騒がしさの多重奏

 今回の研修で、生徒たちは改めて、竜の森の偉大さと傷つけてはならないという教えを確認することができたらしい。

 ううん、生徒たちだけじゃない。

 護衛として参加した冒険者たち。さらには王都に住む人々もまた、天変地異に包まれた竜の森を見て畏怖いふを感じ、偉大さを知った。


 と、王様や国のお偉い様たちから疲れたように聞かされたのは、後日のことです。


 ちなみに。


「ねえ、エルネア君。スラットンを探してくれないかしら?」

「やあ、クリーシオ。無事で良かった」

「私は無事だったのだけれど。スラットンが行方不明のままなのよ」

「むむむ、それは困ったね」

「あの人、俺がどうにかしてやる、と言って吹雪のなかに入って行ったっきり……」

「それは心配だよね」

「いいえ、あまり?」

「……まあ、今日は陽が暮れちゃうし、明日以降でいいかな?」

「気が向いたときでいいのよ」


 という会話をクリーシオと交わしたのは、竜の森の前でお祈りをする人々を落ち着かせて帰ってもらった後のことです。

 そして、スラットンは南の湖のほとりでぽつんとたたずんでいるところを発見された。


「おお、エルネアよ。俺は短期間で竜の森を縦断したぞ。すげえだろう?」

「うん。僕たちもその気になれば竜の森を彷徨さまよえるよ。スラットンは迷っただけだからね?」


 と、迷惑な迷子をクリーシオに届けたのは翌日のことだった。


 僕たちは野外研修を見守るという使命を全うし、意気揚々と実家に帰った。


 うん。結婚の儀の招待客が増えた問題は、これからみんなで考えようね。






「ただいま!」


 元気よく実家の玄関をくぐる僕。

 ミストラルとルイセイネも僕のあとに続いてお屋敷のなかに入る。

 すると、困り果てた末に気配を殺してしまい、お屋敷の片隅で小さくなっているライラの気配を読み取る。


「ライラが帰ってきてるみたい。だけど、なんだか落ち込んでいるみたいだね。どうしたんだろう?」

「ライラさんがヨルテニトス王国から帰ってきているのですね。ですが、なぜ落ち込んでいるのでしょう?」

「変ね。王様に会ったはずなのに落ち込んでいるなんて。今さら別れが辛かったわけでもないでしょうに」

「ちょっと様子を見てくるね」

「わたくしも同行いたします」

「そうね。気になるわ」


 ということで、出迎えてくれた母さんたちへの挨拶も早々に、僕とミストラルとルイセイネは、ライラが隠れている場所へと向かう。


「ライラ、ただいま。どうしたの?」


 ライラに与えられた部屋の片隅。家具と家具の隙間に挟まって、ライラは膝を抱えて丸まっていた。

 部屋に入ってきた僕を見るライラは、とても困った表情だ。

 今にも泣き出してしまいそう。


「ライラ?」


 優しく声をかけて、彼女を抱き寄せる。

 すると、ライラはしくしくと話してくれた。


「陛下と王都で会えませんでしたわ」

「ええっ、どうしたの?」


 実はライラは大切な用事で、レヴァリアとともにヨルテニトス王国へ行っていた。

 過去に色々な事情があったけど、現在では王様に溺愛できあいされているライラ。

 今秋、いよいよ僕と結婚するということで、晴れの衣装はヨルテニトス王国が準備することになっていたんだ。それで、衣装合わせのついでに招待状を届けに行ってもらっていたんだけど。


 お互いがあんなに会いたがっている王様とライラが王都で会えなかっただなんて、いったいヨルテニトス王国ではなにが起きているのかな?

