年末が来た

「こんにちは、遊びに来ました」

「いらっしゃい。ゆっくりして行って」


 僕たちが耳長族の村を訪れたのは、年の瀬もまもなくといった、どの種族も慌ただしくなる時期だ。

 村の入り口まで出迎えにきてくれたのは、プリシアちゃんのお母さん。僕たちはみんなで挨拶をして、早速と本題に入る。


「いやいやんっ」

「プリシア、わがままを言わないの。貴女は、今年はこの村で年越しよ」

「プリシアはもっと遊びたいの」

「わがままばかり言っていると、遊べなくなりますからね?」

「むう、ミストのいじわる」

「はいはい、いじわるで結構です」


 年越しの準備に忙しいこの時勢に、わざわざ竜峰を越えてきた理由。それは、ミストラルの腕のなかで暴れているプリシアちゃんです。


 いつも僕たちと一緒に暮らしていて、もう家族の一員になってしまっているプリシアちゃんだけど、その正体は耳長族の大切な子供であり、竜の森に暮らす耳長族の、将来の族長なんだよね。

 プリシアちゃんの両親は、普段だと僕たちに面倒を任せてくれている。信頼されているあかしだと思うんだけど、だからといって年中連れ回すわけにはいかない。

 年越しなどの節目には、やはり家族や同じ種族のもとで過ごすことも大切だと思うんだ。

 そんなわけで、プリシアちゃんをお返しに来たわけです。


 けっして、これまで夜の生活を邪魔され続けたから、なんてよこしまな理由からじゃありません。


 だけど、当の本人であるプリシアちゃんは「僕たちと一緒に年を越したい」と駄々だだをこねて、ミストラルの腕から逃げ出そうとしていた。

 自分で言うのもなんだけど、僕たちと居ればわがままが通りやすいからね。遊び盛りのプリシアちゃんは、怖いお母さんのもとよりも僕たちの側に居たいんだろうね。


「プリシアちゃん、お母さんが寂しがっているよ。プリシアちゃんはお母さんが嫌いなの?」

「むうう、怖いもん」

「プリシア!」


 お母さんが眉間にしわを寄せて、ミストラルからプリシアちゃんを引き剥がす。


「あのね。プリシアは雪合戦がしたいの」

「それはまた今度よ。エルネア、ミストラル、それにみなさんも。いつもごめんなさいね」

「いえいえ、プリシアちゃんといると楽しいですから」

「プリシア、また年が明けたらみんなで雪合戦をしましょうね」

「んんっと、約束だよ!」


 怖いもん、なんて言ってたくせに、お母さんの腕に抱かれると甘えたようにべったりとくっ付いてます。

 なんだかんだと言いつつも、やっぱりお母さんが大好きなんだよね。


「それで、エルネアたちはこれからどうするんだ?」


 竜の森の途中で出会い、ここまで一緒にやって来たカーリーさんが尋ねる。

 僕は振り返ると、みんなと顔を見合わせて笑いあった。

 ミストラル、ルイセイネ、ライラ、ユフィーリア、ニーナ、全員が大なり小なりの荷物を抱えて、旅支度の格好をしていた。


「実は、今年はそれぞれの実家で年を越そう、ということになって」

「新婚なのに、別々に年を越すのか。お前たちはかわっているな」


 カーリーさんだけでなく、プリシアちゃんのお母さんや、集まってきた野次馬の人たちまでもが笑っていた。


 でも確かに、変な話だと言えば変な話だよね。

 僕たちが結婚をしたのは、今年の秋口だ。それなのに、もう別々に動こうとしているのだから、普通の人から見れば奇異きいに見えちゃうかも。


 だけど、これは話し合った結果のことだった。


 僕たちはこの二年、駆け足で過ごしてきた。

 旅立ちの一年間は、親元を離れて竜峰に生活の拠点を置き、必死に前へと進み続けた。竜人族の問題や魔族の騒乱などといった多くの事件に関わり、あっという間の一年だった。

 そして、旅立ちの一年が終わって平地へと戻ってきても、魔王を狙う魔族たちのいざこざに巻き込まれたり、結婚の準備で東奔西走とうほんせいそうの日々。


 思い返すと、騒動や身の回りのことに流されて、自分の時間をじっくりと持っていないことに気づいたんだ。

 もちろん、みんなとわいわい騒いだり、ゆっくりと過ごした時間もある。だけど、自分のためだけに費やした日常は、あまりなかったんじゃないかな。


 右に左に忙しかった僕たち。そうすると、僕たちに接している周りのみんなも、同じように忙しかったり大変だったりしたと思う。

 そこで、今年の年越しはお互いの実家でゆっくりしてみてはどうか、という話になったわけです。


 まあ、僕たちが帰ってきたら親兄妹は大変になるという部分は否めないんだけどね。

 でも、たまにはいいよね?

