貴族院からの刺客

 正直言にって、僕たちも疲労困憊ひろうこんぱいだったので、奉納の舞をずっと舞っていたわけではない。それでも、精霊たちは人の舞や歌や音楽をとても気に入ってくれて、一緒になって騒いでくれた。

 そして、短くても濃厚な時間を、この地に住む者たちみんなで一緒に過ごした。


 精霊たちが活発に活動すると、自然が動き出す。

 隆起したり陥没した土地こそ完全には平坦にならなかったけど、ひび割れはせばまり、よく見れば草花のも伺えた。

 大地に生命力が戻ってさえくれれば、あとは人の手で土地をたがやし、みんなで木を植えたりして自然を回復させていくだけだ。


「ふぅ、疲れたね……」


 剣ではなく、木の枝や扇子せんすを持って竜剣舞を舞ったけど、実に楽しかったね。

 ところで、この木の枝、というか玉串って、もしかして霊樹ちゃんの枝だよね?

 アレスちゃんのことだから、こっそりと霊樹ちゃんから枝を貰っていたのかもしれないね。

 それはともかくとして。奉納の舞をみんなで演じたことによって、やっぱり竜剣舞は戦いのためだけの技ではないんだなって、改めて感じさせられたよ。


「お疲れ様」


 ミストラルや他のみんなも、思い思いに休む。

 もう暫くしたら、太陽も竜峰の稜線りょうせんの先に沈んで、夜が訪れる。

 早朝から色々あって、一日があっという間だったね。


 いつの間に準備したのか、アミラさんがみんなにお水を配っていた。

 僕も貰って、お代わりを所望しちゃう!

 みんなも、アミラさんから嬉しそうにお水を貰っていた。

 というか、アミラさんだって衰弱しているんだから、無理はしないで!

 アルフさんが慌てて手伝おうとしたり、でもアルフさんだって瀕死ひんしから生還したばかりだからと、村の人や僕や家族のみんなが手伝おうとする。そして、お互いの気配りを感じて、みんなが賑やかに笑う。

 その風景をぼんやりと見つめながら、良かった、と僕も笑みが溢れた。


 今までになく困難な試練だったけど、なんとか無事にアミラさんとアルフさんを救うことができた。

 最初は、大切なものを見落としてしまっていたり、後手後手に回って上手く立ち回れていなかったけど、みんなが笑顔になれる結末になったんだから、素直に喜んでも良いよね?


 まあ、それでも、残されたあと僅かな問題も綺麗さっぱり解決できたらだけどね!


「……さて、もうひとつの後始末をしようか」

「そうね」


 よっこいしょっ、と疲れた身体にむちを打ち、僕たちは休憩を切り上げる。

 ミストラルなんて、物騒にも腰の片手棍を抜き放っちゃっています!

 僕たちだけでなく、アレクスさんや村の人たちも緩めていた気を引き締め直し、次の行動に備え始めた。


「それじゃあ、そろそろ出てきてもらおうかな? 隠れても無駄だよ、グエン!」


 僕の叫びが、夕方の荒野に響く。


「……やはり、見つかってしまったか。『渡れ』」


 すると、遠くに見える隆起した大地の陰から、声が届いた。

 そして、見たくない者の姿が、僕たちの前に現れる。それも、二人分。


「やれやれ。本当なら、このままこっそりとおいとまさせてもらいたかったんだがな?」

「それを、僕たちが許すとでも思ったのかな?」


 僕たちの前に飄々ひょうひょうとした顔で現れたのは、もちろんグエンだ。

 それと、グエンの傍にもうひとり。


 やはり、こっちも生きていたようだね。

 グエンに護られるようにして、憎むべき男がそこには立っていた。


「よ、よくやった、とめてやろうではないか!」


 あきれるばかりだ。

 およんでも僕たちに威張って見せたのは、この地の新領主であるギルディアだった。


 崩壊する世界の中からアレクスさんたちが生還したように、グエンとギルディアも生き延びたようだね。

 グエンは武神の元部下というだけあって、流石だと言わざるを得ない。

 だけど、ギルディアの生存は誰も望んでいなかったはずだ。


 だって、この騒動の原因は、ギルディアのせいだからね。

 ギルディアがアミラさんに強引な求婚さえ迫らなれけば、この村の人たちは平穏でいられたんだ。

 だから、アレクスさんや村の人たちがギルディアに向ける視線と殺意には容赦がない。

 アルフさんも身構えて、アミラさんを背後に護るようにして立っていた。


 さて。どう落とし前をつけてもらおうか。

 僕たちだって、ギルディアには心底怒りを覚えている。

 だから、こうして生き延びて僕たちの前に姿を表した今、どうしてくれようかと身体に熱がこもり始めていた。


 だけど、そこで邪魔になるのは、やはり曲者くせもののグエンだ。

 飄々とした様子ながら、主人であるギルディアをしっかりと護るような位置を取っている。

 もしもこちらが不穏な動きを見せれば、すぐに応戦しそうな気配だ。


「グエン殿……」


 アレクスさんもグエンの動きを警戒してか、慎重に様子を伺う。

 一触即発の空気が満ちていく。

 だけど、その空気を打ち破ったのは、愚かにもギルディア本人だった。


「素晴らしい働きであった。それと、アミラ。お前の力は実に素晴らしい! 私の妻として、申し分ない!」

「お前っ!!」


 アルフさんが怒りのあまり殴り掛かろうとするのを、アミラさんが咄嗟に止める。

 僕たちだって、腰に武器を帯びていたら抜き放っていたかもしれない。

 それほど、ギルディアの言葉には怒りを覚えた。


 ギルディアは、未だにアミラさんをめとろうだなんて思っているのか!?

