初めてのお使い

 大変なことになりました。


 僕がルイセイネとの約束を守らなかったばかりに、人生初の遠出になっちゃった。


 ルイセイネは、アームアード王国の副都アンビスの大神殿に用事があるらしい。

 副都アンビスは王都から東に三日ほど行ったところにある。

 じつは副都こそが、アームアード王国の行政の中心なんだ。

 王都は周囲が物騒で、特に北の飛竜の狩場からは稀に飛竜が襲来するので、重要な機関は副都にあったりする。

 じゃあ副都に遷都しちゃえば、と一般人の僕は思うんだけど、いろんなしがらみで移せないんだとか。


 ちなみに王様は、王都と副都を一定期間ごとに移動して、均等に滞在しているらしい。


 というわけで本日。

 ルイセイネに宣告された三日後の早朝、僕は待ち合わせ場所の東凱旋門に来ていた。

 ルイセイネを迎えに大神殿まで行こうとしたら、ここで待ち合わせしましょうと言われたんだよ。

 なんでだろうね。


 僕は今日までの三日間、大変な思いをした。

 まず、母さんに同級生徒で巫女のルイセイネを手伝って副都に行くことを伝えたんだ。

 そうしたら、大切なお金で買った剣を竜の森ですぐに無くして、代わりに拾ってきたような木刀を大切そうに肌身離さず持つような阿呆の僕が巫女様の手伝いをするなんて、とすごく驚いていた。

