行方不明が約一名

『あのねあのね。火の精霊ちゃんがいじめるの』

「いじめは駄目だよ。反省しようね」

『ちがうんだよっ。水の精霊ちゃんと遊びたいんだよ』

「じゃあ、仲良く遊ぼうね」


 ユーリィおばあちゃんに教えてもらった。


 平たい石を手に取って、優しく語りかける。すると精霊たちがこちらの声に反応して、手にした平たい石を通して意思を伝えてくる。

 精霊の不満を聞いたり、他愛もない話を聞いたり。たまにお願いを受けたり、要望されたり。

 人の言葉が話せない精霊も、石を通すと意思が伝えられるみたい。

 まあ、僕たちは石がなくても万物の声を聞くことができるんだけどね。


 ある程度の精霊たちが満足すると、手にしていた平たい石に精霊の想いが宿って、淡い光を放ち出す。

 そしたら発光しだした石を置き、もう少し小さい石を新たに手に取る。

 これを何度も繰り返し、大きい石から順番に積んで石の塔を作ると、それが精霊の里になった。


『お腹が空いたよー』

「残念ながら、僕に精霊力はないんだよ」

「あげないあげない」

「アレスちゃん、協力してね」

「プリシアをつれてくる?」

「いやいや、それは危険な判断だね」


 ありとあらゆる精霊たちの気配に埋め尽くされた精霊の里にプリシアちゃんをつれて来たら、大変なことになっちゃうよ。

 ユーリィおばあちゃんも最初から予想していたんだろうね。

 プリシアちゃんの、誰とでも仲良くなれる能力は絶大だけど、ここにつれて来たら騒動が収まるどころか、大惨事になるのは目に見えている。

 だから、プリシアちゃんだけは呼び寄せたら駄目なんだよ。


 なぜかミストラルとルイセイネに叱られた僕は、ユーリィおばあちゃんを手助けするように、平たい石に語りかける罰を受けていた。


 これって本当に罰なのかな?

 疑問は置いておいて。


 ご飯が欲しいとか、契約しようという無理難題は僕の手に負えないので、ユーリィおばあちゃんにお願いする。だけど、それ以外の雑談や小さなお願い事は、僕も親身になって聞いていた。


 僕の隣で、ユーリィおばあちゃんも同じように平たい石に語りかけていた。

 石は、あともう少しだけ残っている。


 相変わらず聞かん坊の精霊がいるけど、それはユーリィおばあちゃんの召喚した精霊さんたちが変わらず対応していた。

 精霊王は顕現したままだけど、こちらの妨害はもうしてこないみたい。背後で、どこから取り出したのか謎のお茶を飲んで、寛いでいる。


 そして、僕をお叱りになった竜姫と巫女様はというと……


「お、お待ちくださいっ」

「こらっ!」


 いたずら好きな精霊たちに、またもや服を狙われていた。


 仕方ないよね。

 精霊はよくいたずらをする。

 さっきまでの精霊は二人を裸にして満足したけど、他にもそういった精霊はたくさんいるんだ。


 せっかく着直した服を、隙あらば剥ぎ取ろうとする精霊たち。

 精霊たちの小さな流行はやりになっているのかもしれないね。

 そして、精霊たちは二人の弱点を把握しているのか、大人の姿や男性の姿をした状態では襲わない。可愛い動物の姿をした精霊や少女の精霊たちが、きゃっきゃうふふと騒ぎながら、ミストラルとルイセイネの服を引っ張っていた。


「駄目ですよ。そこは引っ張ってはいけません」

「いい加減にしなさい。本当に怒るわよ。……エルネア、なにを楽しそうにこちらを見ているのかしら?」

「気のせいだよ?」

「エルネア君、助けてくださいっ」

「ううっ、助けに行きたいんだけど、僕はユーリィおばあちゃんのお手伝いをしなきゃいけないし」

「嘘をおっしゃい。鼻の下が伸びてるわっ」

「き、気のせいだよっ」


 僕に精霊との語らいを命じたのは、ミストラルとルイセイネですよ?

 僕は使命を全うしなきゃいけないんだ。

 助けたいんけど……

 ううむ、残念だ。ごめんね。


 またもや衣服を脱がされていくミストラルとルイセイネが色っぽい。

 普段は肌の露出を絶対にしないルイセイネの、細い肩が露わになる。ミストラルの艶やかな太もも。二人の残念なお胸様。

 全てが眼福がんぷくです。


「ふふふ、あとが怖いわねえ」

「はっ。おばあちゃん、助けてくださいね?」

「仕方がないわねえ」


 ユーリィおばあちゃんは、甘える僕に優しい笑みを返してくれた。

 僕は心強い味方を手に入れた!


