可及的速やかに
僕たちは、リンリンの報告を受けて
「エルネア。貴方はアルフたちのところに戻って、状況を伝えてちょうだい」
「ミストラルは?」
「わたしは、お婆様を竜峰へお連れするわ。わたしなら、すぐに行って戻ってこられるから」
どうやら、ミストラルは
おばあちゃんも、こちらの案で了承してくれているみたいで、異論はない。
『それじゃあ、私は引き続き帝尊府の動きを監視するわ』
「というか、リンリンに倒してもらった方が早いような?」
という、僕の身も蓋もない言葉に、リンリンが大きくため息を吐く。
『あんた、馬鹿ね? なんで私がそうせずに報告に戻ってきたと思っているわけ?』
「はっ! 言われてみると?」
リンリンも、なかなかに手と足が出るのが早い。直情型の性格をしているからね。
そのリンリンが、帝尊府が仕返しにきそうな雰囲気を察しながら、手を打たずに報告へ戻ってきた。
それはつまり、リンリンの手に負えないくらいの勢力か、手練れが紛れているってことだ。
『凄腕そうなのが、二、三人居たわね。身のこなしから、軍人か何かじゃないかしら?』
「そうなると、流石のリンリンでも苦戦しちゃうね」
神族と耳長族を純粋に比べたら、やっぱり神族の方が強い。とはいっても、元賢者のリンリンなら、手練れの兵士にだって負けはしない。
だけど、戦いになれば騒動になって、周りに被害をもたらしてしまう可能性が高くなる。
せっかく、ミストラルが威嚇だけで帝尊府を追い払ったというのに、ここで騒ぎを起こしてしまったら本末転倒だ。
だから、リンリンは身を引いて報告に戻ってきてくれたんだね。
「とはいえ、このままアルフ様たちのもとへ戻ってしまうと、今度はそちらにご迷惑がかかるのではないでしょうか?」
「ルイセイネ、それは大丈夫だよ! 何せ、僕たちは神族の兵士から強引に依頼を受けただけだからね」
「それに、帝尊府を威嚇したわたしは立ち去っているのだから、彼らの横暴もやり過ごせるのではないかしら?」
竜人族に仕返しだ、と帝尊府がやって来ても、当のミストラルはおばあちゃんを送り返すために竜峰へ戻っていていない。
同伴していた僕たちに矛先を向けるなら、僕たちは神族の兵士を言い訳にしちゃう。
強引な依頼だったんだから、これくらいの迷惑は受けても良いはずだよね?
まあ、あの兵士たちはそういう迷惑を回避するために僕たちを利用したんだろうけどね?
「それじゃあ、行動開始としましょうか」
言って、ミストラルは竜宝玉を解放すると、素早く人竜化する。
「素敵な魂だわね」
うっとりとした表情を見せるおばあちゃんを抱きかかえたミストラルは、納屋から出ると翼を羽ばたかせた。
「なるべく早く戻るわ。それまで、あまり騒ぎを起こさないでちょうだいね?」
「それって、少しは騒ぎを起こすだろうなっていう前提で話しているよね!?」
「少しで済めば良いのだけれど」
と笑いながら、ミストラルは夕暮れの空へと飛び立っていった。
『私も行くわ。くれぐれも、騒動を起こさないでよね?』
「リンリン、行ってらっしゃい!」
まったく、もう。
リンリンまで、僕が騒動を起こすことを前提にしているよね?
よし、決めたぞ。今回は、僕は大人しくしています。
絶対に騒ぎなんて起こさないんだからね!
「よし、僕たちも行こうか、ルイセイネ」
「はい」
そして、僕とルイセイネも森の奥に建つ小さな納屋を後にした。
来た時と同じく、人目のない森の奥は僕の空間跳躍を駆使して。森を抜けたら、二人で全力疾走だ。
太陽は西に沈み始め、空が次第に暗くなっていく。
僕とルイセイネは田畑の
アルフさんたちは、どこで待機しているかな?
まだ、村の入り口にいるのかな?
それとも、先に宿屋を見つけて、そこで待ってくれているのかな?
