辺境の閑村

 歩き出してすぐに、プリシアちゃんがアミラさんの服をつんつんと引っ張った。


「んんっと、白鳥さんが兵隊さんなの?」

「あら、プリシアちゃんに勘違いさせてしまいましたね」


 ふふふ、と微笑むアミラさん。


「ごめんなさい、白鳥の兵隊さんではないのですよ。天軍を表す時には、翼を持つ生き物に例える慣わしがあるんです」

「それじゃあ、第一軍の天軍は白鳥のような軍隊ってこと?」


 僕が聞き返すと、はい、とアミラさんは頷く。


「白鳥のように美しく優雅な天軍、という意味だったと思います」

「それじゃあ、炎の剣ってやつは?」


 第一軍の軍旗ぐんきは、白鳥と炎の剣だとアルフさんが言っていたよね。

 白鳥が天軍の在り方を示すのであれば、炎の剣は神軍を示したものだと思うんだけど。

 僕の疑問に、アルフさんがアミラさんに変わって答える。


「炎の剣とは、第一軍を率いるエイラン将軍が持つ神剣だ。剣を一度鞘から抜き放てば、海さえも燃え上がる、とわれる伝説の神剣だな」

「うわぁ、海さえ燃えるのか……」


 聞くだけで、とんでもない威力の神剣だとわかるね。

 もしかすると、魔族の中に伝わる九魔将の武具に匹敵するような武器なのかもしれない。


「それで、そのエイラン将軍って凄腕なの?」

「お前は馬鹿か。当たり前に決まっているだろう。第一軍といえば、帝直轄の最精鋭中の最精鋭だぞ。起源を辿れば、帝が国を起こした頃に最初に立ち上げた軍勢なんだ。その由緒ゆいしょある軍を率いているんだからな。言わば神将の中で最も優れた人ってことになるぜ」

「すごい人なんだね! でも、エイラン将軍は神将であって、武神ではないんだよね? ならやっぱり、武神だったウェンダーさんや艶武神えんぶしんテユの方が凄いってことだよね?」

「お前は勘違いしているな。確かに、神将と武神を比べれば武神の方が格上にはなるけどよ。そもそも、役割が違うんだから、その比較自体が的外まとはずれなんだよ」

「と言うと?」

「武神ってのは、言ってみれば個人の実力と帝への忠誠心で選ばれる。一方、神将ってのは、もちろん個人の技量も問われるが、何よりも軍を統率する能力が求められる」


 ああ、そうか。と理解する。


「神将は、何万という人たちを手足のように扱って戦わないといけないんだもんね」

「そうだ。時には策謀や戦略を練ったり、戦場のことだけでなく、後方の兵站へいたん管理や指揮もこなさなきゃいけない。神将に求められる最も大切な能力は、軍を運営できるかってことだな。その点、軍を持たない武神は、個人の技量が最も問われることになる」

「ちょっと待って。武神は軍隊を持っていないの?」

「おうよ。武神は、私兵や個人的な部下を抱えたりはするが、基本的に軍隊は保有しない。まあ、武神が軍を貸せ、と言えば、神将は従うしかないんだけどな」


 神族の帝国の仕組みは、とても独特で面白いね。

 軍隊を指揮する神将と、個人の技量こそが大切な武神。両方共に誉れ高い神族だけど、役割が全く違う。

 神将率いる軍隊は、主に戦争や防衛を大規模に担う。かたや、武神は帝の勅命ちょくめいを受けて、小回りが必要な案件を請け負う。

 身近なことで例えると、ギルディアの内定や闘神の末裔の秘密を探るために軍を動かすと、目立っちゃう。そういう時に、武神が密かに活躍したりするんだね。

 制圧力と機動力を上手く両立させた、素人目から見ても凄い体制だ。


 ふむふむ、とアルフさんの話を聞く僕。

 だけど、話のきっかけを作ったプリシアちゃんは、既に会話から離れていた。


「んんっとね。プリシアのおうちの近くには湖がいっぱいあって、白鳥さんや水鳥さんがいっぱい来るんだよ」

「まあ、素敵ですね。いつか、わたしも遊びに行って良いでしょうか?」

「良いよ!」


 どうやら、幼い女の子や女性には、軍事的な話は興味のない内容だったみたいだね。

 プリシアちゃんは、アミラさんと手を繋いで歩きながら、禁領のことを話しているみたいだ。

 というか、禁領のお屋敷はプリシアちゃんのお家じゃないからね!?

 君は、大きくなったら竜の森の耳長族を統率する族長になるんだよ!


