穏やかな旅道中

 天族の楽園と呼ばれる島へ向かう旅は、順調に進んだ。

 もちろん、途中で魔物に襲われたりはするんだけど、そこは僕たちにとって困難な障害ではないよね。


「エルネア君、魔物の気配よ!」


 先頭を進んでいたセフィーナさんが、いち早く異変に気付く。


「みんな、警戒して」


 と言っている側から、これまでに見たこともないような魔物が現れた。

 丸い胞子ほうしが何個も連結したような、緑色のぶよぶよとした魔物が地面から生える。しかも、その魔物自身も透明な胞子のあわに包まれていて、見るからに意味不明だ。

 あの胞子の泡は、身を守る結界かな? それとも、触ったら危険な罠かな?


 見知らぬ魔物に遭遇したら、まずは動きや性質を見極めなきゃいけない。でないと、思わぬところで足もとをすくわれて、大事になることがあるからね。

 ということで、警戒を見せる僕や家族のみんな。

 だけど、アルフさんとアミラさんにとっては、見慣れた魔物だったみたいだ。


「お兄ちゃん」

「ちっ、仕方ねえなっ」


 アミラさんが、兄のアルフさんに声をかける。

 僕たちはてっきり、アルフさんが妹に頼まれて仕方なく魔物退治をけ負うのかと思ったんだけど……


 真っ先に腰の神剣を抜き放ったのは、アミラさんだった。

 アミラさんは、気合の声もなく無音で魔物との間合いを詰める。

 そのアミラさんに続いて、アルフさんが動いた。


の者、剣気けんきおとろえることなし』


 アミラさんの後を追いながら、力ある言葉を口にするアルフさん。だけど、目に見える自然現象は発生しない。

 固唾かたずを呑んで見守る僕たちの前で、アミラさんが剣を振るった!

 一瞬で、五連撃。最初の一撃で胞子の泡を斬り裂き、残りの四撃で魔物の本体を斬り刻む。

 まさに、神速。


 僕たちが魔物の生態を観察する暇もなく、アミラさんがあっさりと討伐してしまう。


「お兄ちゃん、ありがとう」

「お前なぁ。もう少し手加減しろよ?」


 魔物が落とした水色の魔晶石ましょうせきを拾いながら、アルフさんがため息を吐く。

 僕たちだって、ちょっとだけため息を吐きたい気分です。


「まさか、アルフさんが補佐でアミラさんが攻撃担当だとは……」


 いや、妖魔の王討伐戦の時から、薄々とは気付いていましたよ?

 戦いになると、アルフさんよりもアミラさんの方が積極的に動いていたよね。そしてアルフさんは、そんなアミラさんを傍から支えるように動いていたっけ。

 どうやら、二人の連携はそれが普通らしい。

 でもね。やっぱり、魔物の生態をもう少し観察しておきたかったな?


 場所が変われば、動物や植物の生態に変化が見られるように、出没する魔物も違ってくる。

 これから神族の国を旅するなら、神族の国に現れる魔物のことをもう少し調べておきたかったな?

 僕たちが肩をすくませていると、ごめんなさい、とアミラさんが笑った。

 でも、男勝おとこまさりに乙女が戦うということに関しては、一切の恥じらいを見せない。そういうところは、アミラさんも流石は闘神の末裔ってことなのかな?


 それと、一瞬で魔物を倒したアミラさんに、息の乱れなどはなかった。

 きっと、アミラさんも物心つく前から、闘神の末裔としてアレクスさんやアルフさんと同じように、厳しい修行が課せられていたはずだ。

 だけど、アミラさんは何があっても口から音を漏らすことはできなかった。そこから、気合いの溜めもなく、息を乱すこともない剣術を身に付けたのかもしれないね。

 もちろん、アルフさんの支援があってこそだとは思うんだけど。

 確かめるように聞いたら、今度はアルフさんが肩を落とした。


「剣術だけで言うなら、アミラは兄様以上だ」

「えっ!?」

「もちろん、神術を駆使した本格的な戦いになればアレクス兄様に敵う者なんていないけどよ。それでも、剣術だけで勝負するなら、やっぱりアミラの方が一枚上手なんだよな」

「ええっと……」


 アレクスさんだって、過去には勇者のリステアと相棒のスラットンを相手に、剣術で互角の戦いを見せた。そのアレクスさんよりも、アミラさんの方が凄いだなんて!


