襲来は突然に

「許可しません!」


 禁領に帰りついて。

 今後のことを伝えらた。

 プリシアちゃんのお母さんが怖い顔で、プリシアちゃんに宣告しました!


 ここは、禁領のお屋敷の中庭。

 気のせいでしょうか。

 空から降りてくるときに、東側のお屋敷の一部が損壊したり焼け焦げているように見えたけど?

 まあ、その辺は後で耳長族の人や流れ星さまに聞けば良いよね?


「プリシア。そろそろ遊びは終わりですよ? いっぱい遊んだのなら、今度はきちんと勉強をしなさい」

「いやいやんっ!」

「あまり我儘わがままが過ぎると、もうこちらに来ることも禁止しますからね?」

「むうむう。お母さんが意地悪をするよ? 絶交だからね?」

「はいはい。絶好で構いわよ。でも、プリシア。お母さんと絶交すると、もう禁領でアリシアとも会えないし大おばあちゃんとも遊べないですからね?」


 どうやら、プリシアちゃんのお母さんには「絶交」という最終兵器は効かないらしい。

 全力で逃げ回って拒絶の意志を示すプリシアちゃんをあっさりと捕まえて、お母さんは竜王の森へと帰って行きました……

 残念ですね、プリシアちゃん。


 僕たちは口出しすることも許されずに、苦笑しながら見守るしかなかった。


「後のことは我らに任せよ」

「仕方ないわね。プリシアがねないように私たちが構ってあげるわよ」

「ユンユン、リンリン、お願いするね?」


 ユンユンとリンリンも、プリシア母娘の日常を目撃して困った様子だったけど、これもお役目のひとつだと笑いながら、竜王の森へと戻っていった。


「それじゃあ、次は?」


 プリシアちゃんは残念ながら、今後の予定から脱落しました。

 本当は、プリシアちゃんが一番に傀儡の王と遊びたかったはずなのにね。

 でも、プリシアちゃんのお母さんには僕たちだって逆らえないからね。

 なので、仕方がないのです。


 では、流れ星さまたちはどうなんだろうね?

 イザベルさんたちは禁領のお屋敷に戻ると早々に、居残り組にこれまでの経緯を話す。

 すると、今は一願千日のお祈りの時間じゃないのか、流れ星さまのなかで最年長のステラさんが僕たちのところへやって来た。


「イザベルたちが、大変にお世話になりました」

「いえいえ。こちらの方こそ色々と連れ回してしまって、ごめんなさい」

「良いのですよ。あの者たちには大変貴重な経験になったようです。そして、あの者たちが得た経験や知識は私たちに共有されるでしょう」


 イザベルさんたちは、魔族のことや人族とは違う社会の仕組みを色々と見て聞いて体験してきた。今度は、それを居残り組の人たちと共有していくことに専念するみだいだね。


「僕たはこれから、急用でまたちょっと出かけなきゃいけないんです。本当は皆さんのために禁領で色々とお仕事がしたいんですが……」

「こちらのことはお気になさらずに。むしろ、私どもが足手纏いやご迷惑になっていないのかが心配です」

「いえ、それは全然大丈夫ですよ!」


 さすがは最年長の流れ星さま。僕たちが安心できるようにと、柔らかい笑みでこちらのことを全て優しく受け入れてくれる。

 でも、竜王のお宿のお客様に甘えてばかりはいられません!

 というか、本来は僕たちの方が全力で流れ星さまたちをおもてなししなきゃいけない立場なんだよね。


「ミストラル。やっぱり、傀儡の王のところへ向かう人と残る人を編成した方が良いよね?」

「あら? わたしはてっきり貴方がひとりで行くのだと思っていたのだけれど?」

「ふぁっ!?」


 そんな馬鹿な!?

 僕は疑うことなく、みんなで傀儡の王のお屋敷に突撃するのだと思っていましたよ!?

 ミストラルの予想外の言葉に僕が慌てふためく姿を見て、みんなが笑う。


「嘘よ。冗談です。ごめんなさい?」

「しくしく。ミストラルに弄ばれちゃった」

「ふふふ。たまにはこういう悪戯も楽しいわね?」

「誰だ、ミストラルに悪影響を与えているのは!?」


 と僕が叫んだら、妻たちが揃って「スレイグスタ様ではないかしら?」と笑う。

 ぐぬぬ。おじいちゃんよ、今度会ったらお仕置きですよ?

 それはともかくとして。


「冗談はこれくらいにして。確かにエルネアの言う通りね。いつまでも流れ星様たちのお世話を耳長族たちに任せっきりではいけないわね?」


 ミストラルは、身内のみんなを見渡す。

 全員が臨戦体制に入る。

 これから始まる乙女の戦いに、場の空気が緊張で張り詰めていく!

