旅は楽しく

「はわわっ。レヴァリア様、またお別れでございますわ」

『ふんっ。貴様らだけで行くがいい。我はリームとフィオを連れて北へ行く』


 モンド伯の都へ出発する前。

 ライラが悲しそうにレヴァリアとお別れをしていた。

 さすがに、帝国内の旅に飛竜のレヴァリアを連れて行くわけにはいかないからね。神族や天族にとっても、竜族は天敵だ。

 レヴァリアは、リームとフィオリーナを連れて、この辺境の村から北へ向かって飛ぶらしい。ここから北は深い森が続き、行き着く先は巨大なみずうみ。そして、その湖を越えると、スレイグスタ老が守護する竜の森へ到達する。

 レヴァリアたちはその経路で苔の広場まで行くんじゃないかな?

 リームとフィオリーナの、長距離飛行の修行だね。湖の上では、疲れても休む場所はないからね。


「ライラ、悲しいなら貴女はレヴァリアと行っても良いわ」

「ライラ、辛いなら貴女はレヴァリアと出発してもいいわ」

「はううっ。そんなことを言わないでくださいですわ」

「こらこら、ユフィとニーナ。ライラをいじめちゃ駄目だよ?」


 僕たちは、いつものようにきゃっきゃとたわむれる。

 旅は、もう慣れっこだからね。知らない土地でも緊張とかはしない。

 逆に、アルフさんとアミラさんは少し緊張気味だった。


「アルフ、アミラをしっかりと護るのだぞ?」

「兄様、お任せください」

「お兄様、行ってまいります」


 聞けば、アルフさんもアミラさんも、アレクスさんと一緒でない旅は初めてらしい。というか、実はそもそも、村からもあまり出たことがないのだとか。

 まあ、アミラさんの声のことを考えると、村で静かに暮らしていた方が良いだろうし、そうするとアミラさんの護衛役であるアルフさんも必然的に遠出の機会は減るだろうからね。


「困ったことがあれば、エルネア君たちを頼りなさい」

「ちっ。まさかこんなところでエルネアに遅れを取るなんてな」


 旅慣れていない自分の未熟さに、素直な悔しさを見せるアルフさん。

 アミラさんは女性陣の輪に加わり、もう楽しそうに話をはずませていた。

 僕は、そんなアミラさんを出発前に呼び止めた。


「アミラさんに、渡しておきたい物があるんだ」

「なんでしょう?」


 なんだなんだ、とアレクスさんやアルフさん、それに村の人たちが集まってくる。その中で、僕は小さな巾着袋きんちゃくぶくろをアミラさんに手渡した。


「これは? のぞいても良いでしょうか?」

「うん、良いよ」


 ふっふっふっ、と笑みを浮かべる僕と家族のみんな。

 アミラさんは不思議そうに巾着のひもを緩めると、中身を覗き込む。そして、わっ、と瞳を見開いて驚いた。


「綺麗な……宝玉が入っています?」


 どれどれ、とアルフさんも覗き込み、巾着袋の中身に驚く。


「凄えな。絶えず色が変化する宝玉なんて、初めて見たぜ」


 そう。巾着の中には、七色に変化する宝玉が納められていた。


「エルネア君、これはいったい?」


 アレクスさんの質問に、僕は胸を張って答える。


「それは、アミラさんの力が封印されている宝玉だよ!」

「えっ!?」


 アミラさんだけでなく、村の人全員の目が点になる。


「いや……エルネア君? なぜ、そんな大切な物をアミラに!?」


 アレクスさんも、思いもよらない贈り物に動転して声が引きっている。


 まあ、無理もないよね。

 だって、せっかく封印した力を、その本人に返そうっていうんだから。

 あのシャルロットでさえ、封印した力の一部は身近な場所から遠ざけている。なのに、僕たちはアミラさんに返そうとしていた。


「あの……ええっと……?」


 そして、一番困惑しているのはアミラさんだ。

 だから、僕は説明を付け加える。


「家族のみんなとも話し合ったんだけどね。やっぱり、この宝玉はアミラさんが持っておく方が良いと思うんだ」


 霊樹の宝玉は、アミラさんの「森羅万象を司る声」をしっかりと封印している。

 でも、それを僕たちが保管するわけにはいかない。なぜなら、これはアミラさんの魂の一部であり、なくてはならないものだからだ。たとえ封印されていたとしてもね。


「それに、アミラさんなら大丈夫だと僕たちは確信しているよ。今までだって強い自制で声を出すことを我慢してきたアミラさんだから、無闇に封印を解いて力を解放しないと僕たちは信じられるんだ」


