生贄は大人気?

 勝ち誇る霊樹の精霊さん。その服をつんつんと引っ張る者がいた。

 ごぼう……ではなくて、霊樹の木刀を大切に抱きかかえたアレスちゃんだった。


「ちがうちがう」

「何が違うと言うのだ?」

「エルネアはアレスのものよ?」

「いやいや……うーん。まあ、僕はこのなかだと、確かにアレスちゃんのものかもね」


 所有物じゃないんだけど。

 精霊王の誰かに捕まって知らないところで永遠を送るくらいなら、アレスちゃんのもので良いと思います。


「ふむ。其方がそう言うのなら、仕方ない」


 すると、霊樹の精霊さんは意外にも素直にアレスちゃんの言葉を聞き入れた。

 なんだか、二人はお母さんと娘みたいな感じだね。

 アレスちゃんは霊樹の精霊さんの言葉にうんうん、と嬉しそうに頷き、僕に抱きついてくる。

 僕はアレスちゃんを抱きかかえた。


「ふうう、良かった。これで一件落着だね」

「其方はなにを言っている?」

「そうだわ。なにが一件落着よ!」

「問題はこれからだ」

「えええっ」


 精霊王の争いも収まり、僕の身の安全も確保されたので、精霊たちの騒ぎはいち段落したと思ったのは、僕だけだったらしい。


 解かれていた精霊王たちの輪が、また僕を包囲する。


 いったい、僕がなにをしたっていうのさ!?


 ずずいっ、と迫る精霊王たちの気配に、僕はたじろぐ。


「そ、そういえば……。そもそも誰が精霊の里を破壊したのかな? 精霊たちはそれで怒っていたんだよね。そして、この騒動と僕を誘惑することと、なんの関係があるの?」


 そうです、忘れてはいけません。

 そもそもは、精霊の里が何者かに破壊されたことで精霊たちが怒り、暴れだしたことにたんを発するんだ。


 精霊の里は、ユーリィおばあちゃんがほとんど修復を終えていた。

 幾つもの石の塔を修復したユーリィおばあちゃんは、七色の光の柱が包み込んでいる古木の根もとで、少し疲労感を見せつつ座り込み、こちらの様子を見守っていた。


 石の塔は何色もの淡い光に包まれていて、森の一部をほんわりと優しい色に染めあげていた。

 多くの精霊たちはユーリィおばあちゃんの周りで落ち着きを取り戻し、怒りの感情を消している。

 未だに満足していない精霊もいるけど、それはユーリィおばあちゃんが召喚した精霊さんたちがなだめたり遊んであげたりしながら対応していた。


 そうそう、ミストラルとルイセイネも頑張っているよ。

 一生懸命、奪われた衣服を取り返そうと走り回ってます。

 うん。危険性は見当たりません。実に楽しそうな風景です。


 平和を取り戻しつつある精霊の里と精霊たち。

 だけど、根本の原因を解決しないと、また騒動が再燃しかねないよね。

 いったい誰が、精霊の里を破壊したのか。

 犯人の思惑とはいったいなんなのか。


 僕の疑問に、精霊王たちは顔を見合わせる。

 そして、ユーリィおばあちゃんが優しい笑みを浮かべながら、とんでもない事実を口にした。


「精霊の里はねえ。その子たちが自分たちで壊したのよ」

「えええぇぇぇっっ!」


 衝撃の事実に、なにをやってるんですか、と精霊王に詰め寄る。

 精霊王たちは、その圧倒的な存在感は何処へやらと言わんばかりに、僕から目を逸らす。


「さあ、白状しなさい。なんで自分たちの家を壊したのかな!?」


 正座です!

 悪い子は、正座をして反省ですよ!


