絶交です!

 どれだけ用心深く接していても、気づいたら騒動に巻き込まれて弄ばれている。

 始祖族は、本当に油断ならない存在だよね。

 魔族の真の支配者が、始祖族を公爵位に封じて、勝手に暴れ回るのを抑制している気持ちが、なんとなくわかったよ。


「とほほ……」

「んんっと、よしよし。お兄ちゃんはなんで落ち込んでいるの?」


 プリシアちゃんに頭を撫でられて、なぐさめられている僕。

 プリシアちゃんは無邪気に、これからの予定を楽しそうに話す。


「あのね、プリシアはエリンちゃんのおうちに遊びに行って、お人形劇をまた観たいよ?」

「そうね。エルネアにお願いしましょうね?」


 ミストラルが笑いながら、プリシアちゃんを抱いた。


 現在。

 僕たちは空の旅に戻っていた。


 なぜかというと、マドリーヌにこう言われたからだ。


「エルネア君。このまま傀儡の王のお屋敷へと向かうおつもりですか? その前に、流れ星様たちを一度禁領に戻した方がよろしいのでは?」


 マドリーヌの言う通り。

 僕は流れ星さまたちに、まずは魔族がどんな種族で、どういう暮らしを送り、どういう価値観を持っているのか、ということを正確に知ってもらいたかった。

 なにせ、禁領だって立派な魔族の支配領域なんだ。だから、不意に魔族と接する機会が訪れた時に正しい対応ができたり、将来の役に立つかもしれないと思ったからね。


 だけど、竜王の都まで魔族と旅をしてもらい、巨人の魔王の魔都や魔王城に滞在してもらったこと以上、即ち、僕たちが傀儡の王の迷惑に巻き込まれた事情にまで流れ星さまたちを付き合わせるわけにはいかない。


 ということで、傀儡の王のお屋敷を訪問する前に、流れ星さまたちを禁領のお屋敷まで送り届けている最中だった。


「あら。私たちは傀儡の王がどういった者なのかということも知りたいですので、このまま同行させていただいても良いのですよ?」


 と流れ星遠征部隊のひとり、ミシェルさんは好奇心に瞳を輝かせて言っていたけど。

 それでも、これ以上の迷惑は悪いよね?

 流れ星さまたちは、現在は全員で祈りを合わせる「一願千日いちがんせんにち」の試練中なんだ。

 このまま更に何日も遠征部隊を引っ張り回すのは、申し訳ないです。


 僕とミストラルとプリシアちゃん。それにマドリーヌとルイセイネ。そして流れ星のアニーさんとリズさんが、帰りのニーミアの背中に乗っている。

 一緒に飛行しているリリィの背中には、ライラとユフィーリアとニーナとセフィーナ。そしてイザベルさんとミシェルさんとセリカさんが乗っていた。


 ニーミアは、魔族が文明を築く大地の遥か上空を、優雅に飛ぶ。

 リリィは、高度の低い空を我が物顔で飛んでいる。そして下方から微かに届いてくる、楽しそうな悲鳴。

 はい。リリィ側は楽しんでいるんですね?

