わんことにゃんこ
「んんっと。プリシアは初めて村から出るの」
「にゃん」
森を行く僕とミストラルと、プリシアちゃんと偽にゃんこ。
プリシアちゃんは偽にゃんこを頭の上に乗せて上機嫌だ。
それとは逆に、僕とミストラルは困惑気味。
偽にゃんこは能天気にプリシアちゃんの鼻歌に合わせてにゃんにゃんと鳴いていた。
時刻は夕方近くになっていて、僕たちは先を急ぐ。何せ、僕は日が暮れるまでには家に帰らないといけない。
ミストラルは、今日はプリシアちゃんと苔の広場でお泊まりらしい。
いったいこの偽にゃんこが何者なのか。というか、耳長族の人たちも含めて僕たちは薄々正体に気づいていたけど。スレイグスタ老の口から直接聞かないと、自分たちの口からは言えそうになかった。
だって、ここは古代種の竜族であるスレイグスタ老が護る森なんだもんね。
とにかく急ぐ。
だけど、結局は苔の広場へと導かれないとたどり着けないから、ひたすら歩くだけなんだけどね。
会話も少なく歩く僕とミストラルの少し先を、プリシアちゃんが軽い足取りで進む。本当に楽しそうだよ。
「あ、わんこ」
プリシアちゃんは突然立ち止まると、森の奥を指差した。
指差した先には、灰色の大狼魔獣が佇んでこちらを興味深げに見ていた。
あいつ、懲りずにまた現れたんだね。
何しに出てきたんだろう。
警戒してか、ミストラルがプリシアちゃんを呼び戻す。
「いやいやん」
「にゃんにゃん」
だけどプリシラちゃんは大狼魔獣に興味を強く示して、こっちに戻ってこない。
「大きいわんこ」
大狼魔獣はわんこじゃないよ。俊敏だし危ないんだよ。
ミストラルがやれやれとため息を吐き、プリシアちゃんのもとへと向かう。
でも、遅かった。
きゃっきゃと楽しそうに笑うプリシアちゃんが、一瞬で消えた。
「わんわん柔らかい」
次の瞬間、プリシアちゃんは大狼魔獣の背中に乗っていた。
僕とミストラル、それに大狼魔獣が同時に驚く。
特に大狼魔獣は、突然背中にプリシラちゃんが
勢いが強く、空中に跳ね飛ばされるプリシアちゃん。
空中高く放り出されたプリシアちゃんを、僕は呆然と見るしかできなかった。
でも、次の瞬間。またプリシアちゃんが消える。
そして再度、大狼魔獣に跨っていた。
な、何が起きているの!?
状況がつかめずに混乱する僕。
大狼魔獣も驚いてまた跳ねる。
そして振り飛ばされるプリシアちゃん。
でもその瞬間にはまた消えて、また大狼魔獣の背中の上へ。
「どど、どうなってるのぉぉぉっ」
僕は叫んでしまった。
大狼魔獣も何が何だかわからず暴れている。
その度にプリシアちゃんは振り飛ばされて、次の瞬間は何事もなかったように大狼魔獣の背中に跨っている。
「やれやれ」
ミストラルだけが状況を理解しているようで、ため息まじりに大狼魔獣とプリシアちゃんのもとへと向かう。
「魔獣で遊んではいけませんよ」
プリシアちゃんが丁度、大狼魔獣に跳ね飛ばされたところを、ミストラルが捕まえる。
やっと解放された大狼魔獣は、慌てて遁甲して消えていった。
あ、偽にゃんこがプリシアちゃんの頭の上で目を回しているよ。
「面白かった」
満面の笑みを浮かべるプリシアちゃん。
こっちは訳が分からずに混乱だよ。
「魔獣と遊んでいると、翁の所へはたどり着けないわよ」
「んんっと。竜のおじいちゃん?」
「そうよ。今から会いに行くの」
「わくわく」
プリシアちゃんは素直にミストラルと手を繋いで歩き出す。
「ま、まってよー」
僕も慌てて後を追う。
「今のはなんだったの?」
追いついて尋ねる。
「んんっと」
ほっぺたに指を当てて考え込むプリシアちゃん。
「お兄ちゃんもやってみる?」
と言って僕と手を繋ぎ直すプリシアちゃん。
「あっ」
ミストラルの短い声を聞いた瞬間だった。
僕の視界は突然違う風景を映す。少し離れたところにミストラルが。
「おえええぇぇっ」
急に物凄い吐き気が襲ってきて、僕は吐いてしまっていた。
頭ががんがんと痛み、くらくらする。
激しい胸やけに、僕はもう一度吐いてしまった。
「こらっ。プリシア。慣れていない人に突然なんてことをするの」
ミストラルが僕たちを見つけて、怒って向かってくる。
「んんっと。ごめんなさい」
僕の背中をさすってくれるプリシアちゃん。
少しずつ胸やけは治まっていったけど、頭痛と目眩は続いていた。
あれだね。馬車に長時間乗ると乗り物酔いをするらしいけど、伝え聞くそれに似ていると思う。
ところで、今のはなんだったんだろう。プリシアちゃんと手を繋いだと思ったら、次の瞬間にはミストラルから離れた場所に居たんだよね。
「エルネア、大丈夫?」
口をすすぐ水を水筒から汲んでくれながら、ミストラルが心配そうに僕を覗き込んだ。
「
ミストラルに怒られて、しょんぼりするプリシアちゃん。
今のは空間跳躍なのか。
思い出した。耳長族は短い距離を瞬間移動するんだよね。今のがそれなのかな。
「空間跳躍っていうのか。凄いよ。こんなことができるなんて、プリシアちゃんは凄いなぁ」
僕が褒めると、途端に目を輝かせて喜ぶプリシアちゃん。
「こら。甘やかすな」