 びしっと地面を指差す僕。

 だけど、精霊王たちは誰ひとりとして正座をしなかった。

 逆に「火に焼かれて永遠を過ごすか」とか「水の世界で永遠を送りましょう」なんて恐ろしいことを言われて、僕は身の危険を感じ、ユーリィおばあちゃんの背後に逃げ込んだ。


「ふふふ、困ったわねえ」

「おばあちゃん、のんびりと休んでいる場合じゃないですよ。早く精霊たちが暴れた原因を突き止めないと、僕の永遠が奪われちゃいます」

「永遠は困ったわねえ。少しだけならいいかもしれませんけどねえ」

「駄目ですよ。僕は秋にはみんなと結婚するんですから。色々と準備をしなきゃいけないから、今は少しでも駄目です」

「でもねえ。困ったわねえ」


 ユーリィおばあちゃんは、本当に困ったように考え込んでいた。

 精霊王たちは、ユーリィおばあちゃんには危害を加える気がないのか、僕を肉食獣のように狙いつつも、大人しくしている。

 僕はアレスちゃんを抱いたまま、ユーリィおばあちゃんの背後に隠れて話を進める。


「おばあちゃん、精霊たちはなんで自分たちの里を壊しちゃったの?」


 精霊たちに聞くよりも、ユーリィおばあちゃんに聞いた方が早そうだね。

 ユーリィおばあちゃんは、今回の騒動では最初から落ち着いていた。精霊の里を破壊した犯人も知っていたし、もしかして最初から騒動の核心に気づいていたんじゃないのかな?


