報告と旅の続き

「くくくっ。やはり其方らに行かせて正解だったな。よもや、たった数日でそれほど面白い騒動を巻き起こすとは」

「いやいやいや、僕たちは本当に大変だったんですからね!?」


 ここは、巨人の魔王の離宮。精霊の世界と半融合したかのような風景が見える客間で、僕たちは旅の報告をしていた。

 そして、僕たちの話を聞いて遠慮えんりょなく笑うのは、もちろん巨人の魔王。それと、シャルロット。


「それにしても、エルネア君たちは凄いと思いますよ?」

「そうかなぁ……」

「はい。なにせ、艶武神テユといえば帝国屈指の重要人物でございます。こちらの間者かんじゃも何度となく動向を探ろうとしてきましたが、ここ数十年程は近づくことさえできなかった難敵でございますから」


 魔族だって神族の動きを探ろうと、これまでに何度も密偵みっていや間者を放ってきた。ルイララだって、何回も帝国に行ったと言っていたよね。

 だけど、帝国中枢にまではなかなか手を伸ばすことができず、テユの姿さえ容易には確認できなかったという。

 そんなテユと、僕たちはいきなり邂逅かいこうしてしまったわけだ。

 まあ、嬉しくない出逢いだったけどね。


「闘神の娘か。妖魔の王討伐の際に気にはしていたが、やはり声を受け継いでいたか」

「もしかして、魔王は気付いていました?」

「声を封印されている、と聞いて想像しないわけにはいかないだろう。なにせ、私は闘神の声をじかに聞いた者だぞ?」

「やっぱり、そうだったんですね」


 僕たちが、素直にアミラさんのことを報告した理由。それは、もう少し「森羅万象を司る声」のことを知りたかったからだ。

 巨人の魔王は、魔族の中で最も長く生きてきた。あの魔族の支配者よりも長く、魔族の歴史を知っている。

 だとしたら、魔族の支配者と闘神が激突した戦乱のことも、もちろん知っているはずだよね?


 巨人の魔王は、僕たちがお土産として持ち帰った「神殺かみごろし」なんて名前の酒精しゅせいの極めて高いお酒で唇をうるおしながら、昔を思い出すように遠くを見る。


「私も、かつて闘神と対峙したことがある」

「でも、魔王は倒されずに今もこうして健在ですよね?」

「くくくっ。相手にさえしてもらえなかったからな」

「えっ!?」


 巨人の魔王が、相手にならない!?


 闘神が生きていた時代ということは、巨人の魔王はまだ「九魔将きゅうましょう」という魔族の将軍職だったはずだ。

 巨人の魔王の過去と今とでどれだけの力の差があるのかはわからないけど、それでも九魔将としての伝説は魔族の間で長く残り続けている。

 その九魔将でさえ、闘神の相手にはならなかったと話す巨人の魔王。


「今思えば、あの時、奴に相手にさえしてもらえなかったからこそ、私は今もこうして生きているのだろう。それほどの手練てだれであった」

「でも、対峙したんですよね? ど、とうやって生き延びたんです?」

「なあに、つまらぬ話だ」


 と言って、魔王は当時のことを話す。


 かつて、魔族と神族が存亡をかけた大戦があった。

 闘神が率いる百万を超える神軍と天軍は、魔族軍を蹴散らし、いよいよ魔都へと攻め入った。

 そこで、巨人の魔王こと九魔将ローザは魔都防衛のために、闘神の前に立ちはだかったという。


「だが、奴は私を前に剣さえ抜くことはなかった。ただひと言。『退け』と言われただけだ。気づけば、私は奴に道を譲っていたというわけだ」

「うわぁ……」


 声だけで、森羅万象を支配したという闘神。かつての九魔将といえども逆らうことのできなかった、絶対の声。魔王の話を聞いただけでも鳥肌が立つのに、その闘神でさえ勝てなかった魔族の支配者の存在を考えると、魂の底から震えが来てしまうね。


「ところで、その当時のシャルロットは何をしていたの?」


 魔王の話を僕たちと一緒ににこにこと聞いていたシャルロットに質問を投げてみる。すると、思わぬ話が聞けた。


「私はまだ、その時は生まれておりませんでしたよ? なにせ、その大戦で生じた瘴気から誕生しましたので」

「わわわっ!」

「魔族側だけでも数十万。神族側に至っては、魔都に攻め入った百万を超える神軍天軍の全て、それだけでなく一夜で滅ぼされた神国国民全ての命がシャルロットのかてとなっている」

「道理で規格外なわけだ!」


 恐るべし、金色こんじききみ

 始祖族は、戦乱や疫病えきびょう、それに長い歴史の中で溜まりに溜まった負のゆがみがひとつに固まって、生まれるんだよね。

 その中でも数百万の人々の負の想いが元になっているから、シャルロットは始祖族の中でも極めて強い力を持っているんだね。


「でも、待ってくださいよ。そうすると、闘神の伝承ってどうやって子孫に伝わったのかな?」


 魔都に攻め込んだ神軍天軍は、闘神が敗れたように魔族の支配者によって全滅させられたんだよね?