 魔族を挑発したり、わざと乱高下しながら飛んで、空の旅を満喫しているようです。


 アニーさんとリズさんは、本職は巫女らしい。なので、基本的にはおしとやかだ。遠征隊のなかでも落ち着いていて、争い事や騒動に自ら首を突っ込むような性格ではない。

 だけど、本職が戦巫女のイザベルさんとミシェルさんとセリカさんは、やはり血の気が多い。

 なにせ、リリィ側にユフィーリアとニーナと一緒に騎乗したら、必ずああいう事態になる、とわかっていながら嬉々ききとして立候補したからね。


 三十人以上の流れ星さま。と、ひとくくりに言ってしまうとそれまでだけど。

 全員が同じ故郷から流れてきて、今でもひとつの願いだけを胸の内に秘めて日々を送っている。

 そんな彼女たちだけど、魔族と同じで、親しく接していると、色々と気づいたり、わかってくることが多くある。


 巫女は、清廉潔白せいれんけっぱくでなければならない。だから、巫女様はいつでもどこでも清く正しく美しい心で、世界の良心である。

 なんてものは、周りが勝手に抱く幻想なんだ。


 流れ星さまたちだって、ひとりの人族として思い悩むことはあるし、間違った行動を取ったり、偏見へんけんを持っていたりもする。

 ちょっとなまけたり、時には愚痴ぐちこぼしたり。

 流れ星さま同士で口論になったり、逆に手を取り合ってきゃっきゃと少女のように騒がしい時もある。


「まあ、ルイセイネもマドリーヌもそんな感じだし、やっぱりみんな、それが自然なんだよね」


 ぽろり、と思考の先が言葉に出てしまい、ルイセイネとマドリーヌに首を傾げられた。


「エルネアお兄ちゃんが怪しいことを考えていたにゃん」

「ニーミア!? 僕は何も怪しいことなんて考えていないからね? ただちょっと。流れ星さまも僕たちも魔族だって、みんな一緒なんだなぁと思ってさ」

「あらあらまあまあ。エルネア君、お熱でもあるのですか?」

「それでは、私の胸でお休みください」

「マドリーヌ。貴女はまだ正式な婚姻を結んでいないのだから、聖職者らしく淑女しゅくじょでいなさい」

「むきぃ、巫女頭の私をいじめるなんて、ミストは不敬虔ふけいけんですっ」

「あら。わたしは信徒ではないのだから、問題ないでしょう?」


 アニーさん、リズさん、ごめんなさい。

 こちらはこちらで、いつものように騒がしいですね。

 ミストラルとマドリーヌがわいわいと騒いでいる隙に、ルイセイネが僕の隣を占領した。


「エルネア君の仰る通りです。ですから、きっと傀儡公爵様も心の底からの悪人ではないと思いますよ?」

「おや。ルイセイネはエリンお嬢ちゃんを擁護する感じかな?」


 と二人で会話を交わしていたら、アニーさんとリズさんが加わってきた。


「横から失礼しますね? 私も、傀儡公爵様の印象を言ってもよろしいですか?」


 アニーさんが言う。


「エルネア様は、傀儡公爵様を見た目も心も少女のまんまと最初に評価なさっていました。その通りだと思います。ですので、今回の騒動も、命のやり取りや相手に絶望を課すような悪意などはあまりないように感じます」


 続けてリズさんが言う。


「魔族らしい、かはともかくとして。絶大な力と権力を持つ魔族の公爵は、なるほど、あのように周りに迷惑を振り撒くのですね。ですが、傀儡公爵様の今回の騒動は、規模は人族の私たちの常識を遥かに逸脱いつだつしていますが、それでも少女らしい無邪気なものだと感じました」


 なるほど。流れ星さまたちも、周りに流されるばかりではなく、冷静に相手のことや状況を分析しているんだね。

 さすがは、あのアーダさんをしたう人たちです!

 僕も頷いて、今後のことを話す。


「まさに、あれが魔族のなかでも特別な存在の始祖族ですよ! 相手の迷惑なんてこれっぽっちも考えていないんです。でも、傀儡の王は最初から人形劇を楽しみたいという想いだけで、僕たちの命を狙っているとか、おとしいれようなんてことはしていなかったですよね?」


 竜王の都で、十氏族のジャンガリオ爺さんとフォラードとジークを拉致し、代わりに人形を領主館に配置していた傀儡の王。だけど、騒動の後で巨人の魔王から三人の返還を求められたら、素直に応じてくれた。


 領主館で命を狙われたじゃないかって?

 まあ、その辺は僕たちには退けられる程度の問題だったので、無かったことにしましょう。というか、傀儡の王だって、あの程度で僕たちが危機に陥るとは思っていなかったはずだ。

 傀儡の王は単純に、三人にふんした人形を操って僕たちが慌てふためく姿を見て楽しんでいただけだろうね。

 その辺はともかくとして。


 魔都でも、傀儡の王は僕たちに干渉してきた。

 観光に出た僕たちを確固に襲撃して、困らせてきたよね。

 でも、これも傀儡の王が持つ本来の能力から見れば可愛いものだよね。

 傀儡の王がその気になれば、十万もの魔族をいっぺんに操れるんだ。もしも魔都の住民十万人が僕たちに襲い掛かっていたら、大変な事態になっていたはずだからね。

 そう考えると、やはり傀儡の王は僕たちと面白可笑しく遊びたいだけで、こちらの命を狙ったり、陥れようという意図はないと思う。


 まあ、ちょっと度が過ぎて、魔都の大神殿には大きな迷惑をかける結果になっちゃったけど。……いや、あれは僕のせいではないと思うのです!

