いざ行かん 空のたびへ

「この、嘘つき竜王め!!」

「いやいや、僕は嘘をつこうとしたわけじゃないよ? アステルが抵抗するからなんだと思います!」


 ここは、空の上。

 僕はニーミアの背中に乗っている。

 同じく、メジーナさんもニーミアの背中の上で気持ちの良い風を受けている。


 そして。


 僕たちの頭上を飛ぶレヴァリアにはライラが騎乗していて、そのレヴァリアの凶暴な手にはアステルが握られていた。

 恐ろしい爪の間から顔を出したアステルが、こちらに向かって罵詈雑言ばりぞうごんの雨を降らせています。


「残念です……」

「にゃあ」


 昨夜。僕はアステルに、禁領での楽しい時間の過ごし方を大いに語った。

 アステルも禁領のお屋敷へ遊びに行くことは満更まんざらでもなさそうで、僕やライラが語るおもてなしや賑やかな日常に随分と興味を示していた。

 だけど、そこは猫のような性格の猫公爵だ。

 翌日。つまり、今朝のこと。


「嫌だ。わたしは行かない。お前たちだけで行け!」


 と僕たちに行って、アステルは逃げた!

 それで僕たちは仕方なく、朝からアステルを追いかける労力を強いられたわけだけど。


「くっくっくっ。この我らから鬼ごっこで素人が逃げ切れるとでも? ふははははっ。愚かしいにも程がある!」

「エルネアお兄ちゃんが悪い人にゃん」

「はわわわっ」

「よっし! 私も禁領で磨いた鬼ごっこの実力を試してみたいわ」


 というやる気満々の僕たちに追われて、アステルは悲鳴を上げながら本気で逃げ回る結果になった。

 そして、本人は知らず知らずのうちに僕たちに追い込まれていき、最後にはお屋敷の玄関に追い込まれた!

 罠とも知らずに。

 お屋敷を命辛々抜け出したアステル。そこに待ち構えていたのは、レヴァリアだ。

 レヴァリアは上空から強襲をかけてアステルを鷲掴わしづかみにし、拉致らちしたんだ!


 というわけで。

 アステルはレヴァリアに鷲掴みにされたまま、ニーミアよりも高い位置を飛んでいる。

 いや、飛んでいるのはレヴァリアで、アステルは抵抗も虚しく囚われの身になっているだけか。


『ふんっ。我にこのような面倒を押し付けるとはな』

「レヴァリア様、助かりましたわ」

『貸しだぞ?』

「エルネア様と全力でお返しいたしますわ」


 そんな、会話というか竜心りゅうしんが伝わってきた後。

 ぽいっ、とレヴァリアはアステルを上空へ放り投げた!


「ぎゃーっ!」


 悲鳴をあげて、落ちていくアステル!


「ニーミア!」

「にゃん」


 レヴァリアよりも下を飛んでいたニーミアが、上手くアステルを背中で受け止める。


「約束通りニーミアの背中の上に乗ってもらうためにはこの方法しかなかったとはいえ。レヴァちゃん、もう少し優しくね?」

『愚か者め。我に握り潰されていない時点で有難いと思え』

「強く投げても放り投げても、アステルお姉ちゃんは落ちていたにゃん。だからエルネアお兄ちゃんの計画自体が間違っているにゃん?」

「いいなー? 私も一生に一度で良いから、空から落下してみたいわね?」

「メジーナさん、そんなことを勢いだけで言っていると、本当になりますからね? 僕なんて、アシェルさんの牙の隙間に挟まれたまま飛んだことがありますけど、本当に怖かったですよ?」

「貴様っ、そうと知っていてわたしをこういう目に合わせたのかっ! というか、誰かわたしの心配くらいしたらどうだっ!」


 猫のように「しゃーっ」と怒るアステルがニーミアの背中から落ちないように、腰に長い体毛を結んであげる。

 そうしながら、僕は言う。


「トリス君かシェリアーが居てくれたら、心配してもらえたのにね?」

「貴様も心配しろっ!」


 やれやれ。わがままですね?

 ぷんすかと怒るアステルだけど、暴れたりはしない。

 というか、アステルが本当に抵抗しようと思っていたのなら、レヴァリアに鷲掴みにされた時点で竜殺し属性の武器を創って反撃していたと思うんだよね?

 つまり、機嫌に合わせて怒ったり騒いだりするアステルだけど、本心では僕たちと一緒が楽しいんだよね?


