平地に揃う者たち

 誰だ! イドよりも僕の方が恐ろしいなんて言ったのは!

 ドゥラネルだっけ?


 ないないない。絶対にない!


 他の竜王とは違う異質な強さと気配を見せたイドは、獣魔将軍ネリッツを瞬殺すると、その場に座り込んだ。

 血に染まった瓦礫の山の頂上でどっしりと腰を下ろしたイドの姿は、竜王というよりも化け物を連想させる。


 畏怖いふとか気高いとかとは真逆。どちらかというと、狂気に染まったオルタに近い気配を感じて、近づくのが躊躇ためらわわれる。


 イドは背後の僕たちに気づいているのかいないのか。

 圧倒的な暴力でひねり殺したネリッツの遺骸いがいを、座った姿勢のままで砦の西へと放り投げた。


 砦の西。すなわち竜峰方面の森からは、魔将軍を失った今でも魔族が大量に押し寄せてきていた。魔法の雨も、地上から空へと放たれ続けていて、ネリッツひとりを倒しただけでは魔族の侵攻が止まらないことを見せつけている。


 イドはその軍勢へと、ネリッツの遺骸を投げつけた。

 ネリッツの無残な遺骸を見た魔族が足を鈍らせる。だけど、それ以外の魔族は破壊の狂気に取り憑かれたように、王都へと侵入してくる。


 イドは、侵入した魔族には目もくれない。代わりに、魔法を空へと放つ魔族へ向けて竜術を飛ばす。


 他の竜王のように練磨れんまされた竜術ではない。ジルドさんのような緻密ちみつに織り込まれた術でもない。

 単純に巨大な竜気を溜め込み、放出する。

 だけど破壊力は絶大で、霊樹の宝玉を使った双子王女様のような威力で爆発した。


 西の砦の先に広がる竜峰の麓の森。そこに隠れて魔法を放つ魔族めがけて、イドの竜術が飛ぶ。

 個別の狙いなんてない。魔法が放たれているおおよその地点に竜術を適当に飛ばすだけ。それだけで大爆発が起こり、周囲の魔族もろとも消し飛ばす。


 イドはそうやって、瓦礫の上に座ったまま魔族を蹂躙していった。


 違うんだ。イドは、他の竜王とは別格だ。

 僕や、他の竜王よりも段違いに強い竜気を荒々しく扱い、その圧倒的な力で一方的な戦いをする。


 子竜とはいえ、ドゥラネルを有無を言わさず押さえ込んでいただけの実力がある。

 単独で平地に降り、リステアたちに同行するだけの能力を持っている。


「どうした? そこで突っ立っていても魔族は減らねえぜ」


 イドは森へと竜術を飛ばしながら、首だけを動かしてこちらへと声をかけてきた。


 イドの力押しの戦いに、つい足を止めてしまっていた。

 イドは、やっぱりこちらの存在に気づいていたみたい。


「可愛い容姿に強い竜気の人族の少年。傍には剣術馬鹿。お前らが竜王エルネアと魔族のルイララだろう?」

「はい。イド、初めまして」


 イドの周りだけが、魔族が近寄らず魔法が飛んでこない空白地帯になっていた。

 僕とルイララはその空白地帯へと足を踏み入れる。


 上空では、魔法の雨の隙間ができたことでレヴァリアが攻勢に転じていた。

 レヴァリアは、イドのことを知っているのかな?

 竜峰で暴れまわっていたんだから、お互いのことは知っていてもおかしくない。

 地上のこちらの様子を気にした感じはなく、溜まっていた鬱憤うっぷんを晴らすように暴れ始めたレヴァリア。だけど魔族の軍勢は数も多く、広い範囲に分散して侵攻してきていた。