「アミラさん、魔族のルイララって男の前では剣術を見せない方が良いよ? ルイララは剣術馬鹿だから、アミラさんが強いって知られると、絶対に絡まれるからね!」

「はい、気をつけておきますね」


 妖魔の王討伐戦の時は、ルイララも手一杯な状況だったから、アミラさんはまだ目をつけられなかったんだと思う。

 でも、落ち着いた時に見つかったら、大変なことになっちゃうね。だから、僕たちも用心しなきゃ。


「ところで、アルフさん。さっきの神術と魔物のことをもう少し詳しく」

「神術? ああ、あれか。あれは、アミラが剣を振るうときに疲れにくくする術だ」

「疲れにくくするだけで、攻撃的な性能はない?」

「あの程度の魔物に、必要はねえだろ?」


 まあ、そうだね。

 特別に強そうな魔物ではなかった。

 だから、神族のアミラさんにとっては神剣を振るうだけで倒せる雑魚だったわけだ。

 それでも、アルフさんはアミラさんが疲れないように神術を掛けてあげたんだね。

 疲れると、息が上がるかもしれないし、そうなると口から音が漏れるかもしれない。

 アミラさんの「森羅万象を司る声」は封印されているけど、今までの戦い方が二人には染み付いているんだね。


「んでよ。あの魔物は警戒する必要もない本物の雑魚ざこだ。本体の周りに張った泡は、身を守る結界のような役目をしているが、見た通り簡単に斬り裂ける。本体自体も、泡を斬れるなら余裕で潰せるぜ。攻撃は小さな胞子のつぶてを飛ばしてくるが、お前たちなら不意打ちで飛ばされても簡単に回避できる程度の威力しかねえよ」


 ふむふむ、と記憶する。

 次は、僕たちも倒してみよう。

 まあ、ミストラル以外は武器を所持していないので、斬り刻むってことは無理だろうけどね。

 それと、ミストラルなら泡ごと潰せるね!


「何か言いたそうね、エルネア?」

「き、気のせいですっ」


 他にも、何度か魔物と遭遇した。

 だけど、神族のアミラさんとアルフさんの敵ではなかった。


「これが、種族の差なんだね……」

「ああん?」


 お前は何を言っている、と首を傾げるアルフさんに、僕は人族としての見解を口にする。


「アミラさんが簡単に魔物を倒しているから、この辺の魔物は全部が雑魚に見えるけどさ。さっき倒した鳥のような魔物だって、人族だったらすごく苦戦していたんだろうなって思ったんだ」


 昼過ぎに遭遇した魔物は、鳥のように空を飛び回っていた。アミラさんは素早い跳躍で魔物の動きを捉えて、一瞬で斬り倒したけど。

 人族なら、飛び回っているというだけで魔物の動きに翻弄ほんろうされて、苦戦していたはずだ。


「だけど、竜人族だってあの程度の魔物に苦戦はしないわ。エルネアも、そういう戦士たちをずっと見てきたでしょう?」

「そうだね、ミストラル。竜人族も簡単に倒せていただろうね。そう考えると、やっぱり人族は他の種族より弱いんだなって思っちゃったんだ」

「何を言っている。この中で一番に恐ろしいのは、お前だろう!?」

「えええっ、そうかな!?」


 僕は否定したかったけど、みんなにうんうんと頷かれてしまった。






 旅の初日は、魔物に何度か遭遇するだけで順調に進んだ。

 魔物も、ほとんどがアミラさんの手に掛かって倒されたしね。

 ただ、残念ながら僕たち以外の人とは出会わなかった。

 それでも旅は順調に進み、翌日も深い森に延びる一本道をみんなで仲良く騒ぎながら歩く。


 すると、途中で初めての枝道が現れた。

 アルフさんが、観光案内をしてくれる。


「このまま道沿いに進めば、モンド伯の都へ向かうことになる。だが、ここから左に行くとギルディアの街があるぜ。とはいっても、そこまでに二つほど小さな村を通るけどな」


 さて、ギルディアは今頃、どうなっているだろうね?

