魂の導き

 リンリンが様子を見に行っている間、僕たちは竜人族のおばあちゃんと一緒に時間を過ごす。

 なにせ、帝尊府の者たちが本当に仕返しに来たら大変だからね。

 おばあちゃんの安全と、僕たちが戻ってアルフさんたちに迷惑がかからないか確認が取れないことには、動きようがない。


「はい、おばあちゃん。飲み物だよ」

「ありがとうよ」


 おばあちゃんが勝手に利用していた納屋は、近くの村の人たちが森で働くときに使用していた建物みたいだね。

 屋内には、林業用の大きな鋸(のこぎり)や斧やその他の道具類、それらを手入れする材料や工具や、野草採取用の籠など、様々な用品が納められていた。

 ただし、日常的に生活するような設計ではないために居心地はあまり良くなく、しかも村の近くということもあって非常食などの備蓄もない。


 おばあちゃんは僅かな荷物だけを持って竜峰を降りてきたらしく、食べ物も飲み物もほとんど持ち合わせていなかった。

 そこで、アレスちゃんを呼んで僕たちの食糧を分けたところだ。


 おばあちゃんは、急にアレスちゃんが僕の側に顕現して、少し驚いた様子を見せた。


「見たことのない、不思議な精霊じゃね。使役されていないのに、人族の子の声に応えて顕現するなんてね。それに、この魂の輝きは……」

「アレスちゃんは、特別な精霊なんですよ」

「とくべつとくべつ」


 さっきまでは、僕から離れてプリシアちゃんと遊んでいたアレスちゃん。だけど、僕が呼んだらすぐに来てくれた。

 離れていても、心は通じ合っているからね。ちょっとの距離くらいなら、僕の心を捉えてくれるんだ。

 それに、精霊と共に生きる耳長族であっても、特別な能力を持っていない者は霊樹の精霊の気配を読み取れないからね。アレスちゃんが顕現するまで、おばあちゃんが気づけなかったということにも、驚きはないよ。


「それで、おばあちゃん。空に昇っていった魂ってどういうことかな?」


 もう少し詳しく状況を知りたくて、お茶を飲みながら聞いてみる。

 空ってことは、天族かな?

 それとも、鳥や魔獣なのかな?

 いやいや、鳥ならまだしも、魔獣が数千数万も集まって一斉に空を飛んでいたら、大問題になっているよね?

 では、やはり鳥か天族なのかな?

 数的には、鳥の群のような気がするね。

 僕の疑問に、だけどおばあちゃんは残念そうに首を横に振った。


「いいや、それがわからないんじゃよ……。最初に視たのは竜峰にいた頃じゃ。不思議な魂の輝きを遠くの空に視てね。その時も、数千近い魂が空へ昇っていったね」

「それが気になって、ここまで来たのですね?」

「竜姫の言う通りじゃね。四百年生きてきて、あんな魂は初めて視たよ。何と言うかね……」


 おばあちゃんは、どうやって自分が視たものを説明すべきか頭を悩ませながら、話してくれた。


「生き物の魂は、それぞれに色や形、大きさや輝きが違うんじゃよ。私はその違いで相手が何者であるか、どのような者であるかを視るんじゃよ」


 例えば、炎の属性を持つ竜族であれば、真っ赤に輝く大きな魂を持っているらしい。

 僕やミストラルの竜宝玉を完璧に言い当てたのも、想いを残した竜族が特別な存在だったからみたいだね。

 他にも、ルイセイネであれば透き通る優しい光だったり、アレスちゃんはこの上なく美しく輝く虹色の魂らしい。

 だけど、空に昇っていった数え切れないほどの魂は、そうしたものとは全く違う、今までに見たことのないものだったようだ。


「あれは、そうじゃね……。いろんな生き物の色や輝きや形といった個性や特徴を全て排除して、純粋な魂だけのような感じじゃったね。まるで、魔晶石とは真逆のような魂じゃった」

「えっ!?」


 つい、本題とは違うことに反応しちゃう。

 魔晶石とは違うって、どういうことかな!?