 イドの竜術とレヴァリアの炎を掻い潜った魔族が、次々に王都内へと侵入していく。

 西が劣勢と判断したのか、ユグラ様や竜騎士たちが集まりだしているけど、魔族の圧倒的な数に対抗できていない。

 西の砦周辺は魔族に占領されつつあった。


「なんだ。意外と余裕そうだな。同族が死んでいっても、国が守られたらそれで良いという考え方か?」


 周囲の現状は悪い。

 イドの竜術やレヴァリアや竜騎士の奮闘でも、魔族の進撃は止められない。

 その状況に積極的には手を出さない僕の姿を見て、イドは眉根を寄せる。


 イドの側にたどり着いた僕は首を横に振った。


「いいえ、国よりも命の方が大事ですよ」


 立って周囲を見渡す僕。隣で座っているイドは、それでも僕と同じくらいの目線だった。

 巨漢のセスタリニースやヤクシオンよりもさらにひと回り巨躯のイドも、釣られて周りを見渡す。

 ただし、竜術は絶えず放ち続けている。


「僕の竜力はイドほどではないので、戦い方を誤るとすぐに衰弱してしまうんです」


 瞑想をすれば回復できる。だけど結局、瞑想中は戦いに参加できないことになる。

 空間跳躍でも竜気を消耗するけど、竜宝玉を解放すれば連続使用くらいは許容範囲内だ。

 だけど、もしも闇雲に戦って竜気を消耗したときに大切な場面が訪れたら。万全で挑むことができないし、戦局を左右するかもしれない戦いで負けたら話にならない。

 それに、僕はひとりじゃない。


 足もとから、慣れ親しんだ気配が湧き上がってくるのを確かに感じていた。


 僕より少しだけ遅れて、イドとルイララも感知する。イドが少しだけ身構えたけど、大丈夫ですよと笑って和ませた。


 魔法で崩れた外壁の瓦礫を越え、王都内へと侵入してくる魔族の軍勢。

 レヴァリアや飛竜騎士団の攻撃が届かない場所で、なぜか魔族の悲鳴があがった。


 突如として現れた巨大なうさぎが、魔族を踏み潰す。草食動物ではない殺気をまとった鹿が、つので魔族を串刺しにする。猿のような魔獣が丸太のような腕を振り回し、巨大な蛇が絞めあげる。鋭い牙や爪を光らせ、狼やひょうに似た魔獣が戦場を滑らかに駆け回る。

 不意打ちのように地表から湧き上がった魔獣たちが、魔族を襲う。かと思ったら、魔獣たちはすぐさま地表へと消えていった。


 突然の襲撃に狼狽える魔族。そこへまた魔獣が姿を現し、襲いかかる。そして遁甲とんこうする。

 さすがのイドも、一瞬だけ目を見開いて驚いていた。


『加勢に来た』


 ぬるり、と僕たちの近くに無音で姿を現したのは、大狼魔獣だった。


「ありがとう」


 駆け寄って撫でてあげると、大狼魔獣は嬉しそうに瞳を細める。


「どういうことか説明しろ」


 魔獣が、魔族を襲う。

 普通なら、魔獣を従える能力を持ったネリッツがいたのだから、魔族と魔獣は敵だと認識していてもおかしくはない。だけど、イドは瞬時に魔獣が味方だと判断したのか、周囲で一撃離脱を繰り返す魔獣から警戒心を解いていた。


「イドのおかげですよ。イドがネリッツを倒したから、警戒していた魔獣たちが動き出してくれたんです」

『竜峰側の魔獣も協力的だぞ。エルネアの助言のおかげであの魔族から逃げ切れたからな』

「ありがとう。でも無理はしないでね」


 魔獣は、人よりも狡猾こうかつで強い。だけど、魔族相手にどれくらい対抗できるかは不明だ。なにせ、魔族のなかには魔獣などよりも遥かに強い者もいる。だから、魔獣たちは慎重に一撃離脱の戦い方をしているんだ。


 大狼魔獣は「魔族なんて!」と意気込んで遁甲していった。


「魔獣たちとは、もともと友達だったんです。だけど、ネリッツは魔獣を操る能力を持っていたから、避難してもらっていたんです。そのうれいがなくなったから、助けに来てくれたんですよ」