 僕だけじゃなく、ミストラルとルイセイネも不安そうな表情でライラを見た。


「いいえ、ごめんなさいですわ。王様には会えました。ですが……」


 沈痛な表情で僕を見つめ、抱きついてくるライラ。

 僕はライラを落ち着かせるように、背中を優しくさすってあげる。


「陛下はすでに、移動中でしたわ」

「移動中?」

「はい。私とエルネア様の結婚の儀に間に合うように、すでにあちらの王都を発って、アームアード王国へと向かう途中でしたわ」

「なるほど。飛竜でもない限り、来るだけでも日数がかかっちゃうからね。でも、なんでそれが悲しいの?」

「陛下と少しだけしか、お話しができませんでしたわ」

「……こっちに着いたら、いっぱい会おうね」

「はい。そのときは、エルネア様もご一緒に」

「うん、そうだね」


 なぁんだ。ライラはヨルテニトス王国でゆっくりと王様に会えなかったから、落ち込んでいるんだね。

 心配しちゃったじゃないか。

 僕たちは苦笑する。

 だけど、ライラは別のことで落ち込んでいたのだと、このあとに知ることとなった。


「あのう……そのう……」


 なにかを言いたい。だけど勇気がなくて言えない。そんな表情で僕を見つめるライラ。

 どうしたの? と促すと、ライラは躊躇ためらいがちに口を開いた。


「すごい行列でしたわ」

「んん? なにがかな?」

「陛下とご一緒にアームアード王国へと向かう方々ですわ」

「王様は確か、地竜のグスフェルスに騎乗して来ているんだよね?」


 下半身が不自由な王様は、愛馬ならぬ愛竜のグスフェルスに乗ってやって来ると前々から聞いていた。


「はい。ですが、それだけではなく……。竜騎士団の方々や、貴族の方々も……」

「向こうでもたくさんの人にお世話になっちゃったからね。その人たちが一緒に来ているのかな?」

「……はい」


 歯切れの悪いライラの返事。

 嫌な予感がしますよ。


 そもそも、ヨルテニトス王国からのお客さんはそれなりの人数を想定していた。

 王様だけじゃなく、貴族の人たちとも親交を持っているからね。竜騎士の人たちや、向こうに生息する竜族たちも招待したいと思っていたし。

 だから、ライラには招待状をいっぱい持って行ってもらったわけだけど……


「な、何人くらいの行列だったのかな?」


 恐る恐る、ライラに聞く。

 ライラは僕の腕のなかで震えながら、消え入りそうな声で答えた。


「千人以上いると、レヴァリア様が仰っていましたわ」

「……」


 気のせいかな。聞き間違いかな。

 せんにん?

 千って、どんな単位だっけ?


 ごめんなさい、ごめんなさい。と僕の腕のなかで小さくなって泣くライラ。

 僕はそんなライラを、大丈夫だよ、と強く抱きしめる。


「ライラ、これは謝ることじゃないよ。喜んでいいんだよ」


 ライラは不思議そうに僕を見た。

 大きな瞳に涙をいっぱい浮かべちゃっているよ。あふれた大粒の涙が頬を伝ってこぼれ落ちている。

 僕はライラの涙をぬぐいながら、笑顔で言う。


「だってさ。それだけ多くの人や竜がライラを祝福してくれているんだよ。ライラの幸せな姿を見たいから、みんなは遠いところから向かって来てくれているんだよ」

「そうね。エルネアの言う通りだわ。貴女はみんなに愛されているのよ」

「そうですよ、ライラさん。これは幸せなことですよ」

「うんうん。それにさ。ミストラルとルイセイネも、竜の森で招待客をいっぱい増やし……痛いっ!」


 ライラを元気づけようとしていたんだけど、拳骨げんこつがふたつ飛んできた。

 僕もライラと一緒に泣こうとしたけど、ライラの顔にはもう涙はなかった。

 嬉しそうに微笑んでいる。

 僕は痛い思いをしたけど、ライラに笑顔が戻ったのなら、それでいいや。


 ライラは、招待客が増えたことに責任を感じていたんだね。

 だけど、招待状が遅れたのは僕たち全員のせいだし、ライラがひとりで困ることじゃない。

 僕たちはお互いの傷を舐めあいながら、数日ぶりの再会を喜んだ。


 だけど、ここまで来ると、あとの二人も心配です。

 そういえば、一番危険な二人はどこに消えたのかな?