 それに、と笑顔で付け加える。


「それでも封印が破れてアミラさんが暴走しちゃっても、大丈夫! アミラさんが世界のどこに居たって僕たちがすぐに駆けつけて、何度だって封印してあげるからさ!」


 任せておきなさい、と僕の家族全員が自信満々に胸を張る。

 アミラさんはそれを見て、瞳に涙を浮かべて喜んでくれた。


「ありがとうございます。大切に預からせていただきます。あっ、でも。絶対に封印は解かないってお約束します!」


 アミラさんがそういうのなら、間違いはないね。

 たとえ「森羅万象を司る声」じゃなかったとしても、アミラさんの言葉は現実として達成されると誰もが知っていた。


手向たむけとして良い贈り物だ。こりゃあ、世界を巡る旅が楽しみだな?」

「アミラ、ルルドドのおじさんに何かされそうになったら、躊躇ためらいなく力を解放するのよ?」

「アミラ、ルルドドのおじさんがお風呂に入ってくれない時は、遠慮なく力を解放するのよ?」

「おいおい、双子の! お前さんたちは揃ってなんてことを言うんだ!?」


 儂の扱い、酷すぎない? としょんぼり肩を落とすルルドドおじさんを、村の人たちが笑いながらなぐさめる。


「さあ、行ってきなさい。長旅の予行練習ではあるが、エルネア君たちと十分に楽しんでくるといい」

「お兄様、行ってまいります」

「仕方ねぇなぁ。エルネアに旅の楽しみ方ってやつを教わってくるか」

「はっはっは。任せなさい!」

「エルネアに教わると、騒動を巻き起こす体質になるのじゃないかしら?」

「ミストさんの言うとおりですね。アルフさんが旅先で色々と騒動を起こしたり物を壊さないか心配です」

「ミストラル!? ルイセイネ!?」


 ルルドドおじさんの次は、僕がみんなに揶揄からかわれる番だった。

 そして、いつまでも名残惜しそうな村の人たちや、戦鎚からくわに持ち替えたルルドドおじさんたちに見送られながら、僕たちは賑やかに出発した。






「んんっとね、プリシアは天族さんのお羽根で髪飾りが作りたいんだよ?」

「それは素敵な考えね。それじゃあ、モンド伯の都に行ったらお羽根を分けてもらわないといけないわね?」

「うん!」


 プリシアちゃんの手を引いて歩いてくれているのは、アミラさん。

 元々から世話好きなアミラさんに、プリシアちゃんはすっかり懐いちゃったね。

 今までも仲が良かったけど、アミラさんが普通に喋ることができるようになって、意思疎通も問題なくなったから、尚更だ。


「いいか、お前ら。旅先で神族や天族に会ったら、面倒を回避するために俺のことをご主人様って言うんだぞ? よし、今から練習だ。エルネア、言ってみろよ?」

「ご主人様!」

「嘘くせぇな!!」


 僕も、アルフさんと仲良くなれた。

 妖魔の王討伐の時に出会った頃は、アルフさん側に「神族と人族」という無意識の壁があったみたいで、なかなか近づけないような雰囲気だったけど。今回の一件で、アルフさんの心の壁は完全になくなったみたいだね。