 それだけでなく、神族の国も一夜にして滅びたという。

 では、アレクスさんたちの祖先は、闘神の伝承をどうやって受け継いだんだろう?

 僕の疑問に、くつくつと笑う魔王。


「闘神に、子はいなかった」

「つまり……?」

「今の子孫は、奴の直系ではない、ということだな」

「えええっ!」

「おそらくは、大戦に従軍しなかった分家のひとつが運よく生き延び、其奴そやつらが闘神の伝承を生み出したのだろうよ」


 思わぬ事実を知らされて、僕たちは耳を塞ぎたくなる。


「今を生きる者どもが、それを知っているかはわからぬが。それに、魔族の支配者の呪いなどというものはない。そのような面倒を起こさずとも、かたであれば子孫如き軽く根絶やしにできるだろう。それどころか、闘神の力を受け継ぐ者が己の前にまた立ちはだかるというのならば、彼の方は喜んで迎え撃つ。もしくは、嬉々ききとして育てあげるかもしれんな」

「いぃぃやぁぁぁっ。聞きたくないっ」

「アミラなる娘が声を受け継いだのは事実だろう。だが、そこに呪いなどはない、と私が断言しよう。であれば、魂霊こんれいなどなくとも、己の研鑽次第で声を制御する力を手に入れるかもしれんな」

「あああぁぁ、もう聞きたくない……」


 それじゃあ、アレクスさんたちが子々孫々と守ってきた秘密や伝承はどうなっちゃうの!?

 無意味、とまでは言わなくても、間違っているのは確かだね。


 時に真実とは残酷なものになる。

 これは、アレクスさんたちには伝えられない話だ。

 偉大なご先祖さまとその伝承を守り受け継いできた人々にとって、間違っていたり歪曲わんきょくされていても、それが生きる目的になっているのなら、他所者よそものが身勝手に掻き乱すわけにはいかない。だから、僕たちは両耳を塞いで魔王の話は聞かなかったことにした。


「それで、アミラなる娘は山民族の者と共に旅に出たのか?」

「ええっと、それがですね……」

「エルネア君。これまでのご報告では数日で色々とあったようですが、こちらに来るまでにもう少し日数が掛かっているのは何故なぜでございましょう?」

「そうそう。そうなんだよ、シャルロット!」


 僕たちも果実水で喉を潤しながら、話の続きを語り出す。


「アミラさんの声とか、テユとか、色々大変だったんだけど。でも、僕たちが本当に報告したかったのは、もうひとつ別のことなんだ!」

「ほほう、勿体もったいぶらずに話すが良い」


 もぐもぐとお菓子を頬張るプリシアちゃんを抱き寄せた魔王が、興味深そうに瞳の奥を光らせて、僕たちの更なる報告に耳を傾けた。






「だが、俺は許せんっ!」


 アルフさんの叫びに、僕たちは驚いた。


 テユたちが去ると同時に、僕たちは衰弱のあまり気を失うように寝込んでしまった。ニーミアやミストラルでさえ衰弱していたみたいだから、みんな本当に極限まで頑張ってくれたんだね。

 ちなみに、衰弱で眠りに入った僕たちを護ってくれていたのは、ルルドドおじさんやレヴァリアだったという。


 それで、数日経って目が覚めると、荒野然としていた土地は幾分いくぶんかましな状態になっていた。

 隆起した大地には背の低い草が芽生え始めていたり、少しずつではあるけど開墾かいこんも始まっていた。


「なあに、こういった作業は山民族の儂にとっては慣れたものだ」


 と、率先して土地をならしていたのは、ルルドドおじさんだった。

 村の人たちも、僕たちが寝ている間にルルドドおじさんと親睦を深めたようで、和気藹々わきあいあいと作業していたという。


 そして、遅れせながらの祝勝会が開かれた最中さなか。突然、アルフさんが叫んだわけだ。


「お兄ちゃん?」


 急に、何を叫んでいるの、とアミラさんがみんなを代表して問い詰める。

 だけど、アルフさんの怒りはお酒の勢いもあって、収まらなかった。

 そもそも、アミラさんが原因だったしね!


「だいたいな、アミラ!」


 びしっ、と兄に指差されて、アミラさんが驚く。


「なんで、アレクス兄様は『お兄様』で、俺は『お兄ちゃん』なんだよ!?」

「えっ。お兄ちゃん、怒るとこはそこなの?」


 たしかに、アミラさんは声が出せるようになってから、アルフさんのことをずっと「お兄ちゃん」と呼んでいたね。それに、アレクスさんのことは筆記で会話している時から「お兄様」だったような気がする。

 だけど、まさかそれでアルフさんが今更怒りだすとは!


