締めはやっぱり?

 僕たちは夢かまぼろしを見ていたんじゃないかと、錯覚さっかくしそうになる。

 つい一瞬前まで、崩壊した大地の底と空が繋がり、無限に落下し続けていたはずなのに……


 気づけば、僕たちはいつものように、空に浮かんでいた。

 もちろん、ニーミアの背中に乗ってね。


 ただし、地表を見下ろせば。さっきまでの体験が、けっして夢や幻ではなかったのだと思い知らされる。

 アミラさんの声がもたらした世界への影響と爪痕つめあとは、やはり恐るべきものだった。


 小さく長閑のどかだった村の姿は、もうそこにはない。

 大地には大きな亀裂が幾箇所いくかしょにも入り、あちらこちらで激しく隆起したり陥没していたりと、夏の収穫前だった田畑は見る影もない。

 家屋なんて全て崩れ去り、基礎の一部どころか柱の一本さえ見当たらなかった。

 なによりも、見下ろす荒れ果てた土地は死の世界のようにまったく生命が感じられず、そこだけは間違いなく「世界が崩壊した」んだと感じさせられた。


 そして、遠くに視線を向けると、竜峰の断崖さえ崩落してしまい、山肌が荒れ果てていた。

 きっと、今頃は竜峰に住む竜人族や竜族たちも騒ぎ始めているに違いない。

 事が落ち着いたら、説明に戻る必要があるかもね。


「エルネア君!」

「うん、そうだね。ニーミア、お願い」

「にゃんっ」


 まだ、僕たちは呑気のんきに気を緩めても良いような状況じゃなかったね。

 ルイセイネにかされて、ニーミアが荒れ果てた大地へ降り立つ。

 ルイセイネとマドリーヌ様は、すぐさまニーミアの背中から降りると、大地に倒れ伏した二つの影へと駆け寄った。


 ひとりは、アルフさん。二人は先ず、アルフさんの容態を確認し始める。そして、回復法術ではなくて、懐から秘薬を取り出すと、アルフさんの傷口に塗り始めた。


「みんなも、持っている薬を出して!」


 おそらく、回復法術を悠長ゆうちょうにかけている余裕がないほど、アルフさんの容態は危機迫っているんだ。

 僕たちもスレイグスタ老謹製の秘薬を取り出すと、巫女の二人に急いで手渡す。そうしながら、僕はアルフさんの傍に横たわるもうひとりの様子をる。


 アミラさんも、気を失って倒れていた。


 僕たちの力で創り出された竜は、その巨大な翼の内側に崩壊する世界を包み込んだ。

 そのおかげなのか、それとも女神様の奇跡が起きたのか。世界の崩壊は止まり、大地の底と空は切り離されて元通りになった。

 だけど、叫び続けていたアミラさんは、同時に意識を失ってしまった。


「……外傷はないみたいだけど? うん、眠っているだけみたいだね」

「あれだけの力を解放したのだもの。おそらく、アミラの精神が耐えきれなかったのね。急激に力を失った反動で、衰弱状態になったのじゃないかしら?」


 ミストラルの意見に、僕も頷く。

 アミラさんの力は、想像を絶するものだった。それがたとえ声によって自然発生する力だったとしても、力を解放し続けた最後に失ったから、色々と精神に負担がかかって意識を失ったんじゃないかな?


「アルフさん、駄目です!」


 僕たちがアミラさんを検診していると、隣でルイセイネの声が響いた。

 何事かと振り返った僕たちは驚く。

 致命傷を負い、意識を失っていたはずのアルフさんが、自力で起きあがろうとしていた。


「まだ動いてはいけません」


 いつからだろう。アルフさんとアミラさんは、固く手を握り合っていた。

 もしかしたら、アミラさんがアルフさんをこちらから奪った時からかもしれない。アルフさんはその時に、大切な妹の手を無意識のうちに取っていたのかもね。そう考えると、世界が崩壊している最中さなかに僕たちが二人を強引に引き剥がそうとしていたとしても、きっとアルフさんはアミラさんの手を離さなかったはずだ。

