にゃん

 小山のような巨躯のスレイグスタ老程ではないけど。それでも圧倒される巨体の翼竜へと姿を変えた偽にゃんこ。

 飛竜の三倍くらいは大きいんじゃないかな。


 偽にゃんこは一度大きく伸びをすると。


「にぁあ」


 と可愛く鳴いた。


「にゃんこ」


 目を輝かせて、巨大化した偽にゃんこに飛びつくプリシアちゃん。

 危ない、という暇もなく、空間跳躍で偽にゃんこの背中に飛び乗っていた。


「お、翁。これは一体どういうことでしょう」


 ミストラルは珍しく狼狽えて、おろおろしていた。


「ふふん。この小娘は、雪竜ゆきりゅうの子供であろう」

「雪竜?」


 毛先は桃色なんだけど、全体的に見たら白いから、竜なら白竜じゃないのかな。

 というか、やっぱり竜族だったんだね。

 角と翼を見たときから、そんな気が薄々していたんだよね。

 きっと、プリシアちゃん以外は全員が気づいていたよ。


「左様。この小娘は雪竜なり。白竜とは雪原の霊樹を護る古代種の竜族。雪竜とは古代の都に張り巡らされた十二層の外壁の一画を護る守護闘竜であるな。もちろん古代種だ」


 古代の都? 守護闘竜? 初めて聞く単語に首を傾げる僕。どうやらミストラルも知らないらしくて、二人して疑問符を頭の上に浮かべた。


「かかか。要はこの小娘は、遥か遠くからやってきた古代種の竜族だということだ」

「と、とにかくスレイグスタ老と同じ古代種の竜族なんだね」

「そうであるな」


 半分くらい疑問が残ったような気がするけど、とりあえず偽にゃんこの正体が分かった。


 プリシアちゃんはきゃっきゃと偽にゃんこの背中ではしゃぎ続けている。

 偽にゃんこも嫌がっている様子はない。

 僕がプリシアちゃんを見ていると、偽にゃんこが顔をこっちに向けた。

 視線が合う。


「こんにちはにゃん。不思議なおにいちゃん」

「うわおうっ」

「わぁおう。にゃんこがしゃべった」


 突然偽にゃんこが言葉を発して、驚いて尻餅をついちゃった。ミストラルも驚いたんじゃないかと思って見上げたら、苦笑して僕を見ていた。


「ミストラルは、今ので驚かなかったの?」

「そうね。古代種の竜族であれば、人の言葉くらいは話せるわよ」


 ぐうう。そうなのか。僕は知らなかったよ。


「偽にゃんこちゃん、こんにちは」


 僕は気を改めて挨拶をした。


「にゃん」


 そうしたら嬉しそうに目を細めて鳴いてくれた。


「にゃんの名前はニーミアにゃん」

「ニーミアにゃんにゃん」

「はい。にゃんにゃん」


 プリシアちゃんに名前を言われて、嬉しそうに飛び跳ねて喜ぶ偽にゃんこ。改めニーミアちゃん。

 ええっと、可愛く跳ねてますが、飛竜の約三倍の巨体ですよ。ずしんずしんと地響きが凄いです。

 それと「ちゃん」付けはいらないかな。何せこの巨体だしね。


「にゃんもちゃんがいいにゃん」


 おおう、この子も心が読めるのか。びっくりだよ。


 楽しそうに苔の広場を駆け回るニーミアちゃんと、背中に乗ってきゃっきゃと嬉しそうなプリシアちゃんを見て、場が和んだ。


 というか、ニーミアちゃんが駆けると苔が飛んで広場が剥げちゃってるよ。良いのかな。


「この程度、問題ない。我が鼻水は苔にも万能である」


 ああ、なるほど。鼻水で治しちゃうのね。うへぇ。


「とりあえず正体と名前はわかりましたが、なぜ雪竜がこの竜の森にいるのでしょう」

「ふむ、それは本人に聞くしかあるまい」

「にゃん」


 スレイグスタ老に呼ばれて、ニーミアちゃんが駆け寄ってきた。

 地響きを立て、凄い迫力で僕たちの方へ走って来て、急停止。

 まっすぐ突っ込まれてきたら、いくら可愛い姿をしていても巨体だから怖いよ。

 やっぱり「ちゃん」付けは無しだね。


「ううう、ひどいにゃん」


 僕を見てうるうると涙をためるニーミア。


「んんっと。にゃんを泣かせちゃだめよ」


 ニーミアの頭の上からプリシアちゃんが顔をのぞかせて、僕を叱る。いけない、このふたり組は可愛すぎて危険だ。


「さて、雪竜の小娘よ。何故に我が守護する森へと訪れた」


 巨体のニーミアのさらに頭上から、スレイグスタ老が問いかける。


「んにゃん。今は家出中にゃん。飛んでいたらお腹が空いて、美味しそうな匂いがしたから来たにゃん」

「ふははは。家出とな。これはとんだお転婆娘だ」

「にゃん」


 愉快そうに笑うスレイグスタ老と、嬉しそうに鳴くニーミア。

 ううむ。これは愉快なことなのかな。古代種の竜族の家出って大変なことじゃないの?


