最強の称号
怒ったルイララがまた恐ろしい本性を表すかも。という心配は不要だった。
山積みになった鶏竜たちを押し退けて、平然とした姿で出てきたルイララは「困ったね」と僕に向かって苦笑するだけだった。
鶏竜たちも、今の突撃だけで、あの恐ろしい気配を放っていたルイララを倒せたとは思っていないようだ。ルイララの平気な姿を見ても驚かない。
ただし、魔族のルイララがこちらの味方だと知って、僕に事情を説明するように求めてきた。
取り残されたのは住民たち。
ルイララと鶏竜の正体を知らないし、竜心がないので、鶏竜たちがなにを言っているのかもわからない。
彼らから見れば、死霊を退治したのはルイララで、そこに大きな鶏が突撃したように見えただけ。
ルイララの放った殺気はアレスちゃんが防いだので、一般の人々は先ほどの恐ろしい気配には気づいていないはずだ。
そして僕は、ルイララに突撃した鶏に取り囲まれて、慌てている姿に見えているはずだった。
鶏竜、ルイララ、住民たちにそれぞれ説明をしなきゃいけないし、急いでここから避難もしなきゃいけない。
目の前に問題を山積みされたようで、目が回りそう。だけど、ひとつずつ処理していかないと、物事は進まない。
先ずは住民たちに。
「みなさん、この方たちは鶏ではありません。誇り高い竜族なんです。ほら、
言ってるそばから。僕に群がる鶏竜を捕まえようとした大人が鋭い
僕の説明に驚く人たち。
「それと、みんな。応援に来てくれてありがとうね!」
『なあに、芋の少年の願いだ。我らは汝のためならば、どこへでも駆けつけよう』
「ありがとう」
僕が鶏竜と竜心を使って会話をすると、更に驚く人たち。
というか、僕の言葉に耳を傾けている鶏の姿をした竜族に驚いていた。
「ルイララもありがとうね!」
「やめてっ。君のお礼は魂が……」
「ありがとうね!」
「くうっ」
感謝の気持ちは本当です。それと、鶏竜たちの勘違いにも
『エルネアよ。呑気に漫才をしている場合ではないぞ』
鶏竜の
「そうだった。みんなは西から来たんだよね。どういう状況なの?」
鶏竜は飛べるのかな?
地上を爆走してきたところを見ると、飛べなさそう。ということは、西の砦を越えて来てくれたんだよね。
『そうだ。我らは竜の姫の要請で急いで来たのだ』
『西の砦は落ちたぞ。獣魔将軍が現れた』
やはりか、という得心と、とうとう現れたのか、という焦燥感が混じり合った複雑な心境が胸に湧いてくる。
『汝は西に向かうがよかろう』
「だけど、住民の人たちが……」
『この程度の人数、我らが護ってみせよう』
鶏竜の防御力は圧倒的だ。だから、申し出てくれたなら断る理由はない。
だけど、僕がどれほど鶏竜に信頼を寄せていても、護られる側の住民たちが鶏竜の種族と能力を疑っていては話にならない。
スラットンとドゥラネルじゃないけど、手を取り合うためには、お互いの理解と協力が必要なんだ。
僕は住民たちを説得しなきゃいけない。
でも、どうやって説得しよう。
ぴよぴよ。
「わあ、可愛い」
解決の糸口を見つけてくれたのは、避難民のなかにいた子供たちだった。
ひよこ、じゃない。鶏竜の
「みなさん、聞いてください。僕とルイララは、これから西の砦へと向かわなくちゃいけません」
危険だ、という声に「大丈夫ですよ」と自信満々に笑ってみせる。
「みなさんは、大神殿へ向かってください。護衛は、この竜族の方々が
「この鶏が?」
『くわっ。鶏と一緒にするでない!』
鶏竜の
「僕と竜族を信じてください。子供たちを守りたいでしょう? 大切な人を守りたいでしょう?」
子供って偉大だよね。
親は、子供のためならなんでもできちゃう。自分たちがたとえ