あっという間に畦道を抜けて、質素な建物が並ぶ村の中へ駆け込む僕とルイセイネ。
意識を研ぎ澄まして、みんなの気配を探る。
小さな村だ。住んでいる人も、村を利用する旅人の数も少ない。だから、いつも身近に感じる親しい気配はすぐに見つけられた。
「どうやら、宿屋を見つけたみたいだね」
遠くの建物の敷地から、みんなの気配がした。
僕とルイセイネは、みんなの気配が集まる場所へ足を向ける。
だけどその時、僕はふと疑問を思い浮かべてしまう。
「ねえ、ルイセイネ」
「はい。なんでしょう?」
「今さらな質問なんだけどさ」
僕は背後を振り返って、村の北側に広がる深い森を見つめる。
そして、首を傾げながら、疑問を口にした。
「なんで、こんな辺境の小さな村の近くに、帝尊府が大勢で潜んでいたんだろうね? しかも、凄腕風な兵士まで居るなんてさ?」
「言われてみると、不思議ですね? 何か、帝尊府にとって利益になるようなことが、この辺りにあるのでしょうか?」
絶対に、何か悪巧みをしているよね?
「ともかく、みんなと合流しよう」
「そうですね」
僕とルイセイネは、駆け足でみんなが待つ宿屋へと向かう。
村の幹線通り、とも呼べないような道を進み、みんなの気配を目指す。
すると、宿屋らしき建物の前で、マドリーヌ様が僕たちの帰りを待っていてくれた。
「お二人とも、お帰りなさい」
「マドリーヌ様、ただいま」
「ただいま戻りました」
全力疾走してきた僕たちを
だけど、マドリーヌ様は僕たちを宿屋の中へ案内せずに、裏手を示す。
「ああ、なるほど」
僕たちは人族で、アルフさんとアミラさんの家の奴隷って設定だからね。
つまり、奴隷は宿屋の
そして、マドリーヌ様は僕たちが間違えて宿屋に入らないように、手前で待っていてくれたんだね。
マドリーヌ様に案内されて、僕とルイセイネは宿屋の裏手へと回る。そこには、馬小屋があった。
「奴隷は馬や牛と同じ扱いってことかぁ」
わかっていたことではあるけど、こうして差別を目の当たりにすると、少し気分が悪いよね。
でも、この国の人族や魔族の国で暮らす奴隷の人たちは、こうした扱いを日々受けているんだね。
複雑な思いを
みんなは、この扱いにどんな感情を持っているんだろう。特に、王女様として育った双子王女様や妹のセフィーナさんは……。なんて、僕の心配は
「んんっとね、そこでプリシアはニーミアと一緒に魔物をやっつけたんだよ?」
「にゃんっ」
プリシアちゃんが、馬小屋に繋がれている馬たちに、必死に武勇伝を語り聞かせていた。
そして、馬小屋で寛ぐみんなは、その和やかな様子を笑顔で見守っていた。
どうやら僕たちにとって、場所や扱いなんてものは
どこにいたって楽しめるし、誰とでも仲良くなれる。
ふと視線を巡らせると、馬小屋には僕たちだけでなく、見知らぬ人たちの姿もあった。
きっと、彼らも宿屋に宿泊している神族の奴隷だ。だけど、そうした人たちもプリシアちゃんの愛らしい様子に頬を緩ませていた。
「みんな、ただいま」
プリシアちゃんの熱弁を邪魔しないように、遠慮がちに声をかける。すると、みんなが僕たちの方へと駆け寄ってきた。
プリシアちゃんもね!
