猫 人 竜
「ねえねえ、レヴァリア。傀儡の王のお屋敷の場所は知ってる?」
『ふんっ、知らん!』
「駄目じゃん!」
誇らしげに鼻を鳴らしたレヴァリアに、僕は笑う。
勢いだけで飛び出してきちゃったんだね。
そんなレヴァリアが可愛いですね!
「それじゃあ、ちょっと寄ってほしいところがあるんだよね?」
そして僕は、ある行き先を伝えた。
「ということで、来ちゃいました!」
「帰れっ!」
しくしく。
せっかく、猫公爵アステルのところに遊びに来たのにね?
来て早々に「帰れ」だなんて、連れないお言葉です。
「屋敷の弁償をしてから帰れ!」
ぷんぷん顔で叫ぶアステル。
気のせいです。
レヴァリアがお屋敷を破壊しただとか、働いていた使用人さんたちを驚かせてしまっただとか、アステルを追いかけ回しただとか、そういうのは全て気のせいですよ?
「レヴァリア。次はもう少し大人しく着地をしてね?」
『なぜ我が貴様の言うことを素直に聞かねばならんのだ』
「ご近所迷惑になるからね?」
「帰れっ!」
アステルはレヴァリアが怖いのか、遠くに見える
おかしいな?
アステルも、妖魔の王討伐戦の時とかにレヴァリアや古代種の竜族たちを見ているはずなのにね?
「アステル、改めましてこんばんは。実は僕たち、今晩のお宿に困っているんだよね?」
「わたしも困っているわっ! 帰れっ!」
残念です。
三日もかけて飛んできたというのに、冷たい対応をされて僕は悲しんでいますよ?
「ねえねえ、アステル。実はね? 禁領のお屋敷が一部壊れちゃったんだ。今度、修理してくれないかな?」
「嫌だ!」
猫のように、しゃーっ、と威嚇するアステルは、まさに猫公爵だね。
人の姿をした猫だ。
瓦礫に爪を立てて腰高に構えた姿勢は、いかにも猫のそれだ。
どうらや、今夜は随分と機嫌が悪いらしい。
何でかな?
「……なんて、そろそろ悪ふざけは止めよう。ごめんね、アステル」
「悪ふざけだけでわたしの屋敷を吹き飛ばしたのかっ!」
「いや、それはほら。レヴァリアが飛んできた時に、アステルの方がいきなり飛び武器で攻撃してきたからだよ? レヴァリアは竜峰の竜の王だからね。攻撃されたら、そりゃあ反撃しちゃうよね?」
自業自得だ、とレヴァリアが咆哮を放つ。
それで、アステルは悲鳴をあげて瓦礫の奥に姿を隠した。
どうやら、本気でレヴァリアが怖いらしい。
ちなみに、お屋敷で働いていた使用人さんたちの姿は、もう周囲にはない。
前に聞いたトリス君の話だと、使用人さんたちはお屋敷に寝泊まりしているわけじゃなくて、近所の村から毎日通っているらしい。そして、日が暮れる前にはその村に帰るのだとか。
「はははっ。今日のお客様は随分と恐ろしい方々だなぁ」
なんて、使用人さんの代表らしき男性の人が苦笑していたっけ。
良いのかな?
暴れるお客様とご主人様を放置して帰るだなんて、ここでは普通のこと?
その辺はわからないけど。
ともかく。
僕はアステルを怯えさせないようにレヴァリアにお願いすると、瓦礫の山に近づく。
「アステル。本当にごめんなさい。お屋敷を壊してしまって……」
「反省しているなら、さっさと帰れっ」
「いやいや、帰れないよ? だって、もう夜だしね? それに、僕はアステルに用事があってここまで来たんだよ?」
「お前の用事は
僕を追い払うように、瓦礫の
危ないよ?
当たったら怪我をするじゃないか。
それに、レヴァリアの方に飛んでいったら、今度こそ容赦はされないと思うよ?
飛んできた煉瓦をひょいと
そして、その奥に隠れているアステルを見つけた。
「あのね」
「聞きたくないと言っただろうっ」
「じつはね?」
「しゃーっ!