「汝の母親も破天荒な娘であった。あの娘で、この小娘か」


 どうやら、スレイグスタ老はニーミアの母竜も知っている口ぶりだよ。昔に会ったことがあるのかもね。


「仕方ない、汝の気がすむまでここでの滞在を認めよう。ただし、森への危害を加えぬ、霊樹には近寄らぬことだけは守れ。それが出来なければ、汝とて容赦せぬ」


 言ってスレイグスタ老は咆哮を上げた。


 苔の広場が震え、古木が波打ち、遥か頭上の霊樹の枝木が揺れた。


 威圧感満点の咆哮に驚いて、ニーミアが目を丸くして転げる。

 プリシアちゃんは怖かったのか、泣き出してしまった。


「うわあぁん。大おじいちゃん怖い」

「翁っ。小さい子を怯えさせてどうするんですか」


 今の威厳はどこへやら。ミストラルに怒られて、しょんぼりと項垂れるスレイグスタ老。

 僕は、泣きだして空間跳躍で戻って来たプリシアちゃんを抱きかかえてあやしてあげる。


「い、いや。これはだな」

「言い訳は結構。謝ってください」

「ご、ごめんにゃん」


 ミストラルに怒られて、スレイグスタ老は意気消沈していた。毎回だけど、自業自得だよね。

 というか、スレイグスタ老がにゃんと言っても可愛くないよ。


「エルネア、汝は冷たいな」

「僕は可愛い者の味方です」


 プリシアちゃんは、僕が頭を撫でてあげると、すぐに泣きやんだ。

 ニーミアも小さい姿に戻って、プリシアちゃんのところへ飛んでくる。

 ほんの少しの間に、このふたりは随分と仲良くなっているね。


「ちなみに、ニーミアは何歳なの?」


 スレイグスタ老は小娘って言っていたけど、古代竜は見た目で年齢はわからないよね。


「わかんないにゃ」

「えっ。知らないの?」

「ふふふ。竜族の子供は、小さい時には年齢を気にしないから。きっと親竜じゃないとわからないんじゃないかしら」

「へええ、そうなのか」

「おそらく、百歳前後であろうな」

「うわ。意外と凄いね」


 百年でまだ子供なのか。人族だったらどんなに頑張っても生きられない年齢だよ。


「本当の姿は大きい方なのかな」

「にゃあ。大きいとお母さんに見つかるから、普段は小さいにゃん。本当はさっきの姿にゃん」

「んんっと。ちっちゃいの可愛い」

「大きくなると可愛くないにゃん?」

「ううん。可愛い」

「にゃあ」

「ふふ。それで、プリシアは何歳なのかしら」

「んんっと」


 そういえば正確には何歳なんだろう。見た目は五歳くらいに見えるんだけど、何せ長命の耳長族だからね。実は百歳を超えてたらどうしよう。


 プリシアちゃんは小さな手で指を折りながら。


「んんっと。八歳?」


 なんで疑問形なのかな。でも、ほぼ見た目通りで良かったよ。


「プリシアは数字は苦手かな」

「んんっと。わかんない」


 なるほど。まだ小さいもんね。自分の年齢をなんとか数えられた程度だったから疑問形だったのかな。


「それじゃあ、これからエルネアと一緒に居たいなら、お勉強ね」

「あうう。お姉ちゃんはいじわる」

「にゃん」


 ミストラルにからかわれて、プリシアちゃんは僕の服に顔を埋めた。


「そういえば、プリシアちゃんの事はどうしよう」


 ニーミアのことですっかり忘れていたよ。


「ふむ、説明せよ」


 スレイグスタ老に促されて、僕はプリシアちゃんのことを話す。


「ええっと。プリシアちゃんは霊樹の精霊を使役できる特別な耳長族で。僕のこの霊樹の木刀に精霊が宿っているから、接するために側に居たいらしいんです」

「ほほう、霊樹の精霊をか」


 スレイグスタ老は興味深そうに、未だに僕に抱きついているプリシアちゃんを見つめた。