 それでも旅に必要なものをいろいろと準備してくれたよ。

 副都まで片道三日、往復六日になる旅なんだ。結構必要なものが多くて、選別したりするのが大変だった。


 次に、スレイグスタ老とミストラルに、副都に行く間は来られないことを伝える。

 そうしたらいつものようにスレイグスタ老はからかってくるし、ミストラルが冷たい視線を僕に向けてきた。

 プリシアちゃんとニーミアは瞳をうるうると潤ませて僕に抱きついてきたんだけど、それで余計にミストラルの機嫌が悪くなっちゃったんだ。

 僕はミストラルを必死に説得したよ。最後は納得してくれてたみたいだけど、何かお土産でも買って帰らないと後々が大変そうだ。


 それはそうと、少し早く来すぎたのかな。


 東凱旋門には、まだルイセイネの姿がなかった。


 僕は目の前の巨大な建造物を見上げた。

 アームアード王国の首都に住む人たちはみんなこの建造物を東凱旋門なんて勝手に呼んでいるけど、じつは昔の外郭がいかくの名残らしい。

 ずっと昔の建国当初、外からの敵、もっぱら魔物や魔獣、なんかを防ぐために、王都の周囲は石造りの立派な外壁に囲まれていたんだとか。

 だけど、飛竜の襲来や長い年月での風化、それに王都の人口増加によって、外壁は取り壊されたんだ。ただし門だけは残されて、それが歴史的建造物として今は保存されていた。

 なので見た目は古臭くて飾り気のない、ただの門なんだよね。


 今では東凱旋門の東側にも王都の風景は続いているけど、東側に旅立つ人たちの集合場所になっていた。

 というか、北も南も旅ができるような土地じゃないし、西なんて竜峰だから行っても危険しかない。だから王都から旅立つ人はみんな、東側に向かって行くんだよね。


 僕が古めかしい東凱旋門を眺めていると、ルイセイネがやって来た。

 翠色の長い髪が朝日に眩しい。

 そして、相変わらずの巫女装束。

 巫女様や神官様は、特殊な服装をしている。上着は前で折り重なるような服で、下はふっくらと裾広がりになっている不思議衣装を着用しているんだ。

 遥か昔からそういう服装らしく、今の時代の服とはかけ離れた見た目をしていた。

 だから、神職の人は遠目でもすぐにわかる。


 それと、ルイセイネは身長よりも長い薙刀を持っていて、すごく目立っていた。

 聞いた話によれば、戦巫女いくさみこの武器は薙刀なぎなたなんだとか。

 遺跡調査訓練の時などには持ってきていなかったけど、あのときは巫女として後方支援だったから持ってきていなかったのだとか。


 ルイセイネが僕に気づくよりも早く、僕は彼女を見つけて手を振って迎えた。


「おはようございます。お待たせしました」

「おはよう。僕も今来たところだよ」


 お互いに丁寧なお辞儀で挨拶をする。ルイセイネは普段から言動が丁寧なんだけど、僕もつられてい丁寧になっちゃった。


 ふふふ、と微笑むルイセイネ。


「それでは、早速出発しましょうか」


 ルイセイネに促されて、早速出発をする僕たち。


「ルイセイネは荷物が少ないね」


 ルイセイネが右手に持つ薙刀にまず目が行くけど、荷物の少なさにも目が行く。

 僕の何分の一か、くらいしか持っていないよ。


「そう言うエルネア君は、随分と荷物が多いのですね」

「そうだよ、往復六日間の旅だよ。これでも随分削った方なんだけどなぁ」


 水とか食料とか、無いと困るもんね。最低限の量だけど、それでも背負い荷物はそれなりの大きさと重さだった。

 それに引き換え、ルイセイネの荷物は小さな背負い袋ひとつと、首から前にぶら下げた長紐の巾着、それと薙刀だけ。

 なんでこんなに少ない量なのかな。


 僕が疑問符を浮かべて唸っていると、ルイセイネは不思議そうに僕を見て首を傾げた。


「確かに往復六日くらいですけど、そんなに荷物がいるでしょうか」

「何を言ってるのさ。食料とか着替えとか必要だよ」


 僕の答えを聞いて、ルイセイネは困った表情になる。


「あらあらまあまあ」


 むむむ。何か僕は間違えを侵しているのかな。

 ルイセイネは言いずらそうに、上目遣いで僕に言う。


「ええっとですね。街道沿いに進めば副都までは宿場が丁度いい位置に有りますし、食事もそこで取れば……服も片道三日は同じもので、副都について着替えたりすれば……も、もしかして、エルネア君は旅が初めてでしょうか」

「……」


 な、なんだってぇぇっ。


 僕は驚愕のあまり、大きく目を見開き口を限界まで開けて固まってしまっていた。


 し、知らなかったよ。

 僕は旅はてっきり、山あり谷ありの荒野の道を歩き通すようなものだと思い込んでいた。

 一緒に準備をしてくれた母さんも何も言わなかったところを見ると、母さんも僕と同じ勘違いをしていたんだね。


 でも、言われてみるとそうか。

 王都と副都は近いんだ。その二点を挟む街道は賑わっているだろうし、そうすれば宿屋や食堂は当たり前にあるんだよね。

 それなら食べ物は携帯しなくていいし、服も何日間か我慢すればいいだけの話じゃないか。


 裕福じゃない家庭で旅行もしたことがない家族だから、こんな初歩的なことに誰も気づかなかったんだね。


 出発前にどっと疲労感を覚える僕。

 僕はこの無駄な荷物を六日間も背負い続けて旅をするのか。

 とほほ。


「と、とりあえず、気を取り直しまして。エルネア君の荷物のことに関しては道中考えましょうか」


 ルイセイネが気を使って励ましてくれるけど、僕の足は重かったよ。


 ルイセイネに醜態を晒してしまったんだ。本当は今すぐにでも、ここから逃げ出したい気持ちだった。


「ほ、ほら。途中で不要なものを買い取ってくれる商人の方もいらっしゃるかもしれませんし」

「ううう。ルイセイネは僕の荷物が不要なものだと確信しているんだね」

「そそ、そうではありません。エルネア君の準備してくれたものは、きっと役に立ちますよ。ただほら。商人の方は何時でも色々なものを欲していますし。商人の方のために売って差し上げては、と……」


 珍しく慌てるルイセイネに、僕は少しだけ癒された。

 巫女様をいじめるわけにもいかないしね。

 僕は気を取り直して、街道を東へ進む。

 ほっと胸をなで下ろして、ルイセイネが後に続く。


 まだ早朝だけど、街道は行き交う人々で早くも賑わっていた。

 まだまだ王都の中。街道は広く整備されていて、いろいろな建物が軒を連ねていた。

 早い店だと既に開店をしていて、お客さんを呼び込んでいる。


 僕の目には何もかもが目新しく写り、新鮮だった。商人の露天は何を売っているんだろう。こんな時間から開ける店には何があるのかな。荷車に乗った商人は、何を運んでるんだろうか。鋭気に満ちた冒険者は、どんな冒険に出発するのかな。