 貴族院のグエンと長官のテユに直接拘束されたんだ。きっと、厳しい尋問を受けている最中に違いない。

 では、ギルディアの街の領民たちは、どうなっているんだろう?

 辺境の村までお嫁さんを迎えに行ったはずの領主が、なかなか帰ってこないんだ。そろそろ、街に残っていた部下や野次馬的な人が偵察に動き出す頃合いじゃないかな?

 それとも、ギルディアが拘束されたという話は、もう広まっていたりするのかな?


 何はともあれ、僕たちはギルディアの街には寄らないので、今は聞き流しておこう。

 アルフさんも、観光案内はしたけどギルディアに関心はないようだ。

 説明が終わると、道なりに進み出すアルフさん。

 僕たちも、領民の今後など気になることはあっても、部外者が深く関わるべきことではないので、アルフさんの後に続く。


 そうして、二日目も何事もなく楽しく過ぎて、三日目のことだった。

 これまで通りに、くねくねと曲がりながら森を貫く一本道をのんびり進んでいると、曲がり角の先の方から何やら喧騒けんそうが響いてきた。


「お兄ちゃん」

「おうよ!」


 いつものように、真っ先に駆け出したのはアミラさん。続いて、アルフさんが走り出す。


「様子が変だわ。私たちも行きましょう!」


 そして、先頭で様子を伺っていたセフィーナさんの声に応えて、僕たちも走り出す。


「はわわっ。隊商のみなさんが魔物に襲われていますわっ」

「数が多いね。僕たちも手分けして退治しよう!」


 道の先では、三台の荷馬車から成る隊商の人たちが、十体近い蟷螂かまきりのような大きな魔物に襲撃されていた。


 昆虫の蟷螂なら、手に乗る大きさくらいだけど。魔物の蟷螂は、身のたけが人の倍くらいある巨大さだった。しかも、顔の部分は昆虫然とした風貌ではなく、なぜか食虫植物を思わせるような花弁はなびらに巨大な複眼と恐ろしい牙が並んでいる。

