悪人たちの劇

 片手用の武器とは違う、ずっしりとした重さ。それでも、女性が扱いやすい程度の重量であり、長い柄も細めで握りやすい。

 手に持つと、その武器の良さが伝わる。

 考え抜かれた重心。軽くもなく、重くもない重量。そして、目的を明確に示す斬れ味の良さそうな反った刃。

 まさに、これこそがグリヴァストの最高傑作である薙刀だ。


「でも、残念なことにこの薙刀の宝玉には魔力が籠っているんだよね。魔力もかなり強めに込められているから、残念だよね?」


 もしも、この薙刀の宝玉が魔力由来のものでなければ、人族の戦巫女様でも扱えたかもね?

 そんな感想を漏らしながら、僕は巨人の魔王に向き直る。


「これがなまくらなんて言わせませんよ? 呪われた薙刀ではありますけど、これはまぎれもなく鍛治職人グリヴァストが鍛えた最高の逸品です!」


 これで試練は達成ということで良いですよね? と、手にした美術品のように美しい薙刀を魔王に差し出す僕。

 魔王は品定めでもするように、僕の手から薙刀を受け取ろうとした。


 でも、その時。


 ふわり、と唐突に薙刀が空中に浮く。

 そして、ふわふわと空中を彷徨さまよって、薙刀は傀儡の王の手の中に収まった。


「あっ!」


 あまりに不意な事態だったので、油断していた。

 だって、傀儡の王がいきなり僕の手から薙刀を奪うなんて思いもしないよね?


「ふふ。ふふふ。それは、私がグリヴァストの武器を狙うような悪巧わるだくみをしていたら、目の前にこれほど数多くの名剣魔剣が並んでいるのですから、奪うなら最初から全て奪えば良い、という逆算的な考えからでございますね?」

「そうだよ? だから、エリンお嬢ちゃんは悪戯いたずらを止めてその薙刀を返してね? じゃないと、絶交だよ?」


 なぜこの時点で急に悪さをしたのか。傀儡の王の意図が読めない。

 傀儡の王が言った通り。もしも全てが傀儡の王の悪企みだったとしたら。


 僕たちに不思議な人形劇を見せて、巨人の魔王を利用して大神殿の地下宝物殿まで案内させた時点で、目的はほぼ達成できていたはずだ。

 あとは、巫女様たちがこうしてグリヴァストの遺作を台の上に広げた時点で、どれが鈍でどれが最高の魔剣かなど関係なしに、全てを奪えば良いのだから。


「ふふふ。ですが、私は太公様の試練の結果を見守って、選んだ魔槍だけを奪った? ふふ。なぜでございましょうね?」

に及んで悪戯がしたくなったから!」

「残念でございます。不正解ですので、この魔槍は没収ぼっしゅうでございます」

「いやいや、それは駄目だよ? グリヴァストの遺した武具は大神殿で大切に保管されている収蔵品だからね? それを勝手に没収なんてしたら、みんなが困るよ? 僕たちに対して悪巧みをしたら絶交だって約束をしたよね?」

「ふふ。ふふふふふ」


 だけど、傀儡の王は僕の注意を受けても楽しそうに笑うばかりで、薙刀を返そうとはしない。

 あまり悪戯が過ぎると、本当に絶交だからね?

 という僕の思考を読んでいるはずなのにね。

 それどころか、自分から饒舌じょうぜつに話し始める傀儡の王。


「ふふふふ。ふふふふふ。私は前より興味を持っていたのでございますよ? 魔族の間に伝わる魔剣や魔具のお話は、沢山あるのでございます。ですが、鍛治職人グリヴァストの遺した魔剣は伝承が残っていても実物が出回らないのでございます」


 だからなのか。魔族のなかでも、グリヴァストの伝承は有名で、今でも探し続けている者たちがいると話す傀儡の王。

 でも、見つからないよね。だって、こうして大神殿の地下宝物庫でしっかりと秘蔵されていたのだから。


「ですが、色々と調べているうちに、私はなんとなく確証を得たのでございます。巨人の魔王が秘蔵していらっしゃるのではないかと。なぜかと言いますと、グリヴァストが生涯を送った土地は巨人の魔王の支配する国でしたし、グリヴァストが最後に会った魔族こそが巨人の魔王だったと調べ上げましたので」

「えっ!」


 本当ですか? と確認するように魔王とシャルロットを見たら、二人は傀儡の王を油断なく見つめたまま、首を縦に振った。

 どうやら、傀儡の王は独自の調査でグリヴァストの遺作のを調べ上げていたらしい。


「でも、それならなぜ今までこんな悪いことをしなかったのかな?」


 傀儡の王は、魔法の糸で他者を好きなように操れる。数だけで言うなら、十万の魔族軍をまとめて同時に操れるくらいに。

 だとしたら、収蔵場所が判明した時点で、巫女様たちを操って案内させることもできたはずだよね?


「あっ、違うのか。エリンお嬢ちゃんは人を操れても、心までは操れないんだよね?」

「はい。正解でございます。ですので、巫女を操っても地下宝物殿前の結界を解けませんので、私ひとりではこちらまで辿り着けなかったのでございます」

「なるほど。それで、僕や魔王を利用して案内させたんだね?」


 でも、変だな?

