小さくて可愛いもの

「せっかく大事に持ってきたのに、何てことしちゃうんですか」


 僕が顔を赤くしたり青くしたりする様子に、スレイグスタ老が大笑いをする。


「エルネア、落ち着いて」


 ミストラルが慰めてくれるけど、少しも落ち着けないよ。


「がははは。早合点するでない」

「そうよ。エルネアは勘違いしているわ」


 ううう。何を勘違いしているんだよう。僕たちが採ってきた幼木だ、と今しがたスレイグスタ老自身が言ったばかりだよ。あの小さな木からは、この木刀が取れるような枝なんてなかった。ということは、幹を削って造ったんじゃないの。


「かかか。それが勘違いだと言うのだ」


 スレイグスタ老はやれやれ、という様にもう一度木刀ををつまみ上げ、今度はそれを苔のはった地面へと突き刺した。


 何をしているのかわからない僕は、首を傾げてただ見つめるだけだった。


 すると、地面に刺さった木刀から淡い緑色の光の粒が溢れ出して。

 見る間に持ち手の部分が伸びて太くなり、鍔の枝も伸びて枝をあと数本増やし。

 驚く僕の前で、さっきまで木刀の形をしていた物は見覚えのある幼木の姿へと変貌していった。


「これは、幼木を削って造ったんじゃないのよ。翁の秘術によって姿を変えただけ。だから、地面に刺してあげればちゃんと元の姿に戻るの」

「ううう。それを先に言って欲しいよ」


 涙目の僕を見て、苦笑するミストラル。


「よもや、あれほど取り乱すとは我もミストラルも思わなんだ」

「先に伝えておくべきだったわね。ごめんなさい、エルネア」


 スレイグスタ老とミストラルは、同じように頭を掻いて謝罪してくれた。

 幼木もさらさらと枝葉を揺らして、僕を慰めてくれているよう。


 説明と謝罪が終わると、スレイグスタ老は幼木を地面から引き抜く。

 ちゃんと根っこまで有るんだね。短い根が土を少しだけ掴んでいた。

 そして幼木は、地面から抜けるとまた先ほどのような木刀の姿に戻る。


 姿が変わるなんて、すごい秘術だね。さすが古の老竜、なのかな。


「さあ、受け取るが良い」


 言われて、僕はスレイグスタ老から今度は直接、幼木の木刀を受け取った。


「これは汝に授ける。大切にするがよい」

「はい、大切にします」


 もちろん、大切にするよ。不思議な木だし、なんか可愛いしね。


「では、もう少しその剣について言っておこう」


 僕の返事に満足そうに頷いたスレイグスタ老は、剣のことを詳しく教えてくれた。


「見ての通り、この剣は本来は霊樹の幼木である。霊樹は竜脈を糧にして成長する。しかし剣の姿である以上、地中の竜脈からは糧を得ることができぬ。よって、汝が竜気を与えねばすぐに枯れてしまうだろう」


 そうだよね。生きているんだから、命の糧は必要だよね。

 本当は地面に生えるのが一番なんだろうけどね。


「これからは、瞑想するときに練った竜気を、剣に与えると良い」

「それって、この幼木の木刀に竜気を流し込む感じで良いんですか」

「左様。汝が竜気を与えることによって、その霊樹の幼木は育っていくことだろう」

「うわ、凄いですね。僕の力で育つ命か。責任重大だけど、わくわくもしてきます」


 僕の心意気に、スレイグスタ老は嬉しそうに微笑んだ。


「先ほどのように、地面に刺してやれば元の姿へと戻る。しかし戻ってしまえば、また掘り返して根ごと引き抜くのは汝には難しいだろう。成長すればこれから大きく育つしの」


 そうだね。今は幼木だし、さっきは巨竜のスレイグスタ老だったから簡単に抜けたんだよね。

 これから先、僕が竜気を与えていって成長したら、僕とミストラルでも抜けない大きさになっちゃうんだろうね。


「剣の姿であっても、竜気さえ与えていれば秘術によって霊樹は問題ない。しかしいつか、もしも汝が生涯を過ごす場所が見つかったならば、出来ればその側に植え直してやるが良い」