「お、おやめください……」

「ちょっと、こらっ!」


 精霊たちを満足させないといけない、という目的のなか。怒ったり手をあげたりして精霊たちを逆に不満にさせてはいけない。すると、ミストラルとルイセイネは抵抗のしようがなくなって、精霊たちから一方的に攻められていた。


「あのねあのね。私たちも参加したいの」

「ねえねえ、なんで招んでくれないの?」

「結婚の儀ってどんなものなの?」

「きょうみしんしん!」


 ミストラルとルイセイネの衣服を奪いながら、精霊たちがなにやら言い寄り始めた。


 むむむ。

 これは危険な流れですよ、お二人さん!


「参加したいなー?」

「行ってみたいなぁ?」

「仲間はずれは嫌よ?」

「楽しい宴に参加できたら、今の不満も我慢できるのにね!」


 ルイセイネの下着を奪った鳥型の精霊は、森のどこかへと飛んでいく。

 ルイセイネは顔を真っ赤にしながら飛んで行った精霊を追おうとし、僕を見てへたり込んだ。


「わ、わかりました。わかりましたから、どうかお返しくださいっ。お願いしますから……」


 もう、ルイセイネは涙目ですよ。

 そろそろ、勘弁してあげてね。


「参加だ参加だ」

「やったー!」

「みんなで行こう」

「ルイセイネ……」

「ご、ごめんなさい。ですが……」


 ルイセイネと同じように衣服を奪われたミストラルは、少し疲れたように肩を落として、いたずらばかりする精霊と、羞恥しゅうちのあまり一方的な要望をのんでしまったルイセイネを苦笑しながら見つめていた。


