したのは言うまでもない。
キーリとイネアが受け取ってきた、竜王セスタリニースとかいう野郎の励ましや、セリースの献身的な付き添いは、俺様の功績からしたら微々たるものだ。
そうそう。その時、キーリとイネアは、エルネアに会ったらしい。そしてなんと、あいつも竜王とかいう称号を手に入れていると聞き、それはもう驚いたものだ。
竜王ってのは、簡単にとれるような称号なのか。もしもとれるのなら、俺様もとってみたいものだ。
可愛いエルネアがとれたんだ。俺様も容易く取得できるに違いない。
竜王といえば、俺様たち一行にはイドとかいう、更に別の竜王が同行している。
なんでも、俺様たちが追っている事件と竜峰での騒動が繋がっているらしく、情報交換のために派遣されたのだとか。
仕組みはよくわからんが、
ただし、イドは現在、作戦会議には参加していない。定時報告だとか言って、宿屋から出て行っている。
「おい、こら。
リステアが困ったように俺様を見ている。やれやれ、こいつは俺様がいないと、聖剣馬鹿だからな。仕方ない、俺様が気づいてしまった真実を教えてやろう。
「衝撃的かもしれないがな。驚きすぎてひっくり返るなよ?」
「はいはい。
ふははっ。クリーシオの嫉妬屋さんめ。最愛の俺様が全員の注目を集めていることに、苛ついているな。
「いいか。俺たちは、故意に東へ東へと導かれている。事件を追い、新たな事実がわかるたびに、俺たちは東へ、ヨルテニトス王国へと進んでいる。だが、これは罠だ。何者かは知らないが、敵は俺たちをアームアード王国から追いやろうとしているんだ!」
事実、今回手に入れた情報でも、元凶は東。ヨルテニトス王国の王都で、次なる騒ぎが起きそうな気配が見え隠れしていた。
だが、これははっきり言っておかしい。
なぜ、東なんだ?
俺たちが追っている事件は、竜峰に繋がっているらしい。なのに、竜峰に近づくどころか、遠ざかっている。
少なからず手に入れた情報では、黒の竜騎士なる悪者が、密かにヨルテニトス王国へと物騒なものを運んでいるのだとか。
だが、なぜヨルテニトス王国なんだ?
魔族か何者かが内乱を企てるにしても、何かしら恐ろしいことを計画しているにしても、それなら竜峰に近く、動き易いアームアード王国じゃないのか。
わざわざ、遠く離れたヨルテニトス王国で暗躍する理由がわからない。
ならば、別の視点で見てみるべきだ。
アームアード王国とヨルテニトス王国を股にかけて動けるような猛者は、俺様たち一行以外には数える程度の冒険者しかいない。
両国の騎士や兵士では、隣の国に移った時にしがらみなんかで動き難くなるからな。
事件を追える者は、絞られる。
そこへ、偽聖剣ときたもんだ。これは、勇者であるリステアを誘い込もうとしているのではないか。偽聖剣が出たら、本物の勇者が動かないわけにはいかないからな。
つまり、一連の事件は巧みな誘導で、俺様たちをアームアード王国から遠ざけるように仕組まれたものではないのか。
そうすると、事件の真相はヨルテニトス王国ではなく、アームアード王国内にあるのではなかろうか。
俺の推測に、リステアたちは固唾を飲んで聞き入っている様子だ。
「俺たちは罠に
結論付け、俺様は高く拳を振り上げた。
さあ、野郎ども、進むのだ。目指すは、アームアード王国!!
高揚する俺様。しかし、他の奴らは全員が、動けないでいた。
無理もない。衝撃的すぎたのだろう。呆けから立ち直るために、しばしの時間は必要か。
「痛てええぇぇっっ!」
突然、すねに鋭い激痛が走り、俺様はもんどり打つ。
苦痛に顔をしかめつつ見れば、隣でクリーシオが、護身用の短剣を鞘ごと構えていた。
「な、なにをするんだよっ!?」
愛情表現でも、それは痛すぎるぜ。
うずくまってすねをさすっていると、はぁ、とリステアの横からため息が聞こえた。
その位置は、セリースの場所か。
顔を向けると、冷ややかな視線を向けられていた。
王女の冷たい視線。おおう、これは真底冷えるぜ。
「スラットンはやっぱりお馬鹿さんだよ」
とほほ、とネイミーが肩をすぼめている。
「お前なぁ……」
リステアが困ったように俺を見ている。
よくよく見れば、キーリとイネアも脱力した様子で、俺様を見つめていた。
なぜ?
「スラットン。正座!」
ぴしり、とセリースに声を発せられ、俺様はわけがわからないまま正座をさせられる。
いったい、なぜ?
俺様は、ご一行全員に取り囲まれる。
なんなんだ、この状況は!?
「スラットン」
セリースの冷たい言葉が降ってくる。
こいつは恐ろしいんだ。普段はリステアの傍で
考えても見ろ。あの三人の王女の妹だぞ? 大人しいわけがない。
セリースがお怒りの時は、誰も逆らっちゃいけない。
だが、なぜ俺は今、怒られようとしている?
さっぱりわからない。
こほん、と一度咳をつき、セリースが口を開いた。
「そ・ん・な・ことは、全員とっくに気づいています!」
な……なんだってぇー!
