鬼ごっこ
「んんっと。次はミストが鬼ね」
「はいはい」
「にゃあ」
「やれやれ、本気で逃げなければいけませんね」
「これは厳しい」
プリシアちゃんたちと知り合った翌日。
僕はいつものように、苔の広場へとやって来た。
そして、恐ろしい光景に出くわす。
プリシアちゃんとニーミア、そしてミストラル。それ以外にも、見たことのない大人の男性がふたり。
壮絶な鬼ごっこをしていた。
男性のひとりは、濃い緑の髪の優男さん。長身でひらひらと風になびく服装。髪も長くて、仕草が貴族っぽい。
もうひとりは茶色の短髪、あご髭を蓄えた厳つい男性。服の上からでも盛り上がった筋肉がよくわかる。体格は凄いんだけど、柔和な笑顔が雰囲気を和らげていた。
この二人の男性は誰だろう。
そう思っていると、鬼になったミストラルが目にも留まらぬ速さであご髭の厳つい男性を追いかけ、迫った。
しかし男性はふっと地面に消えて、違う場所に出現する。
ミストラルは近くのプリシアちゃんに狙いを変えて、またも高速で移動した。
プリシアちゃんは空間跳躍で逃げる。
だがミストラルはプリシアちゃんが現れた場所を即座に見破り、迫る。
連続跳躍で逃げるプリシアちゃん。
優男さんは風に乗って空を逃げる。
苔の広場を逃げ回る人たちを、ミストラルは縦横無尽に、超高速で追いかけ回した。
そして逃げきれなかったニーミアが、次の鬼になる。
「ええっと」
壮絶すぎる鬼ごっこに、僕は立ち尽くしていた。
というか、見慣れない男性二人は誰ですか。
ミストラルが男性を追いかける姿に、すごく嫉妬しますよ。
「あら、エルネア。来ていたのね」
しくしく。今まで気づいてくれていなかったのね。悲しいよ。
「んんっと。おにいちゃんこんにちは」
「にゃん」
「これは失礼いたしました」
「ふむ」
みんなは鬼ごっこを中断して、僕の所へとやって来た。
「ええっと。この男の人たちは誰かな」
苔の広場に来ているってことは、スレイグスタ老に認められた人なのかな?
耳は僕たちのような丸耳なので、耳長族の人じゃないよね。最初はてっきりプリシアちゃんの知り合いだと思ったんだけど。
「おお、これは失礼しました。わたくしはプリシア様に使役されている風の精霊でございます」
優男改め、風の精霊さんが優雅にお辞儀をする。
「
あご髭の厳つい男性が笑顔で答えてくれた。
「せ、精霊さんだったのか。初めまして、エルネアと言います」
丁寧にお辞儀をする風の精霊さんと土の精霊さん、そして僕。
なんと、二人はプリシアちゃんの精霊さんだったのか。そういえば大長老のおばあちゃんが、プリシアちゃんにも精霊がいるって言っていたよね。
でもまさか、人型の精霊さんが二人とは驚きだよ。
プリシアちゃんが挨拶代わりに僕へと抱きついてくる。
僕は抱きかかえてあげて、スレイグスタ老のもとへと向かった。
「愛されているわね」
ミストラルが冷やかしてくるよ。
もしかして、昨日のことをまだ根に持ってるのかな。
「お、おじいちゃんこんにちは」
「ふむ、相変わらずで何よりである」
スレイグスタ老は珍しく眠たそうだ。もしかして昨夜は大騒ぎだったんじゃないのかな。
「左様。我もミストラルも寝不足である」
「プリシアは元気すぎ」
ミストラルも苦笑していた。
あ、やっぱりいつものミストラルな感じだ。良かった良かった。
「んんっと。楽しいよ」
「にゃあ」
にこにこのプリシアちゃんと、彼女の頭に乗って寛ぐニーミア。本当に可愛いなあ。
風の精霊さんと土の精霊さんはスレイグスタ老には近づいて来ないようで、少し離れたところから僕たちを見守っていた。
「プリシアちゃんの精霊さんも人型なんだね。凄いよ」
