将来は大賢者
僕たちは大勢の耳長族を引き連れて、村の広場にやってきた。
外部からの来訪者は珍しいのか、丸い耳が珍しいのか。大勢の耳長族の人が入れ替わり立ち替わり、僕たちの周りを囲む。
ええっと、どこが排他的な種族なんたろう。耳長族の人たちはものすごく親切で、握手をしてくれたり親しげに話しかけてくれたりしているよ。
「ふふふ、エルネアは大人気ね」
ミストラルも、村に受け入れられた様子の僕を見て嬉しそう。
「なんでこんなに人気なのかな」
いくらなんでも、注目を集めすぎだよ。引っ切りなしに大勢の耳長族の人たちがやってくる。
お祭りだなんて言ってたけど、僕の歓迎祭りだったりして。と冗談気味に思っていると、耳長族の人の群れが左右に割れた。
なんだろうと見ると、先から杖をついたおばあちゃんがやってきた。
「大長老のユーリィ様よ」
ミストラルに言われて、僕は慌ててお辞儀をする。お辞儀をして、そういえば耳長族の礼儀作法を知らないことに気づく。
「初めまして、人族の少年君。私の誕生日のお祭りに、よく来てくれましたねえ」
なるほど、大長老様の誕生祭だったんだね。
「初めまして。エルネア・イースといいます。お招きいただいて光栄です」
「ふふふ、畏まらないでねえ。竜姫様の旦那様ですもの。心より歓迎いたしますよ」
そうか。ミストラルの将来の夫だから、僕はあり得ないほどの歓迎をされているんだね。
少し自分の立場がわかって、ほっとする。
それにしても。耳長族にも敬意を払われるなんて、竜姫という称号はすごいんだね。
「ささやかな場だけど、今日は楽しんでいってくださいねえ」
杖をついたおばあちゃんの優しい微笑みに、僕も周りの人もみんなが癒されて、自然と笑みが零れる。
「さあ、長老様。お席の方へ」
綺麗な女性がおばあちゃんの手を取り、広場の中央へ案内する。
村の中心なんだろうか。広場の中央は一段高くなっていて、周りには沢山の花や飾り枝で華やかだ。
その中央に席が設けられ、おばあちゃんと何人かの老人が一緒に佇む。
広場に沢山の人たちが集まって来て、手に手に杯を持つ。
至る所に席が設けられて、見たこともないような沢山の料理が置かれていた。
僕とミストラルも、近くにいた男性から杯をもらう。
「それでは、貴賓の方々も揃ったことですし」
大長老の横に立つ壮年の男性が、杯を掲げた。
長い髭がかっこいい。
「大長老の千三百二十一歳の誕生の日を祝して」
乾杯、と全員声をそろえて杯を掲げた。
そこからは、盛大な祝賀会となった。
飲めや歌えの大騒ぎ。配られる杯の飲み物は果実満点で、出される料理もとても美味しかった。
大長老のおばあちゃんはみんなからお祝いされて、とても嬉しそうだ。
ミストラルは耳長族の女性陣に囲まれて、貴女がまさか人族の男の子と結婚することになるとはね、と祝福されていた。ミストラルは終始、恥ずかしそうに顔を赤らめていたよ。
そして僕は、男性陣に包囲されていた。
「貴様、よくも我らのミストラル嬢を奪ってくれたな」
「馴れ初めを聞かせろ」
「俺は断じて認めーん!!」
口々に恨みの篭った言葉を聞かされて、苦笑する僕。
やんややんやと男の人たちに追いかけ回されて、僕は村中を逃げ回ることになった。
そうしたら、いつの間にか僕を捕まえる催しになっていて、景品まで準備されていた。
「さあ、ミストラル嬢の未来の夫であるエルネア君を捕まえた者には、大長老様から褒美が出るぞ」
祝賀の音頭を取っていた壮年の男性が宣言すると、耳長族の人たちから歓声があがる。
か、勘弁してよぅ。
耳長族は叡智に長け、上品な種族と思っていたんだけど。人族と同じように騒ぎ楽しむ姿に触れて、すごく親近感を感じたよ。
だけど、捕まって揉みくちゃにされるのはまっぴら御免です。
僕は必死で逃げ回った。