 親子水入らず、というのも大切だと思うんだ。


 僕たちは、不老の命を得た。

 みんなで過ごす時間は無限にあると言ってもいい。だけど、親兄妹と過ごせる時間は有限なんだよね。

 忙しかった二年間の間に溜まった親不孝を、ここで一旦清算しましょう、ということで、今年は別々の年越しです。


 早く迎えにきてね、と寂しそうな表情で見送るプリシアちゃんや耳長族の人たちと別れて、来た道を戻る僕たち。カーリーさんは年末の警備強化中ということもあり、僕たちと一緒にまた竜の森へと戻る。


 移動中に、僕たちは談笑する。


「カーリーさんたちは、年末年始もお仕事なんですね」

「ああ、そうだ。この時期になると、不逞ふていやからが増えるからな」

「あはは……。同じ人族として、申し訳ないです」


 竜の森はここ最近、いろんなことがあって人族にはより身近な存在になった。そのせいで、勘違いをした人族のおかげで一時期は悪さをする人が増えちゃったんだけど、現在ではカーリーさんたちのような耳長族の戦士や森に住む魔獣の活躍もあり、平穏を取り戻している。

 とはいえ、悪巧みをする者が完全に消えるなんて、そんな都合のいい話にはならない。

 特に年末になると、借金取りに追われた人が竜の森に目をつけちゃう事案が多くなるんだよね。


「これは毎年のことで、それこそエルネアたちが産まれるよりずっと前からの風習のようなものだ。俺たちとて、いつまでこの森で活動できるかもわからないしな。だから伸び伸びと仕事をさせてもらっているよ」

「移住の件は、年が明けてからですね」

「いろいろと手を回してくれたようで、申し訳ない」

「いえ、僕の提案が本当に良いものなのか、正直に言うと自信がありません。だからしっかり話し合いましょう」


 竜の森で増えすぎた精霊と、お世話をするために移住する耳長族を禁領で受け入れるという話は、鮮やかな赤い衣装の少女から許可をもらっていた。とはいえ、これは僕が勝手に進めた話だからね。当事者である耳長族や精霊たちと、打ち合わせをしていたわけじゃない。そこで、僕はこの話を結婚の儀が終わって間もない頃に耳長族に伝えていた。

 耳長族から精霊たちにも話が伝わったようで、精霊たちは乗り気で動き始めている。


 でも、問題はそれほど簡単なものではなかった。


 鮮やかな赤い衣装の女の子は言った。


「移住する耳長族は、僕たちが信頼を置ける者に限る」


 と。なにか問題が起きれば僕たち自身で解決しなきゃいけないし、もしも手に負えなくなるようなことになれば、僕たちごと処分する、とはっきり言われちゃっている。


 もちろん、禁領に問題を持ち込むつもりはない。それに、耳長族の人たちは誰もがい人ばかりで、僕たちはみんなと仲が良い。

 だけど、それとこれとは別の話だ。

 仲が良い、人が善い、というものと、僕たちが信頼を置ける、という話は違う。


 一緒に竜の森の警備をしたり、寝食をともにしたり。耳長族の人たちとは、これまでにもたくさん交流してきた。

 とはいえ、いざ「信頼を置ける人」は誰だろう、と考えると少し首を傾げてしまう。

 仲が良い、ではなく、信頼できる。この二つの違いは、背中を任せられるかどうかの違いじゃないのかな?