 元気を取り戻したらライラを連れて、母さんたちと合流する。

 レヴァリアも珍しく庭にいるので、外でお茶をしようということになった。


 母さんも、すっかり竜族には慣れっこになっちゃった。

 レヴァちゃんレヴァちゃん、と気安く近づくくらいに……


 木陰に敷物を広げて、お互いの活動を報告し合う。

 ライラは、ヨルテニトス王国での出来事。ほぼほぼ、王様とのお話だ。

 僕たちは竜の森の異変について面白おかしく話す。

 母さんたちは、顔を青くしたり笑ったりしていた。


 そこへ、危惧きぐしていた二人が帰ってきたのは、ちょうどスラットンの迷子話に花を咲かせていたときだった。


「エルネア君、おかえり」

「エルネア君、ただいま」

「ユフィ、おかえり。ニーナ、ただいま」


 どこへ出かけていたのやら。

 ユフィーリアとニーナは、さもいつも通りかのように僕たちの輪に入って、お茶を所望する。

 だけど、そうは問屋が卸しません。


「ユフィ、ニーナ、どこに行っていたのかしら?」

「そうですよ。お二人は残って作業の続きをするはずだったのでは?」


 僕は生徒と冒険者の見守り役。ミストラルとルイセイネは、そんな僕の監視役。そしてライラは、ヨルテニトス王国を訪問中。

 そんななかで、ユフィーリアとニーナにも大切な仕事が割り振られていた。


 王都周辺の関係者たちには、すでに招待状を配り終えている。

 それで、特に用事のない双子の姉妹には、引き出物の作成をお願いしていたんだ。

 二人だけで作るなら、部屋にこもって作業するとか言っていたのに。

 いったい、どこで遊んできたのやら。


 僕さえもため息を吐く理由は、二人のよそおいにあった。


 ユフィーリアのおでこは赤くれていた。

 ニーナは服を汚し、すそがほつれていた。


 絶対に、外で騒いできた証拠だよね!