 当たり前のようにプリシアちゃんが禁領こそ我が家と話している様子に、ミストラルたちも笑っていた。


「それはそうと、このまま進んで大丈夫なのかしら?」


 先頭を行くセフィーナさんが、横目で振り返ってくる。


「この先は、封鎖されているのよね? それだと、こちらがどれだけ行きたいと言っても、通してもらえないのじゃないかしら? その辺のこと、アルフ君はどう考えているの?」


 アルフさんは、何が何でも天族の楽園に行ってモンド伯を殴る、と豪語していたけど。無策に進んでも、通してもらえないのは目に見えているよね。

 セフィーナさんの質問に「ああ、それか」と頷くアルフさん。

 そして、何故か視線を逸らした。


「あっ、何も考えていなかったんだね!?」

「う、うるせえっ。さっき突然に言われて、すぐに良い案が浮かぶわけねえだろうよっ。だいたい、ぽんぽん思いつくような易い案で通れるんなら、ナヴィーおじさんや他の商人がとっくに通っているんだ」

「そりゃあ、そうだけどさ?」


 でもまさか、無策だったとは!


 やれやれ、とため息を吐いたのはアミラさんだった。


「お兄ちゃんって、そういうところが抜けているよね?」

「うるせえやいっ」


 こちらから視線を逸らすアルフさん。その視界に、わざと入って冷やかすアミラさん。もちろん、プリシアちゃんも加わってアルフさんを揶揄からかう。


「本当に仲が良いね」


 うんうん、とみんなが頷いていた。


 とはいえ、やはりこのまま考えなしに進むわけにはいかない。

 さて、どうすれば良いものやら、とみんなで考えていると、アミラさんとプリシアちゃんから逃げてきたアルフさんが名誉挽回とばかりに言ってきた。


「言い忘れていたけどよ。今夜はこの先の村に泊まる予定だ。そこで、少し情報収集をしようぜ」

「おお、今夜は野宿じゃないんだね!」


 と、喜んだのも束の間。


「言っておくが、お前たちは他の神族の前では、俺の家の奴隷ってことで通すんだから、良い部屋があると思うなよ?」

「えええーっ!」


 不満に頬を膨らませる僕たち。

 だけど、神族のアルフさんとアミラさんも、良い部屋に泊まれるというわけではなかった。


「辺境の閑村かんそんの宿屋だ。前に兄様と泊まったときだって、俺たちも粗末な部屋だったからな。所詮しょせん、その程度さ」

「もしかして、野宿の方がゆっくり休めたりしてね!」

「かもしれねえな。だが、村での目的は情報収集だからな。寄らないってわけにはいかないぜ?」

「むむむ。仕方ない」


 封鎖の情報を聞いていなかったら、素通りするのも選択肢のひとつだったかもしれないね。

 でも、今の状況なら、一泊した方がいいかもしれない。

 それに、アレクスさんの村とは違う、神族の村の宿泊も体験してみたいしね。

 せっかくの旅なんだ。楽しいことも大変なことも、色々と経験して思い出にしたいよね。


 結局、全員の合意で、この先にあるという村に一泊することが決まった。

 ただし、こういう時に問題に巻き込まれるのが、僕たちなんだよね……






「おいおい、なにやら物騒じゃねえか」

「あの、村の入り口に立っている兵士さんたちのこと?」


 夕方に、くだんの村へ辿り着いた僕たち。

 だけど、村の入り口の手前で足を止めて、怪訝けげんな表情を見せたのはアルフさんだった。

 そして、アルフさんが見つめる先。村の入り口には、二人の兵士が立っていた。


 二人の兵士は、西日が綺麗に反射する白い鎧と盾を装備していた。そこに、炎のような鮮やかな赤の外套がいとうまとっている。

 辺境の村には相応ふさわしくない、立派な出立いでたちの兵士だ。

 うむ、説明されるまでもなく、僕たちにもわかっちゃう。


「ねえ、あれが第一軍の兵士?」

「そうだ。でも、なんで村にまで来てやがる? モンド伯の都がある湖はまだ先だ。全域封鎖しているって言っても、この辺まで拡大する必要はねえはずだけどな? それに、ナヴィーおじさんも何も言っていなかったしな」

「となると、ナヴィーおじさんがあの村を通過した後に、兵士がやって来た?」


 でも、なぜ?


 封鎖は、神軍だけで行っているという。

 ただでさえ数の少ない神軍が、負担が大きくなるような封鎖領域拡大なんてことを意味なくするのかな?


