幼女と子猫
「おばあちゃん、お誕生日おめでとうございます」
「大おばあちゃんおめでとうだよ」
僕とプリシアちゃんは、おばあちゃんのところへと行き、お祝いの言葉をかけた。
「おやまあ。これは親切にありがとうねえ」
そうしたらおばあちゃんは、わざわざ立ち上がって僕たちを迎えてくれた。
おばあちゃんに促されて、隣に座らせてもらう。
おばあちゃんの横に座っていた壮年の髭長おじいちゃんが席を譲ってくれた。
お礼を言って座ると、プリシアちゃんは僕の膝の上に座ってきた。
なんでこんなに懐かれているのかな。
プリシアちゃんはさらに抱きついてくる。
「おやおや。随分と好かれたわねえ」
プリシアちゃんを見て、おばあちゃんは微笑む。
「ど、どうしてなんでしょうね」
苦笑いを浮かべる僕。抱きついて居心地良さそうなプリシアちゃん。そしてプリシアちゃんを優しく撫でるおばあちゃん。
とても不思議な光景が広場の中央に完成していた。
ああ、耳長族の人たちの注目の視線が痛いです。
「この子はね。とても特別な子なの」
おばあちゃんは僕に優しく話しかけてきた。
「私たち耳長族は、精霊と共に生きる種族。精霊に恵みを与え、代わりに使役して役に立ってもらうのよ」
言っておばあちゃんが右手をかざすと、水色の小さな女の子が空中に突然、水が弾けたように現れた。
水色の少女はそのまま空中を漂い、僕に笑いかける。
「んんっと、大おばあちゃんの大精霊だよ。お水が得意」
水色の少女を見て、プリシアちゃんが教えてくれた。
「えっ。人の姿をしてるんですか」
驚く僕。
だって、精霊が人の姿をしているなんて知らなかったよ。
物語なんかじゃ、属性に合わせて光る粒だったり爬虫類や魚や鳥の姿だったりしていたと思うんだけど。
「大精霊さんになると、人の姿なんだよ」
「ほおおう。そうなのか」
初耳だよ。
「それじゃあ、少し詳しく教えましょうかねえ」
おばあちゃんは僕が頷くのを確認してから、言葉を紡ぐ。
耳長族の大長老様から直接精霊のことを聞けるだなんて、とても貴重だよ。
学校の座学だと、軽く触りを教えてくれる程度だもんね。
「精霊には、幾つかの階級があるのよ。低い子たちだと光の粒や、場合によっては気配を感じるだけの子もいるの。次に昆虫の姿の子たち。もっと力の強い子たちは獣の姿をしていたりするわねえ」
ゆっくりな話し方のおばあちゃん。性格も大らかな人なんだろうね。言葉や仕草の全てから優しさを感じるよ。
「そして一番上位の子たちは、人の姿になるの」
おばあちゃんが手招きすると、水色の少女はおばあちゃんの前までやって来る。
「それじゃあ、見た目でどれくらいの精霊かがわかるんですね」
僕の返答に、ふふふ、と微笑むおばあちゃん。
「んんっと。違うのもいるよ」
水色の精霊を掴もうと手を伸ばすプリシアちゃん。水色の女の子は、空中ですいすいとかわして逃げて遊んでいる。
「これはあくまで基本的なことねえ。使役する本人の好みで、姿を変えることはよくあるのよ」
「お水の子は、本当は大人の人」
プリシアちゃん、僕に乗ったままじゃあ水色の女の子は捕まらないと思うよ。
「そうねえ。この子は本当は大人の姿。でも今は子供の姿をさせているのよ。ただし、下位の精霊が上位の精霊の姿になることはできないわねえ」
ふむふむ、勉強になるね。
つまり、上位の人の姿の精霊は下位の獣や光の粒に任意でなれるけど、逆に獣型や光の粒のような下位の精霊は上の精霊の姿にはなれないのか。
水色の女の子がプリシアちゃんにねだられて、水芸を始める。
きゃっきゃと喜ぶプリシアちゃん。
「次に、属性の種類かしら」
精霊の属性といえば、今現れている水色の女の子が水属性だね。他にも火風土なんかが最も一般的なのかな。
雷や氷、珍しいもので光や闇がよく物語には出てきた記憶がある。
僕とおばあちゃんが属性の話をしていると、プリシアちゃんが僕の右腰に挿している木刀をつんつんと突つく。
「お兄ちゃんは霊樹の精霊」
プリシアちゃんの言葉に、周りで聞き耳を立てながらお酒を飲んでいた数人の耳長族が驚いてこっちを見る。
ええっと。僕が霊樹の精霊?