アステルは始祖族として、誰にも真似できない特殊な能力を持っている。でも、その特別すぎる能力の反動なのか、魔力や身体能力は魔族と比べてもかなり弱い方なんだよね。
だから、アステルがどんなに抵抗しても、僕からは逃げられません。
とはいえ、その絶対的優位さを利用して一方的にこちらの要件を突き付けるのは駄目だよね?
ということで、アステルが「嫌だ」と言うから、僕は仕方なく
「……?」
そうしたら、アステルが不思議そうに首を傾げた。
僕を全力で睨みながら。
「何だ? なぜ続きを言わない?」
「ええっ。だって、アステルが嫌だって言うからさ? 言っても良いの?」
「駄目だ、帰れっ!」
「意味がわかりませんっ」
つい笑ってしまう僕。
アステルは「嫌だ」と言いながら、僕の言葉の続きを待っている。
これって実は、嫌だ嫌だと言いつつも、少しだけ興味を持っている証拠じゃないのかな?
傀儡の王が少女の外見に合わせるような少女的な精神を持っていたけど。アステルも、見た目や雰囲気と同じような、猫に似た性格なんだよね。
だから、怒るときはすぐに怒るし、いつも自分勝手だ。そして、興味が向いたものには、怖いと思っても意識が向いてしまうんだろうね。
「アステル、取り敢えず落ち着こうか? ほら、もうこんなに暗いしさ?」
日暮れ前に来訪した僕たち。そこから色々と騒がしく動いていたせいで、すでに
「僕がお願いするのもなんだけど……。ここのお屋敷を再生してくれないかな? あっ。レヴァリアやニーミアやリリィが寛げるような
『我を厩舎に閉じ込める気か?』
「
「やれやれ。レヴァリアもアステルもわがままだなぁ」
「貴様が横暴すぎるんだっ」
爪を立てて襲いかかってきたアステルを、どうどう、と
僕は、横暴でも傍若無人でもないよ?
ただ、このままでは何も話が進まないと思っただけなんだ。
まあ、そもそもはレヴァリアが暴れたからこんなに大変なことになっているんだけどね?
いいや、アステルが最初に攻撃してきたからか?
だったら、自業自得ってやつじゃないのかな?
「アステル、お願いします!」
隙あらば僕を鋭い爪で引っ掻きそうなアステルを取り押さえながら、再度のお願いをする。
しゃーっ、しゃーっ、と威嚇の荒い息を吐きながら、アステルはそれでも僕の手から逃れて襲おうとする。
そこへ、少し離れた場所から恐ろしい喉鳴りが届いた。
『我は長旅で疲れている。まだ騒ぎが続くのなら、我は貴様を置いて帰るぞ?』
「えっ!」
「ひっ」
レヴァリアは、いつものように僕に話し掛けただけ。でも、竜心のないアステルには、恐ろしい飛竜の威嚇だと映ったらしい。
「糞竜王めっ。あの飛竜を使ってわたしを脅すとは、卑怯だぞ!」
「いやいや、脅していないよ?」
「ぐうううぅぅっっ。仕方がない」
ぐぬぬ、と心底に嫌そうな表情で、僕とレヴァリアを睨むアステル。
それでも、誤解から話は上手く進んだようで、アステルはようやく自身の持つ特殊な能力「物質創造」の魔法を使ってくれた。
一瞬で、瓦礫の山が消失する。そして、夜闇の先にどこまでも続く広大な敷地に、超巨大なお屋敷を創り出すアステル。
「すごいね! でも、瓦礫はどうなったの?」
「ふんっ。新しい屋敷の建材として再利用したんだ」
「おおっ、そういう能力の使い方もあるんだね?」
それって、実は恐ろしく有用な能力なんだけど、アステルは自分で気づいているのかな?
アステルは、自分が弱いからトリス君やシェリアーに護ってもらっているんだよね?
でも、やっぱりアステルも始祖族であり、並の魔族では歯が立たないほどの力を持っているんだ。ただし、きっとその能力を戦闘や護身で使うための知識や想像力が欠けているんだろうね?