「はい。いつかこの子をちゃんとした所に根付かせますね」


 それまで剣の姿で頑張ってね、と僕は木刀の姿になった幼木を優しく撫でた。

 そしたら、風とは違うふわりとした優しい気配が耳元を通り過ぎていったような気がした。


「幼木の木刀とはいっても、元は霊樹よ。その辺の武器なんかよりは遥かに硬いわ。それに竜気を蓄えてくれるから、実戦にもきっと使える」


 ミストラルも屈みこんで、幼木の木刀を撫でてくれた。


「そうなのか。これで僕もようやく武器が手に入ったんだね」


 家族でこつこつと貯めたお金で買った初めての中剣は、スレイグスタ老に捨てられちゃったもんね。あれから幾星霜いくせいそう、とまでは言わないけど結構長い間、僕は武器なしだったんだよ。

 遺跡で訓練が行われる度に武器を借りていた僕への、教師のあの痛い視線がなくなるなんて嬉しいな。


「これからよろしくお願いします」


 自然と、僕は木刀に挨拶をしていた。

 それをみたスレイグスタ老とミストラルは同じように微笑んでいた。


 それからは、いつもの日課になった。


 瞑想をして、竜剣舞の練習。帰る前にミストラルと手合わせをする。


 あ、いつもと一緒とは少し違ったね。

 瞑想の時に幼木の木刀へ竜気を与えるという大切なお役目が増えた。

 不思議なことに、胡座あぐらをかいて瞑想していると、太ももの上に置いた幼木の木刀から小さな生命力を感じる。そこへ竜気を流し込んであげると、嬉しそうな気配が僕の周りで踊っているような気がした。


 あと、なぜか木刀は左手に持つように言われた。

 竜剣舞の時は基本二刀流なんだけど、なんで左手に木刀なんだろう。僕は右利きだから右手に持ちたかったんだけどね。

 なので竜剣舞の練習やミストラルとの手合わせの時は、右手には相変わらず薪から手頃な枝を見つけて握っていた。

 ちなみに、遺跡調査なんかでは基本右手に中剣一本なんだよね。






 幼木の木刀を手に入れてから、僕は肌身離さず持ち歩いた。

 そして、相変わらず学校では阿呆の子呼ばわりだった。

 なにせようやく手に入れた武器が、見た目は荒削りの木の枝木刀で。しかもそれを武芸の訓練でも振り回すことなく、相変わらず瞑想をしているのだから仕方がないよね。


 そして予想していた通り、勇者のリステアと愉快な仲間たちは忙しくなって学校をよく休むようになる。

 そうすると巫女のキーリとイネアもリステアに同行することが多くて、独りになったルイセイネは僕によく話しかけてくるようになった。


「それで、あの秘密のお薬のことなどはいつ詳しく教えてくれるのでしょうか」


 ある日、ルイセイネに突っ込まれて僕は慌てたよ。そうだった、ルイセイネには少し詳しく教える約束をしていたんだよ。じつはまだスレイグスタ老とどこまで言っていいのか打ち合わせをしていなかったので、言葉に詰まってしまった。