 仲が良いだけなら、子供から老人まで幅広くいる。でも、子供を禁領に招んだあとに問題が発生した場合、きっと僕たちが慌ただしく動かなきゃいけなくなると思う。だけど、子供には経験や知識が不足していて、悪くいえば「役に立たない」んだよね。

 いざというときに僕たちの代行として動ける人、禁領での生活で精霊たちのお世話の全てを任せられる人が、いま求められている「信頼の置ける人」ということだと思うんだ。


 みんなで談笑しながら竜の森を歩き、僕たちは苔の広場へ、カーリーさんは持ち場に戻る。そうしながら、信頼の置ける人は誰がいるかな、と考えてみた。


 プリシアちゃん?

 彼女は家族の一員だし、プリシアちゃんのためなら僕たちはなんでもしちゃう。でも、プリシアちゃんは竜の森に住む耳長族たちの村の将来の族長だ。プリシアちゃんを禁領の新たな族長にすることは絶対にできない。

 まあ、プリシアちゃんに背中を預けたら問題が迷宮化しちゃうしね!


 他には、いまがた去って行ったカーリさん。

 彼は耳長族の戦士をまとめる立派な人だし、腕も実力も知識も持っている。僕たちも、カーリーさんとはよく一緒に活動していて、人柄も知っているしね。新天地で暮らすうえで、カーリーさんの存在はきっと頼もしいものになるに違いない。


 あとは、プリシアちゃんの両親とか……?

 いや、駄目だ。お母さんが禁領に来たら、僕たちまで、いつも叱られちゃう!