「レヴァリア、見て! すっごく立派な竜厩舎ができたよ?」
アステルはよほどレヴァリアが怖いのか、お屋敷に隣接して創られた竜厩舎は、ヨルテニトス王国の厩舎の何倍もの
でも、レヴァリアはそもそも何かに縛られることを嫌う性格だから、竜厩舎に入ることも「負け」と捉えて嫌がるんだよね。
『我は使わんぞ? 勝手にしろ』
ふんっ、と鼻を鳴らして、素敵な竜厩舎から視線を逸らすレヴァリア。
「ちっ。わがままな飛竜め。気に入らなかったのか?」
「ううん、違うよ。レヴアリアは建物の中に入って自由が奪われるのが嫌みたいなんだ」
「本当にわがままだな!」
いいえ。アステルよりかは、わがままじゃないと思いますよ? とは口には出さない。
とはいえ、せっかく創ってもらった素敵な竜厩舎を利用しないのはもったいないよね?
そう思った時だった。
「にゃんが利用するにゃーん!」
星が
そして、高速で飛来する巨大な影!
というか、ニーミア!
「はわわっ。エルネア様、レヴァリア様、会いたかったですわっ」
「んにゃっ。ライラお姉ちゃん、飛び降りたら危ないにゃん」
「ぎゃーっ!」
ニーミアの声と一緒に空から届くライラの声。
どうやらライラはまた、勢い余ってニーミアの背中から飛び出そうとしたんだね?
ちなみに、最後の悲鳴はアステルです。
アステルは、新たな巨大な竜の出現に、悲鳴をあげて逃げようとする。それを、僕が何とか捕まえた。
「アステル、大丈夫だよ。ほら、プリシアちゃんと一緒にいた可愛いニーミアだよ?」
「む? 母竜の方ではないのか?」
「あははっ。アステルはアシェルさんが怖いんだね?」
「前に、あの母竜には随分と怒られたからな」
「……アステル、一体何をしたんだい」
アステルの自由気まま、奔放な性格に、アシェルさんが怒ったのかな?
ううん、本気では怒っていないはずだ。
でもアステル的には、恐ろしく巨大な古代種の竜にすごく怒られたという恐怖体験として記憶されているらしい。
もしかして、アステルを
今度、トリス君にも教えておこう。……いや、彼ならもう気づいているだろうね?
でも、トリス君はアステルがとても大切だから、絶対に叱れないんだ。
そして、また
再生された巨大なお屋敷の前に着地するニーミア。すぐに、ライラが……降りて来ない?
「はわわっ。暗くてニーミアちゃんの毛の結び目が見えませんわ」
「ですね! それでしたら、法術で明かりを灯しましょう」
そして、ニーミアの背中の上から届く、二人分の女性の声。
ひとはライラだね。
でも、もうひとりは妻の誰でもない?
ライラと向き合ったひとりの女性に、見覚えがあった。
「流れ星さまか」
どうやらニーミアは、ライラと流れ星さまを連れて、僕とレヴァリアを追ってきたようだね。
「にゃん。レヴァちゃんがいるから、ライラお姉ちゃんが優先されたにゃん」
「おお、ライラよ。レヴァリアといつも仲良くしていたおかげだね!」
「はいですわ!」
『レヴァちゃんと呼ぶなっ』
ぐるぐると不機嫌そうに喉を鳴らすレヴァリア。
そして、それに怯えるアステル。
「アステルはなんでそんなにレヴァリアが怖いのさ? 前に仲間として会っているでしょ?」
「それでも、怖いものは怖いんだっ。帰れ!」
「あはははっ。
「わたしは最初から言っているだろうっ」
「はっ! 言われてみれば!?」
「うにゃん? もう帰っちゃうにゃん?」
「ううん、違うよ。今夜はアステルのお屋敷に泊まるんだよ?」
「竜厩舎に泊まるにゃん!」
「おや。ニーミアは僕たちと一緒のお部屋に泊まらずに、竜厩舎でレヴァリアと一緒に夜を過ごすのかな?」
『我は利用せんぞ?』
「んにゃっ。エルネアお兄ちゃんと一緒に泊まるにゃん」
結局、アステルが頑張って創った竜厩舎は、この夜、残念ながら利用されなかった。
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