艶武神 テユ

 四十歳前後くらいだろうか。人族で言えば、結構な年齢の女性ということになる。だけど、神族であればどうなんだろう?


 平均寿命が、魔族と同じ五百歳前後だという神族。

 もしも、このテユという女性が噂に聞いた通り、帝国のみかどが国をす前より側に付き従っていたというのなら、年齢はその平均寿命に達する五百歳くらいってことだよね?

 それなのに、年配然とはしていなく、むしろ見た目以上の若々しさが内から溢れ出ているように感じる。

 しかも、四十歳前後という年齢を感じさせながらも、見る者をきつける美しさと妖艶さを兼ね備えていて、ただそこに立っているだけで絶対の存在感を示す。


 ひらり、と扇子を優雅にあおぎながら、僕たちを興味深そうに見つめるテユ。

 傍では、ギルディアを取り押さえたグエンがうやうやしくひざまずいて、テユに敬意を払っていた。


 でも、疑問が残る。

 グエンは、本当は貴族院という役所に在籍していて、ギルディアの内偵を進めるために動いていた。

 では、そのグエンと、突然現れたテユとはどういう関係なのだろう?


 僕の疑問に、テユを警戒しながらアレクスさんが教えてくれた。


「貴族院の長官こそが、テユ様だ」

「そうか! 地位の高い人を取り締まる役所の長官は、それなりに地位や権力を持っていないと舐められるんだね!」


 それなら、艶武神えんぶしんであり、帝の寵愛を受けるテユは、最適人だ。

 そして、貴族院の長官であるテユは、ギルディアの内偵を進めるグエンを陰ながら支援するために、近郊の森に潜んでいた。……いや、違う!

 曲者のグエンと、それを手足のように自在に扱うテユ。

 なら、もしかすると二人は、ギルディアさえ利用して、闘神の末裔に関わる情報を収集しようとしていたのではないか!?


 まさかアミラさんが「森羅万象を司る声」を持っていたなんてところまでは予想していなかっただろうにせよ、神族の間に伝説が深く残る闘神の末裔が何かしらの秘密を持っているということは思いつくはずだ。

 だけど、アレクスさんや村の人たちは絶対に秘密を漏らさない。

 だから、ギルディアが絡んだこの騒動を機に、テユ自身が密かに監視して情報を探っていた。


 結果、アミラさんの秘密が露呈ろていしてしまい、テユに漏れた情報は必然的に帝へと伝わる。


 最悪の流れだ!


 せっかくアミラさんの声を封印して、これからは平穏な生活を送ってもらえると思っていたのに……


 魔族を滅ぼそうと計画を立てている帝がアミラさんの存在と声の本質を知ったら、何がなんでも封印を破り、利用しようとするに違いない。

 だから、アレクスさんやみんなは、テユの出現に驚愕しつつも、警戒の色を強く見せる。

 そして僕たちも、新たな難敵の登場に身を硬くして緊張していた。


「随分と、勇ましい気を張るものよ」


 そんな僕らを見て、テユは揺れる扇子の奥から瞳を細める。

 いかにも、この状況が愉快であるかのように。


 それもそのはずだよね。

 あれだけの術を行使した僕たちが、疲弊していないはずはない。むしろ、全員が力を使い果たして昏倒こんとうしてしまってもおかしくはない状況なことくらい、武神という側面も持つテユならお見通しなはずだ。

 それでも、僕たちはテユの一挙手一投足を見逃すまいと気を張り詰める。そして、テユはその僕たちの様子を見て、余裕綽々よゆうしゃくしゃくと微笑むのだ。


「本来であれば、神民は妾の姿を目にするだけで喜びを表す。だというのに、其方らは妾を歓迎するどころか、警戒の色を深めるばかり」

「当たり前でしょう」


 アレクスさんの右手には、神剣が固く握られていた。

 もしもテユやグエンが僅かでも怪しい動きを見せれば、すぐに反応できる状態だ。

 それに、これからのやりとり次第では、やはり同じように物騒な事態へと発展する。


「テユ様……アミラのことは」

「ならぬ。妾は帝の目であり耳であり、手足である。そのことはアレクス殿も重々に承知しているであろう? であれば、妾がこの場で見聞きしたことは必ず帝へ伝わるものと心得よ」

