全域封鎖
「東部方面軍じゃなくて、中央の神軍だと!?」
「はい、間違いないですね」
「
「儂が見たのは、第一軍を示す白鳥と炎の剣でした」
「よりにもよって、
アルフさんとナヴィーおじさんの話の様子からすると、何やら
帝国内の軍事事情に詳しくない僕たちだけど、この辺が辺境だということは知っている。
なにせ、モンド
その辺境に、どうやら本来だと中央に配置されているはずの軍隊が来ているみたいだね。しかも、本来は東部方面軍というちゃんとした部隊があるはずなのに、それを押し退けて展開しているようだ。
たしかに、これは
一瞬、僕たちの頭にはアミラさんの存在が浮かんだ。
もしかして、アミラさんを強引に連れ去るために、艶武神のテユが密かに軍を呼び寄せていたのかもしれない。
アルフさんもそれを
「理由は? もう少し詳しく聞かせてくれよ、ナヴィーおじさん!」
周りでは、ルイセイネとマドリーヌ様が負傷した人の手当てを始めていた。他にも、動ける者は荷車や荷物の点検をしていたり、護衛の人たちは慌ただしく動き回っている。
ナヴィーおじさんはその様子を見て、出発できるまでもう少し時間がかかると判断したのか、自分とアルフさんとアミラさんのために
「儂も通りがかっただけで、詳しいことはわからないんですがね。仲間の商人の話では、少し前に随分と大きな地揺れがあったそうなんですよ」
あっ、と心の中で息を呑む僕たち。
まさか、アミラさんの声が遠く離れた場所にまで影響を及ぼしていたのでは、と緊張が走る。
だけど、アミラさんが力を解放した時期と、ナヴィーおじさんの言う地揺れには日にち的に誤差があった。
「なんでも、十日以上前にモンド伯の都周辺が激しく揺れたそうで」
「そ、そうか……」
村で大騒動が起きたのは、七日前ほど。少なくとも、十日以上前ではない。それで、みんながほっと胸を撫で下ろしていた。
もちろん、一番に緊張していたのはアミラさんで、自分のせいではないとわかって不安な顔色が晴れていた。
「それで、なんで中央の神軍が来てるのさ? 地揺れとの関係もわかんねえな?」
「それがですね、どうも奇妙なんですよ」
「奇妙?」
「はい。仲間の話では、その地揺れが起きるより前から神軍はモンド伯の領地に入っていたようで」
「それだと、地揺れと神軍は関係ないんじゃないのかよ、ナヴィーおじさん?」
「ですが、商人が封鎖の理由を兵士に確認したところ、地揺れの調査だと言われたそうなんです」
「はあ? どういうこった!?」
時系列がおかしくなるよね。地揺れに関係して神軍が来たというのなら、事前に展開しているのは違和感がある。
ナヴィーおじさんもその矛盾に首を傾げるけど、答えは持っていなかった。
「情報が
「おいおいおい! それじゃあ、ナヴィーおじさんはどうやってここまで来たのさ?」
「儂ら商人は、あっち側の山を大きく
辺境とはいえ、道は一本だけではない。ナヴィーおじさんたちの隊商は、封鎖されている街道を外れて、枝道から山に入って大きく迂回しながらここまで来たらしい。
「おかげで、普段は滅多に足を向けない村で稼ぐことができましたがね。それでも、労力に見合っていたかと言われると頷けないですな」
まあ、苦労したのは隊商の荷馬車を押したり護衛している人族の奴隷だろうけどね。
そういえば、と忙しく動き回る人々を見渡す僕。
人族の僕には種族を見抜く力はないけど。ナヴィーおじさんの隊商には、神族や天族はひとりもいないように見えるね。
全員が人族の奴隷のようで、黙々と働いている。
しかも、相手も人族だからこちらの種族を見抜く能力がないので、僕たちのことを神族か何かと勘違いしているようだ。
治療を施している巫女のルイセイネとマドリーヌ様にさえ、
神族の国に入って、始めて人族の奴隷やそれを引き連れている神族に出会ったけど、他の人たちもこういう感じなのかな?