 村を出発してあまり経たない森の道。

 そもそもが辺境地帯ということもあり、今のところは、すれ違う人も旅する人も見かけていない。

 それで、僕たちは気楽に話しながら歩いていた。

 先頭を行くのは、周囲の気配を読むことに優れたセフィーナさん。それと、マドリーヌ様とユフィーリアとニーナの自由奔放組だ。


「私、エルネア君やみんなと手を繋いで力を共鳴しあった時の感覚が忘れられないわ」

「セフィーナもですか。実は、私もですよ。私は大法術などで巫女たちと手を取り合ったことは何度もありますが、その時とはまた違った感覚でしたね」


 どうやら、アミラさんの声を封印するときにみんなで手を取り合った時のことを話題にしているらしい。

 僕も、あの時の感覚が忘れられない。

 みんなの力と想いが全身を巡り、全員でひとつの存在になったような感覚だった。

 しかも、系統の違う精霊力や法力までしっかりと感じられた。

 マドリーヌ様はあとで僕からその話を聞いて、驚いていたっけ。


「男性でありながら法力を感じられたという話は、とても珍しいことですよ? 神子みこならまだしも、エルネア君は法力を持っていまませんから」

「まさか、僕は神子の素質が!?」

「ふふふ。神子に宿る法力は先天性のものですから、それは可能性が低いと思いますよ?」

「残念。そういえば、巫女様は洗礼を受けて後天的に法力を宿すんだよね?」

「はい。まれに巫女のなかにも先天的に法力を宿す女性はいますが、稀有けうな存在ですね」


 なんて話しをした。


 ともあれ、僕やセフィーナさんたちだけでなく、家族のみんながあの時のことを印象深い体験として心に残している。


「きっと、あの時に誰かひとりでも欠けていたら、封印術は成功しなかったのではないでしょうか」

「あら、ルイセイネ。そんなことをレヴァリアの前で言うと、不機嫌になるわよ?」

「はわわっ。みなさま、このお話はレヴァリア様には内緒でございますわ」


 自由奔放組の後に、おだやかぐみが続く。

 ミストラルとルイセイネとライラだね。


 残念ながら、今回の一件にレヴァリアは加わっていない。だけど、レヴァリアがみんなの輪に加わっていても、結果は同じだったんじゃないかな?

 過去のことで、未だに「暴君」と呼ばれることがあるけど、レヴァリアも実は誠実で優しい心をいっぱい持っている。だから、アミラさんのためにレヴァリアだって出し惜しみすることなく力を貸してくれていたはずだ。


「よし、帰ったらレヴァリアを含めてみんなで実験してみよう!」

「お前のことだ。そして何かを壊して怒られるんだな?」

「アルフさん、ひどいよっ」

「そうよ、お兄ちゃん。エルネア君は恩人なんだから、酷いことを言っているとわたしが怒るからね?」

「お兄ちゃんって言うなっ」


 アルフさんは、どうしてもアミラさんに「お兄様」と言ってもらいたいらしい。

 だけど、それを僕の家族に知られたらいじられちゃうよね。

 自由奔放組が「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃーん」と合唱し始める。穏やか組が遠慮なく笑い、アミラさんも「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもーん」とはやし立ててアルフさんを揶揄からかう。


「お前ら、見てろよ!」


 いつか仕返ししてやる、と地団駄じだんだを踏むアルフさんに、みんなが余計に笑っていた。


「ああ、世界を巡る修行の旅が、こんなに楽しいものだったら良いな」

「アミラさん、大丈夫だよ。旅はいつでもどこでも楽しいものだから。それに、おじいちゃんが言っていたんだ」


 おじいちゃんとは、もちろんスレイグスタ老のことだ。

 スレイグスタ老も、若く未熟だった時代は世界中を飛び回って修行に明け暮れていたらしい。

 そのスレイグスタ老が、前に僕たちへ贈ってくれた言葉がある。


「旅っていうのはね、楽しい経験よりも、辛かったり苦しかったり大変だったりした時の方が、後々のちのちの思い出に残るんだって。そして、そうした思い出の方が、後でみんなと話す時の笑い話になって盛り上がるって言っていたよ」


 確かに、友達や離れ離れに暮らしている家族と久々に会うと、日常の幸せよりも突発的な問題や騒動の方が話題になって、結果としてそれが笑い話になることの方が多いよね。


「だから、アミラさんも旅でいろんなことを経験して、僕たちに笑い話として聞かせてね?」

「そうですね。いっぱい、いろんなお話を持って帰ってきます」

「おいおい、アミラ。まだ修行の旅は始まってもいないんだぞ? なら、まずは今の旅を楽しめよ?」

「そうだね、お・兄・ちゃん・!」

「お前なっ」


 深い森の中、一本の細い道がどこまでも続いている。

 僕たちはわいわいと賑やかに進んでいった。

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