精霊の誘惑
「それじゃあ、あと少しだけ頑張ってねえ」
ユーリィおばあちゃんは僕たちにそう言うと、散らばった大小の平たい石に向き合う。
まず最初に、一番大きそうな石を手に取った。左手で持ち、右手で小さな子供の頭を触るように優しく撫でる。そうしながら、石に語りかけ始めた。
ユーリィおばあちゃんの周りに、大人の精霊たちが顕現した。
ユーリィおばあちゃんの使役する精霊さんだ。
金髪が綺麗な光の精霊さん。赤い炎の精霊さん。美しい衣装の花の精霊さん。少女の姿で見たことのある、水の精霊さん。アレスちゃんと雰囲気が似ている、霊樹の精霊さん。
さらに、土の精霊さんや風の精霊さん、雷、氷、闇などなど、あらゆる精霊たちが顕現し始めた。
いやいや、さすがにこれが全部、ユーリィおばあちゃんの使役する精霊さんたちではないでしょう!?
顕現した精霊たちは様々な姿をしていた。
人の姿、獣や鳥や魚、葉っぱだったり花だったり、石ころだったり。物質の姿をとれない精霊たちは、光の粒や
見る間に、七色の光の柱に包まれた古木の周りは精霊たちに覆い尽くされていく。
僕たちは精霊の気配に圧倒されて、
「……そうなのねえ。でも、喧嘩は駄目よ。風の精霊とも仲良くねえ」
「ふふふ、お腹が空いたのね。私の精霊力で足りるかしら。あまりあなた達だけにあげることはできないのよ」
「おや、それはごめんなさいね。どうにか手を打たないと、大変ねえ」
ユーリィおばあちゃんは周囲の異変に構うことなく、平たい石と語り合っている。
優しく手で包んだり、撫でてあげたり。
そうすると、ただの平たい石だと思っていたものにほんのりと精霊の気配が宿る。石色だったものが、宿った属性の光で淡く発光する。
ユーリィおばあちゃんは、手にした平たい石が柔らかい光を宿すと、元の場所に戻していった。
最初に、大きめの平たい石を安定した場所に置く。その上に、少し小さめの石を重ねて置いた。さらにその上に、もう少し小さい石を積み重ねていく。そうして、平たい石を大きいものから順番に積み上げる。
最後に小指の先ほどの小石を乗せると、それで完成。
だけど、まだ平たい石はたくさん散らばっている。
ユーリィおばあちゃんは新たに大きめの平たい石を手に取り、語りかけ始めた。
そうやって、石が積み重った
積み上げられた石の塔は、どれもが優しい光に包まれていた。
これが、精霊の里なんだね。
精霊は、世界のあらゆるものに宿るという。
そんな精霊たちが属性を問わず、みんなで仲良く住む場所。
人が持つ村や町や里とは全く違う
怒り、暴れる精霊たちの話に耳を傾け、語らい、
冷静さを取り戻した精霊たちは、ユーリィおばあちゃんが修復した精霊の里に満足したように消えていく。
でも、人や竜にも様々な性格があるように、精霊たちにもいろんな性格があるみたい。
なかにはユーリィおばあちゃんの声に耳を傾けず、暴れようとする者もいた。
ユーリィおばあちゃんの手にする平たい石にせっかく光が戻ったと思ったのに、邪魔をして輝きを奪う。
それだけならまだ良い方だ。
邪魔をしようと、ユーリィおばあちゃんに襲いかかろうとする精霊もいる。そんな聞かん坊の精霊を鎮めたり抑え込むのが、ユーリィおばあちゃんが召喚した精霊さんと僕たちの役目だった。
「落ち着け、落ち着け」
ユーリィおばあちゃんの使役する霊樹の精霊さんは、男性の姿をしていた。
柔らかい物腰と、中性的な容姿。人族でいうなら、絶世の美男子、といったところかな。
妙な色っぽさがあって、同性の僕が見ても
精霊の里の周りで暴れ出した精霊たちも、霊樹の精霊さんの色気に惑わされて落ち着きを取り戻していく。
水の精霊さんは水芸をして、機嫌の悪い精霊たちを楽しませる。他の精霊さんたちも、属性にちなんだ方法でユーリィおばあちゃんを補佐していた。
「ちょっ、ちょっと、お止めください……」
そしてとうとう、僕たちにも襲いかかる精霊が現れた。
犬の姿をした精霊が、ルイセイネに飛びかかる。
そして、口で服の
ルイセイネの服を剥ぎ取り出しました!