 流れ星さまや耳長族の人たちも、固唾かたずんで僕の家族を見つめていた。


 いったい、勝者は誰になるのか……

 どのような戦いが繰り広げられるのか!

 僕も、真剣な表情で妻たちの動きを見守る。


 その時!


『貴様ら、いったい今ままで何処どこへ行っていた!!』


 空に、恐ろしい咆哮が響き渡った!

 そして、地上では悲鳴が起きる!


「みなさま、大変でございます!」

「恐ろしい飛竜が、また襲撃してきました!」

「えっ!?」


 慌てふためき、屋内へ逃げようとする流れ星さまたち。耳長族の人たちも悲鳴をあげて、脱兎だっとごとく中庭から逃げていく。

 僕たちは、咆哮が鳴り響いた竜峰の空を見つめていた。


「エルネア様、急いで建物の中へ!」

「恐ろしく凶暴な飛竜が襲来してきました」

「私たちの手には負えません!」

「ああ! あの飛竜はまた、お屋敷の一部を破壊するつもりです!」

「えええっ!」


 僕たちが逃げないからなのか。流れ星さまたちは律儀に、僕たちを護るように中庭に残って、大空を緊張の瞳で見上げている。

 だけど、僕たちは動かない。


 だって、今の咆哮とそれに合わせて届いた竜心は、紛れもなくレヴァリアのものだったからね!

 僕たちの確信の通りに、竜峰の上空から紅蓮色の巨大な飛竜が飛んできた。

 荒々しい咆哮を放ち、全ての者を震撼させる恐ろしい気配を容赦なく振り撒いて、こちらへと一直線に飛来してくる。


 さすがの流れ星さまたちでも飛竜は怖いのか、悲鳴をあげている。それでも、動かない僕たちのために中庭に残っている。

 このままでは、流れ星さまたちに申し訳ないね!


「みなさん、落ち着いてください。あの飛竜はレヴァリアといって、僕たちの家族の一員なんですよ!」

「で、ですか……?」


 僕の傍で身体を強張らせていたステラさんが、大空から迫り来るレヴァリアを見上げながら言う。


「あの飛竜は、皆様が不在の間にも何度かこちらに襲来してきました。そしてそのたびに、恐ろしい咆哮や炎を放って、お屋敷の一部を……!」


 それはきっと、せっかく遊びにきたのに僕たちがいつも不在で、行き先も教えてもらっていなかったから、レヴァリアが拗ねていただけなんですよ。

 と、僕は説明したかった。


 でも、強襲してきたレヴァリアは僕たちの事情なんてお構いなしに、不機嫌さを直接こちらにぶつけてきた!


「んぎゃっ!」


 一瞬の出来事だった。

 強襲してきたレヴァリアは、その恐ろしい爪で僕を鷲掴わしづかみにする。そして急降下してきた勢いをそのままに、僕を大空へと連れ去る!


「レ、レヴァリア!?」


 何をするんだい! と抗議をあげたら、不機嫌極まりない咆哮が返される。

 どうやら、本気で不機嫌なようです!


「みんなーっ! あとのことはよろしくねーっ!」


 レヴァリアに拉致された僕は、空の上からみんなに全てを託した。

 そして、そのまま空の彼方へと連れ去られるのだった。






「それで、レヴァちゃん。これはどういう状況なんだい?」

『うわんっ。さびしかったよっ』

『リームもぉ』


 ぐりぐりと、僕のお腹や顔に容赦なく身体をり付けてくるフィオリーナとリーム。

 痛いよ?

 君たちは随分と大きくなって、鱗やつのも立派になってきているんだから、強く押し付けてくると痛いんだからね?

 まだまだ小竜で甘えたがりな二体をなだめながら、不機嫌に鼻を鳴らすレヴァリアを問い詰める僕。


 ここは、禁領の西側の深い樹海の奥。

 どうやら、レヴァリアたちは僕たちが不在の間に、禁領へと帰ってきたらしい。……いや、フィオリーナの戻る場所とは竜峰の奥深くにある翼竜の巣だから、正確には遊びに来た、と言うべきか。

 それは置いておいて。


 せっかく遊びに来たのに僕たちが不在で、しかも行き先さえ伝えられていない。そして、レヴァリアに僕たちの行き先を伝えられる人が、お屋敷には不在だった。そのことに腹をかいたレヴァリアは、暴れてお屋敷の一部を破壊したみたいだね。

 確かに、戻ってきた時に空から見たお屋敷は、東のむねの一部が崩壊していました。


 禁領に残っていた者たちのなかで、万物の声が聞けるのは竜王の森の住民たちだけだ。お屋敷に住んでいる耳長族や流れ星さまたちのなかには、その能力を持った人はいなかったようだね。

 ユーリィおばあちゃんたちの到着を大人しく待てば、レヴァリアも僕たちのことを知れたかもしれないのにね?