「それがねえ、とても困っているの。精霊たちが増え過ぎちゃったみたいねえ」

「どういうことですか?」

「精霊もね、人や竜や獣と同じように、平和だと数を増やすのよ」


 ユーリィおばあちゃんは、ゆっくりとした口調で教えてくれた。


 竜の森には、多くの精霊たちが暮らしているという。

 スレイグスタ老に守護された、深く清らかな森。

 特段、精霊は森にしか住めない、というわけではないけれど、この森には耳長族も住んでいる。

 精霊たちにとっては、この上ないほどの楽園なのだとか。


 竜の森では、魔物が出ない。

 肉食系の動物や魔獣も少しだけ生息しているけど、それはどこでも一緒。むしろ、魔獣は僕たちと仲良しということで、森のなかの方が平和なくらいだ。

 遥か昔からスレイグスタ老と耳長族に護られてきた竜の森は、動物や人族だけでなく、精霊たちにも住みやすい場所になっていた。

 そして平和だと、人と同じで精霊もたくさんの子供を産むことができる。


 精霊と人では子孫の残し方が違うけど、導かれる結果は同じになる。


 竜の森は広いけど、限りある土地だ。

 すると、数を増やした精霊たちは過密になっていく。

 そう、アームアード王国の王都の人口密度が高いように、現在の竜の森は、精霊の密度が高いんだ。


「それで、精霊たちは不満を持って精霊の里を破壊したんですか?」

「耳長族はね、精霊とともに生きるのよ。精霊を使役して働いてもらう代わりに、面倒を見るのねえ」


 精霊の里とは、精霊たちが住む場所ではなかった。

 耳長族が、自然界に暮らす精霊たちと交信するために作った場所なのだとか。


 竜の森だけではなく、世界の至る所に宿り、存在する精霊たち。だけど人族が普段から精霊を目にしないように、耳長族も意識しないと認識できないらしい。


 耳長族にも個人差があって、相性の良い属性しか認識できない人、認識できても使役できない人がいる。

 なかにはプリシアちゃんやユーリィおばあちゃんのように、霊樹の精霊を認識できたり使役できる特別な人がいたりするけど、ほとんどの耳長族が認識さえできないようにね。


 でも、耳長族と精霊は共存共栄の関係なんだ。

 耳長族の一方的な能力や都合だけで精霊と関わりあうのは公平じゃない。

 そこで、耳長族は精霊と交信しやすい場所「精霊の里」を作った。

 積み上げられた石は、精霊力とともに耳長族の思いやりが詰まっている。自然界に暮らす精霊は、石の塔を通して耳長族に心を伝える。


 ユーリィおばあちゃんは石に語りかけていたように見えたけど、じつは石を通して精霊たちと語り合っていたんだね。


「耳長族の人たちは、精霊の里で多くの精霊と接するんだね」

「耳長族のお役目のひとつねえ。精霊たちも、ここに来れば私たちと気安く触れ合えると知っているからねえ」

「……それで、自分たちの意思を表すために、精霊の里を壊したんですか。増え過ぎたから、耳長族にどうにかしろと?」

「ふふふ。どうにかしてほしい、かしらねえ。少し荒っぽいけれど、そうでもしないと耳長族にも危機感が伝わらなかったのねえ」

「でも、増え過ぎた自分たちのことを耳長族に任せるなんて、それは共存共栄という関係に平等な行為なんですか?」

「精霊たちには、新しい土地が必要なの。そのためには、耳長族の協力が必要不可欠なのよ」


 どういうことですか、と聞く僕に、ユーリィおばあちゃんは精霊王たちを示す。


「あの子たちは、この地域の精霊たちの親みたいなものねえ」

「属性ごとに、精霊王を頂点としてまとまっているんですよね」

「そうねえ。違う属性とも仲良く、あの子たちを中心に竜の森の精霊たちは平和に暮らしているの。でもねえ、他の地域に行けば、その地域にも精霊王はいるのよ」

「と、いうことは……」


 過密になった竜の森の精霊たち。

 解決方法としては、住む場所を広げるか、別の地域へ引っ越すかだよね。


 住む場所を広げるということは、竜の森を広げるということになるのかな。

 もしかして、霊樹の精霊さんが僕の実家を小さな森にしたり、僕が悪さをしたら人族の住む場所を森に変えると脅すのは、過密問題があったからなのかな?

 考え過ぎかな?


 ただし、竜の森を広げても、平原だった場所にも元々からそこを住処すみかにしている精霊はいるだろうし、そこにはそこの精霊王がいる。

 すると、人でいうなら領土問題に発展しちゃうのかな?

 聞くと、ユーリィおばあちゃんは優しく頷いた。


「引っ越すにしても、よその土地の精霊たちと仲良くできなきゃねえ」

「占領なんてできないですしね」

「できれば穏便にねえ。そのために、耳長族が動くのねえ」

「現地の精霊と移住希望の精霊の仲介役をするんですね?」

「そうねえ。移住する精霊たちと一緒に一部の耳長族も移り住むのね。そして現地の精霊たちと仲良くなれるようにとりもつの。大切な役目ね。耳長族は、そうやって世界中に広がっていったのよ」

「なるほど、耳長族の歴史は精霊とともに、なんですね。そして、まさに共存共栄って感じです」


 つまり、精霊たちは新しい住処を求めている。

 増え過ぎた家族を移住させるための土地を早急に探しているんだ。

 そして耳長族に仲介してもらいたい。

 なのに、耳長族は精霊たちの救難信号をうまく受け取ることができずにいた。

 それで、精霊の里を壊して緊急性を伝えたってことだね。


「でもねえ、困ったわねえ」

「はい、困りましたね……」


 僕とユーリィおばあちゃんはどうしましょう、と見つめ合う。


 精霊たちの問題を根本から解決する方法は目の前に見えている。

 移住する精霊とともに、耳長族の一部の人たちが新天地を目指せばいい。

 だけど、答えは見えていても、超難関だ。

 なぜなら、その新天地がないのだから。


 耳長族は、深い森に住む。

 人族のように、安全な場所ならどこでもいい、というわけにはいかない。人族が自分たちで森を切り開いたりするように、耳長族が新たな森を作るという手段はあるかもしれない。

