魂の行方

 僕とミストラルとルイセイネの三人で、小さな村を走り抜ける。

 神兵の言った竜人族の老婆の様子が気になるけど、村に住む神族や天族の目があるので、空間跳躍はまだ使わない。代わりに、全力疾走だ。


 道沿いには、木造の質素な家が並ぶ。

 その家々の前では住民たちが不安そうな表情で近所の人たちと輪を作って話し込んでいた。

 彼らの視線や断片的な会話から、村の人たちが竜人族の老婆について話していることは間違いない。

 どうやら、老婆の噂は村中に広まっているらしい。


 民家が立ち並ぶわずかな一帯を抜けると、田畑が広がっていた。

 夕方。まだ農作業が終わっていない人が腰を上げて、北に広がる森を見つめていた。


「ねえ、ミストラル」


 僕は、思わず疑問を口にする。


「竜人族のおばあちゃんは、なんで竜峰から降りてきて、こんな場所に来たのかな?」


 竜人族の戦士や、戦士を目指す若者ならわかる気がする。

 高みを目指すために竜峰を降りる者はいるからね。

 だけど、今回はおばあちゃんらしい。しかも、急がないと命に危機が迫っているというのだから、余計に疑問が湧いちゃう。


 病気で弱っているのだとしたら、なぜこの地で終わりを迎えようとしているのか。

 外因がいいんで命の危険性があるというのなら、いったい何が竜人族の命を脅かしているのか。というか、もしもおばあちゃんが元戦士だったとしても、歳を重ねれば必ず老化するんだから、その状態で竜峰の村を離れたら、誰だって危険に晒されちゃうよね。

 僕の疑問に、ミストラルは走りながら首を傾げていた。


「わたしも、わからないわ。竜人族が竜峰を降る理由は色々とあるでしょうけど、年老いた人がわざわざこんな場所まで来る理由が思いつかないもの」

「あのう、もしかしたらですが」


 すると、ルイセイネが意見を口にした。


「その方は、お婆様になられてからこちらへ来たのではなくて、昔から住んでいて、年老いたという可能性もありますよね?」

「言われてみると?」


 たしかに、ルイセイネの言う通りだ。

 例えば、昔に神族と恋に落ちて、この地でずっと前から暮らしていたという可能性はあるよね。

 他にも、ずっと旅をしていて、たまたまこの村に立ち寄った時に、命の危機に直面してしまった、ということだって考えられる。

 だけど、どんな理由がおばあちゃんにあるにせよ、今、命が危険だということは確かだ。


「とにかく、急ぐわよ!」


 ミストラルにかされて、僕たちは田畑を抜けて森へ入った。


「二人とも、僕の手を握って!」


 森で視界が遮られて、神族や天族の目が気にならなくなれば、本気を出せる。

 ミストラルとルイセイネが僕の手を握ったことを確認すると、空間跳躍を発動させた。


 気配を探る。森の奥に、人の気配が。ただし、複数人。しかも争っているようで、気配が乱れている!


 空間跳躍を連続して発動し、僕たちは気配のする場所へと急行した。






「ええい、離さぬか。こんなおいぼれに、なんという手荒な奴らじゃ」

「うるせえぞ、老ぼれめ!」

「竜人族の老婆が、この地に何用だ!」

「さては、帝の威光を脅かすつもりだな?」


 五人の男たちが、年老いた老婆を納屋なやのような建物から強引に引っ張り出そうとしていた。

 腰の曲がった老婆は、男たちの手荒な扱いに悲鳴をあげる。

 そこへ、僕たちが割り込んだ。


「貴方たち、何をしているの!」

「なっ!?」


 真っ先に怒声を発したのは、ミストラル。そのまま、おばあちゃんの腕を掴む男性の手を引き剥がして、男たちの前に立ちはだかる。

 女性が突然現れて、いきなり間に入ってきたことに、五人の男たちは驚愕する。

 そして、その女性がおばあちゃんと同じ竜人族とすぐに気付いたのか、顔を引きらせた。


「き、貴様らこそ、何者だ!?」

「この地は、帝の支配する地。竜人族の貴様らが居て良いような場所ではない!」


 男たちの言葉に、違和感を覚える。

 やたらと「帝」にこだわっているよね?