 プリシアちゃんがニーミアを連れて家出しちゃうかもしれないしね。


 僕が最も招びたい人は、ユーリィおばあちゃんかな。

 ユーリィおばあちゃんも不老で、僕たちはこれから、おばあちゃんにいろんなことを教わっていかなきゃいけないと思うんだ。

 おばあちゃんは、ああ見えて元気いっぱいで、下手をすると僕たちなんかよりも動きが良かったりするしね。

 だけど、ユーリィおばあちゃんは大長老として、耳長族のみんなに慕われているから、難しいんだよね。


 そうそう。ユーリィおばあちゃんの傍によくいる白髭のおじいちゃんなんだけど、なんとあの人は、現族長だった。

 残念ながら霊樹の精霊を使役できないらしくて、プリシアちゃんが成人すれば立場を退いちゃうらしいんだけど。

 白髭のおじいちゃんも実力者だから信頼を置ける人なんだけど、プリシアちゃんが成人するまで待つとなると、精霊たちがまた不満で暴れそう。


 耳長族の人たちも、慣れ親しんだ故郷を離れないといけないということで、僕から話を聞いて有難がってはいたけど、人選に苦労している様子が伺えた。

 そこで、年が明けたらじっくりと話し合う予定になっているんだよね。

 早急さっきゅうに答えを出す必要はない。なにせ、僕が話を持って来なければ、移住の地さえまだ決まっていなかったのだから。

 時間をかけて話し合い、みんなが納得できる答えを見つけましょう、と僕や耳長族の人たちだけでなく、精霊も合意していた。


「ぶえっっっくしょんっっっ」

「ぶへええぇぇぇっ!」


 地鳴りのような空気の響き。それと同時に押し寄せた粘度のある液体に流されて、僕は悲鳴をあげた。

 どうやら、思考に没頭しすぎるあまり、苔の広場に到着していたことに気づかなかったみたい。


「汝は甘いのう」

「いやいや、帰って来た人になんてことをするんですか! 僕は竜神の御使いですよ!」

「ふむ、自分で言うとありがたみが半減する」

「鼻水まみれなんて、随分と汚い竜神の御使いだこと」

「半減してもありがたみは残っているんです。アシェルさんも僕を敬うべきなんじゃないかなぁ」

「また噛まれたいらしいね」

「ごめんなさい!」


 全身が濡れ濡れですよ。

 僕はとぼとぼと、スレイグスタ老やアシェルさんが待つ苔の広場へと入る。

 というか、ミストラルたちは僕を見捨てて逃げたようで、とっくに行っちゃっています。


雑魚ざこだな』

「レヴァリアにまで軽く扱われてるし……」

『当たり前だ。貴様程度の竜神の御使いを敬うくらいなら、竜峰を離れて流浪るろうの旅に出る』

「そのときは僕も連れて行ってね!」

「エルネア?」

「エルネア君?」

「あっ、みんなも一緒だよ?」

わたくしだけはどこまでもエルネア様についていきますわ」

「ライラだけは置いて行くわ」

「ライラだけは捨てて行くわ」

「あぁんっ」


 ここはいつも通りだね。

 これから、プリシアちゃんだけでなく僕たちも別れて家族のもとに帰る。みんなはしばしの別れの前に、最後のじゃれ合いを楽しんでいた。


「また戻ってくるにゃん」

「うん、プリシアちゃんが待っているしね」

「やれやれ。汝らは帰る前からもう次の家出の打ち合わせであるか。小娘の娘はやはり家出娘であったな」

「うるさいっ」

「あんぎゃあっ」


 無慈悲にスレイグスタ老の首に噛み付くアシェルさん。鋭い牙が、漆黒の鱗に容赦なくめり込んでます。

 僕も噛まれないように気をつけよう……


「でもまさか、ニーミアちゃんも故郷に帰るとは思ってもみませんでした」

「これはルイセイネの言う通りね。わたしも予想していなかったわ」

「でもまあ、たまには帰らないとね?」

「んにゃん。お土産を持って帰ってくるにゃん」


 どうも、僕たちの結婚の儀に夢見ゆめみ巫女様みこさまが来たのが要因らしい。

 夢見の巫女様は、アシェルさんたちが守護するいにしえみやこの主人なんだよね。

 そしてニーミアの話によると、夢見の巫女様は数十年間眠り続け、まれに半年ほど目を覚ます。その後、また長い眠りに就く、ということを繰り返しているのだとか。

 八十年ぶりに目覚めた夢見の巫女様のもとで、年を越したいみたい。


「エルネア様、私がいない間の抜け駆けは禁止ですわ。ニーミア様がいないからといって、ミストさんと逢い引しては駄目ですわ」

「う、うん。大丈夫だよ」

「はいはい、わたしは竜峰でエルネアは平地だから、会わないわよ」


 ライラは、レヴァリアに乗ってヨルテニトス王国へ。

 雪が降る冬のある日、僕とミストラルがこっそり口づけをしている場面を、ニーミアに見られていたんだよね。それであのあと、大変だったんだ。

 珍しくミストラルが正座をさせられたり、僕は他のみんなとも……


 おおっと、あまり思考していては、邪悪な竜族に嫌がらせをされちゃうね。


「にゃん」

「ルイセイネ様も、近いからといって駄目ですわ」

「はい。わたくしは年末年始を神殿で過ごしますので、エルネア君と会っている暇はないですよ」

「双子様は……」

「ライラは心配性だわ。大丈夫、私たちも王族の行事で忙しいわ」

「ライラは心配性だわ。大丈夫、私たちも年末年始の行事で忙しいわ」


 不安顔で僕たちを見るライラが可笑おかしくて、みんなで笑う。


「王様によろしくね。また年が明けたら挨拶に行くから」

『誰がそこまで連れて行くと思っている?』

「ニーミアが帰って来ていなかったら、レヴァリアだよね!」


 にっこりと笑みを浮かべて答えたら、レヴァリアが襲ってきた。慌てて逃げる僕。

 アシェルさんじゃなく、レヴァリアの牙に狙われるとは!


 ちなみに、フィオリーナとリームは先んじてカルネラ様の村に送り届けていた。

 カルネラ様の村、というかフィオリーナの故郷だね。

 リームの故郷は、もうどこにもない。レヴァリアが唯一の同族になる。だけど、今年は黄金色の翼竜の巣に招待されているようで、喜んでレヴァリアのもとを離れてお泊まりです。


 小さな子どもらしいリームの喜びとは反対に、レヴァリアの方が離ればなれになって悲しんでいるような感じがします。だから、ライラと一緒に居られるのは気晴らしになるよね。と逃げながら口にしたら、炎まで吐かれちゃいました!


「これこれ、苔を燃やすでない」

「鼻水を撒いて修復しなきゃ」

「ぶえっくしょんっ」

おきなっ!」

じいさん!」

「あんぎゃあっ」


 焦げた苔じゃなく、ミストラルやアシェルさんたちに向かって鼻水を飛ばすから……


 スレイグスタ老は、もう二箇所ほど漆黒の鱗にへこみを作って涙目になっていた。

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