ルイセイネは必死に犬の姿の精霊を追い払おうとする。そこに、猫の姿をした精霊さんが参戦してきた。
やはり、ルイセイネの服を引っ張る。
「お、お止めくださいっ」
ルイセイネは必死だ。
だけど精霊たちは聞く耳を持たない。
ひらひらと揺れる尾ひれが可愛い金魚の姿をした精霊が、ルイセイネの胸元に入り込む。
「ひゃあっ」
服の中でもぞもぞと動き回っているようで、ルイセイネはくすぐったさに
すると手が緩み、服を剥ぎ取られる。
ああ、ルイセイネが裸になっていくよ。
「エルネア?」
はっ!
み、見入ってなんていないですよ。
ミストラルが
助けなきゃ、と半分以上の衣服を脱がされたルイセイネに手を伸ばそうとしたとき。
「おやまあ、それはとても困ったわねえ。これは私にはどうしようもないのよ。エルネア君たちに相談しなきゃねえ」
なんて、背後からユーリィおばあちゃんの不穏の声が聞こえてきた。
もぞり、と
粘土の巨人精霊は、太い腕を振り回す。
ミストラルは素早く片手棍を構え、応戦した。
ずむんっ、と鈍い音が鳴る。
粘土の巨人精霊の腕と、ミストラルの片手棍がぶつかり合った。
粘土の巨人精霊の腕にめり込む、漆黒の片手棍。
「そんなっ」
人竜化しているミストラルの一撃を受けたのに、吹き飛ぶどころか受けきるなんて!
岩とは違う柔らかさ。土以上の粘度。
腹部に容赦なく片手棍が襲いかかる。頭部に振り下ろされる。
だけど、粘土の巨人精霊は攻撃された部分をぼっこりとへこませながらも動じない。
なかなかの強者だ。
ミストラルと正面から渡り合えるとは。
この粘土の巨人精霊はミストラルに任せよう、と思ったんだけど……
この場には、他にも数え切れないほどの精霊たちが集まってきているんだよね。
鳥の姿をした精霊が上空からミストラルを強襲した。
頭上からの不意打ちに、ミストラルの動きが鈍る。
さらにそこへ、いろんな色の光の粒の精霊たちが迫る。
「こ、こらっ!」
そして、ミストラルの服を剥ぎ取り出した。
おお、なんということでしょう。
わらわらと押し寄せる様々な精霊たちに、衣服を脱がされそうになるミストラルとルイセイネ。
ああ、ルイセイネはもう残り僅かですよ!
夏用ということで、少し薄手だったルイセイネは、既にあられもない姿になっていた。
「エルネア君、なにをにやけているんですかっ」
「違うんだ、ルイセイネ……」
「違いません!」
「本当だよ。僕は助けたいと思っているんだよ」
「絶対に嘘です」
「信じてっ」
「信じてほしいのなら、早く助けてください」
「わ、わかったよ!」
いや、けっして、裸になっていくルイセイネを見ていたいとか、そういう下心はないよ?
恥ずかしがり、顔を赤らめて小さくなっているルイセイネが可愛くて、もっと見ていたいとかじゃないよ?
本当だよ?
だけど、僕の心とは裏腹に、身体が言うことをきかない。
ルイセイネへと向けて伸ばした手も、もうまもなく裸になっちゃう彼女を凝視する視線も、僕の意に反して動かない。
「エルネア、こんなときになにを遊んでいるのっ!」
「いやいや、ミストラル。違うんだ……」
「違いません! はやくルイセイネを助け……ひゃっ」
動かない僕を
正面からは、粘土の巨人精霊が迫る。
周りでは光の粒の精霊や鳥型の精霊たちが服を剥ぎ取ろうとしている。
ミストラルは防戦一方になっていた。
このままじゃあ、二人が裸にされちゃう!
でも、精霊たちは服を剥ぎ取るだけで、こちらに傷を負わせるような危害は加えてこないんだよね。
男の僕としては、徐々に肌を露出していく二人を見るのは至福なんだけど……
「エルネア君、鼻の下が伸びてますよっ」
「エルネア、これが収まったら覚悟していなさいよっ」
「えええっ、そんなっ!」
二人に睨まれ、慌てて動こうとする。
だけど、やっぱり身体が動かない!