 僕たちの追求に、ユフィーリアとニーナは気まずそうに視線を逸らす。


 おお、なんということでしょう。

 嫌な予感しかしませんよ。


「違うわ。セフィーナの罠にかかったのよ」

「間違いだわ。セフィーナに負けるなんて」

「……気晴らしにセフィーナさんのところに遊びに行ったんだね。そして、賭けをしたんだね。もしもユフィとニーナに勝てたら、セフィーナさんのお願いを聞くって」

「さすがはエルネア君だわ。言わなくてもわかるなんて」

「さすがはエルネア君だわ。全てを理解しているなんて」


 僕の両隣にいたルイセイネとライラを吹き飛ばし、二人が抱きついてくる。それをがしりと引き剥がしにかかるミストラル。


「それで、なにをお願いされたのかしら?」

「ミスト、聞いてちょうだい。私たちはこれまで、セフィーナに負けたことはないのよ」

「ミスト、信じてちょうだい。私たちはこれっぽっちも負ける気はなかったのよ」

「言い訳は結構です。さあ、話して」


 ミストラルの迫力に、ユフィーリアとニーナは渋々、声を揃えて話してくれた。


「セフィーナはね。勝負で自分が勝ったらお願いを聞いて欲しいと言ってきたの」

「あの子がエルネア君の妻になりたい、なんて言ったら勝負以前に相手にしなかったわ」

「でもね。あの子は自分のために勝負を挑んできたわけじゃなかったの」

「あの子はああ見えて、とても優しい子なのよ」


 セフィーナさんにも、僕たちの結婚の儀への招待状は送っている。

 だから、彼女はもう僕たちのことはひと区切りつけていると理解しているんだけど。

 では、セフィーナさんはなにを要求してきたのか。


「あのね。セフィーナが勝ったら、冒険者たちも参加させて欲しいと言ってきたのよ」

「あのね。セフィーナが勝ったら、招ばれていない地方の貴族にも声をかけてほしいと言ってきたのよ」


 セフィーナさんは王族の中で最も、庶民と接する仕事をしている。

 つまり、竜峰に入りたいと言う人たちの見極め役。

 すると、冒険者や商人たちの要望や望みをたくさん耳にするようになるんだね。

 セフィーナさんはそのなかで、結婚の儀に参列したいという人たちの気持ちを汲み取ったわけだ。


 僕たちからすれば少し困った相談だけど、セフィーナさんとしては王族のひとりとして、なるべく国民のために働きたい。

 そして、セフィーナさんは目的のためには手段を選ばない人だ。


 ユフィーリアとニーナは、これまでセフィーナさんやセリースちゃんとの勝負で負けたことがなかった。

 三人はそれを十分にわかった上で、勝負をした。


 双子の王女様は、絶対に負けない自信があった。

 人々の希望を背負ったセフィーナさんは、それでも勝負を挑んだ。

 負けても、少なからず国民のために頑張ったのだ、という体裁と言い訳になるからね。


 だけど、こういうときに勝ってしまうのがセフィーナさんらしいというか……


 もう、僕たちは笑うしかない。

 ユフィーリアのおでこに鼻水万能薬を塗ってあげながら、仕方ないよね、とみんなで諦めた。


 誰も責められない。

 だって、全員がなにかしらの理由で招待客を増やしちゃっているからね。


 母さんだけは、僕たちの暴走っぷりに呆れ果てていた。

 レヴァリアは庭先で、僕たちの騒がしい日常なんて知ったことかと丸まっていた。


 そんな僕たちに、さらなる騒動が訪れる。


「エルネア君はいるかい?」


 呑気のんきに僕の実家を訪れた人物。

 それは、アームアード王国第二王子であり、現在では国軍将軍のひとりであるルドリアードさんだった。

 ルドリアードさんは、大勢の兵士を連れてやって来た。

 呑気なのはルドリアードさんだけで、背後に控える兵士の人たちは顔面蒼白だったり、慌てふためいていた。

 兵士さんたちの異様な様相に、実家周辺で観光していた野次馬がなんだなんだと集まりだす。


「どうしたんですか?」

「じつはな……。大ごとなんだよ」

「竜の森の天変地異より?」

「ああ、それに匹敵するか、もしくはそれ以上かもしれんなあ」

「ルドリアードさんの口調だと、まったくもって危機感が見えませんね」

「そう言うなって。本当に大変なんだ」


 竜の森の天変地異は、事情を知らなかった人たちにとっては、スレイグスタ老の怒りだと見えたらしいね。

 竜の森の守護竜を怒らせてしまって、王都の人たちは戦々恐々としていたらしい。

 そして今、そのときと同じくらいの危機が迫っている?


 僕はルドリアードさんに状況を聞く。


「場合によっては、君たちだけではなく竜族や竜人族、それだけじゃない、魔族が攻めて来たときのように全勢力をもって迎え討たなければいけないかもしれん」


 ごくり、と僕は唾を飲み込む。

 一緒に話を聞いていたみんなも、固唾を飲んでルドリアードさんの話の続きに耳を傾けていた。


「聞いてくれ。飛竜の狩場に、恐ろしく巨大な化け物が出現したんだ!」

「ああ、テルルちゃんだね!」


 ぽん、と手を打った僕。

 緊張感のない僕と、呆れ返るミストラルたち。そして、状況が飲み込めずに混乱の表情を見せる兵士の人たちやルドリアードさん。


千手せんじゅ蜘蛛くもっていう、最強に近い伝説の魔獣だよ!」


 僕の説明に、とうとう兵士の人たちは泡を吹いて倒れてしまった。

 さらに、屋敷の敷地外から様子を伺っていた野次馬によって、騒動はすぐさま王都中に広がる。


 こうして、アームアード王国はまたもや、未曾有みぞううの大混乱に陥るのであった。

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