 と、そんなことはともかくとして。


 アルフさんは憔悴しょうすいしきった様子だけど、それでも自力で起き上がる。そして、か細くではあるけどアミラさんの名前を呼び続けながら、しっかりと握りしめた妹の手を引き寄せた。


「アミ……ラ、アミラ、アミラ……」


 何度も何度も、アルフさんはアミラさんの名前を呼び続けた。

 すると、アルフさんの声に呼び覚まされたように、アミラさんの指先がぴくりと僅かに動く。そして、長くつややかな眉毛が少し揺れて、アミラさんが目を覚ました。


 なんて意志の強さだろう。

 アルフさんは、瀕死ひんしだった。アミラさんは、強い衰弱状態なはずだ。

 それなのに、二人はお互いの存在を確かめるために意識を覚醒かくせいさせて、起き上がろうとしている。


「アミラ!」


 アルフさんが叫ぶ。

 アミラさんはしっかりと瞳を開き、心配そうに自分を覗き込む兄を視界に捉えた。


「……お兄ちゃん……っ!」


 そして、アルフさんを呼び、咄嗟とっさに自分の口を両手で塞ぐ。

 アミラさんは、あせったように周囲へ視線を泳がせる。

 だけど、何も起きていなかった。

 ううん、正確には違うね。アミラさんの声を聞いて、僕たちが喜び合っていたから。


 いったい、何が? と困惑するアミラさん。

 アルフさんも、アミラさんの声を聞いて一瞬だけ喜んだけど、その後は緊張に身体を強張こわばらせていた。

 でも、二人の反応は仕方ないよね。だって、アミラさんの声は「森羅万象を支配する声」であり、口から音を発するだけで、世界に深刻な影響を及ぼしてしまう。

 だから、アミラさんが「お兄ちゃん」なんて声を発してしまったら、この場にいる全員がアミラさんの「お兄ちゃん」になっていても変ではなかった。

 だけど、現実は違って、僕たちはアミラさんのお兄ちゃんにはなっていないし、それどころか、アミラさんの声を聞いて喜び合っているのだから。


「ええっと、ごめんね。ちゃんと説明するね?」


 さて、困惑する二人を放置するなんて可哀想だから、説明しなきゃいけないね。

 こほんっ、とわざとらしく咳払いをした僕は、改めてこの騒動の結末をアフルさんとアミラさんに話す。


「僕って、強欲なんだよね。だから、救うならアミラさんとアルフさんと世界と、その他も全部まとめて救いたかったんだ。だから……。僕たちは、アミラさんの声を封印しました!」


 えっ!?

 でも……?


 アミラさんの視線が泳いでいる。

 だって、さっき声を出したばかりだからね。

 だから、僕は説明を付け加える。


「僕たちはアミラさんの声を封印したけど、それは『森羅万象を司る声』の方なんだ。だから、アミラさんの『声』そのものは出るはずだよ? というか、いま声を聞けたから、僕たちの封印術は成功したってことだね!」


 はい。だから、喜び合ったんです!

 ぶっつけ本番の荒技ではあったけど、みんなで力を合わせることができて、狙い通りの成果を出せたからね。


「そ、それじゃあ……?」


 アルフさんが、アミラさんを見つめる。

 アミラさんも、アルフさんを見つめる。

 そして、アミラさんは恐る恐るではあるけど、もう一度、声を発した。


「お、お兄ちゃん……」

「アミラ!」


 喜びの余り、アルフさんがアミラさんに抱きつく。

 突然、兄に抱きつかれて目を白黒させるアミラさんだけど、すぐに笑顔を見せた。


「お兄ちゃん。アルフお兄ちゃん! 良かった。死ななくて良かった!」

「死ぬもんか! 俺は何があってもお前の味方だと昔から言っていただろう。だから、お前をひとり残して死ぬなんて無責任なことはしない」


 涙を流して喜びあう兄妹。

 僕たちも、もらい泣きしちゃう。

 良いよね。これこそが、兄妹愛ってやつだ。


「こ、これは……!?」


 そこへ、他の生存者たちがようやく集まってきた。

 アレクスさんや、村のみんなだ。


 正直、世界が崩壊する中で、僕たちはアレクスさんたちの生存まで把握する余裕はなかった。だけど、アレクスさんのことだから、生き延びることに全力を尽くせば、きっと無事だとは思っていたよ。