 まさに、魔物らしい魔物だ。


 僕は狙いを定めると、空間跳躍で一気に喧騒の真っ只中へ飛び込む。

 狙い通りの場所に飛び出した瞬間に、右脚に竜気を集中させて蹴り上げた。

 おびえて地面に丸まっていた隊商の人へ、今にも鎌を振り下ろそうとしていた大蟷螂の魔物の腕を、根本から千切り飛ばす。

 一瞬で片腕を失った蟷螂魔物が、ぎぃぎぃと悲鳴をあげる。そこへ、後方から竜術が飛んできた。


 剛速で飛来した竜槍が、跡形もなく蟷螂魔物を消しとばす。

 それだけではなかった。


「ユフィと」

「ニーナの」

「わわわわっ!?」

「「竜槍乱舞りゅうそうらんぶ!」」

「きゃーっ」


 魔物より恐ろしい双子王女様の掛け声を耳にして、僕は慌てて隊商の人たちを護るように結界を張り巡らせた。

 他のみんなも、魔物を討伐するよりも身の安全を確保するように、周りで魔物に苦戦する隊商の人たちを取り込みながら、結界を張る。


 僕たちが結界を張り終えるか終えないかの時間差で、ユフィーリアとニーナを中心として竜槍が乱れ飛び始めた。

 手当たり次第に放たれた竜槍は、アミラさんやアルフさんが活躍する前に、全ての蟷螂魔物を掃討そうとうしていく。

 もちろん、周囲に甚大じんだいな被害をもたらしながら……


「こらっ。ユフィ、ニーナ、やり過ぎだよ?」


 僕は魔物が全て倒されたことを確認すると、ユフィーリアとニーナに駆け寄る。そして、家長として注意を促す。

 だけど、僕がしかったって気にしないのが二人だ。


「森の奥にも魔物の気配を感じていたわ。だから、一気に倒したわ」

「ちゃんと、人や荷車には命中させないように気を使ったわ。だから、必要最小限の被害に収まったはずだわ」

「いやいや、僕の方にも飛んできていたからね!?」


 確かに、荷車や隊商の人たちは無事みたいだ。

 まあ、魔物の襲撃と思いきや、瓜二つの容姿をした二人の美人に術をぶっ放されて、何が何だか状況を把握できずに混乱している様子はあるけどね。

 それでも、確かに森の奥や周囲から魔物の気配は感じられなかった。


「た、助かった……のか?」


 すると、隊商の人たちが必死に護っていた荷車の中から、ふくよかな男性が姿を現した。

 護衛の人たちとは違い、武器や防具は身に付けていない。見るからに、この隊商を取り纏めている人っぽいね。

 ということは、恐らくは神族なんだと思う。


 見知らぬ神族の前で、人族の僕たちが出しゃばるわけにはいかないよね。

 ということで、この場はアルフさんに任せるように、身を引く僕たち。

 アルフさんもその辺は承知しているので、自分からふくよかな男性に近づいていく。そして、相手を確認すると両手を広げて喜びを示した。


「やあ、ナヴィーおじさん。春ぶりじゃないか!」

「おや、アルフ様ではありませんか」


 どうやら、知り合いだったらしい。

 二人は久しぶりの再会を喜び合うように、笑顔を見せた。


「アルフ様、助かりましたぞ。やれやれ、これだから人族の護衛はいざという時に役に立ちませんな」

「そう言うなよ、ナヴィーおじさん。その窮地きゅうちを救ってくれたのだって、人族なんだぜ?」


 アルフさんに言われて、そういえば、とようやく僕たちを認識するナヴィーおじさん。

 ただし、周囲の凄惨せいさんな状況を見て、首を傾げた。


「本当に、この者たちが? 儂はてっきり、アルフ様の神術だと思いましたが?」

「いや、正真正銘、こいつらの手柄てがらだよ」


 いぶかしそうに僕たちを見渡すナヴィーおじさん。

 まあ、これが普通の神族の反応なんだろうね。

 人族は、弱い。見下すべき下等な種族であって、自分たちを助けるような実力なんて持っていない、というのが一般的な考えなんだと思う。

 だから、僕たちもナヴィーおじさんの持つ常識を刺激しないように、大人しく様子を伺っていた。


「アルフ様が言うのでしたら、信じましょう。竜人族の女性もいるようですしな。それで、見たことのない者たちですが、いったいアルフ様とアミラ様はどのような御用件で村をお出に?」

「ああ、それな。実は、こいつらは竜峰の知り合いなんだ。家族旅行がしたいってんで、俺たちが天族の楽園まで案内してやることになったんだよ」


 ちょっと待った!

 お兄さん、僕たちは貴方の家来けらいって話で通すと旅の初めに言っていませんでしたっけ!?

 出発当初と話が違うよ、と目で合図を送ったら、アルフさんが「この人は良いんだよ」と教えてくれた。


「ナヴィーおじさんには色々と話さなきゃいけないことがあるんだけどさ、取り敢えず、こいつらのことは気にしないでくれよ」


 アルフさんに言われて、そうですか、と頷くナヴィーおじさん。

 だけど、次に続く言葉は、誰もが予想だにしていなかったことだった。


「事情はおいおい聞かせていただくとして。ですが、旅はお止めになった方が良いでしょうな。ここから先。それこそモンド伯の領地には、なぜか中央の神軍が集結しております。儂はなんとか通れましたが、街道封鎖も行われているようで、一体何が起きているのか……」

「おいおい、そりゃあどういうことだよ!?」


 アルフさんだけでなく、僕たちも驚きを隠せずに困惑する。

 いったい、何が起きているのか。

 ナヴィーおじさんの知らせを受けて、不穏な空気がただよい始めていた。

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