僕が褒めると、プリシアちゃんは腕の中で大喜び。危うく落としそうになっちゃった。
「エルネア、凄いというものじゃないのよ」
ミストラルが困ったようなため息を吐く。
「相対する属性の、しかも人型で大人だなんて」
「それって凄いこと? 僕って精霊使いの知識がないからよくわからないよ」
髪の長い優男が風の精霊さんで、短髪あご髭の男性が土の精霊さん。確かに相反する属性だとは思うんだけど、何が凄いのかいまいちよくわからないよ。
「ふむ。瞑想の前に教えておこう。まずば属性であるな」
スレイグスタ老の授業だ。たまにいろんなことを教えてくれるけど、知らないことばかりで勉強になるんだよね。
「何かひとつの属性の精霊と契約をすると、それ以降、相対する属性の精霊は嫌がって契約をしなくなる。それでも契約をする場合は、力でねじ伏せるか強い友好関係を築くしかない」
「んんっと。風も土もお友達だよ」
ふむふむ。つまりプリシアちゃんは友好を築いて相反する二つの属性の精霊と契約したのね。まあプリシアちゃんのような可愛さなら僕だって喜んで契約しちゃうね。
「さて、次に姿であるな」
姿に関しては、耳長族の大長老のおばあちゃんに教えてもらったよ。人型が一番上位なんだよね。
風の精霊さんも土の精霊さんも、すごい精霊様なんだろうな。
「ふむ、少し知識に欠ける。精霊は契約者の力を受けて、成長する。人の姿と言っても、子供と大人の姿では大きく力が違う。大人の姿で顕現させるためには、膨大な精霊力が必要であるな」
「そうよ、エルネア。しかも大人の姿の精霊二人を同時に顕現させて長時間維持するなんて、精霊力が桁違いだわ」
「うわっ、実はとんでもなく凄いことなのか」
精霊を成長させるだけでも凄いことで、顕現を維持するのにも桁違いの精霊力が必要だなんて知らなかったよ。
僕の来る前から鬼ごっこはやっていたんだろうし、今も少し離れたところで僕たちを見ている。
こうしているだけでも、プリシアちゃんは精霊力を放出し続けていたんだね。
さすがは次期族長様なのかな。
「プリシアちゃん、凄いんだね」
「んんっと。でももう限界」
プリシアちゃんが言うと、風の精霊さんは解けるように、土の精霊さんは土に潜ってに消えていった。
「エルネアと一緒ね。力の使い方を上手くして、精霊力を高める練習だったのよ」
「そうだったのか。僕は、あれが耳長族流の鬼ごっこだと思っていたよ」
僕には参加できない鬼ごっこだったよね。
「私も疲れたわ」
苦笑するミストラル。
ミストラルも、瞬間移動はできないけど超絶な速さだったね。さすが竜人族、さすがは竜姫なのかな。
「さあ、いち段落したところで、昨日の分も修行に励むのだ」
スレイグスタ老に促されて、僕は瞑想に入ることにした。
そうしたら、プリシアちゃんが僕の膝枕でお昼寝を始めちゃった。ニーミア、お前もか。
僕たちを見て微笑みながら、ミストラルは古木の森へと向かう。
「どこに行くの?」
「ふふふ。貴方が必要とする薪と、美味しいものを取りに」
そう言って、ミストラルは森の中へと消えていった。
そうか、さっきまでちびっ子の相手をしていたから、採りに行けてなかったんだね。
いつもありがとうございます。
僕はミストラルに心から感謝をしつつ、瞑想に入った。
目を閉じると、すぐに太ももの上の霊樹の生命力が感じられた。次いでプリシアちゃんとニーミアの気持ちよさそうな寝息と温もり。
瞑想が深くなると、力強い流れの竜脈を感じ始める。
竜脈を汲み取り、体内で練って竜気へと昇華。それを霊樹へとゆっくり流し込む。
そうすると、霊樹から喜びの感情が伝わってくるような気がした。
耳元でふわりと、風とは違う気配を感じる。
