お願いアステル様!

 アステルの「物質創造」は、大概たいがいの「物」であれば自由自在に創り出せる。

 それはなんと、食材や飲み物にも及ぶ。

 生きている動物は創り出せない。でも、動物が遺した物。つまり「お肉」であれば創り出せる。

 さらに、水やお酒といった液体も「飲み物」として創造できるんだよね。

 本当は色々な制約があったりするんだろうけど、そこは手の内になるからアステルだって無闇にはさらさない。

 それでも、大概の「物質」を創り出せるアステルの能力は本当に凄い。


 厨房ちゅうぼうから、きゃっきゃと乙女の弾む声が届く。

 アステルが創った食材を利用して、ライラと一緒にメジーナさんが夕食を作ってくれているんだ。


 竜王のお宿に長期滞在中の流れ星さまたち。その中のひとりが、メジーナさん。

 翠色みどりいろの髪をした、小柄で活発な女性だ。

 年齢的には僕たちより歳上なんだけど、小柄でしかも陽気な性格とあって、何だか同年代の女性みたいに感じる。

 そのメジーナさんは今回の流れ星さま代表として、ライラに同行してきたらしい。


「元はと言えば、巫女たちに気を遣っていただき、大神殿へ観光に行こうという流れになったのが原因でしょう。であれば、私たちも見て見ぬ振りはできません。ですが、足手纏いになってもいけませんから」


 と、ステラさんはミストラルにそう言ったらしい。

 そして選抜されたのが、メジーナさん。

 どうやら、メジーナさんはなかなかの腕前らしい。


「これでも、フェリユが小さかった頃は私の方が法術の発動も速かったし強かったんだからね?」


 自信満々に胸を張って僕に主張したメジーナさんのお胸様は、残念ながらちっぱいでした。

 そして、フェリユって誰かな?

 流れ星さまのなかに、そんな名前の女性はいたっけ?

 それはともかくとして。


 今回は、レヴァリアが僕を拉致したということで、いつもお世話をしていて一番仲が良いライラが優先的に選ばれた。そして、妻たちのなかからライラだけが行くと決まったので、流れ星さまもメジーナさんだけになったみたいだね。


「料理ができましたよー。ライラちゃん、お料理が上手ね?」

「はわわっ。ミスト様やルイセイネ様にいつも教わっていますわ。でも、まだまだですわ」

「ううん、上手だよ? 私なんて、薙刀は自由自在に振るえるけど、包丁は苦手だわ。あっ。包丁のつかを薙刀くらいに長くしたら、私でも得意になれるかしら?」

「はわわわわっ」


 いやいや、その発想はどうでしょう?

 僕は、ライラとメジーナさんの会話に笑いながら、出来立てのお料理を運ぶお手伝いをする。


「ほら、アステル。お酒のつぼ退けて。ご飯ですよー」


 アステルは夕食の準備を手伝うことなく、食卓にお酒の壺を並べて、すでに一杯始めていた。

 このお酒も、自分で創り出したお酒だね。

 さっき味見をさせてもらったら、すこぶる酒精が強かった。

 上位の魔族って、酒精が強くて辛口のお酒を好むよね?

 僕は果実のような甘くて酒精の低いお酒、というか酒精なんてない飲み物が好きです!


 僕たちは、手伝わないアステルの分も含めてお料理を食卓に並べると、揃ってお祈りをする。

 食事前のお祈りは、人族としては当たり前だからね!


「本当は、いつもなまけているにゃん」

「ニーミアよ。それは竜人族の村や魔族にお呼ばれした時だからね?」

「嘘にゃん」

「ぐぬぬ」


 お野菜とお肉が煮込まれたお皿。串焼きの山。ほっこりと焼けた薄いパンや、野菜の盛り合わせ。

 他にもたくさん並んだお料理を前に、僕だけでなくニーミアもよだれを垂らしています。


「それでは、頂きましょう」


 メジーナさんの許可を得て、僕たちは遅い夕食を摂る。


「煮込まれたお肉が、お口の中で溶けていくっ」

「エルネア様、お野菜も新鮮で美味しいですわ。こちらは、使用人様が日中に収穫したそうですわ」

「串からお肉を取ってにゃん?」

「はい、ニーミアちゃん。長旅ありがとうございます」


 わいわいと、賑やかな食卓。

 そのなかでアステルだけが、むすっと不機嫌そうな顔をした。


「お前たちは、人の屋敷で勝手に!」

「はい、アステル。この串焼きはお酒に合うと思うよ?」

「貴様っ」

「はわわ。うつわからですわ。はい、次のお酒ですわ」

「くっ」

「猫公爵様。この度は突然の来訪をお許しください。このご恩は、いつか必ずお返しすると女神様に誓います」

「うっ……」

「にゃーん」

「か、かわい……」


 今、ニーミアのことを可愛いと言いそうになったね?