驚愕の事実に、俺様は眼と口を全開にして全員を見上げた。
「お前、今まで気づいていなかったのか……」
セリースの横で、リステアが落胆の色を示している。
そ、そんな馬鹿な。おれが必死に考えて、たどり着いた衝撃の事実を、全員がすでに把握していたというのか!?
ありえねぇ。なぜだ。いつから気づいていたんだ。
「そんなこと、少し考えを巡らせれば気づくでしょ。私たちは踊らされているのよ」
「ちょっと待て。もし仮に、お前らが以前から気づいていたとして。それならなぜ、わかっていて相手の手の内で踊り続けているんだ!?」
理解不可能だ。踊らされていると知っていて、相手の思うように動いてきたのか。なぜそんなことをするんだ!
ぺしぺし、と俺様の素晴らしく格好良い髪型を潰すように、ネイミーが頭を叩く。
「作戦会議は中止。これより、スラットン君の説教時間に入ります」
ネイミーよ、その議題はなんだ。納得いかねえぜ。
「スラットン、あのね」
セリースがため息まじりに言う。
「わかっていても、相手の手の内で動くしかない場合もあるのよ。イド様が加わって、手に入る情報は確かに増えたわ。けれど、相手の目的が正確につかめない以上、後手に回るしかないのよ。意図的に誘導されているとわかっていても、今の私たちには、それしか手がかりがないの。だから、その手がかりを追うしかない」
相手の裏をかくためには、情報が不足しているということか。
「おそらく本命は、貴方の言う通りアームアード王国内にあるわ。でもね。アームアード王国といっても広いのよ。少なくとも騒動が発生する場所を特定しなきゃ、どこに居たって間に合わないの」
ぐぬぬ。悔しいが、言われた通りだ。俺様たちは、今現在手に入れている情報を頼りに、示されている道の先へと進むしかないんだな。
一発逆転は、もう少し後ってわけだ。それまでは不本意だが、踊り続けてやろう。
「なんだ、全員知ってたんだなぁ。そうかそうか。俺はちょっと夜風にでも当たって、反省してくるよ」
俺様はけっして敗北したわけではない。ただし、反省すべきことは反省するのが俺様の信条だ。
俺様としたことが、他の奴らよりもごく僅かに気づくのが遅れたらしい。クリーシオにばかり見とれている場合じゃないってことだな。
俺様はみんなに見送られながら、部屋の外へと出る。今は止めないでくれ。おれは独りになりたいんだ。
部屋を出て、そのまま宿の外へと足を踏み出す。
「おう。どうした。珍しく元気がねぇじゃねえか」
「んなこたぁねえよ。俺はいつだって元気さ」
宿の外の広場で豪快に酒を
竜人族とは、どいつも竜族みたいに巨体なのだろうか。目の前の野郎は、高身長の俺様でも見上げるような背丈をしている。そして、全身筋肉だった。頭は無毛。それどころか、頭皮に
一度試したことがあるが、俺様ご一行の全員が片腕にぶら下がった状態でも、軽々と腕を振り回してみせた。
そう言えば、キーリとイネアが会ったと言うセスタリニースも、筋骨隆々の巨漢だったとか。
竜王だからこんな体格なのか、竜人族はそもそもがこういう奴らばかりなのか。
もしも竜王がこういう体格なのだとしたら……
ないない。俺様の可愛いエルネアが、こんな筋肉野郎になっているなんて想像できねぇ!
この体格は、竜人族の特性に違いない。人族よりも遥かに優れた身体能力と頭脳を持つ奴らだ。これくらいが普通なのかもな。
「おいおい。俺は男には興味ないぜ。そんなに熱い視線を向けられても困るんだなぁ」
「いやいや。俺も男には興味ない。というか、俺はクリーシオひと筋なんだよ」
「そうかそうか」
「ちっ、馬鹿にしてるな。て言うか、あんたも会議に参加しろよ。こんなところで酒飲んでんじゃねえよ」
「はっははっ。考えるのはお前たちの役目だ。俺は今、ミリーと交信中だ。邪魔するな」
自分の方から話しかけてきたのに、なんて言いようだ。
イドは、人族の事件は人族で解決しろ、という立ち位置で俺様たちに同行している。
ただ、竜峰からもたらされる情報は逐一入れてくれるし、俺たちの知らないことはしっかりと教えてくれる。
腕前は、見た目以上なはずだ。一度だけ大型の魔物を相手に戦う姿を見たが、桁違いの破壊力を見せつけられて、全員で度肝を抜かされた。
こいつはおそらく、本気のリステアよりも強い。下手をすると、全員でかかっても勝てないかもしれない。
世の中には、こんな化け物じみた野郎もいるんだな。
俺様もまだまだというわけだ。
イドから視線を外し、宿前の広場から見える風景を眺めていると、背後に優しい気配がした。
「クリーシオか?」
「大丈夫? 落ち込んでない?」
「馬鹿を言え。俺があの程度で落ち込むわけないだろ」
「そうよね」
クリーシオは俺様の隣に来ると、ふふふ、となにか楽しそうに微笑んだ。
やれやれ。俺が心配だったのか? 可愛い奴め。
「散歩に行こうぜ」
言って歩き出すと、クリーシオは弾む足取りで俺の後を追いかけてきた。
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