「しかし!!」


 たとえ相手が帝やテユであろうと、アレクスさんたちはアミラさんの秘密、闘神の秘密を守り通さなければいけない。そうしなければ、どこかから情報は必ず漏れ伝わり、悪巧みを企てる者に利用されかねない。

 それどころか、テユや帝がアミラさんを利用する可能性の方が極めて高いんだ。


「今、我らの情報を漏らすわけにはいきません」

「いかに闘神の末裔といえど、アレクス殿の言葉は受け取れぬ。だが、安心するがよい。アミラ殿の声は、今は封印されているのであろう?」


 と、意味ありげに僕を見るテユ。


「世界さえも崩壊させるほどの声。あれこそが闘神の本当の力であり、アミラ殿の真の声であった。だが、それをも封印してみせた其方らの力。大小自在に変化する子竜。アレクス殿を軽く足止めするほどの力を持つ竜人族の娘。精霊の巨人を二体も使役してみせた耳長族の幼女。瀕死の者を瞬く間に癒す巫女。そして、天を覆うほどの竜を創り出した、其方。その者たちが死力を尽くして封印した声を、妾が破れるとでも思っておるのか?」

「いいや、騙されないよ。今の貴女は、確かに封印を破る手段は持っていない。だけど、帝国内を探せば居るかもしれないよね。そして、貴女はその者を探せるだけの地位と権力を持っている」


 テユの傍に恭しく跪くグエンとギルディアにも、情報は漏れてしまっている。

 だけど、ギルディアの口止めは簡単だ。既に取り押さえられている身だし、アミラさんの秘密を口外すれば只では済まない、と釘を刺すだけでいい。

 それに、グエンもどうにか言いくるめられるんじゃないかな?

 曲者であるからこそ、グエンが得をするような条件をこちらが提示できれば、きっと口を固く閉ざしてくれるはずだ。


 だけど、テユは違う。

 彼女は身も心も帝に捧げた最側近だ。だから、自身が口にしたように、彼女が見聞きしたことは必ず帝の耳にも入る。

 そして、帝はテユの話を聞けば、国をあげてアミラさんの封印を破る手段を探そうとするはずだ。


 だから、テユにアミラさんの情報を持ち帰らせるわけにはいかない!


「困った人族だこと。妾を前に臆せず意見を述べるなどとは、普段であれば有り得ぬことよ。子竜や耳長族、それに竜人族を連れた稀有けうな少年。帝国内では、まず見かけることのない組み合わせであるな。もしや、其方らはこの国の者ではないのかえ?」

「僕たちは、竜峰から旅行に来ただけです!」

「そうであったか。道理で帝国の常識を持たず、人族離れした力を持っておるのか」


 僕の力が、人族の扱う「呪術」ではないことくらい、テユならとっくに見抜いているはずだ。

 術の効果や来た場所、それにミストラルの存在から、それが竜術だということにも確信を持っていると思う。

 というか、森に隠れて村の様子を伺っていたのなら、僕に聞くまでもなく、既に知っていたはずだ。


 テユはきっと、当たり障りのない言葉を交わしながら、こちらの情報を上手く引き出して、僕たの気をらそうとしているんだ。

 僕たちが他所者よそものだというのなら、懐柔かいじゅうできればアミラさんを奪う障害にはならない。しかも、封印を施した僕たちを抱き込むことに成功すれば、容易く封印を解くこともできる。そういう算段なんだと思う。

 だけど、それは大間違いだね!


