王家の陰謀
「被告人、エルネア・イース。前へ」
「……はい」
僕は、大きな罪を犯してしまった。
国家転ぷく罪。それが僕の罪状だ。
伝説の魔獣を使役し、アームアード王国を滅ぼそうとした。
なんて罪深いことをしてしまったんだろう。
「違うんです。これはなにかの間違いなんです!」
「いいや、違わない。被告人エルネア・イースを死刑に処す」
「ち、ちがうんだーっ!」
はっ、と意識を取り戻した。
どうやら、夢だったみたい。
全身に嫌な汗をかいていた。
僕は現在、
テルルちゃんのことを伝えていなかったせいで、王都は大変な騒ぎになっちゃったからね。仕方がない。
テルルちゃんは、僕のお願いを聞いてやって来た。
僕たちの結婚の儀に参加してもらうため。
だけど、まだ予定日じゃない。
ではなぜ、こんなにも早くテルルちゃんが現れたのか。それはみんなに、テルルちゃんの姿に慣れてもらうため。
テルルちゃんは、
竜族だって慌てて逃げ出す存在。それがテルルちゃんなわけで。
でも、結婚の儀ではみんな仲良く僕たちを祝福してほしい。
そういうわけで、前もって現れてもらって、みんなに慣れ親しんでもらおうという作戦だった。
ちなみに、なぜ飛竜の狩場に現れてもらったかというと。
王都に出て来たら、それこそ大混乱になっちゃうからね。
まあ、説明しなかったせいで、ほぼ同じくらいの混乱が起きたわけですが……
僕は怒られた。
ミストラルたちは事前にテルルちゃんが来ることを知っていたけど、説明し忘れていたのは僕だからね。
そんなこんなで、僕は責任をとって、謹慎中。
今頃みんなは、テルルちゃんと竜族や人々の仲介に奔走しているはずだ。
何度か深呼吸をしたおかげで、動悸が収まってきた。
僕は改めて、謹慎部屋を見渡す。
高い天井。
どこをどう見ても、豪華なお部屋。
ううむ、僕は本当に謹慎させられているのかな?
ここは、僕の部屋ではなかった。それどころか、実家でもない。
「よく眠れましたか?」
「セーラ様、おはようございます」
「随分とうなされているように見えましたが?」
「はい。テルルちゃんを呼び寄せた罪で死刑になる悪夢を見ちゃって」
「まあ、それは本当に悪夢だこと」
くすくすと上品に笑うのは、僕が寝ていた寝具の傍に座っていたセーラ様だった。
ユフィーリアとニーナの母親のセーラ様がどうして謹慎している僕の部屋にいるのか。
部屋にいること自体は僕にも謎だったけど、この建物に居ることには問題はない。
そう、ここは王宮だった。
テルルちゃんについて、王様へ直々に説明をするために王宮に来て。説明が終わり、理解してもらった時点で、そのまま謹慎させられたわけです。
「ええっと、僕はいつまで謹慎なんでしょうか」
とはいえ、いつまでも僕だけが豪華な部屋に閉じこもっているわけにはいかない。
テルルちゃんのことをミストラルたちに丸投げしている状態だし、結婚の儀の準備も進めなきゃいけないしね。
僕の質問に、セーラ様は朝食の準備をしてくれながら「それは陛下にお聞きしないと」と言う。
僕は謹慎中なので、部屋からは出られない。
それで、食事も部屋のなかで摂るわけなんだけど。
なぜ、セーラ様が準備をしているのでしょうか。そしてなぜ、数人分の食器が並べられているのでしょう。
今のうちに着替えておきなさい、というセーラ様の言葉に従い、寝巻きから普段着へと着替える。
大きな鏡の前で寝癖を直していると、準備された食器分の人たちが謹慎部屋へとやってきた。
「お、おはようございます……」
セフィーナさんの母親であるセレイア様。セリースちゃんのお母さんの、スフィア様。そして、王様。
あと二人、綺麗な女性が入室してくる。
第一王子のルビオン様と第二王子のルドリアードさんの母親たちだね。
こうして王様とお妃様が全員揃う様子を見ると、豪華だなぁ、と思ってしまう。
……いやいや、そうじゃない。
皆さん、なんで僕が謹慎している部屋で当たり前のように朝食を摂ろうとしているのでしょうか!?