「ふふふ。坊やたちにはどう見えているかはわからないけどね。私の瞳には、魔晶石は濁った魂の塊に視えるんだよ」

「魔物から取れるからかかしら?」

「ミストラルの言う通りかもね。だから、凶悪な魔物から取れた魔晶石って、最初はすごい効果をもたらすけど、最後には暴走して災害を引き起こすのかもね?」


 前に、巨人の魔王から聞いたよね。

 伝説級の魔物から取れた魔晶石は、絶大な威力を持っているらしい。だけど、時間が経つと黒く変色していき、最後にはもたらした恩恵より酷い災害を引き起こすんだよね。

 だから、そうした魔晶石は色が澱みだしたら危険なんだという巨人の魔王の話を、思い出す。

 ちなみに、普通の魔物から取れる魔晶石は、一度使用すると砕けるか消滅してしまうよね。


「お話を戻しましょう。巫女として、お婆さまのお話には興味があります」


 ルイセイネが話の軌道を戻す。


「おばあちゃんは、その不思議な魂がいっぱい空に上がっていく様子を、ここに来てからも視たんだよね?」

「そうじゃね。最後に視たのは、数日前だね。今までになく多くの魂が、空に昇っていったよ」

「ちょっと待って。今までにってことは、さらに何回か視たの?」

「そうともさ。私が視ただけでも、四回だね。最初の三回はそれほどの規模じゃなかったけどね。四回目は、それはもう、空を覆うほどじゃったよ」


 それほどの規模じゃなかったとは言っても、毎回のように数千以上の魂が空に昇っていったらしい。だけど、最後に数万、下手をすると、もっとそれ以上の魂が空に昇っていったのを視たから、他の評価が小さくなっただけのようだね。


「お婆さま、その魂が昇っていった方角はわかりますか」

「あっちだね」


 おばあちゃんは、南西の方角を指差した。


「僕たちが目指している方向だね?」


 ここから北側には、竜峰の南端が見て取れる。アレクスさんの村はその麓だから、村の位置的には北東辺りになるのかな?

 そして、僕たちはアレクスさんの村から南西に進みながら、天族の楽園と呼ばれるモンド辺境伯の都を目指していた。

 つまり、おばあちゃんが視たという不思議な魂は、そっちの方角から昇っていったってことだよね?


「むむむ。僕は閃いたよ。神軍の封鎖とおばあちゃんが視た不思議な現象って、何か繋がりがあるんじゃないかな!?」


 と、自信満々に言ったら、ミストラルとルイセイネに微笑まれた。


「エルネア。それくらいなら、わたしたちにも想像できたわよ」

「エルネア君、今回は普通でしたね」

「しくしく。格好良いところを見せたかったのに」

「それは残念だったわね」

「わたくしたちは、可愛いエルネア君の方が好きですよ?」


 よしよし、と女性二人に慰められる僕。

 目の見えないおばあちゃんが、そんな僕たちの方へ顔を向けて、にこりと微笑んでいた。


「いい魂だね。竜姫も巫女も、純粋で美しい魂を持っている。それに、坊やの魂も精霊の子に負けず劣らず綺麗に輝いているよ」

「きれいきれい」

「嬉しいな!」


 容姿だとか性格だとか、そういった部分で褒められるよりも、魂そのものを褒められると、僕の存在の根幹が褒められたみたいで嬉しくなっちゃうね。

 喜ぶ僕を見て、おばあちゃんは更に破顔する。


「最初は、あのジルドから竜宝玉を引き継いだのが人族の子だと聞いて、驚いたものじゃが……」

「そういえば、さっきも名前が出ていましたけど。ジルドさんとおばあちゃんは知り合いなの?」


 普通、竜人族の人たちはジルドさんを「様」付けで呼ぶ。何せ、元八大竜王の大英雄だからね。

 だけど、おばあちゃんは「ジルド」と呼び捨てにしていたよね。

 四百年生きたと言っていたから、約三百年前の腐龍の王との戦いも知っているはずだ。ということは、ジルドさんとは知己の友なのかな?


「坊やは、ジルドから色々な教えを受けたんじゃろう?」

「はい、それはもう! 今でも、僕たちに色々と教えてくれるお師匠のひとりですよ」

「そうかい。それは良いことだね」


 そして、昔はあんなに乱暴者じゃったのにね、と笑うおばあちゃん。

 僕たちは、それを聞いて驚いた。


「えええっ! あのジルドさんが、昔は乱暴者だったんですか!?」

「おや、聞いていないのかい?」

「ジルドさんは、あんまり過去のお話をしてくれないんです。きっと、ずっと昔に亡くなったお嫁さんを思い出すのが辛いからなのかなと思って、僕たちも触れないようにしてきたんですけど……」


 ジルドさんのお嫁さんは、人族の女性だったということは知っている。

 それに、ジルドさんが今でも大切に持っている銀色の曲剣は、お嫁さんの形見なんだよね。

 そんなジルドさんは、いつも穏やかで、何かと僕たちに気を回してくれたり、いろんなことを親切に教えてくれる。

 そのジルドさんが乱暴者だったなんて!