それもそのはず。
僕はいつの間にか、氷の精霊さんに全身を凍らされていた。
二人の色っぽい姿を楽しく見ていて、自分の身体の異変に気づかなかったとは……
「アレスちゃん、協力してね」
「しかたないしかたない」
アレスちゃんが精霊術で、凍った僕の身体を溶かしてくれる。
それでようやく、僕は自由になった。
だけど、僕は二人を助けには行けなかった。
ごおうっ、と低音の
渦を巻く真っ赤な炎。
炎の竜巻は徐々に収束し、人の形を取り始める。
そして、見ただけで全身を沸騰させそうな圧倒的な存在が顕現した。
「気をつけてねえ。その子は炎の精霊王よ」
「精霊王?」
「そう。この辺り一帯の炎の精霊たちを束ねる子よ」
僕の背後で石に語りかけていたユーリィおばあちゃんの言葉に、ごくりと唾を飲み込もうとした。
だけど、喉はからからに乾いていた。
「こっちへ来い」
「はい?」
手招きをする炎の精霊王は、美しい女性だった。
真っ赤で豪華な服を着ている。ユフィーリアやニーナが着ているような最高級の仕立てのやつだ。
長い髪はまさに炎で、背中で
全身から火の粉を放ち、周囲の精霊たちを
火の粉が木の枝や葉っぱに触れる。精霊王が炎そのものであるため、踏みしめられている草花も直接炎に触れている。
だけど、草木が発火することはない。
普通の炎とは違うんだね。
精霊の炎。
僕たちの理とは違う性質。
だけど、僕は強い熱波を感じていた。
灼熱の風とともに、精霊王の言葉が降りかかる。
「こちらへ来い。そうすれば、炎のなかで永遠を授けよう」
炎の精霊王が手招きをする。
誘うようにではない。
命令するように。
強制力の
「いやいや、炎のなかの永遠てなんですか。僕はお断りですよ」
引力でもあるかのように精霊王に引き寄せられそうになる身体を留め、抵抗する。
すると、精霊王は鋭い視線で憎らしそうに睨んできた。
「従わぬなら、致し方ない」
精霊王の手に、炎に揺れる剣が出現する。
そして、明らかな戦意を僕へと向けてきた。
まさに支配者の気配。意に従わない者には容赦をしない。
ええええっ。
どうして僕だけ危険なのかな!?
ミストラルとルイセイネは、未だに衣服の攻防を続けている。
だけど、命の危険だとか怪我をするような状況にはなっていない。
まあ、粘土の巨人精霊がちょっぴり暴力的だけど、ミストラルなら防ぐことのできる程度だし。
それなのに僕ときたら、戦意むき出しの精霊と対峙しなきゃいけないなんて。
しかも、精霊王ですよ!
その辺の精霊たちとは明らかに
額に汗を浮かべつつも、僕は白剣と霊樹の木刀を構えた。
「っ!?」
構えたつもりだった。
両手の違和感に、視線を落とす。
すると、僕の右手には大根が握られていた。
左手はごぼうだって!?
すたこらと逃げていく精霊がいた。
白剣を巻き取り逃げる蛇型の精霊。
霊樹の木刀を大事に抱えて走っていく……アレスちゃん!
「もえるもえる」
そうだね。霊樹の木刀は燃えちゃうかもしれないね。
並みの武器程度では傷つきもしないほど強固な霊樹の木刀だけど、相手は炎の精霊王だからね。
万がいちにも燃えちゃったら、取り返しがつかないよね。
でもね……
大根とごぼうはないんじゃないかな!
愕然とする僕に、しかし炎の精霊王は容赦なく襲いかかってきた。
「燃えて炎になれ。そうすれば永遠にわらわのものだっ」
「うわわっ。僕は貴女のものじゃないですよっ」
炎の精霊剣が振り下ろされる。
僕は慌てて回避し、逃げる。
野菜じゃ戦えません!
せめて白剣は取り返さないと、と蛇型の精霊さんを追いかけた。
「逃げるとは軟弱者め。炎に焼かれて燃え直せ」
「おことわりーっ!」
空間跳躍で逃げながら、蛇型の精霊を追う。
だけど、ここは精霊の気配の濃い場所。
蛇型の精霊は、鳥型の精霊に白剣を渡す。鳥型の精霊は飛んで逃げる。
僕はそれを追う。
精霊王が追いかけてくる。
なにこの状況!?