「さあ、エルネアよ。掛けたまえ」
王様に促されて、僕は恐る恐る席に着く。
王様の隣です。
権力者とか威厳のある者への耐性は、スレイグスタ老や巨人の魔王のおかげで最高値まで高くなっていると思う。
だけど、それとこれとは違います。
王様とセーラ様は、言ってみれば将来のお
しかも、他のお妃様までいるだなんて。
まさか、こういうことで緊張するとは。
ぎこちない僕の動きに、セーラ様たちは微笑んでいた。
給仕の人は来ないのか、朝食はセーラ様が中心になって配膳されていた。
「それでは、頂くとしよう」
「いただきます……」
豪華な食事なのに、味がわかりません。
もしかして、これは新しい拷問かなにかですか、と思い始めた頃。
「そう硬くなる必要はない。建て前では謹慎ということになってはいるが、誰もエルネアを
王様が言う。
「エルネアには、娘たちの件も含めて随分と世話になっている。昨年から随分と忙しい日々なのだろう?」
王様には、旅立ちの一年間の出来事など、多くのことを報告している。
僕は味のしない薄切りのお肉を飲み込んで、そういえばずっと忙しいですね、と答えた。
「たまには、ゆっくりしなさい。結婚の儀のこともあるだろうが、根を詰めすぎてはいかんぞ」
「そうですよ。若いうちから苦労ばかりしていると、
「……王様はふさふさですね?」
「はっはっはっ。苦労なんぞ、家臣の役目だからな」
「貴方は仕事をしなさすぎですよ」
「そうね、ルビオンが愚痴を言っていたわ」
「この間はどこへ遊びに出ていたのかしら?」
僕への助言かなにかをする気構えだったはずの王様は、墓穴を掘ってお妃様たちに責められ始めた。
僕の家族みたいに、賑やかな食事風景だね。
やんやと責め立てられる王様と自分を重ね合わせて見ちゃう。
なるほど、僕もちゃんとしないと、ああいう扱いが待っているのか。
王様たちを見ていたら、いつの間にか緊張は解れていた。
「ふむ、ようやくエルネアらしい表情になったようだ」
「もしかして、余計な気遣いを与えちゃいました?」
「子供は子供らしく、気ままに振る舞いなさい」
良いのでしょうか。大切な娘さんの結婚相手が子供らしい子供で。なんて野暮なことは口に出しませんよ。
ようやく味がわかりだした朝食でお腹を満たす。
食後のお茶を飲んでいると、セフィーナさんの母親であるセレイア様が僕にすり寄ってきた。
「それで、あの魔獣とはどうやって知り合ったのかしら?」
「どんな冒険をしてきたの?」
セリースちゃんのお母さんのスフィア様まで椅子ごと近づいてくる。
「ええっとですね。詳しい場所は言えないんですけど……」
王族とはいえ、さすがは冒険大好き一家だね。
どうやら、僕からいろんな冒険譚を聞きたいらしい。
ま、まさか。
このために僕は王宮で謹慎になったんじゃないよね?