 困った竜ちゃんです。


 今も不機嫌そうに喉を鳴らしている。

 それでも、僕を拉致できて少しは溜飲りゅういんが下ったのか、樹海の奥で翼を休めている。

 どうやらここは、禁領内でのフィオリーナとリームの修行拠点らしい。


「よしよし。フィオとリームは寂しかったんだね? レヴァちゃんもこっちにおいで。撫でてあげよう」

『食い殺してやる』

「いやいやんっ」


 悪態はいつも通りですね。

 僕はフィオリーナとリームを思う存に撫でてあげた後に、レヴァリアも撫でてあげる。

 紅蓮色に美しく輝く首をわしゃわしゃと撫でると、それでようやくレヴァリアは喉鳴りを止めてくれた。


「まったくもう。もう少し大人しく来てよね? 流れ星さまだけじゃなくて、耳長族の人たちまでおびえていたじゃないか」

『ふんっ。あの女どもか。見ない顔ばかりだったので、貴様に代わって追い払ってやろうとしていたのだ』

「いやいや、駄目だからね? 流れ星さまたちは、僕たの大切なお客様なんだから」

『貴様が前に言っていた宿屋をようやく開いたのか。奴らはその客か。ならば、もう少ししつけておけ』

「お客様を躾けるとかないですからねー!? でも、ごめんね? レヴァリアは僕たちのことを思って、行動していたんだね」


 なぜか、被害はお屋敷にばかり出ていたような気がするけどね!


『わたしもお屋敷に遊びに行きたかったよっ』

『でもね。レヴァリアが危ないから駄目って言うんだよぉ』

「うんうん。知らない者に無警戒に近づいちゃ駄目だよ? だけど、今お屋敷に居る人たちはみんな善い人ばかりだから、今度は紹介してあげるね?」

『やったっ』

『わぁーい』


 僕は、レヴァリアたちに会えなかった時に何をしていたのかを、フィオリーナやリームにもわかるように話してあげる。

 レヴァリアたちにもこれまでの騒動をきちんと話しておかなきゃ、仲間はずれになっちゃうからね。


『わおっ。すっごいっ。傀儡の王? お人形に興味ありますっ』

『強いのぉ? 可愛いのぉ? 会ってみたぁーい』


 無邪気に僕のお話を楽しんでくれるフィオリーナとリーム。

 だけど、レヴァリアだけは成竜としてしっかりと僕のお話の危険性を読み取っていた。


『ならん。貴様らはまだ未熟だ。不用意に上位の魔族どもと関わるな。場合によっては命に関わる』

『はいっ。気をつけますっ』

『大きくなったら、紹介してねぇ』


 フィオリーナとリームの躾はしっかりしているみたいだね。

 プリシアちやんとは違って、レヴァリアの忠告を素直に受け入れる二体の小竜。

 そうそう。これから僕は傀儡の王のお屋敷まで出向いて、薙刀を返してもらわなきゃいけない。でも、きっと迷惑な人形劇が待っているんだ。

 だから、フィオリーナやリームを巻き込むわけにはいきません。

 そして早くお屋敷に戻って、選抜組と一緒に出発しなきゃいけないんですよ?


 僕がそうレヴァリアに言うと、ぎろり、と殺気の籠った四つの瞳で睨まれました!


 はい。これまた嫌な予感しかしませんからね?


『貴様らは、自力で屋敷に行っていろ』


 レヴァリアは、フィオリーナとリームにそう告げる。

 そして、自身は恐ろしい爪を僕に向かって伸ばし、がしり、とまた鷲掴みにした。


「レヴァちゃん?」

『ちゃん付けで呼ぶなっ』


 咆哮を放つレヴァリア。

 そのまま、大小四枚の翼を荒々しく羽ばたかせると、樹海の空に舞い上がる。


「あー。やっぱりこういう展開かー。フィオ、リーム、あとのことはよろしくねーっ!!」


 叫ぶ僕。

 フィオリーナとリームが、可愛い咆哮で返事をしてくれた。

 そして僕は、レヴァリアに拉致されたままお屋敷に戻ることなく、禁領の西へと向かって去っていくのだった……!

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