ミストラルには呆れられたけど、僕は本当に感動していた。なにせ、とても貴重な体験をしたんだからね。きっと勇者のリステアも体験したことがないんじゃないかな。
僕は口をすすぎ、プリシアちゃんと小躍りした。
やれやれ、とお子様を見るような眼差しのミストラル。
未だにプリシアちゃんの頭の上で目を回している偽にゃんこ。
僕たちはこうして喜びを分かち合った後、また森を進み始めた。
程なくすると、いつもの様に空気の変わる気配。
「ただいまぁ」
「ただいま戻りました」
「んんっと、こんにちは?」
僕たちは苔の広場へと入る。
スレイグスタ老は、いつもの場所でいつもの様に出迎えてくれた。
「ほほう。耳長族の娘か。よく参った」
スレイグスタ老は一緒に来たプリシアちゃんを見て、微笑む。
やっぱり「可愛い」は全種族共通だよね。
プリシアちゃんを可愛いと思わない生物なんて居ないよ。
「ふむふむ、汝はそういう趣味であったか。それではミストラルでは年増すぎたようであるな」
「は?」
顔を引きつらせるミストラル。
「お、おじいちゃん何を言ってるんですかっ。僕は変態さんじゃないよ」
慌てて釈明する僕。
「おにいちゃんは変態さん?」
プリシアちゃん、無邪気に聞き返さないで。ミストラルの冷たい視線が痛いのよ。
「かかか。気にすることはない。我は人族の趣向には寛容ぞ」
愉快に笑うスレイグスタ老。つられてきゃっきゃと楽しそうなプリシアちゃん。
どうにか話題を変えなくちゃ。でないとミストラルの鈍器が飛んできそうで怖いよ。
「そ、そうだ。おじいちゃん」
僕は未だにプリシアちゃんの頭の上でへばっている偽にゃんこを掴んで、スレイグスタ老に見せた。
「耳長族の村にこの子が現れたんだけど、何かな?」
僕の掴んだ偽にゃんこに今気づいたのか、スレイグスタ老が目を丸くする。
「おお。何故にこの者が森へと来たのだ」
どうやら偽にゃんこの正体を知っているらしい。
スレイグスタ老はまじまじと偽にゃんこを見た。
「その者を下に置き、汝らは離れよ」
珍しく真面目な口調で指示を出すスレイグスタ老。
僕は言われた通りに偽にゃんこを苔の上に置き、ミストラルとプリシアちゃんを連れて離れた場所に移動する。
僕たちが十分な距離をとったのを確認したスレイグスタ老の瞳が、黄金に輝く。
も、もしかして、危険な子を連れて来てしまったのかな。
固唾を呑んで見守る僕たち。
「ふうううぅぅっっ!!」
「ああぁぁぁっ」
「何をやってるんですかー!」
「にゃんこー」
やりやがった。このじいさん。いつぞやの時のように、思いっきり偽にゃんこを吹き飛ばしちゃいましたよ!
悲鳴をあげて古木の森の奥へと消えていく偽にゃんこ。
「がははははは」
大笑いのスレイグスタ老。
くそう、騙された。わざと緊張感を装っておいて、呆けに走るなんて。
「にゃんこぉ」
慌てて古木の森へと追いかけていくプリシアちゃん。
「あ、ちょっと待って」
僕もプリシアちゃんの後を追う。
「翁、そこへ直れ」
殺気爆発のミストラルは、漆黒の片手棍を抜き放った。
「まてまてまてまて。早合点するでない」
焦るスレイグスタ老。こうなる事はわかってるのに、なんて阿呆なことばっかりするんだろうね。
同情の余地なし、とプリシアちゃんの後を追いかけていると、偽にゃんこが古木の森の奥から戻ってきた。
ぱたぱたと背中の翼を羽ばたかせて、飛んで戻ってきましたよ。
「おわおっ。にゃんこが飛んでる」
プリシアちゃんは驚いて目を丸くする。
ええっと。背中に翼があったじゃないか。もしかして、プリシアちゃんは本当ににゃんこだと思っていたのかな。
「ほ、ほれ。小娘が帰ってきたではないか。そんなことをしている場合ではない」
僕たちの背後では、ミストラルとスレイグスタ老の攻防が繰り広げられていた。
「大おじいちゃん、にゃんこ帰ってきた」
プリシアちゃんは嬉しそうに偽にゃんこを抱きかかえて、スレイグスタ老のもとへと戻る。
「ほ、ほれ、ミストラルよ。今はそれどころではない」
スレイグスタ老はミストラルの鈍器をなんとか回避しながら、話しの進展を促す。
「さあ、耳長族の娘よ。その小娘をもう一度下において離れるのだ」
「もう変なことはしないでしょうね」
ミストラルの脅しにがくがくと頷いて認めるスレイグスタ老には、威厳が全くありません。
僕たちは再度、偽にゃんこから距離を取る。
「では、遊びは終わりだ。小娘よ、汝も本来の姿を現せ」
今更だけど。威厳に満ちたスレイグスタ老の言葉が、苔の広場に響いた。
「にぁぁん」
スレイグスタ老と偽にゃんこは暫し視線を交差させ、猫の遠吠え、という感じで偽にゃんこが鳴いた。
すると。
ぐぐぐっと偽にゃんこの身体が巨大化していく。
背中の翼が大きく広げられ、巨大化していく身体に合わせて長くなる尻尾がばさりとしなる。
羊のような二本の角は雄々しく鋭さを増し、丸みを帯びていた顔は竜のそれへと変貌した。
僕たちが呆然と見つめる中、偽にゃんこは巨大な翼竜へと姿を変えていった。
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