 まだ、この地の領主気取りなのか!


 最初は、帝尊府ていそんふのマグルドにそそのかされただけの男かと思っていたけど、どうやらギルディア自身も常識を失っていたようだね!

 いや、そもそも常識が欠如けつじょしていたから、マグルドなんて男の口車に踊られさて、この騒動のきっかけを作ってしまったんだ!


「アミラは渡さねえ!」


 アルフさんが叫ぶ。


「わたしも、お断りさせていただきます!」


 そして、アミラさんも自分の声でしっかりと意思を発した。


 ギルディア的に言えば、それは帝の威光をけが不遜ふそんな言葉なんだろうけど。もう、村のみんなは、そんなことなんて構っていない。

 アミラさんを大切に想い、守り通すこと。それが、今のみんなの堅い決意だ。


 村の人たちが、次々に拒否の意思を示す。

 その様子に、ギルディアの表情がみるみると引きっていく。


「お、お前たち……」


 領主の自分に歯向かうのか、と言いたいのかな? だけど、言えないよね。だって、村のみんなの怒りを前にそんなことを口走ったら、自分の身の安全さえ危うくなるだろうからね。

 その代わり、ギルディアは傍のグエンに声を掛けた。


「グエン、どうにかしろ!」

「いやあ、どにかしろと言われましてもねぇ……」


 苦笑を浮かべるグエン。


 グエンだって、わかっているはずだ。たとえ自分が力を持っていたとしても、アレクスさんや僕や他のみんなを相手に大立ち回りを見せて、アミラさんを強引に連れ去るなんてことはできない。

 そもそも、グエンだって崩壊する世界から生還するだけで力を使い果たしている状態なはずだ。その状況で、数に勝るこちらと争うことは避けたいはずだよね?


 それでも、主人の言葉を受けて、グエンが動く。

 やる気か!? と身構える僕たち。


 だけど、グエンが次に見せた行動は、誰も予想していないものだった。


 するり、とグエンがギルディアの背後に回り込む。そして、ギルディアの両手を後ろ手に羽交はがめにすると、地面に押し倒した。


「き、貴様! 何をする!?」


 これはに、僕たちよりもギルディアの方が驚いていた。

 突然、腹心の護衛者に取り押さえられて羽交い締めされた痛みよりも、困惑の色を濃く見せるギルディア。

 そのギルディアに、グエンは苦笑しながら話し始めた。


「いやあ、まさかこれほどの事態になるなんて、さすがの俺でも思ってもみなかった。こういうことなら、もう少し早くあんたを取り押さえておくべきだったよ」

「グエン、貴様は何を言っている!?」


 僕たちも、グエンの言葉の意味がわからずに、呆気あっけに取られて様子を見るばかり。

 そんな周りの様子なんてお構いなしに、グエンは言う。


「悪いね。俺はあんたに仕える前に、残念ながら別の人に仕えていたのさ」

「なにっ!?」


 たしかグエンは、武神だったウェンダーさんの部下を辞めたあとに、次の職を見つけながら各地を放浪していた。その時に、ギルディアの窮地きゅうちを救ったことが切っ掛けで、護衛役として再就職したんだよね?

 でも、本当は違った?


「俺の今の正式な所属は、貴族院きぞくいん。それだけ言えば、わかるよな?」

「なっ……!?」


 絶句したのは、ギルディアだけではなかった。

 なぜか、アレクスさんまで表情を強張らせていた。


「貴族院って?」


 グエンの言葉の意味が理解できずに、僕たちは首を傾げる。それを見て、グエンがにやりと笑みを浮かべた。


他所よそから来たお前さんたちには、わからないか。なあに、単なる朝廷内のひとつの部署さ。簡単に言うなら、帝国内の貴族の戸籍こせきを扱う役所ってやつだな」

「それがなぜ、ギルディアを羽交い締めにする行動と繋がるのかな?」


 横暴なギルディアを押さえてくれたのは嬉しいけど、素直に喜んではいけないような気がする。何故なら、グエンと僕が言葉を交わしている最中も、アレクスさんが緊張を解く素振りを見せなかったから。