 村の手前で兵士を見つけて、足を止めた僕たち。

 すると、兵士たちの方も僕たちを発見したのか「お前たち!」と声を張りながら、こちらへ向かってきた。


「おい、忘れるなよ。お前たちはうちの奴隷って設定だ」

「んんっと、プリシアはお母さんを探しているんだよ?」

「お前はそういう設定だったな」


 と、小声で話している間にも、二人の神兵はこちらへ近づいてきた。


「どうも、こんにちは。お見受けするところ、第一軍の兵士の方だと思うのですが。この先の村で何かあったのでしょうか?」


 にこり、と笑みを浮かべて二人の神兵を迎えるアルフさん。

 僕たちは、アルフさんとアミラさんの背後に大人しく控えて様子を伺う。

 二人の神兵は、最初にアルフさんとアミラさんを見て、次に僕たちへ視線を移す。そして、不審そうに眉根を寄せた。


「おい、お前たちは何者だ?」


 予想通りの質問だね。

 アルフさんも、待っていましたとばかりに嘘を口にする。


「俺たちは、竜峰の麓の村から来た旅行者ですよ。ほら、竜人族もいるでしょう。彼女が用事で山から降りてきたので、ついでに家の奴隷の慰安いあんも兼ねて旅行に来たんです」

「ほう?」


 神兵が、ミストラルに視線を向ける。

 そのミストラルの頭の上には子竜のニーミアが乗っていて、プリシアちゃんと手を繋いでいた。


「この子の母親が行方不明なの。わたしはこの子に付き合って、人探しよ」

「んんっとね。プリシアのお母さんを知らない?」


 という、細かい設定です。

 旅をしながら色々とみんなで話していると、設定も変わってきたり、辻褄つじつまが合うように練り直しが入っちゃった。


 僕たち人族は、アルフさんの家の奴隷。プリシアちゃんは今まで通りの設定で、お母さん探し。そして、ミストラルは竜峰でプリシアちゃんを見つけて、一緒に親を探して山から降りてきた。

 ミストラルは、自分だけが違う設定になって不満を口にしていたけど、昨夜、ユフィーリアとニーナとの賭けで負けたから仕方ないよね。


 と、設定の裏話は置いておいて。


 アルフさんの説明を受けて、二人の神兵は何かをひらめいたように、顔を見合わせた。


「おい、こいつは使えるかもしれないぞ?」

「竜人族か。都合がいいな」


 いいえ。僕たちにとっては、不都合な予感しかしません!

 だけど、こちらの都合なんてお構いなしに、二人の神兵は用事を押し付けてきた。


「そこの女竜人族。お前、見たところ腕は立ちそうだな?」


 まあ、竜人族というだけで、神族なんかよりも強いからね。それに、ミストラルは腰に漆黒の片手棍を帯びている。

 さっきの、プリシアちゃんを連れて竜峰から降りてきたという話だけでも、ミストラルが凄腕だということくらい推察できるよね。

 ただし、この場で腕前を聞かれるということが何を意味するのか。ミストラルは、見るからに嫌そうな表情になった。


 それでも、二人の神兵は話を一方的に続ける。


「いいか、聞け。今夜、この村でゆっくりと過ごしたいのなら、俺たちの役に立つことだ」

「何かをさせられそうで、嫌なのだけれど? それなら、野宿の方が良いわ」

「そ、そう言うな。竜人族にとっても大切な話だ」


 僕たちは奴隷設定だから控えめに佇んでいるけど、ミストラルにその縛りはないからね。

 もの言いもへりくだらなくて良い。

 そして、竜人族が神族をうやまわなくたって、それは普通なので神兵も気にしない。

 むしろ、ミストラルの協力をどうしても取り付けたいのか、二人の神兵の方が腰を低くする。


「お前たち竜人族は、仲間思いなんだろう? なら、この村の北の方へ今すぐに行け」

「行って、何をすれば良いのかしら?」

「い、行けばわかる。そこに、竜人族の老婆ろうばがいるはずだ」

「竜人族の老婆!? どういうことかしら?」


 もう、ここは竜峰から結構離れている。

 遠くに目を遣れば竜峰の稜線は見えるけど、それでも麓と呼べるような場所ではない。そういう地に、竜人族の老婆だって!?

 ミストラルだけでなく、僕たちも驚いていた。


 なぜ、竜人族の老婆が、竜峰から離れたこの地に居るのか。


 だけど、二人の神兵はそれ以上詳しいことを口にしなかった。


「行けば、わかる」

「だが、急がないと竜人族の老婆の命は危ういぞ」


 いったい、村の北で何が起きているのか。

 ミストラルは二人の神兵を警戒しながらも、同胞の老婆の存在が気になったようで、言われた通りに村の北へ向かう決意をしたようだ。


「おい、エルネア。お前も一緒に行ってやれ」

「はい、ご主人様!」

「お怪我をしているのかもしれませんね。それでは、わたくしも一緒に行きましょう」


 こうして、僕とミストラルとルイセイネが、村の北へ急行することとなった。

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