助けてミストラル、と思ったけど、いつの間にかミストラルは大長老のおばあちゃんと楽しくお話をしていた。
何をお話ししているんだろうね。と、そんなこと考えている余裕はない。逃げなくちゃ。
僕は茂みに隠れたり、軒下に隠れたり。
でも、村を熟知している耳長族から隠れるなんて出来るわけもなくて、すぐに見つかって追いかけ回された。
ふふふ。でも捕まらないよ。
逃げ足には自信があるんだ。
いつも魔獣から逃げ回っていたからね。
僕は竜気を使って身体能力を上げ、逃げる。
僕の逃げ足っぷりに、誰かが流石はミストラル嬢の婿殿だ、と感心してくれていた。
ううんと、それって逃げ足を褒めているのかな。それとも、竜気の扱いを褒めてくれていたのかな。微妙なところだね。
そして逃げ回っているうちに、僕は村外れの一件の家屋の陰に隠れた。
追いかけてくる人たちを引き離してさらに走ったから、いっときは休憩できるかな。
僕は荒い息を整えながら、周囲を警戒した。
「まったくもう。今日は大長老のおばあちゃんの誕生日をお祝いするお祭りなんだよね。なんで僕が追い回されちゃうんだ」
ひとり愚痴る僕。
「うん。大おばあちゃんのお祝いなのにね」
「そうそう。だから、僕なんて追い回さなくて、おばあちゃんのお祝いをしなきゃさ」
「んんっと。でもね、村が楽しくなって、大おばあちゃんも嬉しそうだったよ」
「えへへ、そうなのか」
んん?
僕は一体誰と会話しているのかな。今更ながらに気づいて、僕は辺りを見回した。
誰も居ない、と思ったら、服の裾をつんつんと引っ張られた。
視線を落とす僕。
「んんっと。こんにちは」
いつの間にか、足下に小さな女の子が立っていた。
「こ、こんにちは」
僕は目を丸く見開いて驚く。
みんなを撒いて、誰もいないと思っていたのに。
気付かないうちに、幼女に捕まっていたよ。
幼女は満面の笑みを浮かべていた。
すごく可愛いですよ。
もふもふと柔らかそうな、僕と同じ栗色の髪の毛。瞳は猫のように可愛く、唇はほんのり桃色。垂れた長い耳が、髪の毛の隙間から見える。
小柄で小動物のような雰囲気だよ。
歳は五歳くらいなのかな。
「あれれ、いつの間に捕まっちゃったのかな」
「今捕まえたんだよ」
しっかりと僕の服の裾を握って、離そうとしない女の子。
「み、見逃してくれないかなぁ」
「いやいやん」
大きく首を横に振る女の子。
か、可愛い。
抱きしめたい衝動が沸き起こってくる。こんなに可愛い子供を見たのは初めてだよ。
「きみ、名前はなんていうの?」
この女の子になら捕まってもいいかな、と諦める僕。
僕は屈んで、女の子と目線を合わせた。
「んんっと。プリシア!」
プリシアちゃんが元気よく挨拶したので、近くに来ていた大人の人に見つかってしまった。
「そんなところに隠れていたのか」
見つかってしまったけど、すでにプリシアちゃんに捕まってしまった僕は、素直に姿を現す。
「プリシアが捕まえたんだよ」
「なんだ、お前が捕まえちゃったのか。それじゃあ仕方ないな」
しっかりと僕の服の裾をつかんで一緒に現れたプリシアちゃんを見て、駆けつけた大人の人たちも諦める。
「そんじゃあ、広場に戻るか」
残念、と肩をすぼめて、大人たちが戻っていく。
どんだけ僕を捕まえたかったんだ、あなた達は。
大人たちの落ち込みように、僕が驚かされた。
そういえば、子供をほとんど見かけないけど、どうしてだろう。
僕は、プリシアちゃんと手を繋いで広場に戻りながら、やって来ては戻っていく人たちを観察する。
現れるのは殆ど大人で、僕やミストラルのような少年少女はほんの僅か。プリシアちゃんと同じくらいの子は、ひとりも見かけなかった。
「プリシアちゃんと同じ歳の子は他に居ないの?」
「んんっと。プリシアが一番下だよ。あとはみんな、ずっと歳上」