 そんな僕を見て、微笑むルイセイネ。


「きっといつか、教えてくださいね」


 そう言ってそれ以上は追求しないルイセイネ。

 ルイセイネはやっぱり優しいね。


 そうそう。ルイセイネだけは、幼木の木刀を可愛いと言ってくれた。

 なんでも、鍔の枝先についた三枚の葉っぱと木刀に絡まった細い蔓が見ていて可愛いらしい。

 この可愛さがわかるなんて、ルイセイネもなかなかだね。


 そうやって夏を過ごし、秋に差し掛かる頃。


 竜の森に隠れ住む耳長族から、僕に招待状が届いた。


 森での一件以降、全く見かけなかったけど、そういえばカーリーさんにいつか招待したいって言われていたんだよね。

 平凡だけど忙しい毎日にすっかり忘れていたよ。


「わたしも一緒に行きますよ」


 ミストラルと一緒に、耳長族の村まで行くこととなった僕。

 いったいどういう村なんだろう、と心躍らせて、僕はミストラルと森を進んだ。


 耳長族の村へは、幾つかの手順を踏んで森の中を進まないといけないらしい。

 僕ひとりでも行けるようにと、ミストラルは説明しながら進んでくれた。


 まずは森の中で古木を見つける。その古木の周りをぐるぐると三周。

 そしたら南へと歩く。

 そうすると小さな池が現れるので、今度は池の周りを一周。

 一周回り終えると最初の場所に道が出来ていて、あとは道なりに進む。


「これで耳長族の村へとたどり着くの?」


 意外と単純な仕掛けに、僕は驚いた。


「手順を知っていれば簡単だけど、普通最初の古木を三周も回る人なんていないわ。それに迷いの呪いがかかっているからね。耳長族の意に沿わない人は、手順を知っていても森で迷うのよ」

「ふううん、そうなのか」


 確かに言われてみると、古木を三周して南の池をさらに一周なんて、普通はしないよね。しかも迷いの呪いがかかっているなら、知っていても意味がないのか。

 もしも誰かが手順を言い広めても、辿り着けないようになってるんだね。


 ミストラルと話していると、いつの間にか周りは色とりどりのお花畑になっていた。

 そしてその先に、村があった。


 木製の柵で囲まれていたり、入り口に門があるわけじゃない。

 お花畑の先から木造の家が建ち並んでいて、それが村なんだな、とわかる。

 家と家の間は王都の住宅事情よりも何倍も広くて、その間を行き交う人が何人か見えた。


 通りかかったひとりが僕たちに気づいて、急いで村の奥へと走っていくのが見えた。


 緊張してきたよ。

 耳長族は排他的な種族という話をよく聞くので、招待されたといっても訪れるのには若干の恐れがあった。


 喚んでおいて、人族は帰れ、なんて言われないよね。


 緊張した足取りで村に近づくと、大勢の人たちが村の奥から現れた。


 思っていたよりも村は大きいのかな。予想外の人の多さに、僕は驚いた。

 何十人といるよ。これがみんな、耳長族なんだよね。


「すごいね」


 僕は隣を歩くミストラルに呟いた。


「ふふふ。大歓迎ね。きっと楽しい一日になるわ」


 ミストラルは僕に微笑んで、お花畑を進む。


「よく来てくれました」


 村人の最前列で出迎えてくれたのは、カーリーさんだった。

 相変わらず鋭い顔立ちだけど、口元には笑みを浮かべている。


「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「こんにちは。これは翁からの差し入れです」


 僕は挨拶をして、ミストラルは持ってきた壺をカーリーさんに手渡していた。

 壺の中身は、霊樹のしずくなんだとか。朝露で霊樹の葉からこぼれ落ちた水滴を丁寧に集めたもので、普通のお水なんだけどすごく美味しいんだ。

 僕はいつも苔の広場で飲んでいたんだけど、実は貴重なものだったらしい。

 耳長族へのお土産になるくらいなんだからね。


「これはありがたい。皆で美味しくいただきます」


 カーリーさんはとても喜んで、壺を受け取っていた。


「さぁ、今日はお祭りです。どうぞこちらへ」


 案内されて、僕とミストラルは村の中へと入っていく。


 今日は耳長族の村のお祭りだったんだね。何をお祝いするお祭りなんだろう。


 僕は初めて見る耳長族の村を、興味津々に眺めながら進む。


 家々はどれも木造だ。王都では石造りが殆どだから、木の家は珍しい。石造りの無機質感とは違って、見ていてなんか暖かくなるね。

 家はどれも平屋で、さほど大きくはない。ただし、とても開放的で、中には外壁の一部が全くなくて家の中身が丸見え、という物件もあった。

 道も石で舗装なんてされていない。むき出しの土が踏み固められて、それが道になってた。


 村の中にもたくさんの木が生えている。草花が生い茂るところなんかもあって、家や道はそういった自然の邪魔にならない場所にあるような気がする。


 まさに、自然と調和した村、なんだね。物語で見聞きするような幻想的な世界が、僕の目の前に広がっていた。

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