 単純な思考の僕ならまだしも、思慮深く、魔族たちの権謀術数けんぼうじゅっすうの数々を潜り抜けてきた巨人の魔王やシャルロットが、傀儡の王のこんな悪巧みに引っかかるのかな?

 僕の疑問をよそに、傀儡の王の話は続く。


「本当に、素晴らしい作品の数々でございます。グリヴァストは、師のビエルメアにも引けを取らない職人でございましょう」


 ですが、とそこで困ったように首を傾げる傀儡の王。


「残念ながら、私には名剣魔剣を見極める審美眼しんびがんはございません。ですので、大公様に選んでもらったのでございます」

「いやいや、エリンお嬢ちゃんのために魔王の試練を受けたわけじゃないからね?」


 あくまでも、プリシアちゃんの明るい未来のためです!

 だけど結果として、僕が最高の薙刀を選び、傀儡の王がそれを横取りしてしまったことは事実だよね。


「さあ、そろそろ返しなさい。本当に怒るよ?」


 ほんの冗談であるのなら、大目に見ましょう。だけど、これ以上の悪さは駄目ですからね?

 小さな子供に言い聞かせるように、僕は優しく言う。

 だけど、傀儡の王は外見に似合わない悪い笑みを浮かべたまま、薙刀を返そうとはしない。


「ふふ。ふふふふ。大公様は何を仰っているのでしょう?」

「何をって。約束したでしょ? 僕たちに対して悪巧みをしたら、絶交するからねって」


 約束を交わした時。傀儡の王は少女らしく、本当に困っていたよね?

 絶交は嫌だから、僕たちには悪さをしないと誓ってくれたはずだ。

 それとも、魔族らしくいきなり裏切るつもりかな?

 それなら、僕たちは本当に絶交をして、金輪際ぜったいに傀儡の王とは遊んであげない!


「ふふふ。お約束しましたね。私は大公様やプリシアちゃんと絶交したくありませんので、今もお約束は守っていますよ?」

「それじゃあ?」

「ふふふふふふふ。大公様? 私は大公様やその身内の方々に悪さをしないと約束しました」

「そ、そうだね?」


 いったい、傀儡の王は何を言おうとしているのか。

 嫌な予感がしつつも、僕は耳を傾けてしまう。

 そして、傀儡の王はそんな僕に、恐ろしいことを言った!


「ですが、大神殿や巫女たちは大公様の身内ではございませんよ? 薙刀を管理しているのは大神殿ですので、これが奪われて困るのは巫女たちであり、大公様ではありませんよね?」

「えっ!?」

「ふふふ。大公様は今、連帯的な責任を感じているだけでございます。ですが、本来は大公様や身内の方々には何の落ち度もなく、責任を負う必要はございません。ですから、私のこの悪戯は、大公様との約束には抵触しないと思うのでございますが?」

「なななっ!? ……で、でも?」

「人形劇を見せたのも、大神殿を観光したいと言ったのも私ですが、それに対して大公様たちは困っていませんでした。それに、グリヴァストの遺作がこちらに収蔵されていることや見せようとしたのは巨人の魔王や宰相様でございますよ? 大公様たちは巻き込まれただけでございましょう?」

「い、言われてみると……?」


 人形劇を見て、観光に来て、秘蔵品を見せてもらった。そして、試練を受けて薙刀を選んだ。その何処どこにも、僕たちが責任を負うような部分はない。

 むしろ、傀儡の王が何か企てていると知っておきながら、それに乗っていた巨人の魔王やシャルロットにこそ、責任があるように思える。そして僕たちには、実は迷惑なんてひとつも掛かっていない?

 傀儡の王の思惑に巻き込まれて利用されただけだし、秘蔵品を取られて困るのは、正確には僕たちではなくて大神殿の人たちだから。


「いやいやいや、それでも駄目だよ? 悪いことをしてはいけません!」

「魔族から悪いことを取りますと、何も残りませんよ?」

「ぐぬぬぬ。なんという屁理屈へりくつを!」


 いや、最初から全てが屁理屈だよね!

 色々とくわだてて、大神殿の大切な秘蔵品を奪った。でも、僕たちには迷惑をかけていないから、約束破りではない、と主張しているけど。


「ふふふ。ふふふ。駄目でございますよ? 私は厳密には約束を破っていません。ですから、大公様も約束は破らないでくださいましね? もしも大公様の方から約束をやぶったら。ふふ。ふふふふふ」

「とてもとても悪い微笑みだ!」


 こ、困った!

 傀儡の王の言葉は自分勝手に解釈をされた屁理屈極まりないものだけど、残念なことに筋は通っている。

 それを、僕たちが都合が悪いからと勝手に約束破りの罰を適応してしまったら、それこそ僕たちの方が悪者になってしまう。


 でも、それじゃあどうすれば?


 事の発端ほったんの一部を担いでいる巨人の魔王とシャルロットを見る。だけど、二人は僕とは視線を合わせずに、じっと傀儡の王を見ていた。

 すきうかがっている?