首をかしげる僕。
「そうねえ。とても
おばあちゃんもプリシアちゃんに頷いて、僕を見る。
「ど、どういうことでしょうか」
たまりかねたのか、そばの中年の男性が声をかけてきた。
「最初に、プリシアは特別な子、と言いましたね」
おばあちゃんの言葉に頷く僕。
「この子は、霊樹の精霊が見えるのよ。そして、貴方には霊樹の精霊が憑いているの」
驚く僕と周りの耳長族の人たち。
霊樹の精霊が僕に憑いている? 何でだろう?
身に覚えがないなと思って、さっきから木刀を触っているプリシアちゃんで気付く。
「も、もしかして、この木刀が関係しますか」
「んんっと。この霊樹と一緒に精霊さんがいるよ」
プリシアちゃんの言葉に、どよめきが起きた。
「な、なんと。その木刀は霊樹で造られているのですか」
髭のおじいちゃんが驚いて、まじまじと僕の木刀を見る。
霊樹で造られているというか、霊樹そのものなんだけどね。
「その霊樹に宿る精霊が貴方を気に入っているみたいねえ。そして、プリシアは霊樹の精霊を使役できる特別な子なのよ」
おばあちゃんに特別な子と言われて、プリシアちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。
「僕には霊樹の精霊が憑いていて、その精霊を使役できるプリシアちゃんは特別な子? それと僕にプリシアちゃんを預けようとするのには関係があるんでしょうか」
「まさに、そこねえ。霊樹の精霊を使役できるといっても、そもそも霊樹の精霊が周りには居ないの。この森全体でも数体居るか居ないかくらいかしらねえ。見つけるのも大変。だから、貴方のそばに居ることができれば、確実に霊樹の精霊と接することができるわねえ」
「霊樹の精霊さんと接することは大切なこと?」
それって、今日会ったばかりの人族の男性に大切な子供を簡単に預けるほどのことなのかな。
「ふふふ。とても大切ねえ。なにせ、この森の耳長族を将来纏める者には必須の能力ですからねえ」
言っておばあちゃんは、プリシアちゃんの頭を撫でてやった。
プリシアちゃんは気持ちよさそうに目を閉じる。
「えええっ。ってことは、この村の将来の族長はプリシアちゃんなの!?」
「そうねえ。なにせ現在、霊樹の精霊を使役できるのは私とこの子しか居ませんからねえ」
うわああ。将来の耳長族の族長さんを預かるなんて、僕にはできないよ。ただでさえ突然のことで困惑しているのに、荷が重すぎるよ。
僕があわあわと慌てていると、不意にプリシアちゃんが明後日の方向に視線を向けた。
垂れ耳がぴくりと反応する。
次いでおばあちゃんが、プリシアちゃんの見る方角へと視線を向ける。
「何かしらねえ。この村には獣であっても簡単には入ってこられないのに」
「んんっと。にゃんこ?」
プリシアちゃんは僕から離れて立ち上がる。そして僕の手を取って、視線の先へと連れて行こうとした。
僕は困っておばあちゃんを見る。
「様子を見て来てもらえると助かるわねえ。プリシアにも精霊はいますから、危険はありませんよ」
おばあちゃんのお墨付きをもらって、僕とプリシアちゃんは広場から抜け出した。
他にも誰か付いてくるかな、と思ったけど、他の耳長族の人たちはおばあちゃんの周りに集まって何やら話し出していた。
「こっちこっち」
プリシアちゃんに導かれて、僕は村の外のお花畑へと向かう。
にゃんこと言っていたから、猫が迷い込んだのかな。
二人でお花畑にたどり着き、耳をすますと、確かににゃあという子猫のような鳴き声が聞こえてきた。
「んんっと。あ、居た」
プリシアちゃんが指差す場所。沢山のお花に沈むように、一匹の子猫がいた。
「にゃんこ」
子猫を抱きかかえるプリシアちゃん。
子猫……なんでしょうか?