 そして、僕の予想通り、全員が無事だったみたい。


 アレクスさんたちは、世界の崩壊が止まり、荒れ果てたとはいえ大地が復活したことで、ようやくこちらに戻って来られたんだろうね。

 それで、全員で戻ってきてみれば、僕たちは喜びあい、アルフさんとアミラさんが抱き合っていた。

 しかも、アミラさんが声を出しているというのに、世界には何の影響もない。

 アレクスさんたちは事態が飲み込めないようで、困惑した表情を見せていた。


 だから、僕は改めて説明する。

 どうやって世界の崩壊を止めたのか。

 アミラさんの「森羅万象をつかさどる声」は封印されたけど、声そのものは問題ないこと。アルフさんの致命傷は、僕たちが持っていた秘薬で治したこともね。


 僕の説明を聞いて、アレクスさんや村の人たちの表情が明るくなっていく。

 そして、我先にとアミラさんの側へ駆け寄り、全員が涙を流す。

 だけど、村の人たちは心の奥底から喜ぶ前に、土下座の姿勢をとった。


「アミラ様、すまんかった!」

「許してくださいとは言いません。儂らを軽蔑けいべつなさってください」

「私たちは、何もできませんでした……」


 アミラさんが自制を失って声を発したその時。アレクスさんや村の人たちは、アミラさんを殺す、と固く決意していた。

 僕たちがいなければ。居たとしても対処できていなければ、彼らは全力を持ってアミラさんを殺していたに違いない。

 だから、喜び合うよりも前に、みんなはアミラさんに謝罪をする。


 自分たちの不甲斐なさ。非情さを、真摯しんしに謝り続ける村の人たち。

 それを見たアミラさんが、優しい笑みを浮かべた。


「みなさん、どうか顔をあげてください」


 夏の夜明け前を思わせるような、んだ声。

 これが、アミラさんの本当の声なんだね。

 アミラさんの声を耳にして、村の人たちが顔を上げる。


「なにも謝ることなんてありません。だって、それが皆さんにとっての正しい選択だったんですから。それよりも、悪いことをしたのは私の方です。私が我慢できていれば……」


 そんなっ、と声をあげる村の人たち。

 理不尽な求婚で滅入っていたところに、目の前で兄を斬られた。それでも尚、我慢しろだなんて、誰にも言えないよね。

 だけど、アミラさんは自分が悪かったのだと譲らない。


「皆さんからの愛は、小さい頃よりずっと感じていました。皆さんが私を大切にしてくださっていたから、私は今まで自制を保てていたのです。それなのに、私のせいで……」


 世界の崩壊は止められた。だけど、村は見るも無惨な死の荒地へと成り果ててしまっていた。

 住み慣れた家も、精魂込めて育てた作物も、全てを失ってしまった。だから、謝るのは自分の方だと、逆に頭を下げるアミラさん。


「いいえ、いいえ。儂らは、アミラ様さえ無事でいてくれれば良いのです」

「家や田畑は、作り直せば良いですよ」

「そうだそうだ!」


 アミラさんをはげまそうとする村の人たち。

 だけど、薄々と感じているはずだ。

 荒れ果てた土地が、もうどうしようもなく死んでしまっているということを。

 きっと、家の基礎きそを打とうとしても安定しないだろうね。どれだけたがやそうと、何も育たないだろうね。

 世界の崩壊はまぬがれ、アミラさんは無事だった。だけど、その代償として、住み慣れた土地を失ってしまった人々。


 全員がアミラさんを励まそうとするけど、心の奥底から「大丈夫。全てやり直す事ができる」と断言できる者はいなかった。


「ごめんなさい……」


 だから、最初は喜び合っていたはずなのに、次第に全員の顔色が沈んでいく。


 でも、そこは大丈夫!