 困ったような表情になるアミラさん。


「だって……。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだもの?」

「ええいっ、俺のことも『お兄様』って言えよっ?」

「嫌よ、お兄ちゃん?」

「うがーっ」


 頭を抱えるアルフさんを見て、みんなが笑う。

 仲が良い兄妹だね。

 アレクスさんも、二人の弟妹の仲の良い喧嘩を見て、陽気に笑っていた。


「くそっ。いつかお前に『お兄様』って言わせてやるからな? だが、それはまた今度だ。俺はもうひとつ、怒っている!」


 なんだなんだ、とはやすように村の人がアルフさんのさかずきにお酒を注ぐ。それを一気飲みしたアルフさんが、もう一度叫んだ。


「俺は、モンドはくを一発殴ってやりたい! ギルディアだか帝尊府ていそんふだかに脅されたのかは知らんが、領地をあんな奴に引き渡したから、アミラは酷い目にあったんだ。モンド伯がどれだけ朝廷に顔が効くといっても、奴に落とし前くらいはつけてもらわなきゃ気が済まねえっ!!」


 確かに、今回の騒動の元凶は、モンド伯がギルディアに領地をゆずってしまったことに起因するよね。だから、アルフさんの怒りはごもっともだ。

 村の人たちの中には、アルフさんの意見に賛同するように拳をあげる者もいた。


「恐らく、帝尊府に何か弱味を握られたのだろう。モンド伯は軽率な行動を取るようなお方ではない」

「兄様、それはわかっていますが、やっぱり納得できません!」


 大切な妹を失うところだった。それどころか、アルフさん自身が死にかけた。だから、アルフさんの怒りは理解できるようで、アレクスさんは困ったような表情になる。


「お前らだって、そうだろう? せっかくの家族旅行が、奴らのせいで台無しになったんだ」

「そうだね。のんびり旅をするはずだったのに、いきなりテユに目をつけられちゃった」

「んんっと。あのね、プリシアはお母さんを探しているんだよ?」

「そうだよね!」


 そうそう、忘れるところでした。

 旅をする名目は、家族旅行も兼ねてプリシアちゃんのお母さんを探す旅、ということになっていたよね。本当は、巨人の魔王に脅されて、帝国の内情を偵察に来たんだけどね。

 まあ、本当のことは最後まで黙っていよう。アレクスさんなら気付いているだろうし、気付いていない人に教えてこちらの事情に巻き込むわけにはいかないからね。


「それじゃあ、ここで帰るわけにはいかないよな? それに、情報収集ならこの辺り一帯で最も大きな都市であるモンド伯の都に行くのが一番だ。なら、俺が案内してやる!」

「そして、自分はモンド伯のところに行って、一発殴るんだね?」

「おうよ!」


 いさましいというよりも、酔って暴れているだけに見えるアルフさん。

 だけど、モンド伯を殴る、という部分は問題にしても、都には行ってみたいね。

 たしか、モンド伯の住む都は湖の真ん中にある島で、天族たちの楽園って言われる場所なんだよね?


「お兄ちゃんが行くなら、わたしも行きます。だって、お兄ちゃんひとりだと不安だから」

「なんだと、アミラっ」


 また、兄妹喧嘩を始める二人。

 その二人を目の奥にしっかりと焼き付けるように、アレクスさんや村の人たちは笑いながら優しく見守っていた。


 この後。アミラさんとアルフさんは、ルルドドおじさんと共に旅立つことになる。

 一度旅立ってしまえば、帝国の刺客から逃げるために数年、下手をすると数十年は戻ってこないかもしれない。


「なあに、たまには帰ってくる。里帰りで旧知の者と道中の話をすることも、旅の醍醐味だいごみだからな」


 とルルドドおじさんは言っていたけど、やはり生まれた時から見守り続けた大切な人が旅立つのは名残惜しいよね。

 アレクスさんは、やんやと賑やかに騒ぐ弟と妹を見つめながら、決心したように頷いた。


「わかった。修行の旅の前の、予行練習と思っておこう。二人で、エルネア君たちを案内してきなさい。ルルドド殿、構いませんね?」

「おうおう、行ってこい。なあに、近くの都に行くくらいなら、儂がおらんでも小僧たちだけで問題なかろうよ。儂はお前さんたちが戻ってくるまで、この村の再建に少しでも手を貸しておこうかのう」


 それは助かる、と村の人たちがルルドドおじさんの大きな杯にお酒を注ぐ。


 こうして、僕たちは帝国内を旅することになった。

 でもまさか、あんなことが起きるだなんて。

 僕たちはまだ、旅の終着点を予想できていなかった。

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