 でも、森って数年程度じゃできないよね。何十年、場合によっては何百年と育まないと、深い森は完成しない。


 人族のように、短期間で移住はできない。

 すぐに移れるとしたら、それは元々から存在している森へ、ということになるよね。


「森かぁ……」


 実は、心当たりがないわけじゃないんだよね。

 だけど……


「北の地に、ウランガランの森という場所があるんですけど……」

「でもそこは、獣人族の方々が住む場所だわねえ」

「そうなんですよね。深く清らかな森なんだけど、獣人族の生活圏なんです」


 耳長族は、住む森に迷いの術をかける。

 精霊とともに、静かに暮らすためということを今回の件で知ることになった。


 物語などでは、耳長族は排他的な種族と書かれていることが多い。

 本当は耳長族も社交的で愉快な人たちなんだけど、迷いの森の奥で暮らしているから、排他的と思われちゃうんだね。


 ウランガランの森は、精霊と耳長族にとって魅力的な森だと思う。

 でも、ウランガランの森に迷いの術をかけちゃったら、先住民の獣人族が困っちゃう。

 だから、自分から口にしたんだけど、ウランガランの森は勧められないんだよね。


 若い頃は世界中を旅したというユーリィおばあちゃんは、過去の記憶から適切な場所を探すように思考に沈む。

 僕もユーリィおばあちゃんには敵わないけど、いろんな場所に行ったりした。そして、たくさんの自然を見てきた。


 竜峰。

 アームアード王国の西に広がる、壮大な山脈地帯。

 手付かずの森や前人未到の地が存在する場所。

 だけど、耳長族には厳しすぎる。

 狡猾こうかつな魔獣や魔物が跋扈ばっこし、竜族が我が物顔で生息している。

 もしも耳長族が竜峰の森を選んだ場合、僕もなにかしらの協力ができるかもしれない。だけど、自然そのものが厳しすぎる竜峰では、耳長族の生活が困難になっちゃう可能性があるよね。


 もうひとつ、実は思い当たる場所がある。

 でも、あそこは許可のない人は出入りできない場所だし……


「ちなみに、精霊王が僕を誘惑したのはなぜなんですか?」


 精霊の里を破壊した犯人たちと、犯行理由はわかったよね。

 すぐに解決できるような糸口が見つからないんだけど。

 でもそれで、なぜ僕が精霊王に誘惑されたのかがわかりません。

 なにか繋がりでもあるのかな?


 僕の疑問に、ユーリィおばあちゃんは思考の海から意識を戻して、困ったように笑みを浮かべた。


「私たちもねえ。困った問題に仕方なく目をつむる時があるわね。でも、我慢するためにはご褒美ほうびも必要ですかねえ」

「ま、まさか……。僕はご褒美ですか!?」

「エルネア君は特殊な子だからねえ。耳長族でもないのに、精霊に愛されているから」


 うんうん、と頷くアレスちゃん。


「エルネア君を手に入れる代わりに、その属性の子たちは新天地が見つかるまで小さくまとまって大人しくしておく。そうすると、他の属性の子たちの過密が少しだけ緩和されますからねえ」

「だめだめっ。おばあちゃん、それは駄目な選択肢ですからね!」

「ふふふ、わかっていますよ。だから、困ったわねえ」


 いやいや、ユーリィおばあちゃん。貴女はなぜ、僕をここに連れてきたのでしょうか。

 精霊を使役できない僕を連れて来た理由は、まさか……?


 気のせいですよ、と笑うユーリィおばあちゃんが少しだけ怖く見えた。


 そういえば、ユーリィおばあちゃんはプリシアちゃんの曽祖母なんだよね。しかも、若い頃には世界中を旅して回ったほどの行動派。

 目的のためには手段を問わず、最終的には目的を忘れるプリシアちゃんの性格は、厳しいお母さん譲りではない。


 まさか……!?


「エルネア君には、アレスちゃんが憑いていますからねえ。精霊王といえども、霊樹の精霊には逆らえないから。ふふふ、まさか霊樹の精霊王とも親しかったとは思わなかったですけどねえ」

「あ、ああ、なるほど。つまり、アレスちゃんに説得してもらおうとしたわけですね。解決の糸口が見つかるまで、待っていてと」

「そういうことねえ」


 ふうう、よかった。

 どうやら僕は、生贄ではなかったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろしたけど、現状はなにも発展していない。


 ううん、現状は悪化したのかもしれない。


 服を取り戻したミストラルとルイセイネが、精霊王よりも怖い気配で僕に迫りつつあった。


 いやいや、衣服を奪ったのは僕じゃないですよ!?

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