 大地が荒れ果ててしまい、生命力が感じられないほどひどい土地になっちゃった?

 いやいや、その程度のことなら、問題じゃないよ!


「んんっとね。エルネアお兄ちゃんにお任せだよ?」

「おまかせおまかせ」


 悲しみに沈み始めた村の人たちなんてお構いなしに、二人の幼女がアミラさんに抱きつく。そして、にこにこの笑顔で僕に振り返る。

 元気よく幼女二人に抱きつかれたアミラさんが、今度は目を点にして僕を見てきた。


「ええっと、プリシアちゃんとアレスちゃんに先を越されちゃったけど……。うん、土地のことなら問題ないよ。僕たちに任せて!」


 まあ、正確に言うと、精霊さんたちの力を借りるわけだけどね!


 僕が自信満々に言うと、家族のみんなが力強く頷いてくれた。

 どうやら、考えていたことはみんな一緒だったみたいだね。


「それじゃあ、アレスちゃん?」

「どうぐどうぐ」


 アレスちゃんが、謎の空間からいろんな物を取り出す。

 太鼓たいこすずに、ふえ玉串たまくしや、ひらひらと長い帯。その他色々。


「あんたたち、いったい何を……?」


 困惑する村の人たちに、プリシアちゃんが説明してあげる。


「あのね、みんなで歌ったり踊ったりするんだよ!」

「あははっ。ちょっと違うよ、プリシアちゃん。大地に生命力が戻りますようにって、奉納ほうのうの舞を披露するんだよ」

「んんっと、そうそう。そうしたらね、精霊さんたちが協力してくれるの」


 さすがに、僕たちの力だけでは大地の再生なんてできない。だけど、精霊さんたちの協力を得られれば、話は違ってくるよね。

 自然と共に生きる精霊にとって、自分たちの棲息域である土地を活性化させるなんて芸当はお手のものだ。

 だけど、そこは精霊だ。無償で人の住む土地を回復させようなんて気前はあまり持っていない。だから、僕たちは精霊が喜ぶ舞や歌を奉納して、代わりに土地を活性化してもらおうってわけです。


 僕とプリシアちゃんから説明を受けた村の人たちが、勢い良く立ち上がった。


「そんなことなら、儂らにもぜひ協力させてくれ!」

「ここは、私たちの土地だ。だから、あなた達にお世話になってばかりはいられないわ!」

「アミラ様を救っていただいただけでなく、土地のことまであんたらに任せていては、神族のはじだ」

「天族の私どもも、お忘れなく!」


 僕たちが儀式用の道具を手にするよりも早く、村の人たちが太鼓や笛を取っていく。


「さあ、どうすれば良い?」

「どんな歌が良いのかしら?」

「俺は笛が得意だ。任せておけ!」


 みんなのやる気に、僕たちも俄然がぜんとやる気が湧いてくる。


「あのね、精霊さんは楽しいことが好きなんだよ!」

「ふっふっふっ。さっきは見せ場がなかったけど、僕の竜剣舞を披露しましょう。精霊さんたちにも大人気の演目だからね!」


 そうして、僕たちは疲れも忘れて音楽を鳴らし、歌を唄って踊った。

 もちろん、精霊さんたちにも大好評で、それなら、と土地の再生に協力してくれる約束を貰う。


 アルフさんとアミラさんも、起き上がる体力こそなかったけど、二人仲良く座って歌ってくれたり、手拍子てびょうしを入れてくれていた。


 きっと、大丈夫。

 大地に生命力が戻れば、自然は戻ってくるからね。

 そうすれば、田畑で作物を作ることもできるようになるし、この地に残って家を再建する道筋も立つはずだ。


「ありがとうと、心の底から言わせてもらう」

「アレクスさん? いえいえ、持ちつ持たれつってやつですよ。だって、飛竜の狩場では僕たちの方がアレクスさんたちにいっぱいお世話になったんですからね?」


 アレクスさんも、妹の無事に目を赤くしていた。

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