「ミリーが言っていたな。変わった竜王だと」

「あんまり自覚はないんですけど……」

「暴君を手懐てなずけ、魔獣と魔族に友を持つ。変人だろうよ?」


 がはは、と凶悪な見た目とは違う豪快な笑いをするイド。


「いやあ、嬉しいね。僕とエルネア君を友人と認めてくれるんだね」

「僕は拒否したいけど……」


 あははは、と軽く笑うルイララ。

 だけど僕的には、ルイララとは友達になりたくありません。だって怖いもん。いつ背後から襲ってくるかわからない友達なんて嫌だ。


 レヴァリアが魔族の集団を襲い、散り散りになったところへ魔獣が不意打ちで襲いかかる。撃ち漏らして深く王都へと侵入した魔族を、飛竜騎士団が強襲する。

 激戦のなか、僕たちの周りだけが平和だった。


「それで、次はどんな手を打つんだ?」


 森へと竜術を放ちながらイドは言う。

 無尽蔵とも思える底の見えない竜力。最初はそう感じたけど、近づいて気づいた。

 瞑想時のように深く、イドの気配が沈んでいる。ネリッツと戦っていた時のような凶暴な気配が収まり、精神の根っこが竜脈にしっかりと繋がっていた。そして竜脈から、僕なんかとは比べられないくらいの勢いで力を汲み上げていた。


 会話をしながら極自然に竜脈を汲み取る姿は、その容姿も相まって竜人族というよりも竜族に近いように見えた。


 ああ、違うんだ。

 イドはやっぱり竜王なんだ。

 荒々しい戦い方や凶暴な見た目で判断をしてはいけない。

 竜王とは、厳しい修行を積み重ね、竜人族や竜峰のために功績を挙げた者が手に入れることのできる称号だ。

 暴力的で力任せに見える戦い方や竜術も、実は違う。竜族のように極自然に竜脈を汲み取り、瞬時に高濃度に圧縮した竜気の塊へと錬成する。もしくは身体中に流し、桁違いの身体能力へと変換する。

 誰よりも練磨された竜気の扱いこそが、イドの本当の強さなんだと知る。


 そして、イドの竜王としての能力は、肉体的なものだけではなかった。


「よく考えろ。なぜ魔族がわざわざ遠く離れたこの場所に攻めて来たのかを。考えの足しになるかはわからんが、教えておいてやる。魔族は、他種族の国を支配はしないぞ。奴らは全てを破壊し、新たに作りあげる。人心掌握じんしんしょうあくなんぞ考えていない。支配地域の種族を根絶やしにすることもいとわない。奴らが攻めて来たということは、抵抗できなければ滅びるということだ」

「魔族のやり口を知っているんですか?」

「よく知っている。なにせそうやってミリーの部族は全滅したのだからな」


 イドは、復讐だと言った。

 ミリーちゃんの部族が襲われ、全滅したことへの復讐。イドは、ミリーちゃんのために部族のかたきをとってあげたんだね。

 見た目とは違い、優しい部分も持っている。

 そして、ミリーちゃんに首ったけ!


 出会って間もない間柄だけど、少しだけイドという人なりが理解ができたような気がする。

 いつかミリーちゃんも交えて、ゆっくりと言葉を交わしてみたいかも。

 だけど、イドの言うように次の行動に移らなきゃね。


 そんなことよりもどうするんだ、と急かすイドに、僕は西を示す。


「おおーい!」


 そして、僕は西の空へ向かって手を振った。

 待ち人は来た。


 先ずは、竜峰の奥から咆哮が轟いた。


『飛竜共に遅れをとるなっ』

『突撃ぃっ!』


 地竜の群が、王都へと進撃する魔族たちの背後から襲いかかった。

 地上の支配者は自分たちだと言わんばかりの勢いで、魔族軍を蹂躙じゅうりんしていく地竜たち。

 そしてその上空に、翼を持った者たちの第二陣が姿を現す。


「エルネ……っ」

「エルネア君!」


 銀に近い金色の翼を羽ばたかせ、優雅に、だけど高速で飛来してきたミストラルを押し退けて、アネモネさんが僕へと突撃してきた。


「うわっ」


 勢いよく僕に抱きついてきたアネモネさんを、なんとか受け止める。


「エルネア?」

「うっ。違うんだ。受け止めなきゃ、アネモネさんが地面に激突していたから……」


 ゆっくりと舞い降りるミストラルは美しく、神々こうごうしささえ感じる。だけど、鋭い視線が僕を突き刺していた。


 アネモネさんがミストラルより高速で飛べるはずがない。単純に、着地するために減速したミストラルと、減速せずに突っ込んできたアネモネさんの違い。

 アネモネさんは人竜化できるようになって間もないせいか、まだうまく飛べない。だから僕に突っ込んできたわけだし、僕も受け止めるしかなかったんだ。

 他意はないんだ。

 本当だよ!