「あのね、プリシアはお馬さんたちとお友達になったんだよ」
「すごいね! あとで、僕にも紹介してね?」
「わかったよ」
陽気に僕に抱きついてくるプリシアちゃんをあやしていると、ライラがすぐに違和感を察知した。
「エルネア様、ミスト様はどちらへ?」
「そうそう。それがね……」
と、これまでの経緯を話そうとした時だった。
「どうやら、戻って来たようだな」
振り返ると、アルフさんとアミラさんが馬小屋に来てくれていた。
しかも、僕たちに面倒事を押し付けた二人の兵士を連れ添って。
「竜人族の女はどうした?」
「報告を聞こう」
神族が現れたことで、馬小屋で寛いでいた奴隷の人たちの中に緊張が走る。
たとえ自分のご主人様でなくても、神族は
僕たちも一応はアルフさん一家の奴隷って設定なので、身を正して兵士の要望に素直に応えた。
「はい。森の奥の納屋に、竜人族のおばあちゃんが居ました。それと、神族の方々も」
五人の神族は、自分たちが「帝尊府」だと名乗っていた。だけど、竜人族のミストラルには通用しない。それで、帝尊府の人たちは退散していき、ミストラルはおばあちゃんを竜峰へ送り届けるために僕たちから離れた。
だけど、帝尊府がこのまま引き下がるようには思えない。
そう報告を入れると、神族の兵士は微妙な表情になった。
「まったく、面倒なことだ」
「だが、俺たちへの任務はこれでお終いだろう?」
「そうだな。俺たちは、あくまでも森の奥に住み着いた竜人族をどうにかしてほしい、という村の者からの依頼だったからな」
まあ、それを僕たちへ丸投げしたので、二人の兵士は何も苦労をしていないし、面倒なんてなかったはずだけどね?
それでも、二人の兵士にとって、この任務は不本意なものだったらしい。
そりゃあ、そうだよね。
二人は、中央の軍に所属する立派な正規兵だ。それが、辺境に来てまで村人の依頼を処理しないといけないだなんて、面倒以外の何者でもないかもしれない。
だから、依頼された「竜人族の排除」が終わった後の問題は、この二人には関係のないことなんだ。
「軍へ報告しに戻るか」
「長居は無用だな」
えええっ! なんて無責任な!
なんて、口が裂けても言えません。
ここで僕たちが問題を起こすと、アルフさんやアミラさんに迷惑がかかるからね。
僕たちの心情を知ってか知らずか、二人の兵士は馬小屋から自分たちの馬を出すと、そのままこちらへお礼を言うことなく走り去っていった。
「むうむう。プリシアのお友達だったのに」
さっきまでプリシアちゃんが冒険譚を聞かせていた馬は、どうやら兵士たちの馬だったみたいだね。
友達を奪われて、頬を膨らませるプリシアちゃん。
「それで、報告はそれだけかよ?」
兵士たちの姿が見えなくなった後。アルフさんが、鋭い突っ込みを入れてきた。
「だいたい、あの兵士たちは疑問に思っていなかったけどよ。帝尊府の奴らが仕返しに来るって確信はどこで手に入れた? それに、五人程度なら仕返しに来たってミストラルさんやお前の敵じゃないだろう?」
「そうそう、それなんだよね」
見知らぬ奴隷の人たちの視線はあるけど、他に神族や天族の目も耳もないので、いつも通りの口調に戻る。
「リンリンが、帝尊府の拠点を森の奥で見つけたんだ。それで、そこに結構な人数が潜んでいたみたいでさ。
軽く説明する僕に、アルフさんは愉快そうに笑う。
「まあ、帝尊府なんて相手にするだけ無駄な労力だよな。でも、奴らは追って来てるんじゃないのかよ?」
「そうなんだ。だから、急いで報告に帰って来たんだよ」
「ふぅん……」
まだ、おばあちゃんの話とか報告は残っている。だけど、何やら思案に目を伏せたアルフさんの雰囲気が怪しくて、僕たちはつい、彼の次の考えを待ってしまった。
そして、全員で苦笑することになる。
「よし、それなら帝尊府を逆に利用してやろう。おい、お前ら。これから出発だ!」
「えっ!? 今から?」
もう、陽が沈み始めて、外は薄暗い。今から出発していたら、今夜も野宿決定だ。
だけど、アルフさんには考えがあった。
「ふっふっふっ。帝尊府を利用して、神軍の封鎖網を突破しようじゃねえか」
「すごい悪巧みだ!」
アルフさんの悪役っぽい笑みは、勇者リステアの相棒であるスラットンを
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