気のせいかな。僕の知っている猫とは、少し姿が違うような……
白くふわふわの長い毛並み。毛先が少し桃色に染まっていて、遠くから見たら薄桃色の体毛に見えるかもしれない。それと体長の倍くらいありそうな長い尻尾。
うん、これは珍しい色と尻尾だけど、こういう猫はいるかもしれないよ。
でもね……
長い垂れ耳と、その横に生えた羊のような丸まった可愛い角。
そして背中には。
きっと気のせいだよね。小さく畳まれた翼があった。
「可愛いにゃんこ」
「にゃあ」
プリシアちゃんに抱きかかえられ、嬉しそうに目を細めるにゃんこ。
いやいやいや。
これはにゃんこじゃないでしょう!
「ととと、とりあえず、おばあちゃんの所に戻ろうか」
動揺を隠せない僕を不思議そうに見つめるプリシアちゃん。でも素直に村の広場に引き返してくれた。
偽にゃんこを抱きかかえたままね。
広場に戻ると、相変わらずの賑やかさだった。
ただし、おばあちゃんの周りには人集りができて、ミストラルは数人の女性と仲良くお話しをしていた。
「大おばあちゃん。にゃんこ」
「にゃあ」
広場の半ばでプリシアちゃんが偽にゃんこを頭上に掲げ、大きな声で言う。
そしたら、みんなの注目を浴びた。
そして沈黙。
続いて騒ぎになった。
「いやいや、猫じゃないだろう」
「な、なんだそれは」
皆さんお気付きですね。そうです、にゃんこなんかではありませんよ。大変ですよ。
広場中が大騒ぎになった。
大人たちは顔を引きつらせ、若者は興味津々に近づいては逃げていく。
お年寄りは右往左往。
そんな中、おばあちゃんが杖をついてやって来た。
「にゃんこだよ」
「にゃあ」
「おやまあ」
おばあちゃんだけは取り乱していなくて、プリシアちゃんが頭の上に乗せた偽にゃんこを優しく撫でた。
「エルネア、これはいったい」
広場中の騒ぎの中心に僕がいるのを見つけたのかな。ミストラルが隣に来てくれた。
だけど、ミストラルも偽にゃんこを見て顔を引きつらせていた。
「これは困ったわねえ」
全然困っている風には見えないよ、おばあちゃん。
偽にゃんこはおばあちゃんに撫でられて嬉しそうだ。
そして騒ぎの元凶であるプリシアちゃんは、騒ぐみんなを見て何を勘違いしたのか、楽しそうに喜んでいた。
「あなた達とはもっとお話しがしたいのですが。これは急いでスレイグスタ様の元へと帰られた方がいいかもしれませんねえ」
ひとしきり偽にゃんこを撫でてから、おばあちゃんは僕とミストラルに促した。
そ、そうだよね。これはスレイグスタ老に相談した方が良いのかもしれない。
僕とミストラルは頷きあう。
「プリシアとにゃんこも行く」
僕の服の裾を掴むプリシアちゃん。
「そうねえ。貴女もいってらっしゃいな。お母さんには私から言っておきますからねえ」
ええっと、そんなに簡単に僕たちに大切な子を預けてもいいのかな、と思うんだけど。
でも偽にゃんこはプリシアちゃんから離れようとしないし、一緒に連れて行った方が良いのかな。
ミストラルを確認したら、彼女も困り顔だったけど、しかたない、という感じだった。
「そ、それじゃあ、プリシアちゃんを預かっていきますね。なんかきちんとお祝いできなくてごめんなさい」
「大長老様、プリシアはこのミストラルにお任せください。また遊びに来させていただきます」
「大おばあちゃん、いってきます」
「にゃあ」
「はい、いってらっしゃいな。あなた達に精霊の加護がありますように」
僕たちはおばあちゃんに見送られて、急いで耳長族の村を後にした。
本当はもっと楽しみたかったんだけど、緊急の用件だと思うから仕方ないよね。
またプリシアちゃんを送り届けたときにでも、ゆっくりと村を案内してもらおう。
僕は少しだけ後ろ髪を引かれつつ、プリシアちゃんと手をつないで、ミストラルと並んで森の中へと入った。
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