 確かに僕たちは他所者だけど、アミラさんやこの村の人たちを裏切るようなことはしない。

 短い時間だったけど、村の人たちと触れ合い、みんない人ばかりだということを知っている。

 だから、僕たちもアミラさんを護る!


 言葉を交わすごとに、僕たちがより一層警戒していく様子に、テユは少し困ったように眉尻まゆじりを下げた。

 それでも、優雅に扇子を扇ぎながら、僕たちを誘惑する。


「アミラ殿の声もさることながら、其方の力も素晴らしい。人族ではあるが、もしも帝に仕える気があるのであれば、武神の地位をもって応えよう」

「なっ!?」


 アレクスさんだけでなく、村の人たちまでもが驚く。

 僕たちだって、予想外の条件を提示されて、目を見開いた。


 武神といえば、帝の傍に控える最強の武人であり、地位も名誉も帝国内において最高のほまれだ。それを、容易たやすく僕たちに贈ると口にしたテユ。

 言い換えるなら、彼女の一存で帝国内の物事は決まる、という意味でもあった。


 もしもテユの言葉を受けて帝に仕えれば、きっと夢のような生活が待っているに違いない。

 だけど、残念だったね!

 僕はもう大切なものは手に入れたし、贅沢な生活よりも長閑のどかで質素な生活の方が好きなんだ。

 何せ、元が裕福でない家庭の出身だからね!


「きっぱりと、お断りさせていただきます!」


 うんうん、と妻たちも大きく頷いていた。


「僕たちは、家族旅行で帝国に来ただけですからね。たとえどんな条件を提示されても、僕たちは自分の家に帰ります。ただし、アミラさんの身の安全が保障されたことを確認してからですけどね!」


 断固たる決意を、テユに示す。

 僕たちを懐柔しようったって、無理だからね?

 それに、アミラさんのことを口外しないと約束するまでは、テユやグエンをこの場から逃したりはしない。


 テユは余裕そうに扇子を扇ぎなから、僕たちの様子を伺っている。

 だけど、テユだって実は弱っているはずだ。

 崩壊する世界から生き延びたのは、なにも僕たちだけではない。テユだって、近郊の森に身を潜めていたのなら、あの崩壊する世界に巻き込まれて、生き延びるのに必死だったはずだ。そのために、力もかなり消耗している。


 武神であるテユが自身の武力やグエンという手下を利用せずに交渉で切り抜けようとしているのだって、消耗しきった両陣営で争いになれば、数で劣る自分たちが不利になるということをわかっているからだ。

 それでも、テユに譲歩じょうほする気は無いようだった。


「アミラ殿。其方にも相応しい地位を与えることを約束する。求めるのであれば、闘神の座を復活させてもよい」


 アレクスさんや村の人たちの悲願。

 いつか、帝に闘神として仕える。その望みをアミラさんならば叶えられる、とくテユ。

 だけど、アミラさんは強く頭を横に振った。


「嬉しい申し出ではございますが、お断りいたします。私どもは、まだ闘神として復権するに値しない存在でございますから」


 やはり闘神の末裔は、魔族の支配者が持つ「魂霊こんれい」を奪い返さない限り、その地位に戻るつもりはないようだね。


 対峙する、僕たちとテユ。


 テユは、アミラさんの情報を帝へ持ち帰りたい。あわよくば、アミラさんも連れて帰りたいと考えているだろうね。

 一方、僕たちは何がなんでも、テユにアミラさんの情報を持ち帰らせるわけにはいかない。


 だけど、テユの提示する案をこちらは否定しながら、僕たちは解決の糸口を示すことができない。

 このままでは、やはりもうひと騒動あるのかな。そう思い始めた時だった。


「よし、話は聞かせてもらった。ならば、この場は儂が引き取ろう!」


 突然、聞き覚えのある声が荒野に野太く響いて、僕たちは慌てて辺りを見渡す。

 すると、隆起した丘の上に、ずんぐりむっくりなひとりの影が見えた。


「ルルドドおじさん!?」

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