「僕とルイララは、あなた達と一緒には行けません。西の砦に向かわないと、いま以上に魔族が襲ってきますから」
「これ以上の魔族が……」
「いったい何が起きているんだ……」
僕の言葉に絶句する人たち。
「だからみなさんは、竜族と一緒に大神殿へ向かってください。彼らは偉大なる竜族であり、僕たちなんかよりもよっぽど頼りになりますから」
僕の一片の曇りもない笑顔に頷いてくれたのは、神官様だった。
「君に助けてもらっていなければ、とうに全員殺されていた。救ってくれた君がそうやって全幅の信頼を寄せる相手だ。信じよう」
「ありがとうございます」
説得するときや鼓舞するときにこちらが不安そうな表情や自信のない言葉だったら、相手には伝わらない。
切羽詰まった戦場で見せた僕の笑顔は、どうやら神官様の心には届いたみたい。
そして、神官様が僕を信頼してくれたことで、住民たちも納得してくれた。
「君がそこまで言うのなら」
「俺たちも鶏を信じよう」
『くわっ。鶏ではない!』
「ははは、みなさん。鶏ではないですよ。竜族です」
「そうか……竜族か」
「こんな竜族がいるとはなぁ」
興味深く鶏竜を見つめる大人たち。
子供は既に鶏とか鶏竜とかどうでも良いらしく、一緒に駆けて来たひよこたちに笑顔が溢れていた。
『さあ、急げ。この者共は非礼であるが、汝の顔をたてて必ず護ってみせよう』
「ありがとう」
何度お礼を言っても足りないくらい。
鶏竜たちが駆けつけてくれなかったら、今頃悩んでいただろうしね。
鶏竜をこちらに向かわせてくれたライラにも感謝だね。
神官様は、気を失ったままの巫女様を抱きかかえると立ち上がる。それに釣られて住民たちも立ち上がった。
鶏竜たちが住民を囲むように散らばり、強力な結界を張り巡らせる。
魔族が現れても、鶏竜の結界を破るなんて困難だろうね。
『行け、竜王よ!』
「はい。行ってきます!」
鶏竜たちは住民を引き連れて。僕はルイララの手を取って、それぞれの目的地へ向かい駆け出す。
「面白そうな竜族だね。僕も竜心が欲しいな」
「いやいや、君に竜心は無理だからね?」
「そんなことはないよ。努力すればきっとね。エルネア先生。今回の報酬はそれで!」
「断固拒否ぃっ!」
そもそも、竜心は竜気が扱えないと会得できませんからね。
「さっきは頑張ったのになぁ」
「ありがとうね!」
「それ、絶対に楽しんでいるよね?」
「うん!」
鶏竜たちと別れた僕とルイララは、全力で西へと向かう。ルイララの手を離した僕は、連続で空間跳躍をする。ルイララは空間跳躍なんてできないはずだけど、高速で移動をする僕の側から離れることはない。
視界が切り替わる度に、必ず横にルイララがいる。
この魔族。やっぱり凄いんだ。
敵じゃなくて本当に良かった。
胸を撫で下ろしながら西進していると、前方から死霊ではない魔族が押し寄せてきた。
「ネリッツ配下の魔族軍だね」
「もうこんなに侵入されたんだ」
気を緩めている場合ではない。
前方から現れた魔族は、王都内でばらばらに暴れている死霊よりも数が多いように思える。
死霊は、南方でリリィたちがある程度は食い止めてくれている。だから爆発的に増えることはないけど。破られた西の砦からは、次々に魔族が入り込んでいるようだ。
ライラとレヴァリアが先行してくれたはずだけど、明らかに「数」という戦力が足りない。
白剣と霊樹の木刀を抜く。そして魔族へと斬り込みながら、西へ西へと進む。
全てを相手になんてしていられない。
王都内へと侵入してしまった魔族は、飛竜騎士団に任せるしかない。僕たちは西の砦へと向かい、獣魔将軍ネリッツを相手にしなきゃ!