 ミストラルの種族を看破かんぱしたことといい、帝にこだわるところといい、この男たちは神族の帝尊府ていそんふなのかな!?

 僕の疑問は、的中していた。


「おい、女。その老婆をこちらに引き渡せ。村の者から訴えが届いている。最近、得体えたいの知れない竜人族の老婆が森の奥に居着いているとな」

「なんという言いがかりじゃ。私は気になる事があってこの地に来ただけじゃ。何も、神族の者たちの平穏を脅かそうとしたわけじゃないぞ?」

「うるさい! お前の意見などは聞いていない。我ら帝尊府は、帝の威光をあまねく広める者だ。その我らが、お前を悪だと断定したのだから、言い訳など必要ない!」


 やっぱりか、と僕だけじゃなくてミストラルとルイセイネも思ったはずだ。

 この男たちは、マグルドと同じように「帝の威光」をかさに着て好き勝手に暴れる、迷惑な神族だ!


 ミストラルがかばう老婆に、男たちが詰め寄ろうとする。

 だけど、それを許すミストラルではない。


「帝尊府? 知らないわね。わたしたち竜人族に、貴方たちの都合を押し付けられても困るわ。それとも、わたしとやりあってでも、この方を連れ去ろうと言うのかしら?」


 容赦なく気配を膨らませながら、腰に帯びた漆黒の片手棍へ手を伸ばすミストラル。

 だったそれだけで、五人の男たちは怯えたように後退あとじさった。


「お、おのれ……」

「やはり、お前たちはこの老婆の仲間か!?」

「何を言っているのかしら? この方とは初対面だけれど、同胞なのだから仲間だと思われることを否定なんてしないわよ?」


 だから、仲間を助けるためには、容赦をしない。言外げんがいの圧力に、五人の男たちはさらに後退る。


 正直、このおばあちゃんが何の目的でこの地に居着いたのかは知らない。

 目的がわからない以上、一方的に信用するのは無謀むぼうだけど。でも、困っている様子のおばあちゃんと、年老いた人に対して高圧的に接する人とを比べた時、どちら側の味方につくべきかなんて、簡単な選択だよね。

 それに、村の手前にいた神兵の様子や、ミストラルへ依頼を投げたことを考えると、やはりこの場はおばあちゃんを救うことが正解だ。


 そして、思い至る。

 なるほど。神兵たちは、め事を起こしている者たちが帝尊府だと知っていたから、困っていたんだね。

 たとえ中央軍の神兵だとしても、帝尊府は面倒な存在なんだ。

 なにせ、あのグエンでさえ帝尊府のマグルドを警戒して動き難そうにしていたからね。


「さあ、どうするのかしら?」


 ミストラルが、一歩前へ出る。

 すると、五人の男たちは十歩退がった。

 明らかに、ミストラルに対して怯えているね!

 まあ、それは仕方がない。本気じゃないとはいえ、竜人族の中でも最高の称号を持つ竜姫が戦う気を放っているんだ。

 その辺の神族が敵うわけがないよね。


「お、覚えていろよ!」


 そして、終いには悪役がよく使う捨て台詞せりふを吐いて、森の奥へと逃げていく五人の神族。


「リンリン?」

『あら、私の気配に気づいていたのね?』

「うん。それで……」

『わかっているわよ。あいつらの後を追跡して、様子を見てくれば良いんでしょ?』

「ありがとうね!」


 これは、保険のようなものだ。

 あの五人が素直に引き下がったのなら、問題はない。ただし、捨て台詞通りに仕返しを考えていたら、アルフさんやアミラさんに迷惑がかかっちゃう可能性がある。なにせ、奴らは帝尊府だからね。