僕には霊樹の精霊が憑いているっておばあちゃんが言っていたけど、この気配が精霊さんなのかな。
そう思いつつ、僕は瞑想を続けるのだった。
苔の広場が賑やかになった。
プリシアちゃんとニーミアは、午前中の内にミストラルが耳長族の村まで迎えに行っているみたい。
午後からは僕が合流して、修行をしながらわいわいがやがや。
帰りはみんな纏めて、スレイグスタ老が空間転移で飛ばしちゃう。
ミストラルは美人さんだし、プリシアちゃんとニーミアはとても可愛い。
僕は幸せな毎日を送っていた。
そんなある日。
夏が完全に終わって秋になった頃。
「エルネア君。わたくしとの約束は覚えていますか」
学校でルイセイネが少し拗ねたように、僕に話しかけてきた。
あ。ああぁぁっ。
また忘れてた……
「ご、ごめん、ルイセイネ」
ああ、なんでいつも忘れちゃうのかな。
ルイセイネは全然追求してこなかったし、苔の広場はいつも賑やかで完全に忘れていたよ。
でも、これは完全に僕が悪いよね。
約束事を守れていないんだもん。
「ほんとうに、ごめんね」
「あらあらまあまあ。そんなにしょんぼりされては、わたくしが困ります」
ルイセイネは苦笑する。
「いつかちゃんと教えてくれるって、わたくしはエルネア君を信じてますから」
「うん、信じてて。ぜったい教えちゃうから」
「はい、信じてます……と言いたいところですが」
急に、ぐっと顔を近づけてくるルイセイネに驚く僕。
あわあわ。近すぎだよ。
ルイセイネは最近、なぜか積極的だ。
遺跡での一件以来から少しずつ仲良くなって、ルイセイネと元々仲の良いキーリとイネアが勇者のリステアに着いていなくなる日が多くなった頃から、学校では僕と一緒にいる時間が多くなってきてたような気がする。
だけど、最近は今までに増して積極的なんだ。
ルイセイネは美人さんだし仲良くなるのはとても嬉しいことなんだけど。
僕にはミストラルがいるし、なんでルイセイネが僕と仲良くしてくれるかがわからないんだよね。
「ゆ、許してくれないの?」
僕は焦る。いろんな意味で焦る。
ルイセイネとお鼻がくっ付きそうだよ。
同級生徒の男子たちからは、なんでお前みたいな阿呆の子がルイセイネと仲がいいんだ、とよく愚痴られる。
女子は面白そうに僕たちを見ていて、気まずいよ。
巫女様は
まあ、キーリもイネアもリステアと恋仲なんだし、恋愛禁止ではないんだろうけどさ。
「……」
ルイセイネは僕に顔を近づけて、じっと視線を逸らさない。
じ、じつは怒っているのかな。どうしよう、ルイセイネが怒ったら怖いのかな。
「エルネア君」
「は、はいっ」
「罰として、奉仕作業ですよ」
「ええぇぇぇっ」
ルイセイネの思わぬ発言に、僕は驚いて叫んでしまった。
奉仕作業って、何をさせられるのかな。神殿のお掃除かな。それとも慈善活動かな。どっちもやったことがないし、ルイセイネは僕に何をさせる気なの!?
引きつる僕の顔を見て、ルイセイネは微笑む。
こ、これはもしかして、もっと恐ろしい奉仕作業が待っているんじゃないのかな。
なぜかルイセイネの笑顔が怖いです。
「エルネア君」
「は、はいっ」
緊張で声が裏返っちゃった。
「エルネア君には、お使いに行ってもらいます」
「お、お使いですか」
「そうです。副都までのお使いです」
な、なんですとっ。
王都周辺から出たことのない僕が、いきなり遠出だなんて。
これは大変なことになってきたよ。
「わたくしと一緒に、副都に行きましょうね」
満面の笑みを浮かべて、ルイセイネは通告したのだった。
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