 イドは、到着して魔族に対抗し始めた地竜には驚かなかった。だけど地竜に乗って到着した竜人族や、飛来した翼を持つ第二陣の竜人族を見て驚く。


「お前ら、こんな状況で呑気に草や花を摘んでいたのか?」


 そう。ミストラルや到着した他の竜人族たちは、手にかごや袋を持ち、その中にたくさんの草花を積んで運んできていた。


「エルネアの指示でなぁ」

「頑張って摘んできたさ」

「おかげで出遅れちまった!」


 続々と到着する竜人族のみんなが、にこやかに笑う。

 笑いながら、竜術を飛ばして周囲の魔族を倒していっている風景は怖いです……


「お前の目的がわからんな。どういうことだ?」


 この場で僕の意図を理解していないのは、魔獣たちを除けばイドだけだ。

 一刻を争う状況だというのに、竜人族たちに草花を摘みに行かせていた僕の考えがわからないのか、いぶかしがるイド。


 ミストラルたちが運んできた草花からは、戦場には相応しくない華やいだ匂いが溢れていた。


「これは全て、薬草なんですよ。おじいちゃんの万能薬は少ないんです。巫女様たちの法術だけじゃ、怪我人を癒せない。だから、ミストラルたちのような薬草に詳しい人たちに、竜峰で集めてきてもらったんです」


 北は、飛竜と竜人族の戦士たちの主戦力に任せていた。そして西は、地竜たちにお願いしていた。

 誤算は、思った以上にネリッツや他の魔族の到着が早かったこと。


 この戦いは、方々の戦力が揃ったら、数こそ圧倒的にこちらが少ないけど、竜人族と竜族の圧倒的な戦闘力を考えれば対処できると判断していた。

 だけど、どうしても竜峰同盟の網の目を掻い潜って魔族が王都内へと侵攻することは想定していた。

 北の砦の兵力を分散してでも王都内へと向かってもらったのは、その迎撃のため。


 王都内では、飛竜騎士団や勇敢な冒険者たち、そして兵士が魔族を迎え撃っている。もしかすると、神官戦士様や戦巫女様も出ているかもしれない。


 ひとりひとりは魔族に劣るけど、そこは数で押すしかない。

 でもそうすると、必然的に負傷者が増える。


 いやしをつかさどるはずの巫女様は、大神殿で大奏上を行う。

 癒し手が足りなくなる。そう判断した僕は、ミストラルたちに薬草を集めてくるようにお願いしていた。

 よほどの負傷でなければ、巫女様の手をわずらわせずに薬草を使うしかない。だけど、肝心の薬草が不足していたらどうしようもないからね。

 ミストラルたちの到着が少し遅れてでも、集めてもらう必要があった。


「さあ、みんな揃ったわ。次へと移行しましょうか」


 言ってミストラルは、僕からアネモネさんを引き離す。そして今度は、ミストラルが僕の身体に腕を回した。


 ちょっと不満そうに頬を膨らませるアネモネさん。だけどすぐに翼を羽ばたかせて、空へと舞い上がる。


「イドはこのままここで頑張ってくれるかしら?」

「おおう、任せておけ。それで、お前らは?」

「わたしたちは大神殿へ薬草を届けるわ」


 ミストラルはぎゅっと僕を片腕で抱き寄せると、翼を羽ばたかせた。

 僕とミストラルの足が地面から離れる。


「僕は連れて行ってくれないのかな?」


 地上でルイララが苦笑した。


「自力で来るか、イドとここに居て」


 ミストラルはそう言うと、僕を抱えて高度を上げた。

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