少数の神族が、大勢の奴隷を連れて往来する。各地を移動する商人であっても、隊商を護衛する者は力のある天族や神族の傭兵ではなくて、人族や他の奴隷に任せているのだろうか。
魔族の国では、人族を奴隷以下の家畜として色んなことをやらせていたけど、大切な荷物などは同じ魔族の護衛とかに任せていたよね。
その辺の疑問は、あとでアルフさんに聞いてみよう。
僕がきょろきょろと辺りを見渡している様子が気になるのか、ナヴィーおじさんは時折りこちらを見ながらアルフさんと話し込んでいた。
「そういう訳で、他の商人たちも迂回路を利用するか、引き返すしかない状況なのです」
「商人でさえ、モンド伯の都へは自由に出入りできない状況なのか……。それじゃあ、俺たちは問答無用で拒絶されるだろうな」
「街道を外れて獣道から、というのも無理みたいですので、諦めた方がよろしいかと。仲間の話によると、こっそり封鎖されている地域に入ろうとした者も、山岳部隊のような連中にすぐに見つかって、追い出されたそうですよ」
「本格的に、何かの作戦を展開している感じかよ」
いったい、モンド伯の都付近で何が起きているのか。
話を聞けば聞くほど、首を傾げてしまう僕たち。
そこへ、ナヴィーおじさんが更なる追い討ちをかけてきた。
「そうそう。これも不思議なんですがね。あれだけ神軍が厳重に展開しているというのに、誰も白鳥の天軍を見かけていないそうなのです」
「は!?」
目が点になるアルフさん。
「エイラン将軍が率いる神軍が作戦行動をしているっていうのに、白鳥の天軍が来ていないだと!? 意味がわからねぇな。軍旗が示す白鳥の天軍はどこに行ったんだよ? ってか、それなら空からなら通過できるんじゃねえのかよ?」
「いえ、駄目です。問答無用で地上から神軍に撃ち落とされるようですよ」
「なんだよ、それ!?」
たしか、僕たちが事前に教わっていた情報によれば、神族の国の軍隊は、主に天族で編成された天軍と、神族で構成された神軍に分かれているはずだ。
そして、人口的に少ない神族の軍よりも、数の多い天族の軍の方が主戦力だったと思う。
その、主戦力である天族の軍隊が来ていない?
ある特定の地域を完全に封鎖するなら、制空権を支配できる天軍の存在は必要不可欠だ。それなのに、空の封鎖まで神軍が請け負っている今の状況は、やはり不思議でしかない。
「ともかく、今はこのまま街道を進んでも、モンド伯の都へは行けませんよ。旅行がしたいというのであれば、別の地方へ行かれるのがよろしいかと」
困ったな、と僕たちの方へ振り返るアルフさん。
僕たちも、どうしよう、と視線を送り合う。
「ところで、アルフ様。そちらの者たちのことを、もう少し詳しく聞いても?」
話が落ち着いたからなのか、ナヴィーおじさんがようやく僕たちの存在に突っ込みを入れてきた。
神族であるアルフさんのお供をする、僕たち一家。しかも僕たちを、奴隷としてではなく仲間として接している様子が、ずっと気になっていたんだろうね。
「さっきも話したけど、彼らは竜峰からの客人なのさ。まあ、色々とあったんだよ。それで、お礼に神族の国を案内してやりたかったんだが……。そうだ、ナヴィーおじさん。迂回してまでこっちに来たってことは、村にも寄ってくれるんだろう?」
「もちろんですとも」
それじゃあ、とアルフさんが注文を入れる。
「これからの時季に植えられそうな種や
他にも、
「お、お待ちください、アルフ様。春先にお伺いした時には、種や苗はまだしも、道具などまで古びて困っている様子はなかったはずですが?」
「ああ。そこに、さっきも言った色々な部分が関わるのさ。だけど、その辺は村の兄様や村長に聞いてくれよな。俺たちからは、今は何も言えない。そんで、兄様たちに話を聞けば、こいつらが何者かってことも詳しくわかると思うぜ?」
これまで、アルフさんの隣に座るアミラさんはひと言も言葉を発していない。