 確かに、ニーミアは可愛いからね!


「にゃんにゃん」


 子猫の姿になったニーミアが、愛らしくお肉にかぶり付く。

 アステルも猫系だからね。同じ猫系のニーミアには、親近感が湧くのかな?

 アシェルさんは苦手らしいけど……


 最初は不機嫌そうだったアステルだけど、ライラやメジーナさんの献身的なお世話やニーミアの愛くるしい姿に、次第に頬が緩んでいく。

 きっと、不機嫌を装っていたんじゃないかな?

 不機嫌な振りをして構ってもらうなんて、本当に猫だよね。


「変態竜王め。何をこちらを見てにやにやしている。気持ちが悪い」

「僕に対してだけは酷くない!?」


 僕自身は、アステルに何も悪いことはしていないのにね?

 禁領のお屋敷を建てさせたのも、妖魔の王討伐戦の時にアステルを酷使したのも、巨人の魔王だ。今回のお屋敷消失事件だってアステルが蒔いた種でレヴァリアが犯人だし、僕はなにもしていないよ?


「でも、騒動の中心は必ずエルネアお兄ちゃんにゃん?」

「くっ。ニーミアよ、僕の味方でいないと竜厩舎でお泊まりすることになるからね?」

「んにゃっ!」

「あはっ。エルネア様、それは良い考えですね? 私、人生で一度は竜厩舎で寝泊まりしたいと思いますが、いかがでしょう?」

「いやいやいや、メジーナさん。流れ星さまを竜厩舎に泊めただなんてルイセイネとマドリーヌに知られたら、僕が怒られますからね? というか、メジーナさんたちの故郷でも竜と共に生活していて、竜厩舎があったんですか?」

「ないわよ?」

「それじゃあ、一生に一度って……!?」

「だから、今しかない体験じゃない?」

「この人、もしかして勢いだけの危ない人なのでは!?」

「エルネア様は、ひどいなぁ。私は至って普通の戦巫女ですからね?」


 ほ、本当でしょうか……?

 メジーナさんの瞳は、本気で「竜厩舎で寝泊まりしてみたい!」と語っていますよ?

 いけません。このままメジーナさんの話の流れに乗っていたら、全員で竜厩舎に本当に泊まらなきゃいけなくなりそうな予感がします!


「その時は、アステルお姉ちゃんも一緒にゃん?」

「む? 何のことだ?」

「いいえ、何でもありません。ほら、ニーミア。お肉ですよー」


 僕はしっかりと煮込まれたとろとろのお肉を平皿に盛ってあげて、ニーミアに奉納する。

 ニーミアは美味しそうにお肉を頬張った。


「アステル。そろそろ僕の話を聞いてくれるかな?」

「嫌だ、帰れっ!」

「まだ言うかっ」


 もう、これはわざと言っているよね!

 ライラとメジーナさんなんて、僕とアステルの掛け合いを見て遠慮なく笑っていますよ。


「あのね、アステル」

「聞きたくないっ」

「実はね」

「言うなっ」

「ええっとね」

「きーっ」

「マドリーヌみたいな反応が出た!」


 爪を立てて襲いかかってきたアステルの口に、ニーミアにあげたお肉の残りを放り込む。

 もぐもぐ、と咀嚼そしゃくして、お酒を口に流し込むアステル。

 どうやら、酒精の強いお酒とよく合うようです。

 僕もいつかはお酒に強くなって、ああして楽しめる日が来るのかな?