 ちなみに、ミストラルもすでに裸です。


「つるつるぺったんこ」

「こ、こらっ。アレスちゃん!」


 アレスちゃんの余計なひと言のせいで、僕はミストラルとルイセイネに睨まれちゃった。


 そして、精霊たちの思惑を知る。


 精霊たちは、最初からこれが目的だったんだ。

 僕が二人に睨まれることじゃないよ。

 そう。僕たちの結婚の儀に招待してもらうこと。これこそが、騒動を起こした精霊たちの本当の企みだった。

 精霊たちの過密問題とか、それは本命の悪巧みを隠す仕掛けだったんだ。


 まだまだ、精霊の里の周りには不満そうな精霊たちが漂っていたというのに。

 ルイセイネからの言質をとると、満足そうに散り始めた。

 なんと、お茶をしていた精霊王たちも満足そうな笑みで消えていった。


「おやまあ。大変になったわねえ」


 全然大変そうに感じていない風のユーリィおばあちゃんは、落ち着きを取り戻した精霊たちを優しく見送っていた。


「お二人とも、ごめんなさい……」

「ううん、ルイセイネが悪いわけじゃないよ」

「そうね。エルネアが悪いのよ」

「えええっ、僕が悪いの?」

「そうです。エルネア君は鼻の下を伸ばすだけで助けてくれませんでした」

「違うよっ、誤解だよっ」

「男の子だねぇ」


 返してもらった衣服を、僕の視線を気にしながら着込むルイセイネ。

 はい。もちろん僕の視線は釘付けですよ。

 ミストラルも服を着ながら、すけべな僕と恥ずかしがるルイセイネを苦笑しながら見ていた。






「大長老様!」


 落ち着きを取り戻した精霊の里。

 これまで以上に美しく七色に輝く光の柱は空の彼方かなたまで続き、緩やかな弧を描いて虹になっている。

 積み上げられた石の塔は柔らかな光に包まれていて、見ているだけで心が安らいでくる。

 意識すれば、陽気な精霊たちが楽しそうに周囲を飛び交う気配を感じ取ることができた。


 精霊たちが元凶の騒ぎは収束したんだ。

 僕たちは騒動が終わり、ほっとひと息入れていた。

 すると、精霊の里に向かう途中で離脱していった耳長族の人たちが次々と駆けつけて来た。

 全員が疲れた表情で、なかには衣服が汚れている人もいたけど、大怪我を負っている人は誰ひとりとしていなかった。


 そうか。

 耳長族の人たちを見て、納得する。


 耳長族と精霊は共存共栄の関係で、決して争う関係じゃない。

 今回は、精霊の里が壊れて精霊たちが暴れ出した。精霊の里に向かう途中で精霊たちの妨害があったけど、命のやり取りのような恐ろしいものじゃなかったんだね。

 精霊たちは不満を耳長族にぶつける。耳長族の人たちは、僕やユーリィおばあちゃん、またはミストラルやルイセイネと同じように、全身全霊で精霊たちを満足させる。

 ただし、戦ったりというわけじゃなくて、一緒に遊んだりいたずらに付き合ったり。


 夏なのに真冬の状態になっていた村から出発するときに、誰も冬装備にならなかった理由。

 それは、自然のままに精霊たちと向かい合うため。

 暴れていたのは、雪の精霊だけじゃない。火や水や風や土、全ての精霊が騒いでいる状態で、ひとつの事象に合わせて準備をしても意味がないから。

 そして、耳長族は最初から十分に知っていた。

 命の危険はない。ただし、精霊の相手をするのは疲弊する。場合によっては、何日も付き合わなきゃいけない。


 まったくもう。

 村を出るときに、しんみりと別れを惜しむ姿を見ていたせいで、命の覚悟をして出て来たと勘違いしちゃったよ。

 あれはただ、精霊たちが満足するまで何日も帰ってこられない、という別れの挨拶だったんだね。


 近場に他の村を持たない耳長族は、あの村が唯一の帰る場所なんだ。

 だから、数日でも村を離れるということは、辛い別れなのかもしれないね。


 精霊の里に集合した耳長族の人たちは全員が疲れきっていたけど、誰もが使命を全うできたと満足そうな顔をしていた。

 そして、修復された精霊の里と落ち着きを取り戻した精霊たちに安堵していた。


「良かった。一時はどうなることかと……」

「それで、精霊たちがいつもにも増して暴れていた理由はなんだ?」

「精霊の里を破壊した者と、その理由は?」


 耳長族の人たちに、ここでの顛末てんまつを話す。

 すると、なぜか非難の目で見つめられました!


「やはり、エルネアのせいか」

「精霊たちもわがままだからなぁ」

「つまり、俺たち耳長族も巻き込まれた被害者と言えるわけだよな?」

「ふぅん。そうなると、お詫びが欲しいわね」

「……はいはい。あなた達も招べば良いわけね」


 もうね。ミストラルもルイセイネも、諦めの表情です。

 獣人族が増え、魔獣が増えて。もうこうなれば、精霊や耳長族が増えても誤差の範囲だよね。

 膨れ上がる結婚の儀の招待客に、二人は脱力していた。


「でも、ちょっと待って。そもそも精霊が増え過ぎて不満を持っていたことに気づかずに、この状況になったのは耳長族の人たちのせいじゃないかな?」


 僕の疑問に、耳長族の人たちは一斉に視線を逸らす。

 ユーリィおばあちゃんも、楽しそうに視線を逸らしています。


「いや……。これは、その……」


 言いよどむ耳長族の人たち。


「仕方ないなあ。大目に見てあげるから、少し手伝ってもらおうかな」

「な、なにをしろと言うのだ?」

「破壊行為には手を染めんぞ!」

「お願いだから、結婚の儀には招んでよね?」

「うん。みんなを招待するのは変わらないんだけど」


 一件落着に思える精霊たちの騒動。

 でも、忘れちゃいけません。


「ええっとね。朝方、精霊の暴走が始まったときにね。護衛をしていた生徒や冒険者たちが行方不明になっちゃったんだ。きっと精霊たちの仕業なんだろうけど」

「あああ。そりゃあきっと、森のなかで迷っているな」

「うん。だから、生徒たちを見つけて森の外に連れ出すのを手伝ってほしいんだ」

「なるほど、それは手伝うしかないな」

「仕方がない、あともうひと働きするか」


 こうして、最後の仕事に僕たちは腰をあげた。


 手分けして、竜の森の迷いの術に飲み込まれてしまった生徒たちを探す。

 耳長族だけではなく、問題の元凶になった精霊たちや暇な魔獣たちも手伝ってくれた。


 そうして、日が暮れるまでには、ほぼ全ての人を救出することができた。

 ある生徒たちは、延々と森を彷徨さまよい歩いていた。ある冒険者は、こういうときには無闇に動かないことを知っていて、安全そうな場所に待機していた。

 とあるお父さんは、魔獣たちに追い回され続けていた。

 そんなみんなを救出し、全員で森から出たとき。

 僕たちは異様な光景を目にすることになった。


「みなさん、どうしたんですか?」


 アームアード王国の王様を筆頭にして。

 王妃様や兵士たち、さらには巫女様や神官様。それだけでなく、一般の人たちまでもが神妙な顔で竜の森に向かい、お祈りを捧げていた。


「おおお、エルネアか!」


 僕を確認した王様が、慌てて走り寄ってくる。


「竜の森に天変地異が起きたのだ。おそらく、竜の森の守護竜様がお怒りなのだ。どうか、守護竜様のお怒りを鎮めるために協力してくれ。そうしないと、儂らは滅んでしまう」

「あああぁぁぁ……」


 もうひとつ問題が残っていたね。

 そりゃあ、竜の森に深い霧が立ち込めて、そうかと思ったら雪が降ったり火煙の雲が渦を巻いたり、研修に出ていた人たちが忽然こつぜんと消えたりしたら、事情を知らない人は世界が終わりそうな異変に見えちゃうよね。


 耳長族や僕たちは気不味きまずさのあまり、全員で顔を見合わせて苦笑した。

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