魔族を蹴散らしながら、空間跳躍を駆使して進む。
程なくすると、前方に崩れた砦が見えてきた。
既に
「獣魔将軍ネリッツだね」
「うん」
巨大な熊。だけど頭部が二つあり、背中には
ひと目見ただけで、獣魔将軍ネリッツだとわかる。
野太い雄叫びを
ルイララの話によれば、尻尾から召喚できるんだよね。
召喚された黒熊は周囲で暴れまわり、砦を破壊していく。
壊れ崩れた砦を乗り越え、配下の魔族が続々と王都内へ侵入してくる。
瓦解した砦の上で指揮をとるネリッツは目立つ。だけど、先行したレヴァリアとライラは、そのネリッツに近づけないでいた。
砦の更に西。そこから雨あられと上空に魔法が放たれていて、レヴァリアを寄せ付けない。それだけならまだ良いのだけど、
上空では、
崩れていく砦を守護する兵士たちの姿は見当たらなかった。
逃げたのか、全滅したのか。
この状況なら、逃げていてくれた方が嬉しい。全滅しただなんて思いたくない。
ネリッツに狙いを定め、降り注ぐ魔法の雨を掻い潜って
ネリッツも、向かってくる僕の気配を敏感に感じ取ったのか、頭のひとつがこちらに振り向いた。
ネリッツの太く鋭い爪がぬるりと光る。
ずうんっ、とそこへ。
魔法の雨を物ともせずに、空から舞い降りた化け物がいた。
巨大な
放たれる恐ろしい殺気。
新手だ!
咄嗟に身構えた。
相手は二体。こちらはルイララが居るけど、協力してくれるかは不明。
立ち止まった僕たちの前で、しかし。
巨躯の化け物は、獣魔将軍ネリッツに組み付いた。お互いの両手を絡ませ、両者は前屈みで顔を近づけ合う。
「よう。くそ魔族」
獰猛な笑みで、双頭の熊を睨む化け物。
ネリッツは眼前の化け物を睨み返すと、低く喉を鳴らす。
「俺を知っているかい?」
「何者だ?」
化け物の質問に、眉間に
「そうか、知らねえか。だが、俺は貴様を知っているぞ。知らねえってんなら、勝手にミリーの一族の復讐をさせてもらうぜ」
化け物の気配が、膨れ上がった。
大地を激震させるような猛烈な竜気が、化け物から放たれる。余りにも濃い竜気で、視界が
先ほどルイララから感じたような、殺気だけで相手を殺してしまうかのような猛烈な気配を解放する化け物。
ネリッツも、相対する敵が只者ではないと感じ取ったかの、雄叫びをあげて魔力を解放する。
凶暴な竜気と凶悪な魔力がぶつかり合う。
「死ぬ前に覚えておけ。俺はイド。最強の竜王だ」
静かに、竜王イドは呟いた。
組み合っていたネリッツの両腕を、握力で粉砕するイド。
苦悶に悲鳴をあげる片方の熊の顔。もうひとつの顔は、イドの頭突きで粉砕されていた。
「貴様に滅ぼされたミリーの一族の恨みだ。存分に憎しみを味わえ!!」
イドが吠えた!
怒りに満ちたイドの叫びと共に、ネリッツの悲鳴が響く。
あろうことか、イドはそのままネリッツを左右真っ二つに引き裂く。
そして、砕けた頭の半身を踏み潰す。空いた片手を、悲鳴をあげるもう片方の頭に当て、握り潰す。
圧倒的な破壊力だった。
魔将軍の地位にあったネリッツを一方的に
イドとミリーちゃんの間にどんな絆があるのかはわからない。だけど、最後の咆哮だけは怒りに満ちたものではなく、目的を達したと伝えるようなものだった。
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