 僕は右を見たり左を見たり。視線につられてふらふらと歩く僕を、ルイセイネが微笑みながら見ていることに気づいた。


 は、恥ずかしい。


「エルネア君はとても楽しそうですね」

「そ、そうかなぁ」


 顔を赤らめてはにかむ僕。


 浮かれているのかな。そうかもしれない。

 初めての長旅で、しかも相手は美人さんのルイセイネと二人きりなんだ。

 さっきまでの重い気持ちは何処へやら。僕はすでに旅を満喫していた。


「よかったです。エルネア君が嫌々だったらどうしましょうと、不安でした」

「ぜんぜん嫌じゃないよ。それに今回の奉仕作業? は僕が約束を守らなかったせいなんだしね」


 ルイセイネに同行して副都まで行くのがどんな奉仕作業になるんだろう、という疑問はあるけど、これは僕が原因なんだ。ちゃんとルイセイネを守って旅をする事に嫌な気持ちなんて無いよ。


「そう言っていただけると助かります。でも、この奉仕作業と約束事は別ですからね。ちゃんと秘密を教えてくださいね」

「う、うん。ちゃんと教えるよ。もうちょっと人通りが少なくなったら言おうかな」

「あらあらまあまあ。ついに教えていただけるのですか」


 嬉しそうに微笑むルイセイネ。


 もちろん教えるよ。今回はちゃんとスレイグスタ老に許可も取ってきているんだ。

 ルイセイネが僕から見て信用の置ける人なら、何を話すかは任せるらしい。

 ルイセイネは巫女なんだし、もちろん信用に足る人物で間違いないよね。

 だけど、ルイセイネに話したことがキーリとイネアに伝わって、リステアに伝わって。それだけならまだ良いんだけど、そこからいろんな人に広がるのはまずいから、ちゃんと口止めだけは約束してもらわなきゃね。


 ところでずっと疑問だったんだけど、僕が今回のルイセイネの旅に同行するだけで、なんで奉仕作業になるんだろう。

 ルイセイネは見るからに巫女様なんだよね。

 そして、巫女様には危険が少ない。


 人族は老若男女全ての人が、創造の女神様を信奉する敬虔けいけんな信徒なんだ。どんな極悪人でも信仰しているから、人族から襲われることがない。

 魔物の危険はあるけど、ルイセイネは戦巫女。巫女の中でも戦い慣れした神職なんだよね。

 そんな安全確実なルイセイネに、僕が同行する必要性があるのかわからなかった。

 だから聞いてみた。


「ええっと、それはですね……」


 途端に顔を赤らめて俯くルイセイネ。


「あ、後ででも良いですか。わたくしもちゃんとお話ししますので」


 そう言って、ルイセイネはそそくさと僕の先を歩き出した。

 慌てて後を追う僕。


 何だろう。何かこの旅には秘密があるのかな。後で教えてくれるということだから、それを信じよう。


 僕はルイセイネに追いつき、話題を変えた。

 気まずい雰囲気なんて嫌だもんね。

 長旅なんだし、道中は楽しい方が疲れないよ。


 僕とルイセイネは会話に花を咲かせながら、街道を東へ進む。

 程なくすると、街道沿いの建物が少なくなっていき、田畑が目立つようになってきた。

 王都の東側には広大な穀倉地帯がある。北南西と拡張の余地がない土地ばかりで、東にしか設けられなかった、というのが実情だと思うんだけど。


 ただし、この穀倉地帯は非常に豊かで、アームアード王国だけでなく隣国のヨルテニトス王国にも輸出されている。


 代わりにヨルテニトス王国からは、牛肉や羊肉などの食肉が多く輸入されているんだとか。座学で教師が言ってました。


 肥沃な平原の穀倉地帯には村や町が点在していて、街道からは多くの枝道が延びていた。

 だけど、僕たちは本筋をひたすら東へと歩く。


 このまま副都までは穀倉地帯が続くと、ルイセイネが説明してくれた。


 ルイセイネは神殿のお使いで、たまに副都に行くらしい。いつもはキーリとイネアとの三人組らしいけど、あの二人は現在、勇者のリステアと行動中なんだよね。

 何をしているのかは、帰ってきてからリステアに聞こう。


 いよいよ建物がまばらになり、秋の収穫前で黄金色に輝く田畑を横目に歩いていると、前方に休憩所が見えてきた。


 街道には、旅人が休憩できるようないこいの場所がいくつも点在しているみたい。

 それは大木の木陰の周りに広場が作られた場所だったり、あるいは屋根付きの建物できちんと整備されてたりする。


 前方に見えるのは、大木の下に何人かが座れる長椅子が置かれているだけの、簡素なものだった。


 そして、その長椅子には一組の母子が座って、こちらを見ていた。


 母子?


 気のせいかな、何か見たことがあるような気がするんだけど……

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