謹慎という名目で僕を捕まえて、話を聞く。
この人たちならそれくらいやってしまいそうで怖いです。
僕は、実家に不審者が侵入したことが切っ掛けとなった魔族の国での冒険や、禁領での不思議な出逢いと体験を王様たちに話した。
王様たちは、冒険者のように瞳をきらきらと輝かせて、僕の話に耳を傾けた。
結局、僕の謹慎期間は五日間で解かれた。
その間、僕は根掘り葉掘り色々なことを話したり、逆にたくさんのことを聞くことになった。
解放された僕はレヴァリアに乗せてもらって、ようやくテルルちゃんと再会を果たす。
レヴァリアや竜族たちは、僕が謹慎している間に、テルルちゃんに慣れてくれたようです。
一時は生物の全てが逃げ出したという飛竜の狩場は、僕が訪れたときにはいつも以上の賑わいになっていた。
良かった、良かった。
この調子なら、結婚の儀にテルルちゃんが参加しても大丈夫だね。
テルルちゃんに前もって来てもらう作戦が成功して、ほっと胸を撫で下ろす。
そして、自由になった僕には、新しい任務が待ち構えていた。
「エルネア、そろそろ行くわよ」
「うん。マドリーヌ様、あとはお願いします」
「はい、お任せあれ」
どうしてこうなった、と僕は同じ聖職者であるルイセイネに問いたい。
なぜ、テルルちゃんのお世話をマドリーヌ様が率先して行っているのでしょうか。
マドリーヌ様曰く。
「巫女頭がテルルちゃんと仲良くしていれば、信者の方々も安心するのではないかしら?」
ということらしい。
間違いではないけど、どういう経緯でその答えが導き出されたのでしょうか。
マドリーヌ様は、アームアード王国とヨルテニトス王国の間を忙しく往復する日々を送っていた。
もっぱら僕たちの結婚の儀に関することで動いているようだけど。
往復の時間を短縮するために、飛竜騎士団にわがままを言って騎乗させてもらっているのが楽しいんじゃないか、と僕たち家族は確信しています。
ミストラルに促された僕は、うきうきのマドリーヌ様とテルルちゃんを残して、レヴァリアの背中に乗る。
レヴァリアは、テルルちゃんに対抗するような咆哮をあげたあと、竜峰に向かって飛び立った。
これから向かうのは、ミストラルの村だ。
ライラがヨルテニトス王国で衣装合わせをしたように、ミストラルも実家に帰って結婚の儀で着る衣装の最終仕上げをするみたい。
僕たち、特に僕は結婚の儀までお嫁さんたちの衣装を見ることができないんだけど、他に用事があるからね。
招待状は配り終えている。
そんな僕たちが竜峰でやること。
それは、結婚の儀で振る舞うための食材探しです。獣を狩ったり、野草や果物、木の実を採集したり。
王様には、たまにはのんびりしなさい、なんて言われたけど。今だけは忙しく動くしかない。ゆっくりするのは、結婚の儀を無事に終えてからかな。
そんなわけで一路、僕たちはミストラルの村へと向かった。
普段よりもゆっくりと飛ぶレヴァリア。
後ろからは、フィオリーナとリームが一生懸命に羽ばたいて追いかけて来ていた。
あの、暴君と恐れられたレヴァリアがねぇ……
レヴァリアは順調に晩夏の竜峰の空を進む。そしてお昼過ぎには、ミストラルの村へとたどり着いた。
いつものように、荒々しく広場に着地する。
ミストラルの村の人たちは慣れたもので、場所を開けるけど遠巻きに見学していた。
観光か、
僕たちは、着地したレヴァリアの背中から降りて、村の人たちと挨拶を交わす。
この村はいつも通りだね。
みんなで協力して、仲良く生活している。
竜人族は、別の部族の人と結婚すると、夫婦のうちどちらか一方の部族に二人とも入るらしい。夫の部族に、とか妻の部族に、という決まりはないようで、相談しあってこれから住む部族を決めるらしいんだけど。
ただ、人族の僕が竜人族のミストラルと結婚する場合は、ちょっと違う。どこの部族でもない人族の僕は、相談するまでもなくミストラルの部族に入っちゃうらしい。
でも、ミストラルの村に住まわないといけないという強制はないらしく、人族の社会で暮らすのもどこで暮らすのも自由なのだとか。それが他種族と結婚する者の習わしだと、部族長のコーアさんに説明されたことがあった。
僕はまだ住む場所を決めきれていないんだけど。
どこにいたとしても、これからはこの人たちと同じ部族、仲間なんだね。
「なにをにやけている。気持ち悪いぞ」
「ザン。こんにちは!」
僕が禁領や魔族の国にいた間、ザンは僕の実家で警備をしてくれていた。その後、僕が戻ってからは隊商とともに村へと戻っていたんだよね。
ザンと挨拶を交わそうと、笑顔で駆け寄る。
だけど、ザンの口は固く結ばれていた。
そして、僕が近づいたとき。
拳を僕へと突き出した。
「エルネア、勝負をしろ」
「えっ!?」
「もしもお前が俺に負けた場合は、ミストラルを諦めてもらう」
突然のザンの挑戦に、僕だけではなく村にいた全員が
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