村の外の人には、今もアミラさんは喋ることができない、ということにしておきたいんだろうね。
そうすると、村で起きた騒動をここで色々と話してしまうわけにもいかなくなってくる。
なにせ、アミラさんの声の秘密は絶対に漏らせないからね。だから、アルフさんが今ここで話すことと、ナヴィーおじさんのんが村に寄って聞くだろう話とで矛盾が生じないように、アルフさんは口を
「……なにやら、村の方で訳ありなことが起きたのですね? ふむふむ、では、先ずはギルディア様の領街に寄って、足りない物を補充してから向かわせていただきましょうか」
「それなら、ついでにギルディアの街の様子も詳しく見てきてくれると嬉しいぜ」
「承知しました」
アルフさんは、必要最低限の情報しか出さなかった。だけど、ナヴィーおじさんはそれだけで色々と察したようで、深くは追求せずに話を合わせてくれた。
そのやりとりだけを見ても、ナヴィーおじさんとアルフさんや村の人たちとの深い繋がりが感じられる。
だから、荷物が纏まって出発していったナヴィーおじさんたちが街道の先に見えなくなった頃に、僕は改めて聞いてみた。
「それで、あの人は何者なのかな?」
これまでは、神族のナヴィーおじさんに遠慮して、僕たちは口を
僕の質問に、あの人はな、と笑みを浮かべるアルフさん。
「もう、予想はしていると思うがよ。あの人も、うちの村の関係者だよ。もう
「やっぱり、関係者だったんだね!」
「よし、聞いてやる。エルネアは、どこから気付いていた?」
「ええっとね。ナヴィーおじさんがアルフさんやアミラさんを『様』付けで読んでいたところから、怪しいと思っていたよ」
「最初からじゃねえかよ!」
その通りだね。
だって、
なのに、ナヴィーおじさんは様付けでアルフさんとアミラさんを呼んでいたし、終始丁寧な応対を取っていたからね。
「やっぱ、お前は油断ならないよな。きっと、ナヴィーおじさんもその辺を見抜いていたと思うぜ。村に行ったら、兄様たちから根掘り葉掘り聞くに違いない」
商人は、人を見る目が
だから、ルイセイネやマドリーヌ様が隊商の人たちの手当てをしていることも黙認してくれていたんだと思う。
「それで、これからどうしよう?」
ナヴィーおじさんが率いる隊商が去って行った街道を振り返りながら、僕たちは足を止めていた。
ここまでの旅は、楽しくて順調だった。だけど、この先は不穏な気配しかないよね。
「神軍の封鎖か。しかも、よりにもよってモンド伯の都周辺とはよ」
「それって、モンド伯が何か問題を起こしたってことかな?」
「どうだろうな? 問題を起こした者の訴えで、貴族院どころか艶武神様まで動くとは思えないぜ?」
「たしかに。モンド伯が何か問題を抱えているとしたら、訴えを無視してモンド伯の方を押さえようとするはずだよね?」
「そうすると、たまたま別の問題がモンド伯の都の近くで起きたのかもな」
「しかも、中央の軍隊が辺境に出張ってくるような?」
ちょっと、想像できないよね?
いったい、モンド伯の都の近くで、何が起きているのかな。
ナヴィーおじさんの話から推測すると、十日以上前に起きたという大きな地揺れが関係していそうだけど、僕たちはその辺の情報を持っていない。
「それじゃあ、道も封鎖されているっていうし、引き返す?」
もしくは、別の場所へ行く?
僕たちとしては、帝国内の事情が探れるのであれば、モンド伯の都にこだわる必要はない。
まあ、天族の楽園と呼ばれる島は見てみたかったけどね。
だけど、僕の意見を拒否したのは、アルフさんだった。
「いいや、モンド伯の都には、絶対に行く。そして、落とし前として一発ぶん殴ってやるさ!」
アルフさんの馬鹿馬鹿しいやる気に、僕たちは笑う。
そして、また街道を進み出した。
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