 魔王やシャルロットにとっても、大神殿の秘蔵品を奪われることは望ましくないと思っているのかな?

 ではなぜ、今まで傀儡の王の思惑を受け流していたんだろう?

 二人は、絶対に傀儡の王の悪巧みには気づいたいたはずなんだ。

 だとしたら、何か別の思惑が、この二人にも存在するんだろうか?


 考えてもわからない。

 だから、僕は仕方なく、実力で傀儡の王から薙刀を取り返そうとした。

 でも、その時。


「エルネア君、動いてはいけません。宝物殿の全てに、魔法の糸が張り巡らされていますよ」

「うっ!」


 ルイセイネの注意に、白剣の柄を握ろうと動かしそうになっていた右手を止める。

 痛みが指先に奔った。

 視線だけで確認すると、指先から血が出ていた。

 傀儡の王の、魔法の糸。

 いつの間に!?


 まさか、魔王やシャルロットたちは、この糸のせいで動けないのかな?

 いや、違う。二人は身動きなんてしなくても、恐ろしい魔法が放てるはずだ。それなのに、動こうとしていない。

 なぜなのか。僕は何かを見落としている?

 考えても、やはり答えを見つけられない。

 そして、僕たちが手をこまねいている間に、傀儡の王は動く。


「それでは、皆様。今回は本当に楽しい人形劇でございました。観覧の報酬として、この薙刀は持って帰りますね?」

「エリンお嬢ちゃん?」

「エリンお嬢ちゃんと呼ばないでくださいませ。ふふふ。大公様、もしもこの薙刀を返して欲しい場合は、私のお屋敷まで遊びに来てくださいませね? 遊びに来てくださったら、お返ししますので」


 そして、動けない僕たちに少女の微笑みを向けて、傀儡の王は一本の薙刀を手に地下宝物殿を去る。

 動けないので仕方なく気配だけを追っていると、傀儡の王は平然と大神殿を出て、空を飛んで何処かへと飛んでいった。


「鳥を模した傀儡を造って帰っていったようだな」


 魔王の言葉に、僕は首を傾げる。


「そんなに簡単に傀儡を作れるんですか?」


 傀儡の王の気配が消えると、地下宝物殿に張り巡らされていた魔法の糸が消える。それでようやく自由になった僕たちは、傀儡の王の悪巧みに大きなため息を吐いた。


「傀儡だけに関して言えば、あれはアステルと同じような能力を使える。魔力によって、自在に好きな傀儡を瞬時に創り出せる。あれと向き合うのなら、覚えておけ」

「うううっ。なんだかんだで、傀儡の王の思惑に振り回されているような……? というか、薙刀を取りに来いって、僕たちに迷惑が掛かっているんだから、絶交しても良いのかな?」


 薙刀を奪う場面までは、僕たちは巻き込まれただけだったよね。だから、傀儡の王が言ったように、約束破りには該当しない。でも、最後に僕を巻き込んだんだから、約束を破ったことになるような?


「いや、ならぬだろう。あれは其方に遊びに来てほしい、と願っただけだ。其方が行きたくないと思えば行かなくても良いのだ。ただし、グリヴァストの最高傑作の逸品は永遠に失われたままになってしまうがな?」

「うっ!」


 困りました!

 やっぱり、傀儡の王も油断ならない始祖族だよね!

 幼い見た目と精神年齢にだまされました!

 傀儡の王は、僕との約束をしっかりと守りながら、搦手からめてで僕を弄んできたよ!


「エルネア君?」

「シャルロット、僕は今なにも聞きたくないんだ! 何も言わないでね?」

「それは困りました。エルネア君が傀儡公爵様のお屋敷へ遊びに行きませんと、巫女頭や多くの聖職者が困ってしまうでしょうね?」

「うううっ!」

「責任を感じた巫女たちは、敵わぬと知っていながらも戦巫女や神官戦士たちを傀儡公爵様のもとへと派遣し、多くの命が失われるかもしれません。それだけでなく、その者たちが操られでもしたら」

「わわわっ!」


 困り果てる僕を見て、巨人の魔王とシャルロット、それにルイララが楽しそうに笑っている。


「あああっ! わかったぞ! 魔王たちはこういう展開になると最初から知っていたんだね!? だから、傀儡の王の思惑を知っていながらわざと踊らされていたんだ!」

「くくくっ。気付くのが遅い其方が悪い。さあ、さっさとエリンお嬢ちゃんの屋敷に遊びに行け」

「えええっ!」

「いいか、忘れているとは言わせぬぞ。私は其方に試練を課した。その対価として、選んだ武器を貸すと言ったのだ。其方は今、貸し出された秘宝を奪われたという責任を負っている」

「ぎゃー! それって、こういう事態になると予測していた魔王の悪巧みですよね!? 傀儡の王もここまで読んで、僕が選んだ薙刀だけを奪っていったのかーっ!」

「無論だ。愚か者め」


 なんてことでしょうか!

 魔族はみんな悪いやつだーっ!


 僕は絶望のあまり、名剣魔剣が並べられている台に突っ伏してしまった。

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