 傀儡の王の悪巧みに便乗して、魔王とシャルロットが悪乗りしたから大変なことになっちゃったんだよね!?


 大神殿の地下宝物殿に秘蔵されていたグリヴァストの名剣魔剣の数々。

 グリヴァストは魔族でありながら、神殿宗教の敬虔な信者だった。その彼が遺した最高傑作とは、魔力が込められた薙刀だった。

 美術品のように美しく、それでいて武器としてもこの上なく洗練された造りの薙刀。それを、傀儡の王が奪ってしまった。


 しかも、返して欲しかったら自分のお屋敷に遊びに来いだなんて一方的にこちらへ要求を突きつけた。

 そうなると、僕たちには選択肢なんてなくなっちゃうよね!


 それで仕方なく、僕たちは傀儡の王の領地があるという、賢老魔王けんろうまおうの支配領国の北、深緑しんりょくの魔王の領国の南、つまり二国に挟まれた未踏みとうの場所まで行かなきゃいけない。


「行ったら、素直に返却してくれるかな?」


 僕の疑問に、アニーさんが苦笑しながら言う。


「それはどうでございましょう? あの方の性格ですと、そもそも訪問するまでが大変なような気がしますね?」


 リズさんが笑いながら補足を入れる。


「到着したら、素直に返却してくださると思いますよ? ですが、それまでに楽しい人形劇が待ち構えているでしょうね?」

「やっぱりか!」


 傀儡の王は、僕たちと人形劇を楽しみたいだけ。

 ただし、傀儡の王は自分で人形を準備し、舞台を整え、演出を担当してしまう。だから、傀儡の王の自由好き勝手な人形劇になってしまい、僕たちは巻き込まれるだけなんだよね!


「ですが、そうするとエルネア君との約束を破ったことになりませんか?」

「むむむ。ルイセイネ、良いことを言ったね? そうだよね? 薙刀を取り戻しにきた僕たちに悪さしたら、絶交だよ?」


 でもそうすると、傀儡の王は人形劇の舞台を整えられない?

 はたして、傀儡の王はそれで良いのかな?

 僕たちは、平和的に薙刀を取り戻せたら願ったり叶ったりなんだけど?


 むむむむ?

 何か、嫌な予感がしてきました!


「エリンお嬢ちゃんは本当に、僕たちと一緒に人形劇を演じたいからという理由だけで、薙刀を奪っていったのかな?」


 それと。


「魔王やシャルロットの言動も不可解だよね? 本当に、傀儡の王を僕たちへの嫌がらせのためだけに授爵の式典に招んだのかな? 僕たち以上に魔王の方が傀儡の王の性格を熟知しているはずなんだから、自分の懐の内に呼び込んだら迷惑が発生することくらいは予測していたはずなのに?」


 疑い出すと、切りがない。

 巨人の魔王には、もっと別の思惑があるんじゃないのかな?

 傀儡の王にも、何か秘密の事情があるのかもしれない。

 そして、お互いの利害が一致していて、そのために僕たちは利用されようとしている?


「ねえ、ルイセイネ。このまま禁領に帰って、全員で引きこもっていたら駄目かな?」


 僕の意見に、マドリーヌと賑やかしいミストラルの腕に抱かれていたプリシアちゃんが、ぷうっと頬を膨らませる。


「あのね。プリシアはエリンちゃんと遊びたいよ? お兄ちゃんが一緒に行ってくれなかったら、絶交ですからね?」

「えええっ。プリシアちゃん、それはないよぉっ!」


 僕は慌てて、プリシアちゃんをミストラルの腕の中から抱き上げて、機嫌を取る!

 プリシアちゃんに絶交されたら、僕は絶望しちゃうからね!?


「変態さんにゃん」

「ニーミアよ。誤解を招くようなことを言ったら絶交ですからね?」

「んにゃん!?」


 これ以降、僕たちの間で「絶交遊び」が流行ったのは言うまでもない。


 それと、ちなみに。

 ミストラルとマドリーヌの騒がしさは冗談で、二人してきゃっきゃと楽しく遊んでいました。

 こういう部分も「完璧なミストラル」や「巫女頭のマドリーヌ」というひとつの枠だけで見てはいけない、人として普通の日常だよね。と僕は思うのでした。

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