プリシアちゃんは僕を見上げて、教えてくれた。
そういえば、耳長族は寿命が長い分、子供が生まれにくいって、よく物語に書かれていたっけ。
「そうなのかぁ」
それじゃあ、同じ年頃で一緒に遊ぶような子は居ないのかな。と考えていると、いつの間にか広場に戻ってきていた。
戻ってきたら、みんながプリシアちゃんを褒め称えだした。
褒められて照れるプリシアちゃん。
頬を赤く染めて、俯き僕にしがみつく。
可愛いなぁ。
僕が頬を緩めていると、ミストラルが近寄ってきた。
あれれ、剣呑な目だよ。
「エルネアはそういう趣味ですか」
な、なんの趣味かな。僕にはわからないよ。可愛いプリシアちゃんを見て、微笑んでいるだけじゃないか。
「ご、誤解だよ」
ぶんぶんと手を振って否定する僕を、白い目で見るミストラル。信じてください。僕は変態さんじゃありません。
ううう、と涙目になると、ミストラルは吹き出した。
「ごめん。からかいすぎたわね」
「ひ、ひどいよ。ミストラル」
頭を撫でて慰めてくれるミストラルと僕を見て、周りの人たちが冷やかしだす。
今度は、僕とミストラルが照れる番だった。
「おやまあ。プリシアがエルネア君を捕まえたのねえ」
大長老のおばあちゃんがやって来て、僕にしがみついたままのプリシアちゃんの頭を撫でてあげた。
「んんっと。あっちで捕まえた」
明後日の方向を指差すプリシアちゃんの愛嬌に、みんなが微笑む。
「それじゃあ、ご褒美をあげなくちゃあねぇ」
「んんっと。プリシアはお兄ちゃんが欲しいよ」
言ってプリシアちゃんは、もっと強く僕に抱きついてきた。
「おやまあ」
苦笑するミストラルと、驚く耳長族の人たち。
僕も驚いてしまったよ。
僕の何が良いんだろうね。
「それじゃあ仕方ないねぇ」
そしてあっさりと快諾するおばあちゃん。
『えええっっ!!』
おばあちゃんとプリシアちゃん以外の全員が、驚き叫ぶ。
「お、おばあちゃん。そんなに軽く言っちゃ駄目ですよ。小さい子供は信じちゃうんですからね」
あわあわと慌てて僕が言うけど、聞く耳持たず。
仕方ない仕方ない、と呟きながら元の場所へと戻って行った。
「エ、エルネア。貴方いったい何をしたの」
ミストラルの困惑した表情。ええっと、僕もわからないよ。プリシアちゃんが懐くようなことなんて、していないよ。
僕も困り顔だし、耳長族の人たちも困り顔だ。
ただひとり、プリシアちゃんだけが、きゃっきゃと嬉しそうに喜びの踊りをしていた。
「大長老はいつも突飛もないことを仕出かすな」
「さすが大長老の
「と、取り敢えず飲むか」
耳長族の人たちは口々にいろんなことを漏らしながら、解散していく。
えええっ。なんで大事にならないの。耳長族の幼女が、人族の年端もいかない少年に懐いちゃっているんですよ。
ご両親はどこですか。
一体全体、どういうことなんだろう。
僕とミストラルだけが、困惑の表情で取り残された。
「エルネア。貴方は大長老様と少し話をしてきなさい。わたしはプリシアを見ているから」
やれやれとため息をついて、ミストラルが言う。
うん、わかったよ。とおばあちゃんの元へと向かおうとしたけど、プリシアちゃんがくっ付いて離れようとしなかった。
「プリシア。少しお姉さんと一緒にいましょうか」
屈みこんでお願いをするミストラル。
「いやいやん」
しかしプリシアちゃんは、頑として僕から離れようとしない。
「仕方ないか。ちょっと一緒におばあちゃんのところに行ってくるよ」
「そうね。それじゃあ、いってらっしゃい」
僕とミストラルは苦笑しあう。そしてミストラルはまた女性陣の輪の中に入り、僕はプリシアちゃんと手を繋いでおばあちゃんの居る広間の中心へと向かった。
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