 アレクスさんの様子から察するに、グエンはギルディアを取り押さえる理由を持っているけど、だからといって、そのままこちらの味方だという意味ではないってことだ。


 いぶかしがる僕たちに、グエンはギルディアを押さえたまま続ける。


「たまに、いるんだよな。帝の威光をかさに、横暴を働く阿呆者あほうものが。貴族院は、貴族の戸籍を取り扱う。ってのは建前でな。貴族院は、貴族の連中の動向を調べて、場合によっちゃ戸籍や爵位を剥奪はくだつしたり、逆に上へ取り立てるってのがもっぱらな仕事ってわけさ」

「それじゃあ、ギルディアを取り押さえた理由は……」

「いやあ、助かったよ。モンドはくより依頼を受けて内偵ないていを進めていたものの、帝尊府の目があって上手く動けなかったが。お前さんたちのおかげで、こうして俺も自分の仕事をこなすことができた」


 お前っ、とギルディアが叫ぶけど、グエンは相手にしていない。


「さすがの貴族院でも、帝尊府の存在は目障めざわりだからな。どうやってマグルドの奴を蚊帳かやの外に出そうかと考えあぐねていたところだ」

「そこに僕たちが現れて、ああいう騒動があって、マグルドが死んだから気兼ねなくギルディアを取り押さえた、と?」

「そうさ。ありがとうよ」


 お礼を言われても、ちっとも嬉しくない。

 それどころか、やはりグエンは曲者以外の何者でもなく、僕たちだけでなく村のみんなやアレクスさんたちまで騙して、自分の仕事をやり遂げようとしていたんだ!

 グエンという男に、誰もが腹を立てる。


 だけど、そこで少し疑問が湧き起こった。


 グエンに利用された、ということに腹を立てるのは普通だとして。

 では、アレクスさんはなぜ、今も表情を強張らせて緊張しているのか。

 僕たちの疑問を察したのか、ようやくアレクスさんが口を開いた。


「グエン殿が何かを企んでいる、ということはわかっていた。だが、貴族院に所属する者だったとは。ならば……近郊きんこうの森に身を潜めていた者は、まさかテユ様か!?」


 あっ、と誰かが声を漏らした。

 僕も、つい今まで失念していた。


 そうだ!

 僕たちが調べた結果、村の周りを囲む森に、何者かが潜んでいることがわかった。アレクスさんも、僕たちが気付くよりも前に察知していたけど、正体までは掴めていなかった。

 おそらく、ギルディアの配下か何かが身を潜めていて、村で騒動が起きた際に駆けつける手筈てはずなんだろうと予想していた。

 だけど、森に潜んでいた者の正体は、全く別の人物だったみたいだ。

 しかも、アレクスさんでさえ予想していなかった、帝国内でも屈指くっしの重要人物だった。


 艶武神えんぶしん、テユ。

 帝国の帝の最側近であり、寵愛ちょうあいを一心に受けていると噂される人物。


「ウェンダーの元部下とはいえ、グエン殿であっても、我ら闘神の末裔が関わる貴族とのいざこざに単独で関わることはないはずだ。ましてや、そこに帝尊府の影があるのなら、朝廷も慎重に動く。ということは、やはり潜伏しながら村の様子を伺っていたのは、テユ様本人で間違いないはずだ」


 アレクスさんが、全身の緊張を越えて、なぜか臨戦態勢へと移る。

 村の人たちやアルフさんも、憔悴しょうすいしきった状態なんて気にしている場合ではないというように、手に武器を持って身構え始めた。


「いったい、何が……?」


 状況に取り残された僕たちだけが、困惑したようにお互いの顔を見合う。


「……我ら闘神の末裔の力、アミラの声を知られた。このまま何事もなくテユ様が退くわけはない。……そうでしょう、テユ様?」


 アレクスさんの言葉に反応したように、急に僕たちの周囲をきらきらと光るちょうが無数に舞い始めた。

 なかでもひときわ綺麗な蝶たちが一点に集まり出し、強く発光しだす。

 そして、息を呑んで見つめる僕たちの先で、蝶の光が人の形に変化していく。


「見事であった。闘神の娘の真の声。人族たちの果敢な努力。帝に代わり、褒めてつかわそう」


 蝶の光は女性の姿になって、僕たちの前にその正体を現す。

 絢爛けんらんな衣装を身に纏い、両手に美しい扇子を持った、妖艶ようえんな女性。

 その女性が、僕たちを見て目を細め、扇子で口元を隠して優雅に笑う。


「アレクス殿、お久しゅう。ご明察通り、このわらわが一部始終を見させてもらった。もちろん、妾が見聞きしたことは、帝に伝わるものと認識するがよい」

「テユ様……」


 アレクスさんが、より一層に険しい表情を浮かべる。


 村の人たちが、必死に守り通してきた秘密。アミラさんの「森羅万象を司るの声」が神族の帝に伝われば、ギルディアの横暴なんて可愛く思えるような騒動が否が応にも舞い込んでくることは必然だ。

 僕たちも、テユと呼ばれた妖艶な女性の出現に、身を硬くして緊張していた。

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