鳥型の精霊は追いつかれそうになると、白剣を放り投げた。
投げ出された白剣を受け止めたのは、少年の精霊だった。少年の精霊は走って逃げる。
普通に走っているように見えて、そこはやはり精霊だ。恐ろしい速さで遠のいていく。
僕は、容赦なく胴を薙ぎ払いに来た一撃を振り返りながら大根で防ぐ。大根は真っ二つになった。
慌てて横に転んで回避し、少年の精霊を追う。
よく見てみると、蛇型も鳥型も少年型も、白剣を持って逃げているのは全て炎の精霊たちだった。
「くううっ、こんなのずるいよっ」
少年の精霊は七色の光の柱がある精霊の里を離れて、森の奥へと逃げようと走る。
このまま森の奥に行かれると、大変なことになっちゃう。
みんなと逸れてしまうし、また他の精霊たちに邪魔されかねない。
いや、もう精霊に邪魔をされているんだけどね。
とにかく、白剣を取り戻さなきゃ。
焦る僕の前方で、少年の精霊が弾けて消えた。
なにが起きたのか、と認識する暇もなく新たに顕現したのは、これまた美しい姿の水色の女性だった。
荒々しい炎の精霊王とは真逆の、落ち着きの伴った
身体の輪郭がはっきりとわかるような、薄手の生地の衣装。水色の髪は地面に垂れて、小さな池を作っている。
「水の精霊王だわねえ」
「今度は水ですか!」
遠くでユーリィおばあちゃんが微笑んでいる。
だけど、状況は微笑ましくなかった。
炎の精霊の少年を消しとばした水の精霊王の手には、白剣が握られていた。
返してくれるのかな、と思ったけど、そうじゃないみたい。
「坊や、こちらへおいで。水のなかで安らかな永遠を共に過ごしましょう」
「やっぱり、そういうことになるのね」
水の精霊王は優しく誘う。
感じは優しいんだけど、炎の精霊王と一緒で、強い強制力が働いている。
ぐぬぬ、と抵抗する僕。
「其方、わらわの邪魔をするか?」
「わたくしの邪魔ですわ」
そして、僕を誘っておきながら、僕を除け者にして
僕の背後に立つ炎の精霊王は、僕を無視して水の精霊王に炎の精霊剣の切っ先を向けた。
「これは、わらわのものだ。邪魔をするようなら、容赦はせぬ」
「坊やに先に目をつけたのはわたくしですわ。譲っていただきましょう」
「いいや、私に貰えないだろうか」
「ここは、奪うしかないようだね」
「力尽くで、ということかしらねぇ」
もうね。なんとなくわかっていましたよ。
炎の精霊王と水の精霊王が一触即発で睨み合っていると、似たような感じの精霊が他にも顕現し始めた。
誰もが普通の精霊とは違う気配。
すなわち、全員が精霊王ということだ。
僕を囲み、精霊王たちが火花を散らす。
僕は精霊王の輪のなかで、がくがくと震えていた。
いったい、僕はどの属性のなかで永遠を過ごすことになっちゃうのかな!?
僕の絶体絶命の危機。
だけどミストラルとルイセイネは助けに来てくれない。
裸になってしまい、服を奪い返そうと走り回っている。
ユーリィおばあちゃんだけが頼りなんだけど、こちらを優しく見守りながら、石を手にとって語らいあっていた。
「やれやれ、静まらぬか。これは妾の庇護にある」
全員が武器を構え、今にも壮絶な戦いを始めようとした、その時。
聞き覚えのある声に、僕は救世主が現れたことを確信した。
精霊王たちの輪が解ける。
精霊王全員が目を伏せた。
現れたのは、霊樹の精霊さんだった。
そう、僕がいつも霊樹の根もとでお世話になっている、あの女性です。
「おやまあ。霊樹の精霊王まで現れるとはねえ」
本当に珍しいことなのか、ユーリィおばあちゃんが驚いていた。
「これは妾のものじゃ。手出しは許さぬ」
そして、霊樹の精霊さんは他の精霊王たちにそう申し付ける。
それだけで、精霊王たちは素直に従った。
「……いやいや、僕は貴女のものじゃないですからね!」
だけど結局、僕の立場は変わりませんでした。
どうなっちゃうの僕?
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