「我はてっきり、汝の趣味で第三の嫁として連れてきたのだと思っておったわ」

「なななななな、何を言ってるんですか。僕は断じて変態さんじゃありませんよ。しかも第三って、第二は誰なんですか」

「ほれ、少し前に助けたという娘。ルイセイネといったか、あれは違うのか」

「へえぇ。エルネアは森の外でも楽しそうね」


 ああぁぁっっ! ミストラルの冷たい視線が痛すぎます。


「そ、そんなんじゃないって。た、たしかに学校では少しだけ仲がいいけど。おじいちゃん、なんてことを言うんですか。ミストラルが僕を疑っているじゃないですか」

「ふははは。火の無いところには煙は立たぬ」


 この極悪竜、さらに油を注いじゃったよ。

 ミストラルが腰の鈍器に手を伸ばす。


「ご、誤解だよ、ミストラル」


 僕は慌てて止めようとして。

 下半身にプリシアちゃんが抱きついたままだったので、均衡を崩してミストラルに飛びかかってしまった。


 突然飛びつかれて、ミストラルと僕、それとプリシアちゃんが倒れこんだ。


「はうあっ」

「きゃっ」

「わぁ」

「にゃあ」


 倒れる時に、咄嗟にミストラルに抱きついてしまった僕。

 倒れた後に冷静さを取り戻したら、顔に柔らかい感触が。

 そしてすごくいい匂い。深呼吸しちゃいたい。

 ミストラルは鈍器を振り回すけど、全然筋肉質じゃなくて、すごく抱き心地が良かった。


 じゃなくて!!


 僕は慌てて起き上がる。

 どうやら、柔らかい感触はミストラルの胸だったらしい。


「小さいのが残念であったな」


 にやにやとスレイグスタ老が更にとんでもないことを言った。


「エールーネーアー!」

「違う違うっ、そんなこと思ってないよ」

「ミストラルはちっぱい」

「胸は大きい方がいいのかにゃん」


 みんな、なんて事を言うんだ。

 そりゃあセリース様のような揺れるおっぱいは至高だけど、ミストラルの丁度良い大きさも素敵なんだよ。


「ほほう、揺れるほどの大きさが至高であるか」


 うわあぁん、スレイグスタ老がいじめる。


「わ、わたしだってきっとこれから……」

「無理であろうな、汝の母も祖母も皆、大きくはなかった」


 スレイグスタ老の言葉に顔を覆って座り込むミストラル。


「おじいちゃん、なんてことを言うんだよ」

「元凶は貴方よっ」


 慰めようとした僕に、ミストラルは鈍器を投げつけてきた。

 慌てて避ける僕。

 あ、危ないよ。当たったら痛いじゃないか。


「みていなさい、いずれ……きっと……」

「無理であろうな」

「翁とエルネアの馬鹿ぁっ」


 ミストラルは叫んで、古木の森へと走っていった。


「……おじいちゃん、やりすぎだよ」

「ふむ、意外と気にしておったか」


 ミストラルの消えていった森の奥を呆然と見つめる僕たち。


 あ、すでに暗くなり始めてた。

 苔の広場に着いてからいろんな騒ぎがあったから、時間が経つのを忘れてたよ。

 どうしよう。帰らなきゃいけないんだけど、プリシアちゃんたちを放置するわけにもいかないよ。


「ミストラルはすぐに戻ってくるであろう。それまでは娘たちの相手を我がするとしよう。汝は早く帰るのだな」

「おにいちゃん居なくなっちゃうの?」

「にゃあ」

「今日は帰らないといけないけど、また明日のお昼から来るよ」


 寂しそうなプリシアちゃんとニーミアを撫でてあげる。


「では、送るとしよう」


 言ってスレイグスタ老の黄金の瞳が輝きを増した。


 そして、僕は光に包まれた。


 明日から大変になりそうだ。と僕は光の中で苦笑した。

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