「ふふふ。それじゃあ、助けてもらったお礼に、少しジルドのことを話してやろうかね」

「やったー!」


 おばあちゃんはお茶で喉を潤すと、ジルドさんのことを話してくれた。


「私とジルドは、同郷の者でね。もちろん、私の方が歳上じゃよ」

「だから、呼び捨てでも大丈夫なんですね」


 おばあちゃんも、腐龍の王との戦いに参戦していたらしい。


「とはいっても、戦えない私は見守るのが精一杯じゃったけどね」


 と言いつつも、魂が視えるというおばあちゃんの力は、きっと役に立ったはずだよね。

 負傷や疲弊が重なれば、魂も濁ったり光が弱くなったりするらしい。おばあちゃんの瞳のかかれば、そんな者たちをすぐに見抜いて戦線から離すことができる。

 逆に、腐龍の王の魂がどれだけ削れているか戦況を報告することで、戦っている者たちの励みになったはずだ。


「あれは、本当に酷く苦しい戦いじゃった。まあ、その辺はジルドなんかに聞く方が、より詳しくわかるさ。それで、ジルドの嫁だけどね」


 僕とミストラルとルイセイネは、胸を躍らせながらおばあちゃんの言葉の続きを待つ。

 すると、意外な応えが戻ってきた。


「あの子は、何といったかね……。ほれ、お前さんと同じ巫女でね。流星……?」

「もしかして、流れ星様だったのでしょうか!?」

「そうそう、それだよ。どこか遠い、東の土地から流れ着いたと言っていたね。それで、腐龍の王との戦いにも参加して、それはもう、人族とは思えないほどの素晴らしい活躍じゃったよ」

「まさか、ジルドさんのお嫁さんが流れ星様だったなんて!」


 さまかまさかの展開ですよ!


「でも、ちょっと待ってくれるかしら?」


 だけど、そこで首を傾げたのはミストラルだった。


「ねえ、ルイセイネ。聞きたいのだけれど。巫女の武器は薙刀じゃなかったかしら?」


 そういえば、そうだね。

 男性の神官戦士の武器は色々とあるみたいだけど、戦巫女の武器は薙刀で統一されている。斯(か)くいうルイセイネも、薙刀を愛用しているしね。

 だけど、ジルドさんのお嫁さんは、銀色の曲剣を愛用していたんだよね?

 ミストラルの疑問に、ルイセイネも少しだけ考え込む。


「そうですね。本来であれば薙刀を武器としますが……?」

「ふふふ、それなら私が本人に聞いたことがあるよ」


 すると、おばあちゃんが昔を懐かしむように微笑みながら教えてくれた。


「あの子は、ちょっと変わった子でね。そりゃあ、乱暴者だったジルドに臆面もなく話しかけるんじゃから、変わっていたね。それでね、あの子は薙刀よりも剣の方が得意じゃったようでね」


 流れ星様は、己に課せられた宿命を探して世界を旅し続ける。

 三百年前のアームアード王国とヨルテニトス王国の周辺といえば、腐龍の王の縄張りとして全てが腐った大地だったはずだ。

 そこからもっと東、きっと耳長族が住む東の大森林や巨人族が支配する東の地よりももっと遠いところから、多くの苦難を乗り越えて旅してきたんだ。

 それなら、身を守るために最善を尽くさないと、宿命を全うするどころか、生き残ることさえできない。

 だから、ジルドさんのお嫁さんは常識に囚われずに、苦手な薙刀術ではなくて得意な剣術を選んだんだね。


「それでね」


 と、おばあちゃんが続きを話そうとした時だった。


『ただいま!』


 納屋の中に、新たな気配が入ってきた。

 もちろん、リンリンの気配だ。

 そして、リンリンはこちらの話を中断させて、急用を知らせた。


『あいつら、他にも仲間がいたわよ。急いで逃げないと、絶対に面倒になるんだからね?』

「一番嫌な状況だね!」


 ジルドさんとお嫁さんの話が中断になってしまったこと。

 それと、帝尊府の男たちが仲間を連れて仕返しにきそうなことを知って、僕たちはがっくりと肩を落とした。

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