 僕やミストラルといった他所者よそものには「帝尊府」という威圧は通用しないけど、この国に住むアルフさんたちには困った存在なんだよね。

 まあ、アルフさんもアミラさんも、この旅が終わったらルルドドおじさんと世界を巡る修行の旅に出ちゃうんだけどね。

 それはともかくとして。


「お怪我はありませんか?」


 巫女のルイセイネが、おばあちゃんを診ていた。


「ありがとうね、お若い方々」


 お婆ちゃんは、優しく診察するルイセイネに笑顔を向ける。

 だけど、その瞳は僅かも開かれていなかった。


 あっ、とようやく気付く。

 おばあちゃんは、目が悪いみたいだ。

 僕やミストラル、それにルイセイネの声に反応して振り向くけど、全く瞳を開かない。

 いや、開けない!

 おばあちゃんのまぶたは、大きくくぼんでいた。


「ま、まさか、今の男たちに……!」


 眼球をえぐられてしまったのかな!?

 という僕の心配は、大きくまとを外していた。


「人族の坊や。心配してくれて、ありがとうよ。でも、この瞳は生まれつきなのさ」

「生まれつき……」

「なあに、同情はいらないよ。なにせ、そのおかげで私はもっと素晴らしいものが視えるようになったのだからね?」

「いったい、何が見えるんです!?」


 眼球が生まれながらなに無いというおばあちゃんは、その瞳で何を視ているんだろう?

 ミストラルやルイセイネも、不思議そうにおばあちゃんを見つめる。

 すると、おばあちゃんは僕たちの素性を言い当ててきた。


「お嬢さん、啖呵たんかを切って私を助けてくれて、ありがとうよ。ふむ、内側に一際ひときわ立派な流星竜りゅうせいりゅうの魂を宿しているね? では、貴女が竜姫ミストラルかい。坊やは、ジルドが宿していた竜の王の魂を受け継いでいるね。そうなると、坊やが新たな八大竜王エルネア君だね? 巫女様は、清き魂をお持ちだ。竜姫と竜王と共に行動する清き巫女であれば、ルイセイネだね?」


 なななっ!!

 なんで、僕たちの名前を知っているのかな!?


 いや、それよりも……!


「どうして、エルネアやわたしの竜宝玉を言い当てられたのかしら?」


 そう。

 僕たちは、まだ名乗りさえしていなかった。

 それどころか、内包する竜宝玉のことになんて一切触れていなかったはずなのに、目の見えないおばあちゃんは言い当てた。

 まるで、僕たちの内側に宿る竜宝玉がはっきりと見えているかのように。


 僕たちが驚く様子を見て、おばあちゃんは愉快そうに笑う。

 そして、教えてくれた。


「私はね、視えるんだよ。生き物たちの魂がね」

「えっ!?」


 さらに驚く僕たちに、おばあちゃんは言う。


「不思議な耳長族を連れていたね? あの子の魂は、耳長族なのになぜか精霊に似ていたね。あんな魂は、初めて視たよ」

「リンリンの存在まで見えていたんですね!」


 魂が視えるという話は、どうやら嘘ではないらしい。

 リンリンと、それにユンユンは特別なんだよね。

 いろんな事があって、耳長族なのに半分は精霊に近い存在になってしまった。それを、おばあちゃんは寸分違すんぶんたがわず見抜いたんだから。


 では、そんな生き物の魂が視えるという竜人族のおばあちゃんが、何故なぜこの地にやってきたんだろう?

 逃げて行った五人の口ぶりだと、おばあちゃんは最近になってこの地に現れて、居着いたらしい。

 僕の疑問に、おばあちゃんは見えない視線を遠くの空へ向けながら、話してくれた。


「視えたんだよ。幾千、幾万もの数え切れない魂が、空へ昇っていく様子がね。私は、それが何を示すのか知りたくて、ここまで来たんじゃ。でも、もう視えない。空高くへ昇っていった魂は、どこへ行ったんじゃろうね?」


 悲しそうな表情だった。

 帰ってこない無数の魂を見送ることしかできなかった自分の無力さをなげいているようだった。


 僕たちも釣られて、おばあちゃんが送る視線の先を見る。

 だけど、夕暮れの空には何も見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る