「さあ、いい加減に僕の話を聞いてもらおうか!」


 僕は、アステルの前にお酒に合う塩の効いた串焼きや口直しの甘味を並べて、臨戦態勢を取る。

 アステルは、お酒と食べ物を交互に口に運ぶことが忙しいようで、さっきまでの悪態が収まる。

 僕はようやく話を聞いてくれる態度になったと判断すると、お願いを口にした。


「あのね。僕たちはこれから、傀儡の王のお屋敷まで行かなきゃいけなくなったんだ」

「この料理は薄味うすあじだな」

「今更なんてことを言うんだい! というか、僕の家の基本的な味付けは竜人族風だからね。でも、美味しいでしょ?」

「馬鹿竜王め。不味まずいとは言っていないだろう」

「ぐぬぬ。僕への暴言が酷くなっているような気がするよ?」

「気のせいじゃない。ようやくわかったのなら、さっさと帰れ!」

「いやいや、帰らないからね? 僕たちのお願いを聞いてくれるまでは」

「嫌だっ。もう傀儡の王とは関わらないからな?」


 アステルは、前に傀儡の王と大喧嘩をしたという。トリス君が話してくれたよね。

 でも、だからこそ僕たちは、傀儡の王のお屋敷を訪れる前に、こうしてアステルに会いに来たんだよ?


「そこをなんとか! トリス君から聞いたんだよ。アステルたちは、傀儡の王と大喧嘩をして、勝ったんだよね? それで、今回も協力してほしいんだ」

「嫌だ、帰れ!」

「僕たちは傀儡の王と喧嘩をしにいくわけじゃないんだ。ただし、面倒事に巻き込まれたら困るから、喧嘩に勝ったと聞くアステルの協力があれば、何か起きても対処できるんじゃないかと思うんだよね?」

「お前たちの都合なんて知らない。あれは人形遊びがしたいだけだ。さっさと行って、好きなように弄ばれてこい」


 ぷいっ、とそっぽを向いてしまうアステル。

 どうやら、傀儡の王とはあまり良い思い出がないようだね。

 そういえば、大喧嘩以外でも何度も喧嘩しているんだっけ?

 仲が悪いのかな?

 傀儡の王の性格とアステルの性格を考えれば、二人ともにわがまま勝手し放題で、お互いがお互いに迷惑を掛けて遊んでいるだけのように思えるんだけど?


「出発は、明日だよ? 使用人さんたちが朝になってお屋敷に来たら、事情を説明して出発するからね? あっ、アステルはニーミアの背中に乗って良いよ?」

「にゃん」

「勝手に話を進めるなっ」


 アステルが、食べ終わった串焼きの串を僕に投げてきた。

 それを素早く避けて、僕は言う。


「ええっとね。これは言いたくなかったんだけど……。魔王とシャルロットがね……?」

「ぎゃーっ。貴様は魔王だ! 極悪非道の竜魔王だ!」

「いやいや、僕は魔王なんてならないからね? それに、まだ何も言っていないじゃないか」

「言うなーっ! 絶対に言うなっ。言ったら絶交だぞ!」

「ということは、今は友好ってことで良いんだよね?」

「おい、お前たち。この暴君を止めろ! 褒美に好きな物を創ってやるぞ!」

「はわわっ。それでしたら、エルネア様とレヴァリア様と住める別邸を」

「ライラさん!?」

「やったー! それじゃあ、超強い薙刀を創って!」

「メジーナさん!!」

「にゃんは尻尾の毛を解いてくれる綺麗なくしが欲しいにゃん」

「ニーミアまで!」


 あれが欲しい、これが欲しい、と賑やかになるみんな。

 うーむ。僕はみんなに裏切られて、売り飛ばされるのでしょうか?

 いや、売り飛ばされるんじゃなくて、追放されちゃうのか!


「ねえねえ、アステル。お願いだよ! 今度、竜王のお宿に招待するからさ?」


 アステルは、もちろん禁領に入れる。

 お屋敷を建てたりしているくらいだからね。

 だから、アステルもお客様として竜王のお宿に招待して、楽しんでもらおう。それが、僕たちが示せるアステルへの報酬だ。


「竜王のお宿?」


 すると、アステルが興味を示す。

 どうやら、知らないことにはとにかく興味を持つらしい。

 ふっふっふっ。それでは、僕はこれから精一杯に、アステルに竜王のお宿の素晴らしさを語ってあげましょう。


 アステルの空になった器にお酒を注ぎながら、僕はここ最近の禁領での楽しい出来事を面白可笑しく話した。

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