「都合のいい解釈にゃん?」

「ふふふ。ニーミアよ。大人になるということは、どれだけ周りを自分の都合で振り回せるかということだからね?」

「それなら、エルネアお兄ちゃんは立派な大人にゃん?」

「……自分で言って何だけど、嬉しくない評価のような気がするよ!」

「んにゃん」


 ニーミアと同じ高さまで降りてきたレヴァリアの背中の上では、ライラが元気よくこちらに手を振っている。もちろん、引っ付き竜術でレヴァリアの背中の上に立った状態で。

 ライラの希望としては、僕もレヴァリアの背中に乗って、夫婦で仲睦まじく空の旅を楽しみたかっただろうけど。

 でも残念ながら、そうするとニーミアの背中の上にアステルを乗せてあげるということが難しくなってしまうからね。


 レヴァリアは、まだ見慣れていないメジーナさんを背中には乗せたがらない。

 そうすると、メジーナさんは必然的にニーミアの背中の上になる。

 そして、僕もライラもいないニーミアの背中の上で、メジーナさんとアステルを二人きりにするわけにはいかないからね。


 ということで、僕はニーミアに乗って、ライラだけがレヴァリアに乗っている状況だ。

 きっと、途中で休憩を挟むために地上に降りたら、ライラは甘えてくるだろうね。

 存分に甘えてもらいましょう。


「ところで、アステル。トリス君たちはまだ戻ってこないの?」

「貴様のせいで妖精魔王に捕らわれていたからな。まだ帰ってこないだろう」

「僕のせいじゃないし、僕のおかげで自由になれたんだからね!? それはともかくとして。トリス君たちは何の目的で向こうに行っているの?」


 トリス君と一緒に、ルイララもクシャリラによって自由を奪われていた。

 僕は彼らを救出するために、クシャリラの要望を受けて、有翼族の暮らす山岳地帯から神族や帝尊府ていそんふを追い出した。

 それでルイララはようやく自分の任務を遂行できて、現在は巨人の魔王の傍に戻ってきている。

 だけど、トリス君とシェリアーはまだアステルのもとへとは戻ってきていない。


「魔族の支配者に直接用事を言い渡されたんだよね? たしか、トリス君の話では有翼族の国を更に南下して、天上山脈の東側に唯一存在する人族の国の調査に向かったんだっけ?」


 僕の話を聞いて、メジーナさんが咄嗟とっさに息を呑んだ。


「天上山脈……。東の魔術師が守護する聖域の東に存在する国。それは、アレムガル王国のことでしょうか?」


 メジーナさんの言葉に、僕は思考を巡らせる。

 人族の国、とは言うものの、僕はその国のことを詳しくは知らない。

 あまりにも遠い土地の国だし、接点がなかったからね。

 すると、僕の代わりにアステルが教えてくれた。


「そうだ。人族どもが神族との最後の砦として手厚く支援している国だな」


 アステルは、意外にも親切に話してくれる。


 竜峰と同じように、南北に長く連なる天上山脈。その西側には、人族の文化圏が広がっている。幾つもの国や都市があり、そのなかには神殿宗教の総本山である神殿都市も含まれる。

 だけど、人族は常に他種族、とりわけ魔族と神族の脅威にさらされている。


 その魔族と神族は、天上山脈の東側に広大な支配領域を持つ。

 そして天上山脈の南端側は、神族の脅威を過去から絶えず受けていた。


「しかし、人族の国も昔は天上山脈の東側にいくつも在ったらしいぞ?」


 アステルは、空から見える景色を堪能たんのうしながら続ける。


 かつて、人族の国は小さくとも各地に点在していた。

 だけど、魔族が支配領土を広げ、対抗するように神族の勢力が拡大していった歴史の中で、そのほぼ全てが滅ぼされていった。


「それでも、人族は抵抗したらしいな。まだ東の魔術師が天上山脈を守護する前から、人族は天上山脈の東側の国で神族どもに抵抗を続けていた」


 始祖族として、生まれた時点で多くの知識や能力を有しているアステル。

 きっと、その保有する過去の歴史の知識を、僕たちに語ってくれているんだろうね。


「昔は、もっと多くの人族の国が天上山脈の東側にあったらしい。だが、現在ではアレムガル王国だけが唯一残っているだけだ。人族どもは、アレムガル王国が神族に滅ぼされれば、神族が天上山脈の南端を踏破とうはして西にまで勢力圏を広げてくるとおびえているらしい」


 それで、天上山脈の西に在る人族の国々は協力して、アレムガル王国に大量の物資や兵士を送り、最後の抵抗を続けているという。


「だが、どうだろうな? アレムガル王国と争っていた神族の国のカルマール神国は、無敗の神将ミラ・ジュエルを失った。そうなっては、もう東のゆうたるベリサリア帝国の進撃をカルマール神国もアレムガル王国も防げないだろう」


 ジュエルさんはウェンダーさんと一緒に、今頃どこを旅しているんだろうね?

 アステルが「討たれた」と話したジュエルさんのその後のことを、僕はよく知っている。

 アステルも、妖魔の王討伐戦の時にきっと会っているはずだ。

 だけど、そういう部分は省略して、アステルは天上山脈側の話を続けた。


「朱山宮の主人あるじどもが何を考えているのかは知らん。だが、神族どもの動きが不穏になってきているから、トリスに調査を命じたんだ。まったく、いい迷惑だ!」


 アステルは、魔族の支配者に対しても悪態をつくんだね!?

 それは驚きだったけど。

 でも、アステルの話で色々と知ることができた。


 つまりトリス君は、僕たちが知った神族の動きをより深く探るために、これから騒動の起点となるだろうアレムガル王国を調べに行ったんだね。

 そして、シェリアーはトリス君の護衛だ。

 人族に国に、人族のトリス君は上手く馴染めるだろうね。そして、一見すると黒猫にしか見えないシェリアーは、種族看破の能力がない人族では見分けられない。

 もしもシェリアーの正体を看破できる者が人族の国に潜んでいたら、それはまさに神族の尖兵せんぺいということになる。

 そういう人選なのか、と納得する僕。


「それで、アステルは一緒に行かなかったんだね?」

「わたしは足手纏いにしかならないからな。領地で大人しくしていた方が、トリスたちの迷惑にならない。そういう話だったんだ!」

「……そう、巨人の魔王に言われたんだね? なのに、僕たちの騒動に巻き込まれてしまったわけだ?」

「貴様、何を抜け抜けと言う!」

「いやいや、僕たちだって傀儡くぐつおうに迷惑をかけられなかったら、こうしてアステルを巻き込むことはなかったんだよ? そう。全ては傀儡の王が悪いんだ!」


 うんうん、と納得する僕。

 アステルは、僕と傀儡の王に恨み言を吐きながら、ニーミアの背中の上で暴れる。

 こらこら。あんまり暴れすぎると、腰の体毛が解けてまた空から落ちるからね?

 どうどう。とアステルをなだめる僕。

 だけど、メジーナさんだけが僕たちの話を聞いて、身体を強張こわばらせていた。

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